友方=Hの垂れ流し ホーム

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いずれにせよ気づいたときには暮れ掛けた空が仄暗く沈んで陽差しも奥までは届かず、その分だけ暗さの増した箱の内も冷気により急激に冷やされて、心做しか影たちの動きも緩慢になるようで、そうして何もかもが夜の緩慢さを纏いつつあるなか、ずいぶん遅かったのね、と声が響いたのには少しく慌て、しかも待ち侘びてでもいたかのように妙に艶っぽい声色だったから尚のこと身を強張らせ、あらいつだって待ち侘びてるわよ、と臆面もなく言ってのけるのがさらにも不審を懐かせるが一方で安堵しているのもたしかで、六分の不審四分の安堵というところか、それでも油断していると七分にも八分にも拡がってゆくだろう不審に歯止めを、六分程度に留めておくためにも歯止めを、というのはその言葉をその笑みを掛け値なしに受け入れることにほかならず、そんなことがしかしできるのだろうか、いやできるできないではなくそうしなければならないのだ、と掛け値なしに受け入れて、そうして改めて眺めやると途端に距離は縮まって、濃厚な気配とともに鮮明な像が、僅かな視線の乱れによっても消え果ててしまいそうな儚さを纏いつつゆっくりと、翻ったり擦れたりしながらゆっくりと、如何にも軽やかに翻るそれは幕となり遮蔽となってこちらとあちらとを、内と外とを分かつように吊り下げられているにせよ、一切の交通が遮断されるわけではないので、いくらかは透かし見えるので緩やかに、つまりは透かし見る透かし見られるといった関係として緩やかに、そんなふうにしてまた夜が訪れるのだが全体誰の差し金か、夜になれば事態が進展するとでも言うのだろうか、果してそんなことがあるのだろうかあっただろうか、そうして待ち望んでいた事態がついに、というようなことを期待してもいいものだろうか、とはいえ何を待ち望んでいたというのだろうか、何かを待ち望んでいたことはたしかだとしてもいったい何を待ち望んでいたのか、四囲に巡らす視線のうちに何が捉えられるかに注目しつつ視線が捉えた当のものを吟味すれば何を待ち望んでいたかについてもそのすべてとは言わないにせよいくらかは明らかになるとでもいうように視線を四囲に、つまり視線は四囲を、隈無く四囲を巡ってゆき、そこに見出されるのは代わり映えもしない簡素な箱にすぎないが、簡素なだけに際立って見えてくるものが、他の何にも増して異彩を放っているものが、神々しく照り輝いているものが、いやそれほど照り輝いてはいないが照り輝いているような気が、少なくともそう感じさせるだけの気迫めく何かをそれは纏っていると見え、縦に細長いそのシルエットが窓辺をあちらからこちらへこちらからあちらへ、滑るような足取りで音もなくこちらからあちらへあちらからこちらへ、その度に気流が乱れてカーテンが、僅かながらもカーテンが仄青く、というか右と左から中央へ向かってくびれた細腰がふわり膨らんで、息を吹き込まれたかのようにやさしく膨らんで、戒めを解かれて伸びやかに拡がって、つまり拡げることで閉ざされて、というか拡げることは閉ざすことであり、閉ざすことで流れは滞り、滞ることで密度は増して、密度が増すことでより一層匂やかに、要するにこうして世界は閉ざされてゆき、それでいて世界は開(はだ)けてゆく匂やかに開けてゆく、を日々にくり返すのだが、くり返すほかないのだが、くり返すうちに突出した部分は削られ差異は均されて互いに見分けもつかないほどに、だから互いに見分けもつかず、そうしたものが堆く前にも後ろにも、それが重く伸し掛かって身動ぎもできないというのではないにせよ何がなし異和を感じてしまうのは否めず、その異和の正体について検証することは差し控えるとして、というのは煩雑を避けるためにだが、とにかく異和を抱えたままそのうえ何を抱え込もうというのかそっと差し伸べて、というのは手を、右のを次いで左のも、壊れないように壊さないように掻き寄せるがその手には何も、たしかなものは何も、それでも諦めず差し伸べて、というのは手を、右のを次いで左のも、壊れないように壊さないように掻き寄せるのだがその手にはやはり何も、それでもまだ諦めきれずに差し伸べて、というのは手を、右のを次いで左のも、そうして壊れないように壊さないように掻き寄せてゆくが虚しさが拡がるだけで何も、結局は何も得られない、とそう思ううちにもカーテンが、右と左からカーテンが、いくつもあった襞はもう、白日のもとに晒されてもう、まあいくらかは波打っていてそれが山と谷を成していて、山の部分には光が、谷の部分には影が、それにより山が山であることを谷が谷であることを、それでも襞と言えるような襞はもう、奥深く闇を内包した襞はもう、異界へと連なる底なしの深淵を内に秘めた襞はもう、つまり深さも奥行きもない平板なテクスチャとなってそれは開っていて、さらにその前に開っているのが、いや開っているというか煌(きら)めいているというか、凛とした佇まいで主(あるじ)然としている姿がそこに、そうして簡素な箱にひとり佇むその姿にいつか釘づけに、いやいつだって釘づけに、その届きそうで届かない微妙な距離感に悶えながら釘づけに、そんなふうにしてまた同じ夜を、厳密に言えば異なるのだがほとんど同じ様相で提示されるそれらを区別することは困難なので同じ夜をと言うほかないが、過ごすのだが、いや過ごすというかやり過ごすというか、何某かの時間が通過してゆくのを、何某かを運び去ってゆくのを為す術もなく眺めているほかなく、いや運び去らせまいと差し伸べて、というのは手を、右のを次いで左のも、確固たるものとして定着させようと差し伸べて、というのは手を、右のを次いで左のも、そうして掴み取ったものは、掴み取ったとしてだが、すべてポケットに詰め込んでいつでも取りだせるようにそっと忍ばせておき、というのはここぞと言うときの切り札としてだが、そうすれば両の手をポケットに突っ込んで、右手は右のポケットに左手は左のポケットに奥の奥まで差し入れて、突き破る勢いでねじ込んで、いやそれはないが、でもあるかもしれず、そうしてポケットのなかにある手を右手も左手もポケットのなかで蠢かしながら万端整っていることを、いつでも取りだせることを、優位に立っていることを、たとえ劣勢だとしてもまさぐっていれば、というのは手で、両の手で、落ち着くというか休まるというか、それが気休めにしかすぎないとしても、安定へ向かって平衡へ向かって曇りなき眼差しで、というか底意のない眼差しで、目の前を浮遊するゴミを消し去ることはできないにせよ、いつでもそれらは漂っていて見ることを妨げるにせよ、それらを透かしてそれらの向こうに現出する世界をその目眩くイリュージョンを、というのはカーテンが、薄青いカーテンが仄青く、それにより簡素な箱の内は悉く、見えるところも見えないところも等し並に、いやむしろ見えないところが、目の届かない隅に埃が溜まってゆくように見えないところがより一層仄青く、とにかく仄青く、つまりは同じ夜を、畢竟それはひとつの事態を、昇華と言おうか収斂と言おうかすべてはひとつに連なってひとつの事態として、だから常に同じ夜を、くり返し同じ夜を、いやそれはないが、でもあるかもしれず、そうして匂やかな夜の緩慢さに包まれながら簡素な箱の簡素さを、それがそれであるところのものを、何か近しいものとして、ある種の好ましさを伴って、ふと思いだしたときに笑みが零れるだろうような、何かそんなようなものとして、だからそれはイリュージョンなどではなく、何かもっと有り触れたものなのだが、有り触れているだけに余計際立って見えるということも、カーテンにせよ窓にせよ風にせよ影にせよ、もちろん声もだが、いずれも代わり映えしない、いつだって同じ相貌で開(はだか)るのだが、だからそれはイリュージョンなどでは全然なく、何かもっとべつのものなのだが、その何かが何なのか、カーテンはカーテンだし窓は窓だし風は風だし影は影だし、もちろん声は声だし、それらはいずれも馴染みのあるよく見知ったものだが、悉く同じ相貌で現前するのにも拘わらずそれらは異なる相貌でもあって、全体誰の差し金か、いずれにせよいくつもの声が、というかひとつの声が、たったひとつの声が、そのたったひとつの声がいくつも交錯して織り成され展開されるこの箱が、そこを基点としてあらゆるものが生じてくるそして滅してゆくこの簡素な箱が、有り触れたものをイリュージョンへ、見知ったものを見知らぬものへ、いや抑も見知ってなどいなかったということを、何ひとつなかったということを、どれだけ肌を重ね合わせようがどれだけ襞の奥へ分け入ってゆこうがその間には溝が、越えられない深い溝が拡がっているということを、その溝を前にして為す術もないことを、それでも引き返すことはできないことを、なぜ引き返すことができないのかについては措くとして、というのは煩雑を避けるためにだが、とにかく声を求めて声を頼りに声のほうへ進むほかなく、というか進んできたのだが、そうして辿り着いたのだが、ここへ辿り着いたのだが、ついさっきまでいたはずなのに気配さえ、そこに佇んでいるのを見つめていたのに、飽かず眺めていたはずなのに今はもう。

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