友方=Hの垂れ流し ホーム

09

とはいえそんなことはどうでもいいことで殊更気に掛けるようなことでもないと言えばそれはその通りだし実際それほど気に掛けているわけではないのでそのまま通りすぎるのだが通りすぎながらもそちらのほうへ視線は向けられたままでつまり掌に伝わる表面の凹凸がざらざらしてこそばゆいというかむず痒いというかもっと強く押しつければその尖った先端が皮膚にめり込んで痛みさえ覚えるだろうがそこまではせず優しく撫でる程度だがなぜといって痛いからだが要するにどこまでも内と外とを分かちながらそれは屹立しているが一部矩形に刳り抜かれていてそこだけは内と外とを分かつことがなくだから内から外へあるいは外から内へと容易に飛び越えることができるしそこを潜り抜けて自在に行き来していたというわけで緩やかにS字に曲がった石畳の両側には長い年月を掛けて擦れ削られ波に洗われて少しずつ角が取れたその結果丸くなった砂利が敷き詰められ石畳と砂利との間には一抱えもあるだろうかこれも長い年月を掛けて擦れ削られ波に洗われて少しずつ角が取れたその結果丸くなった石がいくつも並べ置かれて石畳の領域と砂利の領域とを分かちながらその先にある戸口へ導いてゆくがそこは張りだした庇の影に隠されて薄暗く木の枠に填め込まれた磨り硝子もほとんどが黒い影の内に沈み要するにその中へ吸い込まれるように消えてゆく背中が影の中で明るく浮かび上がるからなのか視線はそこに向けられたままでそれは伯父でもあり父でもありべつな見方をすれば祖父でもありというかそれは祖父の背中であってそれ以外の何ものでもなくもちろん坂を下ってゆく際に吹き寄せる風が徐々に強さを増してゆくのは速度が増すからだが僅かな凹凸にも跳ね上がるその弾みで荷台の尻も跳ね硬いゴムは衝撃を少しも和らげてくれないからお世辞にも乗り心地がいいとは言えないその荷台の上で開いた股の間から向こうを覗き見ると高速で廻転するというか廻転させているというか尻の下の荷台のさらに下にあるそれがないと泥が跳ねて大変なことになるアーチ状の細長い覆いの下でそれが廻っているようには見えないしその円の中心と周縁との間にはふたつを結ぶいくつもの細長い棒が放射状に固定されているのにそれさえ消えてしまっていてもちろん停止すれば再び現れるがどこへ消えてしまうのか走行中は見えなくなり小刻みに跳ねたり揺れたりするあるいは右に傾いたり左に傾いたりするつまり危うい均衡でバランスを保っている車体の上から見えるのは大きな背中でそれが視野のほとんどを覆っているのでありその背を丸めて前屈みになり揺れている様子を荷台に跨って毎日の行き帰りに見ていたわけだが絶えず振動しているから掴まっていないと振り落とされそうでいずれにせよ交互に踏み込む脚の力がペダルからギアへギアからチェーンへチェーンからもうひとつのギアへもうひとつのギアから車輪へと順次移動してそのうちの何割かは失われてしまうにせよそれが車体を送りだす動力となって前へ進んでゆくのだが坂道を下る場合はそのかぎりではなくというのも何もしなくてもそれは動きだし次第に速度を増してゆくから倒れないようぶつからないようバランスを取るだけでいいし速度が増せば増すほど車体は安定するからもっと速くもっと速くとコーナリングでもブレーキを掛けずさらには一度もブレーキを掛けずに坂道を下ることができるかと無謀な挑戦に挑んでいたのはもちろん甘利だし最後の直線コースを走り抜ける疾走感に酔い痴れていたのも甘利にほかならず不意に横道から現れた自動車を回避しようと急ハンドルを切るもバランスを崩して顛倒し危うく接触は免れたものの路面に投げだされて骨折の憂き目に遭ったのも甘利に違いないが何が起きたのかその全貌を知るというか俯瞰的に眺めるというかそれは非常に困難を窮めつまり虫喰いだらけの断片をその失われた部分は適宜補うにせよ例えば二千年もの間地中に埋もれていた土器の破片を復元するように細々した断片