つまり波でありながら粒子でもあるというそんなどっちつかずの相貌を振り撒きながら注がれるわけで、もちろん上から、遥か上のほうから、その果てしなさと言ったらもう、とはいえ正味八分くらいなものなのだが、とにかく降り注がれた相貌をどっちつかずの相貌を乱反射させて揺らぐ様子に掻き乱されてしまうのは眩しいからにほかならないが、その抗いがたい求心力に吸い込まれてゆくような気も、といって吸い込まれたら二度と、だから吸い込まれないように踏みとどまってその向こうへは、柵に手を掛けたり足を掛けたりはしないが、風はそこを、その隙間をいとも簡単に通り抜けて手の届かない向こうへ、いつか女も手の届かない向こうへ、いやそれはないが、でもあるかもしれず、それでも今はまだここに目の前に、幾筋かほつれているのを靡かせながら、時折腕を上げてしなやかに撫でつけながら、踏みつける軽やかな響きとともにコの字に、いや真っ直ぐに、川風を背に受けて前のめりに後ろから、だからここは潔く、かどうかは分からないが何某かの後ろめたさを秘めてもいるとでも言おうか、そうしたものがあり得るとしてだが、それに背押されて方向を変えると、というのは顔の向きを変え身体の向きを変え足の向きを変えそして心の向きも変え、つまり取るべき道を変更して、そうして背を向けて狭い路地のほうへ、川風もそこまでは届かないらしく、いや場合によっては届くかもしれないがさしあたり潮の香りはしなくなり、代わりに前をゆく女の微香が芳しく、辺り一帯はその香に包まれてその香とともに路地を、そしてその香は脇目も振らず建物のなかに消えてゆく、建物と建物の間を押し広げて、いや押し広げたのではなく建物と建物の間が自ら拡がり、いや自ら拡がったのではなく元々あった隙間のようで、その隙間に入ったのらしく、というか入ったように見え、というかたしかにそこへ入ってゆき、狭い抜け道になっているらしい通路は奥へと真っ直ぐにつづいているが、陽差しが届かないせいか暗く沈んで見通しも悪く、舗装されてはいるものの足元に注意しないと転びそうなほど凸凹していて、馴れているのかそれを意にも介さず早足に、遅れじと足を速めるが見る間に距離を離されて、遥か彼方で黒い影が揺らめき、遠離りながら揺らめき、あるいは揺らめきながら遠離り、その揺らめきながら遠離るあるいは遠離りながら揺らめく影に追い縋るうちにもそれは、通路を抜けたその先には誰も、右と左とに同じように延びている舗装路の先を睨み据えながらさてどちらへ行ったものかと思案に暮れているとすぐ近くで声が、艶やかな声が、潤いのある声が、こっち、と囁きかけ、その声に、艶やかな声に、潤いのある声に誘(いざな)われて声のするほうへ振り返りつつ踏みだせば、鼻先に香りが、女の香りが掠め、姿はしかしどこにもなく、いやぼんやりと浮かび上がってくる像があり、揺らいでいるその像へ向かってさらに一歩踏みだしながら目を凝らすと、少しだけ像は明瞭になり、次の一歩はそれよりもう少し、その次の一歩はさらにもう少し、その次の一歩はそれよりも尚、と段階的に露わになってゆき、そうして一歩ずつ階梯を上り詰めていつかすべてが剥きだしに、何もかもが露わに、というようなことはもちろんないだろうが、でもあるかもしれず、こっち、と呼ぶ声に従ってゆけば叶うかもしれないと期待してしまうのは誰の差し金か、とにかく離れないように手の届く距離に身を置いて傅くように、だから声のするほうへ香りのするほうへ、そうして狭い路地に漂う幽き香りに包まれながらどこへ向かうのか向かっているのか、勝手が分からないので気を抜くとすぐに見失い、いや見失いはしないが、手招きするその手招きに手招かれてゆくのだが、要するに並んであるいは向かい合わせに腰掛けるのだが、腰掛けて幾時間も過ごすのだが、幾時間も過ごして楽しむのだが、もちろん時間と金に余裕のあるかぎりに於いてだが、楽しんでそれからいろいろと、まあいろいろとあるわけだがさしあたりそれは措くとして、というのは煩雑を避けるためにだが、とにかく軽く肘をついて指でグラスを弄びながら酔眼を彷徨わせ、笑顔とも泣き顔ともつかない面持ちで何かを呟いている姿が、その姿に魅了されその姿に酔い痴れていつまでも眺めていたいとそう思ううちにも口元へ運ぶグラスのなかの液体が仄青い光を散りばめながら揺らめいて、それが目を射るというか目に飛び込むというか、そのため少しく掻き乱されて、というのは思考が、纏まりのない散漫な、言語化すらされていないイメージ群にすぎないにせよ、泡のように消えてゆくのは見るに忍びなく、といって確固たるものとして固着させようとかいつまでも手元に留めておきたいとか何が何でも死守すべきだとかそうした意図があるわけではなく、ただ単に儚く消えゆくものへの未練というか執着というか、何かそうしたもので、そのうえさらに輪を掛けるように何かのモーターの音が割り込んできたから目と耳を同時に塞がれてしまったような、そんな気がして、とはいえそんな気がしただけで実際に目と耳を塞がれたわけではないのだから見えてはいるし聞こえてもいて、それなのに見ようとしているもの聞こうとしているものが零れ落ちて見ようとしていないもの聞こうとしていないものが前面に、というかむしろ見ようとしていないもの聞こうとしていないものこそが見ようとしているもの聞こうとしているものなのではないか、だからこそ見ようとしていないもの聞こうとしていないものが前面に、そうとすれば意識とは裏腹に見えてくるもの聞こえてくるものをありのまま、それまで見ようとも思わず聞こうとも思わなかったものをありのまま、とはいえそう簡単に認識を改めることなどできるはずもないが、改めるべく努力はするにせよ、もちろん改めるべきだとしての話だが、とにかく何が見えるのか何が聞こえるのかに意識は領せられてゆき、その結果何が見えたのか何が聞こえたのか、何かが見えたことはたしかだし何かが聞こえたことも間違いないが、見ようとし聞こうとすると忽ちそれは逃れ去ってこの手に捉えることは、認識の網に掛けることは困難を極め、とにかく何かのモーターの音が仄青く、揺らめき揺れ動いているのを仄青く、椅子が歪んでいるせいなのかそれとも床が波打っているからなのか、というのは休みなく揺れ動いているということだが、尤も煤けた壁紙にせよ年期の入った照明にせよテーブルにせよ何にせよいずれも物寂びた佇まいだから椅子や床が歪み波打っていても不思議ではなく、むしろ然もありなんと揺れるに任せてそれに身を委ねるが、委ねているうちに何か蠢くものが影のように行き交うらしくあちらこらこちらへこちらからかあちらへ、暗闇のなかで蠢くそれらいくつもの影はいつか人の形となって目の前をこちらからあちらへあちらからこちらへ、時折ここへも現れて、何かを手にして現れて、そして何かを運び去ってゆくのだが、その際何ごとか女に囁き、女もそれに何ごとか呟き返し、そうしてふたりの間を往還する言葉は淀みなく流れているようなのにどこか途中で坐礁してしまうのかここまでは届かないらしく、届いたとしても切れ切れの吐息めいてまるで意味を成さず、だからこちらは蚊帳の外で、つまりあちらは蚊帳の内で、全体何を企んでいるのか、企んでいるとしての話だが、とにかく委細了解済みとでもいうように目配せし合うのを、密約でも交わすかに潤んだ瞳が見つめ合うのを、こちらには何の相談もなく何ごとか決せられてゆくのを、それに異を唱えることも口を挟むこともできないままただ見ているよりほかないことを嘆いても詮ないが、再び影と化して闇に溶け込んでしまえば、つまり邪魔者が退場してしまえばこの舞台から下りてしまえば改めて向き直る形に、いや殊更邪魔者扱いしているわけではないが、そうしたものの介入によってこれまで築きあげてきたもののすべてがチャラになってしまうような、何もかもが仕切り直しというような、だから慎重にもなるわけで、一語一語選びに選び抜いた挙げ句何を口にしたのか、その前にグラスを口にして喉を湿らせたのだが何が口を突いて出たのか、清涼感溢れる草原の香りが鼻腔を駆け抜けてゆくのに少しく酔い痴れながらどんな声が迸り出たのか、微かに痺れを齎す琥珀の液体に麻痺したように縺れる舌は何を宣(のたま)ったのか。