刻々と変化して已まないそれは一瞬たりとも同じ様相を呈してはいないからちょっとでも目を離すと見失ってしまう、だから新たに見出されたものが以前見失ったものと同じなのかどうか、もちろん同じなのだがとても同じとは思えない、それでも同じなのだから同じと見做すよりほかになく、いずれにせよ肉色の襞は濡れてゆくにつれ閉じていたのがゆっくりと開いて露わに、空気に触れるといっそう赤みを増すというのではないが黒々と赤いその穴から、ほら、と一声、掠れているからかそれとも著しく感度が低下しているからかよく聞き取れないが、いつだってそこに、汗とも唾液とも分泌液ともつかないものを滴らせながら死んだように動かないそれはずっとそこに、というかここに、向かい合う位置にあって少しく斜めに構えながら靡かせながら、何を口にするでもなく、いや何でも口にして憚らない明け透けな、締まりのない、ダダ漏れの、それでいて肝心なことは何ひとつ打ち明けない秘密主義の、薄く艶やかなその穴を塞ぐというか蓋をするというか、奥まで差し入れて動かないよう固定する、これ以上溢れてこないように、万全とは言えないが何もしないよりはましだろう、そうして少しずつ溶けてゆくのを舌先で転がしながらゆっくり味わうのだが、味わい尽して干涸らびてしまっても尚舌先で捏ねくり廻し、なぜといってこれ以上ないほどに干涸らび尽しても干涸らび尽きることがなく、これが最後の一雫と飲み下してもしばらくするとまた溶けだしてくるからで、無尽蔵の鉱脈と言っていいその滴りに浸り切って飽くことを知らないが、いつまでも切りがないから途中で切り上げるほかにないのだろう、なかば呆れた面持ちで引き剝がすように押しやってそそくさと身仕舞いを済ますと、火照りの尚残る身を気怠げに揺らめかせながら行くというか帰るというかもう、裾が翻るたびに膝がひかがみが仄白く浮かんでは消え、およそ肉感的ではない、それでいて魅了して已まないその膝を、それからひかがみを、軋ませながら滑るように遠離ってゆくのを、見えなくなるまで、いや見えなくなっても、というか見えないからこそ見ることができると言っていい、自由に好きなだけ、向こうからは見えないがこちらからは見えるのだから、尤も何もかも全部というわけではないから隠されているものが露わになることもないが、それをこそ覗き見たいと不安定に揺らぐのをどうにか押さえ込み、病み衰え骨張ったその膝を折り、というのは曲がるほうへ曲げるのだが曲がるほうへも曲がらない、無理に曲げようとすれば本当に折れてしまうに違いなく、だから慎重に、まず右のを、それから左のを、次いで両の掌をつき、前後のバランスと左右のバランスが安定したところで這うように前へ、仄白い軌跡を残しながらその角までを、そこを右へか左へか、ほら早く、と急き立てる声を頼りに壁伝いに、玉のような汗を吹きだしている濡れた面に凭れながら、流れ落ちたそれが溜まりを成しているからだろう、足を取られてそれ以上先へ進むことが、艶やかに靡く髪は遥か先を跳ねるように、その手前で緩い勾配の斜面に生い茂る丈高い草が波打ち騒いでいるが、手を伸ばせばすぐのところにそれはあり、それなのにどれほど差し伸ばしても届くことはなく、虚しく空を切るのをそれでも差し伸ばしながらその無限の隔たりを一跨ぎに、ほら、と添えられるのを背に受けながら、それなしには身動きひとつ取れないというのではないにせよ、それがあるとないとではやはり違うのだろう、腰への負担はいくらか軽減され、それでも嫌な軋みをあげるからよほど注意しなければならないが、無理はせず、息を吸い、息を吐き、また息を吸い、また息を吐く、そのくり返しで少しずつ、そうして身を擡げると腰を低く構えて少しく前屈みになって、踏みだし踏み下ろすその一歩一歩を確かめながら、というのは深さというか浅さというか、場所によって異なっているし、表面の色や形や反射やでその下に隠れている突起や陥没は分からないからで、常にこちらを裏切るというのではないにせよ大して当てにはならないのを、とにかく何度も足を取られながら駆け上がってゆくその先にこんもりと盛り上がった茂みが風に揺れているのを、さらにその向こうに盛り上がっている茂みのそのまた向こうへ凝らしながら眇めながら奥へ、暗く翳っていて見通しの利かないそこは、というかここは、息の詰まる、出たり入ったりするのをただ眺めているだけの、退屈な、だから待ち遠しいのか、もちろん窓を開ければ朝の空気が流れ込んでくるだろう、新鮮な、清々しい、目の覚める、とはいえ誰がそれを開けるのか、開けたのだったか、誰が開けても同じことだろうか、とにかくそれは同じ朝、昨日とまったく同じ、何ひとつ変わりない、それでいて何もかも異なる朝で、すっかり晴れ渡って見通しもよく、穏やかな風が境を越えてこちらのほうへ、そこにはいつ見ても同じ顔が、ほつれたのを靡かせながら、開いたり閉じたりしながら、置物めくと言ったら語弊があるが、得体の知れない、気味の悪い、そういったものではまったくない、少なくとも今のところは、穏やかな笑みを湛えているその笑みを前にして何を言えばいいのか、というか何を口にしているのか、今まさに口に含んでいるこのもの、舌の上で転がしているこのもの、唾液と混ざり合いながら飲み込まれも吐きだされもせずにいるこのものが何であるのか、もちろん全部分かっている、それでいて何ひとつ定かではない、だから零すというか漏らすというか、不鮮明な呟きが雫となって滴るのを、それをひとつひとつ篩に掛けて不純物を取り除くこと、そうして純度を上げてゆけばでき上がるだろうものを見据えているのではないにせよ、ただひたすら作業に専念することで少しでも前へ、というか奥へ、つまり暗がりへ、そこに潜んでいるものを探り当てて白日のもとに、そんなわけで注意深く傾けるのだが生い茂る木々が邪魔をして何も、だから何を言っているのか分からないし聞き取れない、届かない、届くはずがない、こんなにも隔たっているのだから、聳え立っているのだから、そこへ向かっていることはたしかだが、少しも近づいていないということもたしかで、むしろ遠離っていると言っていい、つまり近づき得ないということで、それでもそこへ向かうほかにないのだから、進路というか退路というか、唯一の、その口を通して、そうして何もかも滅菌されて無害の、だからといって有益とはかぎらない、それを手に、口に、口から、あるいは至るところから、とにかく邪魔な枝は払い除け、搔き寄せ搔き分けてうねりのなかを流れに逆らって、尤も逆らって逆らい切れるものではないから流されてしまうのだが、どこにも流れ着くことのない流れに。/p>
上も下も分からないからだろう、口がなのか口でなのか、ありもしないことを走っているらしく、闇雲に走り廻って衝突するようなことになるのは望ましくないが、先走って台なしになるのは目に見えていて、そうかと言って鷹揚に構えてもいられないから走ってしまうのだろう、いやもちろん走ってなどいない、滑るならまだしも歩くことさえ覚束ないのに走ることなどできるはずはなく、それでも膝が返ってくるまでは仮縫いというか仮綴じというか、自分のものではないような、もちろん自分のものではないのだが、加減が分からないからだろう、余所余所しさに手を焼いて焦がしてしまうのを、それは舌触りを著しく悪くするし苦みが拡がりもして本来の風味を損なうもので、それを取り除くことが、そしたら濁りなく澄み渡って隅々まで見通せるようになるだろうか、大きいのや小さいのや虫食いのや萎れ掛けのや元気なのや乾いたのや湿ったのや、手に取るように分かるだろうか、それまではこうして腰掛け横たわりながら開いたり閉じたり、伸ばしたり縮めたり、言われた通りに角度や強さや回数や秒数やをある一定の範囲に収めながら、退屈な時間を風に靡かせながら、何か口にするのを、つまり口から何かを滴らせるのを、上も下も分からないのに巧く受け取れるだろうか、零すと𠮟られるというのではないが、濡れた布を強く擦りつけて拭き取るちょっと乱暴な手つきに非難の色が滲んでいるようでもあり、尤もすぐ消えてしまうが、いや一度も現れたことはないのだが、現れ出ることなく潰え去ったそれが卓の向こうから今、今の今、今よりも今、肘をつき、ちょっと加重を掛けるだけで撓んで軋むのを気に掛ける様子もなく腰を浮かせ前のめりになって、襟首から胸元へ掛けていくらか生地にたるみが生じると、そこにV字というかU字というか、深い切れ込みができ、奥まで光が届くようにだろう、顎を上げ、胸を反らして暗く翳っているその奥にあるものを見せつけるように、ほら、と差し招くのを、そこへ向かって一枚また一枚と抓んでは引き剝がし抓んでは剝ぎ取って、もうそれ以上剝ぎ取るものがなくなるまで、つまり全部を、あられもないその姿を前にしてそれでも尚剝ぎ取ろうとする、なぜといって皮膚を覆う薄く透明な何かがあるからで、触れているのに触れ得ない、あるかなきかの何かがそこに、というかここに、尤も少しでも背けるというか傾けるというかすると濃淡が生じて影が浮かび上がり、その影のなかにさらに濃淡が生じて遠離ってゆく、薄いヴェールに包まれてどこも同じような色合いに、泥のような濁った色になる、そうして見えなくなる、その穴を埋めるようにひたひたと打ち寄せるらしく、厖大な量というか嵩というかで一挙に全部を覆い尽すのを、それを払い除けることができないからには覆い尽されるがままになるよりほかになく、それでも横たわりながら腰掛けながら曲げたり伸ばしたり、なぜといってここには誰も、今ここには、それでも、いやそれだからこそ差し伸ばす手は差し伸ばされる手を、とにかく朝になればあれもこれも動きだして引っ切りなしに出たり入ったりすることに、そうして忙しく立ち働くのを眺めるともなく眺めながら何もすることがなく、無為な時間を無為にやり過ごすしかないのを、尤も朝が来るとすればの話だが、もちろん来る、やって来る、時間通りに、まあ多少の誤差はあるがあとの予定が大幅に狂うほどではなく、もちろん予定などないのだが、こちらにはなくても向こうにはあるのだろう、とにかく年老いた、あるいは幼さのまだ残る面差しがそこに、掠れた、それとも艶やかな声がそこに、手を伸ばせばすぐのところに、つまり卓の向こうから、ほら、と、こっち、と差し招きながら、そこを右へか左へか、今にも蠢きそうな気配に怯むというのではないが、一瞬の迷いが成否を分けるのだろう、水の中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然しないというのではないが、踏み締めたその感触は手応えというか足応えというか不確かで、硬いのだか柔らかいのだか、それでも何度か足踏みするうちに少しずつたしかなものになって、風が吹くと細かな砂の舞い上がるそこは円というか楕円というか、幾本もの巨大な円柱がぐるりを囲み、そこに目の細かい網を張り渡していったい何を捕えるのか、絡みつくそれが食い込むにつれ網目の間から肉が食み出てきて今にも弾けそうなのを、強く押しつけるから擦れて痛いほどなのを、とにかくその内側のさらに内側、何もない、というのは全部を掘り返し埋め戻したからだろう、木もなく草もない砂だらけの埃っぽい庭の端のほうで、列を成し、膝を抱えて番が廻ってくるのを、もちろん呼ばれたからで、そうして僅かな風に揺れているのを、波打っているのを、小刻みに震えたり大きく揺らいだり互いに擦れ合ったりしているのを、遠目にも分かるその動きを見ているというよりはそれが奏でる音を、様々な反響の中から浮かび上がってくるその音だけを聴いていると言っていいが劇的な変化の訪れることは遂になく、というのは一蹴りで薙ぎ倒されるというようなことだが、それなのに巻き戻しては再生するということをくり返すからいつでも同じものが甦ってくるらしく、うねりのなかをあちらからこちらへ、全部が一緒くたになって上も下も分からない、上も下もない。