もちろんそれ自体を肉眼で捉えることはできないがぶつかって跳ね返ってくる波長の違いで異なって見える長いものから短いものまでいろいろあるその波長の中で赤い成分が吸収されるのだろういくらか湯は青く見えるが掬い上げると青くないしそれ以外のどんな色にも見えないつまり透明でその透明なのに青み掛かった湯に身を沈めてひとりなら足も伸ばせるがふたりで入ると窮屈な感の否めない浴槽の中で肌は白く揺らめきもちろん浴槽の白さには及ぶべくもないがそれでも白いと形容するのに吝かではない肌のその艶やかな二の腕から肩に掛けての張りというか加えた圧力と同じ力で弾き返すほどの弾力というかそこまでの張りはもうないにせよもちろん面と向かって口にすることはないがピークを過ぎたと言っていいそれは衰える一方だが日々の手入れにより持ちこたえていて脂肪を多く含んだ尻や乳房とは異なる筋肉により形作られるそのしなやかな曲線は首筋から耳元へ掛けて徐々に赤みを帯びてゆきというのは体温より高く設定された湯の熱が体温を上昇させるからでそうして身体の芯まで温まるのにいったいどれほどの時間を要するものなのか正確なところは分からないが温まるまで湯に浸かりながらいや温まっても尚そこに浸かりつづけて湯の中で腕を動かして湯を搔き混ぜたり湯面で波を立ててぴちゃぴちゃいう音を立ててみたり音程のはっきりしないフレーズを口ずさんだりしているがどこを見ているのか焦点の定まらぬその眼差しや体温の上昇を示している頬の火照りやにある種の妖艶さが滲み出ているというかそうしたものを感じさせずにはおかないというか意図せざるものだということは分かるにせよその裏側に意図せざる意図を読みとるべきか否かとにかく赤みを増してゆく肌には半球状のあるいは楕円状のあるいは半球なり楕円なりの一部が崩れるというか破裂したように開かれている半透明の粒状のものがいくつも煌めいて汗なのか水滴なのか肌の上に白い肌の表面に散りばめられている時折それが重力に屈するように縦に筋を引きながら滴り落ちてゆくのを垣間見るというか盗み見るというかそこには垣間見られ盗み見られることを拒むようなものはないらしくだからリラックスして弛み切った肌の上を嘗めるように湯の中に隠れたところも隈なく眺めることができるし黒いというか茶色いというかあるものは黒に近い茶色だがあるものは薄い茶色のまたあるものはほとんど地肌と見分けもつかない色をした不規則に並んでいる大小様々の染みのような点の数を数えることもできるし小さな気泡が体表面に貼りついているのをこれは数えることはできないが見ることはできそれでも無防備に晒されているのをただ見ているだけでは飽きたらず艶やかに濡れたその肌に指先で軽く触れると半透明の粒が指の腹に纏わりついて指を滑らせるとそのあとについてくる掬い上げると糸を引く粘性の高い液体ほどではないにせよそうして時間とともに赤みを増してゆく肌を余さず嘗め尽す勢いで垣間見るというか盗み見るというかするのでありいずれにせよそれが赤みを増してゆくのは肩まで浸かって百まで数えるよう命じられたからだがその声もまた高い天井に谺して長く尾を引き敷居によってふたつに分かたれているとはいえ上のほうは繋がっているから資金不足か資材不足かそれは分からないがつまり敷居は天井まで届いていないからあちらへもそれは響き渡るだろうそれでも湯気に覆われて何もかもが仄白く霞んでしまうように徐々に谺も霞んでゆくというか他の音に紛れてしまうそうして消えてしまった声は今どこにあるのかそれはどこを彷徨っているのかその所在を確かめる術はないというか決定的に失われているから失われた声を捜し求めるよりも新たに声を響かせることがさしあたり求められていることにも合致するというように声に出して数えてゆくのだが、いーちーにーいーさーんーと数えあげて十まで数えたところでもういいだろうと問い掛けるといいわけないでしょと軽く一蹴され仕方なく二十まで数えて再度窺うがダメとこれもにべなく斥けられてどうにか三十までを数えあげてもう限界と懇願するも許してはもらえず次の四十は切れ切れになってとても天井まで届かないが何とか数えあげそれでもつづけるよう促されてちゃんと数えられているのかどうかも分からないまま五十まで数えとはいえこれが限界の限界でこれ以上先へはひとつも進めないとそう訴えることなく訴えてそれでようやく許しを得たもののその時点で立ち上がるのさえ困難というか立ち上がると血の気が引いてゆくのが分かり物の輪郭がぼやけ曖昧になって握り締めた掌の中でチョコレートが溶けてゆくように何もかもが溶けてゆくような気がして一歩も踏みだせず踏みだそうとすると足元で地面が動くというか不安定に揺らぐから立っているのがやっとでつまりあちこちで物が倒れたり飛んだりするし割れた硝子が散乱するなどしていてそれはもう危険極まりなく違うそうではなく湯の流れる音や桶の反響や話し声や何かを叩きつけるような破裂音や雨でも降っているようなざあざあいう音や雫の滴るぴちゃぴちゃいう音や水を弾くようなばしゃばしゃいう音や逆巻く波の轟音やら地響きやらがらがらと崩れ去る物音やらそうした耳に届く音がそれまでほんのすぐ傍で聞こえていた雑多な音が籠ったような響きで水の中にでもいるような感じがして徐々に遠退いてゆくというか隣室から洩れ聞こえてくるテレビの音を聴いているようでつまりそこから意味を聴きとろうとすると零れ落ちてゆくというか断片的な音の連なりになって意味を成す語にはならずかといって聴くのを止そうと耳を塞ぐと意味ありげな響きが当の音の連なりの中から匂い立つようにして立ち上ってくるから再度意味を捉えようと試みるが意味を成さない音の連なりへとそれは拡散してしまうというような何かそんなふうなもどかしさで湯気に包まれた空間は白くぼんやりと霞んでいるがそれが尚いっそう白くぼやけて例えば塗ったばかりでまだ乾いていない画用紙の上に水滴が落ちるとそれが紙面に拡がるというか染み込んでゆくとともに絵の具が水に溶けだして隣り合う色の境界が滲み混ざり合い濁ってゆくように視野全体が白く滲んでゆきそうしてどれくらいだろうかぼんやりと立ち竦んでいたらしいがつまり何もかもが手の届かない遥か彼方へ遠退いたような一切の接続が遮断されたような視覚も聴覚も触覚も嗅覚もその他諸々含めて一切の感覚がその接続を断たれたようなある種の閉塞というか陥穽と言ってもいい何かそんなような感覚というか感覚の不在の中に囚われていたということだが永遠にも思えたそうした感覚というかその不在もそれほど長くつづいたわけではないらしくほんの数秒かあるいはもっと短かったかもしれずそれを確かめる術はもうないにせよいやたとえあったとしても掘削なり浚渫なり発掘なりするつもりなどまったくないと言ったら嘘になるがそうした手間暇の掛かる地道な作業には向いていないだろうしいずれにせよその空白の前とあととで特に目立った変化は四囲のどこにも認められないようだからつまり異なるステージへ移行してしまったというような何か決定的な変異はないらしいからかかる判断も的を射抜いてはいないとしてもまったくの的外れということでもないだろう少なくとも的を掠めるくらいはしているだろうと少しく安堵の吐息を洩らしたかどうかは知らないが、とにかく何某かの時間が経過したあとで腋の下に何かが差し入れられて右の腋の下と左の腋の下にほぼ同時にだが仄かに温みを感じる柔らかいものが触れて両方からつまり右と左とから強く押さえつけられるが押し潰すほどの強さではないから押し潰されることはなく次いで水平方向に掛かっていた圧力が垂直方向つまり上方へ向かいそうして上に押し上げられてつまり瓦礫の中から何日か振りに助けだされていや違う湯の中から引きだされて宙に浮かぶとざあざあいう音とともにそれまで身体に纏わりついていた湯が流れ落ちて身体のほうは流れ落ちることなくそのまま空中を浮遊しながら浴槽の縁を越えてその向こう側へ降り立つというか足裏にタイルの感触を感じてその冷たさに引いていた血の気がいくらか戻ったようだが視界はまだぼやけていてどこにも焦点が合わないし足もふらついて真っ直ぐ歩いているつもりでも右にか左にか傾いでしまうらしくそれでも倒れないのは卓越したバランス感覚によるものではもちろんなく両脇を支えられているからでそうしてふらつきながらもどうにか蛇口の前まで辿りつきそこで全身泡塗れになるのだがまったく同じ姿がそこにあり湯気と水滴とで霞んでいるにせよこちらの動きと寸分違わぬ動きを見せるよくできた分身と言ってよく至るところに現れては真似をするその分身から逃れる術はなくもちろん視力を失えば話はべつだが見えている以上見ざるを得ないというか気づけば目を向けてしまっているのだからその硝子窓に於いても同断でこちらが見たその瞬間に向こうからも見られて何がなし萎縮するらしくすぐに視線を逸らしてしまういずれにせよ硝子ケースには様々な意匠や記号や模様で構成されたというかデザインされたいくつもの四角い小箱が隙間なく陳列されていて積み重ねられたそれら小箱がいくつもの山を作ってその高さを誇っているようでもありどの山がいち早く削られてなくなるのかつまりその低さを競っているようでもありそれぞれごく薄い透明なフィルムに包まれてきらきらと輝いているがその硝子窓の向こうは暗く沈んで気配もなく窓の正面ではなくいくらか右寄りのなかば窓枠の外の陰というか奥まったところに潜んでいるからだろう遠目には無人のように見えるがこちらからは見えなくてもあちらからは見えているのに違いなくその暗がりからずっと窺っているのだろう辻を越えて横断歩道を渡ってやって来るのを拳を握り締め息を切らして駆けてくるのを獲物を狙う禽獣か何かのように見つめる視線があるのに違いなくいやたしかにそれはそこにありだからその硝子窓の向こうに潜む影に向かって合言葉を唱えるわけだがそうすると窓の隙間から腕が伸びてその掌には四角い小箱が握られてありこちらの掌には金属製の円盤が何枚か握られてありというのは貨幣だがつまり貨幣と交換するのだが色も大きさも重さも模様も異なる幾種類もの円盤つまり貨幣は握り締めていると掌が金臭くなってしまうがそれでもあらゆるものと交換できるからだろう飴でもチョコでもラムネでもイカの酢漬けでも塩昆布でもビーズでもおはじきでも本当にどんなものとでも交換できるから強く握り締めて放さずとはいえ四角い小箱を前にして当の合言葉を間違えずに言えるだろうかそれを間違えたら大変なことになると今一度確認しようとするが果して何と言ったのだろうかセブンスターだったろうかマイルドセブンだったろうかそれともまったくべつの何かだったろうかついさっき耳にしたばかりなのにそれはもう手の届かないどこかへ紛れてしまって再び手にすることはできそうになくそうして絶望的な思いで辻を越えてゆくうちにも赤地に白く三つの記号が横並びに象られた四角い看板を掲げているそれはもう目の前でつまりほんの数歩で合言葉を言わねばならない地点へ到達してしまうということでそれなのに当の合言葉は確定されずその数歩の間に確定されるのだろうか暗く翳った硝子窓には不安げな面持ちが映しだされているらしく僅かに開いた口元は苦痛に歪んでいるようには見えないが何かを発しようと構えていてその何かを手繰り寄せようと目を凝らしたり眇めたりするがそこに窺えるのは真っ直ぐに切り揃えられた前髪の線というか際というか上下に分かつ境界とその下の空虚な眼差しと横に並んだ白い歯並みとだけでそれより他には何も窺えないらしくいやあらゆるものは目に映っているしそれらは正しく捉えられもしているのだがただ意味を成すものとして捉えられないというかまったく以て空虚な像としてしか捉えられないらしい。