> 滴るまで 15
友方=Hの垂れ流し ホーム

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いずれにせよ間を取り持つ、間を繋ぐ、繋いで離さない離したくないというような、何かそんなふうな重苦しさが滲み出ていたのかもしれず、というか滲み出ていたに違いなく、でなければそれまで広がっていた心地よい風の吹き抜けるある種晴れやかな草原の風景が一転して貧相な小庭に変じてしまうこともないはずで、だから今一度広やかな草原を爽やかな風とともに現出せしめんと傾けたのだが、というのはグラスをだが、傾け流し込んで嚥下したのだが、というのは液体をだが、青臭い渋みが澱のように沈殿してゆくばかりか、蝕むというのか苛むというのか、一様に熱を帯びてその焼けるような痛みに苦しみ藻掻くというのではないにせよ、一定の刺激を受けはして何がなし萎縮するらしく、萎縮して踏みだせず、いずれは踏みだすにせよ今はまだ、とそう思ううちにも影が、暗闇のなかで蠢くいくつもの影がまた、あちらからこちらへこちらからあちらへ忙しなく、ここへもまた現れるのだろうか、現れて何ごとか囁くのだろうか、耳元で熱い吐息を洩らすのだろうか、縦に細長いシルエットがこちらからあちらへあちらからこちらへつけ入る隙を窺いながら、今にもこちらへ向かいそうな勢いであちらからこちらへこちらからあちらへ、とはいえどのシルエットがやって来るのか、まあそれが分かったところでどうすることもできないが何某か覚悟めいたものを決めることなら、あるいは狩られる獲物めく諦念とでも言おうか、とにかく首を竦め身悶える姿が艶のある声とともに、グラスのなかでは液体が揺らめきながら仄青く、悶えるたびに仄青く、零れそうになりながら仄青く、それでも零れないから不思議だが、見つめるほどに眩暈するような抑え切れない劣情が、迸り先走る劣情に、そうしてどこまでも昇りつめてゆき、というかどこまでも堕ちてゆき、つまり昇ることが即ち堕ちることであり堕ちることがそのまま昇ることであり、昇ることと堕ちることとに何らかの違いを見出すことはもう、これまでまったく異なるものと思い做していたものはもう、そうとすれば昇ることと堕ちることとに分かたれてしまうのはなぜなのか、全体それは誰の差し金か、下衆な探偵的眼差しで四囲を窺いながらあちらからこちらへこちらからあちらへと行き交うのをそれとなく、いや狩られる獲物は諦念など懐かないだろうが、そうとすれば狩られる獲物の諦念という表現は表現として妥当ではないということに、いずれにせよこれから起きるだろう出来事について、出来事というほど大仰なものではないだろうが何某か含むところがあるにはあって、だから構えてしまうというか後手に廻って初動が遅れることにもなり、後で後悔するというのがパターンで、それが分かっているからこそ、いやそれが分かっていても尚、だからやはりそれはある種の諦念なのだ、狩られる獲物のそれではないにせよ、ある種の諦念めく何かであることはたしからしく、とはいえその何かが何なのか、そこからさらに一歩踏み込もうとしても光が届かないというか闇が膨らむというか、といって何かが立ち開るとか何かに阻まれるとかそうしたことではなく、そこへ向ける眼差しに力が、元より弱腰だがそれに輪を掛けて腰が引けているようで、その何かが何なのか、そんなことはどうでもいいような気がしてきて、いや実際どうでもいいのだがどうでもよくない気も一方でしていて、だからその何かが何なのかを見ようとして、見ようとするのだが、差し伸ばした手には何も、糸屑とか紙切れとか小銭とかそういった類いのものよりほかには何も、それなのにいつまでも蠢かして飽くことを知らず、そこに何かがあるとでもいうように、いやたしかに何かがあるのだそこには何かがあるのだ何かは分からないが何かがあるのだそこにはきっと何かが終わりか始まりかそれは知らないが終るか始まるかする何かがきっと、とそう思いながら手を、ポケットのなかで手を、右も左も蠢かしながら分からないその何かを、袋の隅のほう、その先端部の最も奥まった部分に、というのは二枚の生地の合わせ目の指先には触れないほんの僅かな空隙に、というかそのさらに向こう側にその何かが、もう少しで届きそうなのに指の腹は布目を滑ってゆくばかりで何も、結局は何も、いやいつだって何も、だから合わせ目の向こうへは、そこへ至る道が閉ざされているのか開かれているのかそれさえも、そんなときにどこからか不審げな眼差しが向けられていることに、少しく不安を懐いてしまうのもだから無理からぬことで、といって行き交うシルエットたちの発する眼差しではないらしく、それよりもいくらか近しい感じの、それでいてどこか余所行きの、少しく隔たりを設けているようでもあるが親しみを込めているようでもあるそんな眼差しがすぐ目の前に、何に対するものなのか何がなし滲み出てくるのを堰き止めようともせず露呈させながら、とはいえいけません、と咎められたわけでもないのに、そうした声は届かなかったのに、身の引き締まる思いとともにポケットからそっと手を、右のを次いで左のも、そうして虚しく宙を彷徨った果てにテーブルの上へ、右のを次いで左のも、どこか居心地が悪いというか置きどころに困るのを幾度も置き直してようやく、右のを次いで左のも、そこにはグラスも置かれているからいくらか手狭な感じは否めないが、とにかくそこへ、右のを次いで左のも、何も隠し持っていないことを示すマジシャンのように、右のを次いで左のも、いずれにせよ注がれた視線は誰のものなのか、もちろん女のものに違いないがどこか女のものではないような気も、見られているのに見られていない見られていないのに見られている、何かそんなふうな誰のものでもない空虚な眼差しを、主体を欠いた眼差しそれ自体とでも言おうか、そんなありもしないものを見てしまう、というかそんなありもしないものが見えてしまい、尤もそれがありもしないのかありもするのかは早計には、というのはあるという根拠はたしかにないが、同様にないという根拠もありはしないのだから、そうした主体なしの眼差しに見つめられることがあっても不思議ではなく、というかむしろ眼差しとは本来主体と何の関わりもなく、そうした主体なしの眼差しこそが本来あるべき姿なのでは、そうとすれば主体によって裏打ちされた主体とともにある眼差しは眼差しの堕落形態とも言うべき濁りの内にあるということに、だからそうした堕落形態に於いて何かを見たとか何かが見えたとか軽々しく口にすることは、少なくとも何の決意も覚悟もなしに口にすることは、いずれにせよ注がれた視線に捉えられて為す術もなく項垂れているのをいくらか滑稽に思い、そしてそれが徐々に高じて笑いへと転じてゆくのを抑えられないのはかなり酔っているからで、いや酔っていなくても笑ってしまうかもしれないが、というのは自分自身を笑いにするようなどこか自虐的な傾向がないとも言えないからで、とはいえこのタイミングで笑ってしまうと、そんなつもりは更々ないのにも拘らず、自嘲的な笑いなのにも拘らず、自身へ向けられた眼差しに対する冷笑や失笑の類いとも見做されかねず、そうした事態は避けねばならないが込み上げる笑いを治めることは容易ではなく、というのは酔っているからで、そうして堰を切ったように笑いだすと、笑いごとじゃありません、と窘(たしな)める声が耳に、語気はそれでも穏やかで、叱るような口振りではなく、というのは酔っているからで、見るとこちらへ向けられた眼差しは背後へと流れて焦点を合わせることが、つまり向き合いながらすれ違い、すれ違いながら向き合い、それをしも向き合うと言ってよければだが、そうした状況にいくらか安堵したからだろう、いや安堵したのに違いなく、控え目ながらもだから笑いは止まず、とはいえそれは少しずつ、矛先が少しずつ、というのは酔っているからで、そしてそれは伝染する性質を持っているらしくいつか口許は綻(ほころ)んで笑みの形に、その穏やかな笑みからは笑いが、声にはならないが笑いが零れ、さしあたり叱責は免れたと思えばさらにも笑いが、それもまた伝染して笑いが、そうしていつまでも止むことなく笑いが、隣のテーブルにもそれは波及して破顔し笑みを交わし合い、さらには行き交うシルエットたちをも巻き込んでついには店中が笑いの渦に、そこに集う人たちが誰ひとり欠けることなくひとつになって巨大な笑いの波が、いやそれはないが、でもあるかもしれず、そのあるかもしれないとの思いを胸に、たとえそれがほとんど無きに等しい可能性だとしても、そのあるかもしれないとの思いは気持ちを頗る穏やかに、尤もそうした多幸感が専ら飲酒によって齎されたものだということは否めないが、そうと認めても尚減じない多幸感にそれはそれなりに意味があるのだ意味のないものなどないのだ、と柔和な笑みをふり撒き、そうして果てのない階梯をどこまでも昇ってゆくかに思えたのも束の間、何ごともピークをすぎれば下降に転じるのは道理で、殊更それを嘆くつもりはないが今少し浸っていたかったと夜風に当たりながら辻から辻を、行き交うシルエットたちはここにはもう、黒い影たちよりほかに行き交うものはもう。

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