自らの意志で動いているのかただ流されているだけなのかそれとも意志を持って流されているのか、万遍なく注がれる陽差しのその下をいくつもの影があちらからこちらへこちらからあちらへ、風向きによって潮の香りが漂ったり漂わなかったりする辻をこちらからあちらへあちらこらこちらへ、その間を掻き分けながら探偵的眼差しで四囲を、といって決定的な何かを、それこそ物語的大団円を迎えるだろうような、事件が解決して犯人がお縄になって遺漏なくすべてが見通せるようになる、そんなふうな誰をも黙らせる物的証拠を探りだそうというような職業的真剣さに於いてではなく、単に卑俗な素人的好奇心に於いてだが、だからその何かを見つけることは、その何かがあるとしてだが、それ自体問題ではないし端から念頭にもなく、まったくないわけではないにせよいくらかは念頭にあるにせよほとんどないと言ってよく、そうした身振りそのものをなかば楽しみながら四囲を、時間による変質は免れ得ないにせよ目にした光景をありのまま記憶に留め置き、というか留め置こうとして四囲を、それでもそのほとんどは忘却の彼方へ拉し去られてしまうだろうが、とにかく四囲に注がれる陽差しの下を風が渡るとそれが波を呼び寄せるらしく一帯はいつか海へと変じ、逆巻く波がうねりにうねって何もかもを水底深く沈めてやる沈めずにはおかないと息巻いてでもいるような、そんな荒々しいイメージが、とはいえ実際はもっと穏やかな入江だったはずだからなぜそのようなイメージが現れるのかが分からないそれとも、いやそんなはずは、が渦巻いて、とにかくそうした光景を目の当たりにするとともに塩辛い苦みが舌先に拡がって、かつて海だったことが分かるような分からないような、もちろん分からないのだが分かるような気がしないでもなく、とにかく妙な味のする唾液が口中に溢れて、飲み下すその音がしばらく耳に残り、そして柳が風に揺れているその下で何を見ているのか何が見えるのか、もちろんそれは海にほかならず、眼界に拡がる青海原がどこまでもつづいて、いやそれはないが、でもあるかもしれず、なぜといって潮風が頬を嬲り髪を靡かせて已まないからで、穏やかな波が打ち寄せる砂浜に影たちの姿はなく、視界を飛び交うゴミのような影を除いてだが、それは尚も飛び交って見ることを妨げているがそれより他に視界を遮るものはなく、本当に何ひとつなく、遍く仄青い光に溢れて、もちろん晴れていればだが、打ち寄せる波の際まで砂浜を、そこで右へ曲がるか左に折れるかしてその際を、というのはそれ以上直進することはできないからで、もちろん泳げないからではないし泳ぎに来たわけでもないからで、水はまだ冷たいだろうし、だから足跡を残しながら砂浜を、貝殻を踏みつけながら浜辺を、打ち上げられた漂着物は避けながら海岸線を、変化して已まないその線の際を、それをしも線と言ってよければだが、なぜといって見るかぎりどこにも線などないのだから、海岸はあるが線などありはしないのだから、いや線はあるのだがどこにでもあるのだがそれでいてどこにもなく、それがあるのはもっとべつのところなのだがさしあたりそれは措くとして、というのは煩雑を避けるためにだが、そんなわけで日はまだ高く空にあるらしく、その周りには仄白い塊がいくつか寄り添うようにそれとも傅くようにか、その遥か下を歩きながら手を滑らせてボタンのほうへ、横から吹き寄せて翻るのを掻き合わせようとボタンのほうへ、押さえつけねじ込もうとするが狭い隙間はきつく閉じられて頑なに拒んでいるようで、隙間の上を虚しく滑ってゆくばかりでそれは一向に、無理やりにも押し込もうとさらに強く押し当てるが強ければ強いほど反発も大きくなって、そういうことなら無理に強いても仕方がないと諦めて、そうして風に翻るのを、翻って捲れ返るのを、捲れ返って露わになるのを、まあ何もかも露わになるわけではないだろうが何某かは露わになっているだろう、それまで隠されていたものが露わになるその瞬間を捉えて手を、右のを次いで左のも、さらに露わにしようと手を、右のを次いで左のも、いずれにせよ自らの意志で動いているのかただ流されているだけなのかそれとも意志を持って流されているのか、もちろん自らの意志で動いているつもりだが当の意志がどこから到来したものか真実に内からの十全たる発露と言っていいものか、というか抑も内からの十全たる発露とは全体どんな発露を言うのか、外と切り離された外との関わりを一切持たないそれ自体で独立した内などというものが果してあり得るのか、外が外としてあるからこそ内が内となるとすれば外との関わりを欠いたそれを内とは言い得ないのでは、そうとすればそれが内たろうとすれば必然外を、つまり内には外が含まれていることに、逆もまた然りで一方だけを考えることは、一方を考えることは他方を考えることでもあり、だからそれらは切り離し得ず、自らの意志で動いているつもりでもそこには外からの影響が少なからず作用しているということに、どんな作用かは知らないが、まあそれがどこから到来したにせよ内からの発露であるかぎり自らの意志であることに変わりはないと当の意志に従って、それで何の不都合もないしこれまで何の不都合にも出会わなかったしこれからも何の不都合にも見舞われないだろう、とそう短絡はできないにせよ当の意志より他に意志を見出せないとすれば今手にしているこの意志を自らの意志として意志することよりほかになく、だからその意志に従うのだが、ここまで従ってきたのだが、頽れるように倒れ込むと膝がもう、喉が渇いているのは水を飲んでいないからなのか、それとも飲んだのに渇きが癒えないのか、とにかく膝がもう、そうしてほんの少し休憩するつもりがけっこうな時間居坐ってしまうことに、だから暇を告げて腰を上げ、あるいは腰を上げて暇を告げ、もしくは曖昧な素振りで濁しつつ、いずれにせよすでに日は落ちて辺りは仄暗く明かりもないから尚一層暗く沈んでいて、耳に届くのは波の音と風の音くらいだが、その風にずっと当たっていたせいか身体も冷えて錆びついた蝶番のように節々が軋むのを、これ以上は身が持たないと足から靴をもぎ取るとなかの砂を落とし、それをまた足に填め込むが蒸れた靴底に貼りついているのかまだ少しざらつくようで、それでもいくらかマシにはなったと立ち上がり、というか立ち上がろうと膝を立てて慎重に体重を掛けてゆくが嫌な軋みを上げてそれは抵抗を示し、そのためバランスを保てず幾度か尻餅をつくが砂が緩衝となって衝撃のほとんどは吸収され、つまり骨へのダメージも最小限で済んだから無事に立ち上がることができたのだが、そうして立ち上がると、二本の足で二本しかない足で、尻についた砂を払い、次いで手に残る砂を落として、それで身が軽くなったわけではないが砂以外に落ちたものがあるということだろう、気は軽くなり、その余勢を駆って駅のほうへ、さしあたりどの駅でも構わないがここから最も近い駅へ、というか駅はどの方角だったか、暗いせいか方向感覚が怪しくなって今どこを歩いているのかさえ、だからひとまず広い通りへ、そうすれば大凡見当はつくだろうと仄暗い路地を二本の足で二本しかない足で、辻に出るとより広いほうへ道を取りながらだんだんと見知った光景になってゆくのを、互いに結びつかない浮島のごときそれら断片的映像が頭のなかの地図といつか合致して、それらを繋ぎ合わせる経路が唐突に現れるその瞬間と言ったらもう、それはまるで世界に光が満ち溢れたような、祝福の鐘が鳴り渡るのを耳にしたような、まあそれは言いすぎとしてもいくらか四囲は華やいで、その華やぎのなか影たちもまた現れ出でて思い思いの方向へ、というのはこちらの意志に従う手合いではないからで、つまり各自が各自の意志に於いて各自の行動を各自に裁量していてこちらはそれにまったく関与していないのだから、そしてこちらはこちらのゆくべき道を過たず、というのは駅のほうへ、もちろん自らの意志で、内からの十全たる発露か否かは措くとして、というのは煩雑を避けるためにだが、そうして駅のほうへ二本の足で二本しかない足で、その間にいくつもの辻が開って、そのいくつもの辻を切り抜けながら二本の足で二本しかない足で、もちろん駅のほうへ、そうしてどこか舞台めく細長い場所で所在なく待つ間もやはり影は影たちは思い思いの方向へ、それが意のままにならないことを嘆いても詮ないが、妙な威圧感とともに巨体が軌道に現れると少しく四囲はざわめいて、それとも四囲がざわめいたことで軌道上に巨体が現れたことに気づくのか、まあ前者の場合もあるだろうし後者の場合もあるだろうし両者を同時に認めるということもないことはないだろう、いずれにせよそんなものの下敷きになったらひとたまりもなく、なぜこんな物騒なものと対峙せねばならないのかが分からない、いや分かってはいるのだが真実には理解していないような、そうでなければかかる物騒なものと対峙するなどということは、なぜといってそんなものの下敷きになったらひとたまりもないからだしゆっくりと近づいてくるそれに吸い寄せられそうでもあるからで、いやたしかに吸い寄せられてゆき、辛うじて踏み留まって事なきを得てもいつかそれは現実になるに違いないとそんなふうなことを、とにかく己が威容で四囲を振わせながら迫り来る巨体は目の前で動かなくなり、次いでいくつもある口を開け、そしたら皆一斉にそこへ群がってゆくから遅れじとその最後尾について様子を窺いながら口のなかへ足を滑らせてゆく、右のを次いで左のも。