友方=Hの垂れ流し ホーム

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いずれにせよ末梢の痺れというか強張りというかその動かなさに対して中枢のほうは冴え渡ってゆくようで、横たわり腰掛けながら全部に手が届くというか隅々まで見通すことができると言ったら言いすぎか、とにかくよく見えるようになったからだろう、もっと明晰になってもっと遠くまでもっと隅々までと欲が出て、そしたらすぐ近くで声が、細く掠れた切れ切れのその声に促されて起こすというか起こされるというか、背に添えられる掌の感触が、その温もりが微かに甦るのを、尤も軽々とはいかないが、なぜといって節々の強張りがもう限界を超えているからで、それでも上からあるいは背後から、さらには耳元で、もちろん遠くからも、響くというか届くというか、ほら、と促す声に促されてそちらのほうへ、そこに開けるというかそこに開るというか、全部が投げだされてあり、とはいえ整理されていないからどこに何があるのだか、整理しようにも何から手をつけたらいいのだか、さしあたり花の香を、それを頼りに辿ってゆけばどこへか流れ着くと期待しているのではないにせよその芳しさを、声とともに、そうして浮かぶでもなく沈むでもなく漂いながら流されながらどこへ向かうのか向かっているのか、風もないのに、いったい何に流されているのか、何かに流されていることはたしかだが何になのか、そしてどこへ流されてゆくのか、いや風はある、あるに違いない、なぜといって花の香が微かに漂っているのを、だから花の香を、さらには声を、浮かぶでもなく沈むでもなく漂いながら、とはいえいつまでも同じところを彷徨っているようで一向埒が開かないのを、そこから抜けだそうと藻搔けば藻搔くほど余計抜けだせなくなるらしいのを、そうと分かっていてもそれ以外の方途を知らないのだから愚直につづけるしかないと愚直に花の香を、それから声を、浮かぶでもなく沈むでもなく、そうして遂にそのときが、差し伸べられる手に差し伸べる手が、一方の先端ともう一方の先端とが、どれほど求めても決して触れることのなかったものが今、この瞬間を逃したら次はないと指の腹で掌まで手繰り寄せてその間に挟み込み、閉じるつまり握る、握って離さないもう、絶対にもう、と握られる手は握る手を、握る手もまた握られる手を、それ以来ずっと、何をするにせよ何もしないにせよ、そうとすればやはりそれなりに近しい関係なのではないかといっそう強く握る手を、そしたらそこから、その繫がったところから響くというか、骨と肉と皮を通して直に伝わってくるらしく、あまり近すぎるからかいくらか歪んではいるが充分に聞き分けることができるそれは、ほら、と、こっち、と誘って已まないが、並んで歩きながら右左右左右左右左右と離さず左右左右左右左右左と強く握り締めながら右左右左右左右左右と優しく握り返されながら左右左右左右左右左と目を逸らすことなく、要するに握る手は握られる手でもあり、握られる手もまた握る手なのであるからしてどちらがどちらなのだか、いや考えたらダメで、考えるより先に腕を脚を、右左右、左右左、右左右、左右左とテンポよく、歌うように跳ねるように、背筋を伸ばし胸を張り腿を高く上げ腕を大きく振って右左右、左右左と暮れるまで、もういいと言うまで、許可が下りるまで、そしたら今以上に大手を振って探しにゆくのだが、机の下であれ襞の向こうであれ葉叢の陰であれ藪の奥であれ、どこまでも追い掛けるというか追い縋るというか、隠されているのを露わに、全部を白日のもとに、そんなわけでくり返し再生させたせいだろうか、というのは何年もの間同じことをくり返しているからで、なぜ同じことをくり返すのかそれは知らないが伸び切ったテープから出てくる音の連なりは微妙に歪んでいて、それとも読み取る装置から長いケーブルを伝ってくる間に地を這い右に左に曲がりくねっているだろう当のケーブルの曲がりくねりによって乱れてしまうのでもあろうか、右左右、左右左、右左右とリズムに合わせることは難しく、それでも左右左、右左右、左右左と揃わない足並みで、右左右、左右左、右左右と照りつける日差しに眩暈しながら、左右左、右左右、左右左と汗が吹きだすのを滴るのを、右左右、左右左、右左右と袖口で拭いながら、砂埃の舞う敷地の内を左右左、右左右、左右左と列を乱さないように、前をゆく背に重ね合わせていたそれが半身でもズレようものなら忽ち鞭が飛んでくるというのではないが監視の目を盗んで逃げだすことは不可能と言ってよく、なぜといってどこからか𠮟声が飛んでくるからで、ほら早く、と、何してんのもう、と、鞭にも等しいその声に全身が震え上がるというのではないがいくらか身は引き締まり、その反動か思いきり蹴り上げると僅かに宙に浮き上がり、それでもすぐに着地して、すかさず飛び上がるが忽ち着地する、それを幾度かくり返して横に並ぶまで、ひょこひょこと無駄に飛び跳ねるからなかなか追いつかないがいつかは横にと手を脚を、まあ並ぶといっても半歩ほど開きがあり、近すぎず遠すぎないその隔たりこそが互いを強く引き寄せるとでもいうように右左右、左右左、右左右と握る手に力が込められて、左右左、右左右、左右左とその温もりが今も尚、華奢な、それでいて大きな掌の、その細い指の先の長く伸びた爪が深く食い込んで仄赤い筋が、しかしその半歩の距離が決定的な隔たりなのであって、右左右、左右左、右左右と靡かせながら、左右左、右左右、左右左と仄白く、それから同じ番地の家の何軒でもある矢来の中をぐるぐる歩いたというのは本当だろうか、右左右左右と常に一定の隔たりを保ちながら、左右左右左と吹き寄せる風を真面に受けながら、要するに握る手と握られる手は今も尚彷徨いつづけていて、線に沿って線の上を、もういいと言うまで。

そんなわけでその角を左に、それとも右だろうか、曲がればすぐのところにあるはずで、もちろん今はないが、それでもそこにあるのであり、今もそこに、というかここに、とはいえ二面が直角に交わるような性質のものではないらしく、もっと複雑で込み入った形をしているそれは少しも角張ったところのない幾重にも重なり合う枝や葉で構成されていて、それでも角は角であってその落とす影が道のなかば辺りまで伸びて青黒く染めているが、日の当たっている部分と翳っている部分とが拮抗しながら揺らめき動いているからだろう地面が蠢いているかのようで、いやたしかにそれは蠢いていて、膨れたり萎んだりしているそこを踏んだら踏みつけてしまったらそのまま沈み込んでしまうとそう思っていた節があり、というか今でもそう思っている節があり、なぜといって影を踏むことにいくらか抵抗が、いや影だけならまだしも地を踏むことにさえためらいがあってなかなか次の一歩が踏みだせないからで、というかほとんどそれは不可能で、なぜなら足裏というか靴裏というか、今踏みつけているその部分が揺るぎない硬さだということはその硬さから分かるがそこが硬いからといってそれ以外の全部も同じように硬いとは見做し得ないからで、さらには今硬い部分も次の瞬間柔らかくならないともかぎらない、つまり永劫その硬さを維持するというどんな根拠も見出せないだろうからで、そうしていつまでも足踏みしているのを見兼ねてか、ほら、と握る手が握られる手を引き寄せながらそちらのほうへ、蠢き揺らめく地面のほうへ、右左右左右と迷いのない足取りは一歩ずつそちらのほうへ、左右左右左とためらい勝ちの足取りは否応なしにそちらのほうへ、蠢いているそれは巨大な海棲生物の腹のように波打ちながらこちらのほうへ、といって巨大な海棲生物の腹がどのように波打つものなのか知る由もないのだが、それでもうねりながら揺らめきながら右左右左右と今まさに角が、左右左右左とその角を、握り握られながら当の角に差し掛かるのを、それは今どこに、もちろんここに、その角を右にか左にか曲がればもう、右左右左右左右ともう、一歩ごとそれは近づいてくるが一歩ごと遠離ってゆくようでもあり、近づいても近づいてもだから遠く隔たったままで、揺らめきながらいつまでも、蠢きながらいつまでも、その不穏さにもう、あるいはまだ、というのは何もかも、あれもこれも薄いヴェールに覆われていて、あまりにも薄いから向こうが透けて見えるほどだが充分に見えるとは言えないからで、それを剝ぎ取ってゆく、一枚一枚取り除いてそれ以上剝ぎ取れなくなるまで、果してそんなことできるのだろうか、できるとしてそこに現れるのは何によっても隠されていない剝きだしの、あられもない、生まれたままの、純粋な、何かそういった類いのものだろうか、それとも新たなヴェールに包まれているのか、まだ見たこともない薄く艶やかな、肌理細かくしっとり濡れている、それでいて軽やかに翻りもする、そんなヴェールが際限もなく生成されてくるのだろうか、例えば一方は真っ直ぐに伸ばされて先端が力なく外側へ開かれ、他方は軽く立てられて皿というか蓋というかを頂点に三角形が形作られ、その頂点が高くなったり低くなったりしながらつまり腿裏と脹ら脛が近づいたり離れたりしながら縦に長い三角形から扁平な三角形まで自在に変化してゆくのを、もちろんゴム製だからだろう、どんな形にでもなるらしく、その弾力たるやそれはもう、全体どういう仕組みなのだかまるで見当もつかないが柔らかいその部分で巧みに挟み込み絡ませ密着して、艶やかに濡れた襞もその内側も外側も丸ごと全部が隙間なく、一滴たりと漏らすまいと、それでも漏れてしまうのを、漏れつづけているのを、それはもう止め処なく溢れだすのを、そこへ差し伸ばし、肉色の襞のひとつを二指で抓んで押し拡げ、裏返し表返しまた裏返し、さらに表返し、それが何であるのか見窮めようとでもいうように、糸を引くその滴りに魅了されているとでもいうように何度も何度でも、抑も握る手に握られる手を委ねながらそれでも一歩を踏みだすことができないのは絶えず揺らめき蠢いているからだし生い茂る葉叢が行く手を阻んでいるからだしその分厚く硬い葉が吹き寄せる風に微かに靡いているからで、いや身悶えていると言っていい、そのせいで影が踊るように蠢きもし揺らめきもするのを、だからその手前で足踏みしながら仄白く翻るのを、表と思えば裏、裏と思えば表、と絶え間なく反転して已まないのを、そしたら薄いヴェールの向こうから、波打ち翻って已まないそこから、というかここから、ほら、と一声呟くように囁くように、降り注がれるその声に導かれてどうにかここまでは、耳を澄ますと、ほら、とまた一声、さらにもう一声、全き闇のなかで灯(ともしび)めくその声に照らされてどこを踏めばいいのか分かると言ったら言いすぎか、迷うことなく次の一歩を踏みだせるからどこまでも行けそうな気がして、そこに置くというか乗せるというかするとほんの僅かだが沈み込んで程よく衝撃を吸収し、少しく汗ばんで艶やかに照り返しながらやんわりと押し返しもするそれは微かな吐息さえ漏らす皮膚というか肉塊というか、仄かに赤みの差したその向こうに幾重にも枝分かれしながら次第に細くなって遂には消えてしまう青み掛かった管の走るその部分をなぞるように這わせてゆくと、機械的に反応を返すように微かな、吐息というか喘ぎというか、襖の向こうから漏れてくる呻きとも聞こえるが、傾けるとそちらのほうからそれは聞こえ、奥まで、もっと奥までと搔き分けてゆくうちにいつか区別がつかなくなってこちらとあちらとが、間を襖が隔てているにも拘らずこちらがあちらへあちらがこちらへ、それはもうこちらでもなくあちらでもなく、それでいてこちらでもありあちらでもあり、否応なく耳を目を攪乱して足場が崩落してゆくのを、もとより磐石ではなかったにせよそれなりに支えとなってはいた当の足場が音もなく。

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