をひとつひとつ丁寧に繋ぎ合わせてひとつの全体を復元する作業というものは失われた部分が多ければ多いほど難易度が増すわけで見通しのいい坂道なのにだから何ひとつ見通せずだから何ひとつ明らかではないのだが、それでも見ようとするというかそれだからこそ見ようとするというか目を開け首を擡げて四囲の様子を窺いながら半身を起こすと少し離れた位置に横倒しになっている車体との距離を目測するが焦点が合わないというか露出が足りないというかあらゆる機能にブレが生じているらしく補正には尚幾許か猶予が必要でそれでもめまぐるしく廻転しているというか廻転せずにはいられないというかたとえそれが空廻りであっても惰性で廻転をつづけている車輪の廻転する音が少しずつ届くにつれてブレていた感覚も少しずつ取り戻されてゆくらしくとはいえそれが何であるのかはまだはっきりと掴むことができずそんなわけで激昂しているのか早口で捲し立てる声がしてそちらのほうへ首を捻りもちろん視線も声のするほうへ振り向けられて車の中からそれは聞こえるが何を言っているのか危ないとか気をつけろとかおよそこうした事態に於いて発せられるだろうようなそんな類いのことを叫んでいるのだろうが先走った感情の発露というか剥きだしの生々しさに満ちている激情の沸騰というか何か理解を絶したもののように響いて耳までは届いてもその奥へ入っていかないようでほとんど聞き取れずそれでも閑散として人通りのない坂道に響き渡る怒声というか罵声というかそれは静けさの中でいっそう際立って下のほうは黒々と影に沈んでいるが上のほうは日に反射して眩しくちょうどその中間辺りだろうか異様に大きな眼差しがこちらを凝視しているというか見下ろしていると見え少しく威圧的なその眼差しのさらに向こうから眺めやるもうひとつの眼差しのほうはよく見えずそれでも向こうからは見えるのだろう巧くこちらを避けてゆきそうして倒れた車体の脇を掠めるときはゆっくりとそれから急に速度を上げて走り去ってゆくのを茫然と眺めやりながら怒声の反響というか余韻というか残滓というかその意味するところが何であるのかを探り当てようとしていたが探り当てられたのだか探り当てられなかったのだか臭いがまだ痕跡を留めているがその姿はすでになくないものを見ることはできないのであるものを見るほかないとあるものに目を向けるとつまり自分自身へ自分の肉体のほうへ要するに自分の手や足のほうへだがそしたら掌から肘に掛けて透けて見える青いというか緑掛かった筋よりもくっきりと浮かび上がっているいくつもの赤い筋があるのに気づきつまり擦り剥いたらしいが目にした途端に痛みが拡がってゆきそれなら目を逸らせば痛みが消えるかというとそんなことはなくそれは次第に激しくなって飛び火するように体のあちこちで傷みを呼び醒ましそれからまた一点に収束してゆくらしく他の痛みにも増して痛む箇所へと意識を向かわせて已まないその一点には見たところ傷らしい傷はないのだが浮腫んだように膨れ上がって動かそうとすると強い衝撃が走るため内部で損傷していることが分かり打撲にしては痛みが強すぎることから懸念が膨らみそれがさらにも痛みを増幅させるらしく一方の腕をつまり傷むほうの腕をもう一方の腕でつまり痛まないほうの腕で抱え込むようにして庇いながらゆっくりと立ち上がるとカタカタと喘ぐように車輪を廻転させている車体のほうへ近づいてゆき近づくにつれてカタカタいう音は大きくなって痩せ細った瀕死の馬というか驢馬というか何かそんなふうに見えてしまうのを訝りながらカタカタいう音のほうへ尚も近づきながらどこにも人の姿はなく誰も見ていないらしいつまりいかなる視線も介在していないらしいもちろん自らの視線を除いてだが今ここでというかついさっきこの場所で起きたことを知る者はだから当事者ふたりを除いて存在しないというか当事者とて何が起きたのか正確には把握できていないから実際何が起きたのかを知る術はもはやないと言っていいとそんなふうな考えが過りだから今も尚それはカタカタいう音の向こうに厚いヴェールに包まれてありカタカタいう音が骨に響くというか神経を逆撫でするように響いてその向こうへゆくことを妨げるというか覗き見ることさえできないらしく路面に擦れて着いたのだろうタイヤの跡が縦に一筋いやうっすらともう一筋黒っぽく残っているのが裂傷のようで今にも血が滲んでくるというのではないにせよ黒ずんだ灰色が黒ずんだ赤にいつか変じてゆくとそう思い做されてカタカタいう音とともにそれは厚いヴェールの上に染みのように滲んで拡がりその向こうを覗き見ることはだからますます困難になるわけでそれでもカタカタいう音に注意深く耳を傾けていれば絡まり合った糸が少しずつでも解れてゆくようにそれまで見えなかったものが見えてくるようないや実際それは見えてくるらしく眼前に浮かび上がってカタカタと鼓膜を震わせながらあちらからこちらへこちらからあちらへカタカタと鳴り已まず、つまり勢いよく廻転する車輪が車軸に擦れて立てるカタカタいう音がしているのだからたしかに廻転していると分かるがどんなに目を凝らしてもそれを捉えることはできないらしくそうして消えた細長い金属棒の行方についてあれこれ考えているうちにも高い塀に囲まれた一角の前に駐められてつまり再びそれは現れてというのは細長い金属棒だがふたつある大きな車輪の内側で傘の裏側に張り巡らされた骨のように中心の軸から周縁へ放射状にあるいは周縁から中心へだろうか並んでいるのが認められるし手に触れることもできる固い金属であることをそれは示していてもちろん触ると怒られるから触らないがそうして緩やかにS字を描く小道を抜けて薄暗い玄関へ至ると硝子戸を引き開けて中へ入ってゆくその背中を見ているというかその背中をしか見ていないというかもちろん他のものにも目を向けていたはずでいやむしろあらゆるものが興味を惹く対象として現れてくるのを無視できなかったはずなのだが例えば軒の隅のほうで白い糸が風に戦いで光っているのや毛の生えた胡麻粒のようなものが列を成して動いているのや尻が鋏になっている細長いのがのた打ち廻っているのや触ると丸くなって転がるのやそうしたものたちのことだがその悉くとは言わないまでもほとんどが欠落していてどこへ行ってしまったのか捜せば見つかるものなのか否かそれは分からないにせよとにかくそれは祖父の背中であってそれ以外の何ものでもないと言ってよくもちろんそれは伯父でもあり父でもあるわけだがさらに言えば子でもあり孫でもあるのだが何よりもまず祖父としてあるのだからそれは祖父なのでありいや祖父の背中なのであり見上げるほどにも大きな背中が開っていてそれが右に左に揺れ動きながら視野のほとんどを覆っているのでありとにかく捜し求めてこの坂道をどこまでも上ってゆかねばならないがいやどこまでもではなくそこまでだが丁字路というか逆ト字路というかそれはもう曲がり角の向こう側へ隠れようとしていてまだ見えてはいるがすぐにも隠れて見えなくなるだろう例えば道の右側に位置しているか左側に位置しているかでそこに若干の差は出てくるし右から振り返るか左から振り返るかでも若干の差が出てくるにせよここで立ち止まって一歩も動かないのでないかぎりとそんなことを考えているうちにも見えなくなるだろうまだ見えているが丁字路というか逆ト字路というかそれが見えなくなればどんなに振り返っても見えなくなればあとはもう真っ直ぐ前を向いて歩いてゆけばいいのだしそしたらいつか道は平坦になってつまり坂が坂ではなくなって目指す堅牢な建物へと至るに違いなくそれはもう本当にそうなのでありなぜといって三年もそうしたことをくり返してきたのだからそれをしも法則と言っていいかはべつとしてすぐにもそれが見えてくるというのではないにせよいずれ見えてくるのは確実なのだから。

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