友方=Hの垂れ流し ホーム

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この先にそれはあるのだろうか本当にそれはあるのだろうか疑いだせばきりはないが確実にそれはあるのだろうかもちろんあると思うからこそこうして坂道を上っているのだがあの丁字路を右に今それは逆ト字路だが曲がってからかそれともそれ以前からだろうか妙な具合に揺らぐというか心的にも身的にもだがつまり心的な揺らぎが身的な揺らぎを齎すのかあるいは身的な揺らぎが心的な揺らぎを生ぜしめるのかそれとも両方同時になのかとにかく疑心に駆られて間違いなくそれはあるのだろうかと揺れに揺れながら振り返れば丁字路ならぬ逆ト字路が少しだけ遠離っていることからさっきよりは前進していることが分かるがそれが分かったからとて確実さが増すわけでもないしそれでも少しは前進していることが分かって安堵する甘利だが生温い風が吹き寄せるたびにそしてその風が吹き抜けるたびに声が重く伸し掛かりいや重くはないがなぜといって声に重さはないからだがそれでも重くて仕方がなくその重さに耐えきれず押し潰されてしまうということはないにせよ足元がふらつくのはもちろん疲れているからでそれでも上ってゆくのだがこの坂道を上ってゆくほかないのだが一歩ごと確信が零れ落ちてゆくというか零れ落ちてゆくような気がするのはなぜなのか少なくとも確実さの保証と思い做されていた三年という歳月さえ何の保証にもならないしそれこそ一場の夢のごとき稀薄さで吹き飛ばされてあとには何も残らないというような実際何が残っているというのか辛気臭い面持ちにそれは如実に表れているではないかすべてをそれは物語っているではないかとそう思ううちにもすべては消え果てて全き闇の中を手探りというか足探りというかそこが一定の勾配を持った傾斜地であることがつまり坂道であることがそうしてそこを上っていることがたしかな感触として紛れもない現実として少なくとも甘利にとってそうしたものとして意識されて夜空よりいっそう黒々と見えるのは植込みの樹木だろうか生温い風にそのシルエットが蠢くのを余所目にこの坂道を不自然な挙措によって首回りの凝りが全身へ拡がってゆくらしくどこかぎこちない動きでこの坂道を上ってゆくのが甘利であることは最早疑うべくもないがその疑うべくもないことが疑わしいとなれば何を基点にすればいいのか自身の立ち位置さえ危うくするような危険を冒すのは控えるべきではないか黒々したシルエットの下を過ぎながらそう考えてもちろん甘利がそう考えるのだがこの先何が待ち受けているのかなどという不毛な問いはだからもう問わないことにして目の前の現実だけを頼りにとりあえずこの坂道をと振り返ったそこにはまだ丁字路というか逆ト字路があってさっきから少しも前進している様子のないことにうんざりしながらもその現実にこそ踏み留まらねばならないというかそこから踏みだしてゆくのだと生温い風を受け流して前に向き直りつまり丁字路というか逆ト字路に背を向けて決意も新たにというのではないにせよ残りの半分を乗り切るためにも気持ちを切り替えることは有効だろうと前方の闇を睨み据えたと言えば聞こえはいいがその実目を細めて睨み据えるようにしないとよく見えないからでつまりすべては呑み尽されて闇の底へ沈んでしまったからでなぜなら暗いからでもちろん随所に街灯が設置されてはいるしそれが煌々と灯されていることもたしかだが数が限られていて防犯上必要らしい最低限の場所にしか設置されていないのだろうあるいは予算の関係か今いる場所から目に見える範囲でそれはないし家屋から洩れる灯りなり常夜灯なりが僅かな光源として辺りを照らしているだけだから暗いのは仕方ないとなかば諦めてもちろん甘利が諦めるのだが、その諦めた甘利の前に拡がる闇の深さはその静寂とともに底の抜けたようなどうにも計り知れない不可知のものとして拡がっていてその中を気持ちも新たに踏みだしてゆきながら前向きなのか後ろ向きなのかいくらかは前向きだがいくらかは後ろ向きでもあってつまり前向き且つ後ろ向きの後ろ向き且つ前向きの微妙な均衡で釣り合ったそんな状態だからだろうか前へと踏みだす勢いが殺がれることにもなっていつまでも丁字路というか逆ト字路というかそこから離れられずもちろん離れているのだが少しずつ離れてはいるのだが離れているという認識をよりは離れていないという認識をいっそう強く感じるらしくそれが実際の距離を縮めて前の一歩をなかったことに次の一歩もなかったことにそうして全体少しも動いていないということになってもちろん一歩は一歩としてその距離が失われることはないし積み重ねられたその歩みによっていずれ丁字路というか逆ト字路は見えなくなるに違いないがまだそれは振り返れば見えるところにあるだろうし振り返ったらたしかにそこに見えているから大して進んではいないということでそれでも何歩か進んでは振り返りまた何歩か進んでは振り返りしながらにせよ坂道を上ってゆくうちにいずれ辿り着けるといった確信はあってそれなのに不意