とにかくカサカサと乾いた音のするほうへ、もちろん退屈だからだが、そしたら生い茂る葉叢が揺れ動いて、尤もそれはいつだって揺れ動いているのだが常にも増して揺れ動いて、揺れ動いたかと思うとふたつに分かれ、右と左とに、一方は右へ他方は左へ、そうしてぴったりと閉じていたのが開かれて、その間からこちらのほうへ、徐ろに膝を離れて泳ぐように宙を漂いながら、艶やかに靡かせながら音もなく、いや少し遅れて音が、ほんの僅かなズレでも少しずつ拡がってもう取り返しがつかないほどに隔たっているのを、そのほとんどは失われていてほんの一部だけが残存している一抱えの、一握りの、いや一抓みと言っていいそれを手に、あまり強く握り締めていたから溶けてなくなってしまったのだろうか、舌で探ってみても、歯の裏にも歯と歯の間にも頬の内側にも上顎にも、どこにもそれはなく、確かな手応えとともにあったのに今はもう跡形もなく、それでもやはりそこに、手を伸ばせばすぐのところに、開いたり閉じたりしながら、それなのに触れることさえできない、だから嚙み合わないのか、いやいつだって嚙み合っている、嚙みつき合っている、しばらく消えずに歯形が残っているのを、消えたあとにも尚消えずに残っているのを、そうとすればいくつも重なり合っていつか全部が嚙み跡になるというようなことになるのだろうか、というかすでになってしまっているのでは、いずれにせよ揺れているのは風が吹いているからだろう、その風に運ばれてくるのに違いないがいくつもの顔が、ひとつとして同じものはない、それでいて全部が同じなのだが、覗き込むようにこちらを見ている、それでいて何も見ていないのであり、それでもやはり見ているに違いなく、そうして何か言うのを、口にするのを、通り掛かりに序でのように落としてゆくその滴りを濁りを、零さないように全部、ほら、と見ている前で、それなのに零してしまう、滴り落ちてゆくそれが溜まりを成して今にも溢れそうに、少しでも傾けるともう、なぜといって限界まで傾いているというか限界を超えて傾いているからで、そうとすれば疾うに沈んでいても不思議はないが、沈みそうで沈まないというか沈んでも沈まない、もちろんゴム製だからだろう、全部を弾いて斥ける、何ものも寄せつけない潔癖な、それでいて全部を飲み尽しても足りないほど懐の深い、巨大な穴というか袋というか、そこにはいくつもの膝が無雑作に転がっていて、奥のほうにはさらに堆く積まれているらしく、全部が揃っているかどうかは分からないがかなりの数があることはたしかで、そのうちのひとつを、どれでもいい、下のほうからそっと、下層へゆくほど古いに違いないが古いほど良いということはないだろう、かといって新しいほど良いわけでもないだろう、とにかくそっと引き抜いて試しに塡めてみるが、巧く塡まらない、無理に押し込むと壊れそうなほど軋むから諦めて元のところへ戻し置く、穴へ塡め込む、ところがこちらも塡まらない、向きが違うのかと廻しながら試みるがどの向きにしても形が合わない、四方からの圧力が穴の形を変えてしまうのか、つまり一度抜きだしたら元へは戻らないということか、見ると穴は至るところにあって、抜きだした当の穴がそのうちのどの穴なのか、適当に摑んだから見分けもつかず、よく見るとひとつひとつ形は異なるようだが手にしたこの形と同じかどうかまでは分からず、そうとすれば見つけだすことはできないだろう、上のほうは風に揺れているようでもあっていつ崩れてもおかしくないと見え、もちろん今すぐ崩壊するというものでもないだろうが、かかる疑念を懐きながら留まりつづける理由はないとその場を離れようとしたそのとき、いやそれよりも一瞬早く、あるいはしばらく前から、というかもうずっと前から、風が、それまで葉叢を揺らめかせていた風が、人知れず消え去る猫のようにどこかへ、そうして静けさだけが四囲に満ち渡り、暗く沈んだ端のほうから迫り上がるというか捲れ返るというか、仄白く翻りながらミッションが始まる、新しいミッションが、またべつのところから、つまりこの膝で、今、まさに今、ほら、と呼ばれているからには、卓の向こうから、さらにはその後ろ、襖の隙間から、明かりも点けずにいるからだろう、その奥はこちらよりも尚暗く、風はまたそこから吹き寄せる、狭いその隙間から音もなく、そうして耳元を掠めながら囁くように告げてゆく、それを聞いたからには、聞いてしまったからにはもう、もちろんどんなミッションなのかは知る由もないが。
─了─