に道に迷いでもしたようなはじめて通る道でもあるかのようなどこから来てどこへと至るのかまるで見当もつかないというようなそんな感覚に陥ってそこで足が止まったらそれ以上一歩たりとも動けなくなるというか引き返すよりほかなくなるとそう思ううちにも足はふらついてそれに伴い微かにだが地面も揺れ動くから危うくバランスを失い掛けて疲れは真っ先に足にくるということかそうかといってここで転倒しようものならどうなるのか膝から崩れ落ちるとか尻餅をつくとかその程度のことで済むのであればさして問題もないがなぜといってまた立ち上がればいいのだし立ち上がることに於いて支障を来すことはないだろうからでとはいえそれ以上の事態に陥ったとしたらどうなるのかそれはつまりそれ以上の事態とはつまりこの坂道を転げ落ちてしまうだろうということでいくら勾配が緩やかだといっても坂道は坂道であるからして上れば上るほど位置エネルギーの増大することは必然なのだからこの身に蓄積された厖大なエネルギーが一挙に解放されたらそれはもう大変なことになるともちろんそれは最悪の事態を想定してのということだから必ずしもそうなるということではないだろうがそうならないという保証もまたないだろうということだし少なくとも可能性としてはそうだということでいずれにせよ地面の揺れが収まるのを待って次の一歩を慎重に踏みだしてゆくが今ひとつ安定感に欠ける腰から下を巧く制御できないのはやはり疲れているからだろう普段なら漏れださないよう蓋をするところが巧く蓋をすることができずに漏れだしてくるのもそのせいに違いないとそう思いながら踏みだしてゆくがどこまでも転がり落ちてゆく様子が不様に転げ落ちてゆく姿が幾度も再生されてそれから目を背けることもできず最初のうちはそうでもなかったのにある種の刷り込み効果でもあろうか執拗にくり返されると徐々に現実味を帯びてきてそれ以外の展開などあり得ないような気さえしてくるがもちろんそんなことはないはずでいくら疲れているとしてもそんなことになるわけがないと斥けながら踏みだしてゆくその一歩をいつか踏み外してどこまでも転がってゆく鮮明といえば鮮明な不鮮明といえば不鮮明な鮮明というのはテレビなり映画なり各種映像媒体が見せ場として過剰に演出するのをくり返し目にして焼きついているからで不鮮明というのは所詮自身の経験にないことだからでそれともあるのだろうかあったのだろうか、いずれにせよそうした鮮明且つ不鮮明な像とともに硬いアスファルトへの衝撃と痛みが兆してくるというかありもしない痛みに身体のあちこちが悲鳴を上げるというかもちろんそれは想像的衝撃想像的痛み想像的悲鳴にすぎないが実際の衝撃実際の痛み実際の悲鳴に劣らず生々しくそれこそ恐怖を搔き立てるのに充分な生々しさで迫り来るから一刻も早くそこへ辿り着こうと逸るが逸れば逸るほど空廻りすることにもなってそれでもいずれは辿り着けるだろうと一歩一歩を確実に踏みだしてゆくほかないしこの一歩の積み重ねがそれを可能にもするのだと根拠もなく掲げてそうして見出される一筋の光明と言っていいかは分からないが次に繋がる繋がってゆくだろう細い糸としてそれはほんの微かに鼻腔を擽る程度だが鉄臭さに混じった塗料の匂いが拡がってそれとも匂いの記憶が甦っただけなのか視野の隅に捉えられた像によってそうしたものが齎されるだろうことは想像に難くないがいずれにせよ闇の中から浮かび上がるのは背の高いオレンジの真っ直ぐな線でいくらか斜めになって首を傾げてでもいるような不意に現れた不審者を訝り誰何するようなそんなふうにも見えるそこからはたしかに鉄臭い塗料が匂い立っているが直前のそれが実際のものか記憶の再現なのかは分からないからそれについてはさしあたり措くとしてあれは何と言うのか歯医者が患者の口の中を診るのに使うあの器具は名称も分らないその器具に形が似ているオレンジの細長い棒を目に留めるというか否応なしに見えてしまうというかつまりそれから逃れることはできないということをその鈍い光沢が示しているようでもあるのは至るところに出没しては睨みを利かせるからだしどこか監視塔めく頭でっかちのそれの前を通りすぎようとすると目を合わさないように俯きながらゆっくりと通りすぎようとすると息を潜めるというのではないにせよ何がなし慎重な足の運びで通りすぎようとするとその間も鉄臭い塗料の匂いが途切れることなく漂い流れてくるからでそこへ不意を突いて降り掛かるというか色や匂いに紛れていつの間にか入り込んでいるというか為す術もなく耳にしてしまうそれはそのときが来たのだと上のほうから今がそのときなのかそう今がそのときなのだ本当に今がそのときなのか本当に今がそのときなのだと遥か高みから辛気臭い面持ちでそう言って已まないがうっかり頷いたりしたら思う壺だと同意を意味するような身振りは瞬きひとつにせよしないようにして耳を塞いでも止むことのない声は聞き流しながら足早に通りすぎようとする。

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