友方=Hの垂れ流し ホーム

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そうなることは前以て分かっていても気配すら感じさせないからだろう、気づいたときにはもう、そんなわけでさっきまで見えていたのが急に見えなくなり、尤も明かりも点けずにいるからだが、少しずつ減じているということもあって徐々に見えなくなっているはずなのに見えないと意識したその瞬間から見えなくなるというか、やはりその間は奪われていて、それでもまだ暮れてはいないのだろう、窓の向こうは明るく、それだけにこちらの暗さが弥増さり、輪郭が滲んで溶けだして凝らしても眇めても元へ戻ることはなく、その暗さに託けて躙り寄るというか躄ってゆくというか、布地と畳とが擦れて立てる音がその非を咎めるかに響くのを振り払うようにその先というか奥というか見据えながら、要するに卓を挟んでその向こう、角を二回曲がるとそこへと至ることが、それはとても簡単なことで目を瞑っていてもできるに違いなく、というのは何度もくり返してきたのだから、こうして今もくり返しているのだから、それでも目を瞑っていたら角に臑をぶつけたり脚に足指を引っ掛けたりし兼ねないだろう、これまではたまたまぶつからずに済んでいたとすればこれからもそうした偶然を当てにすることはできないというか、これまで以上にその可能性は低いと見做さねばならず、だからそれほど容易ではないかもしれず、つまり狭さが、さらには暗さが徒になって行く手を阻むことに、だから何回角を曲がってもそこへと至ることはなく、それでもそこへ向かって右左右左右と握る手に導かれて左右左右左と蠢く予感を抑えつけ捻じ伏せながら右左右左右と握られる手が握る手を、角を曲がったその先にそれはあるのだが、刻々と近づいてくるのだが、影が膨らみその濃さを増すにつれヴェールに包まれてゆくようでもあり、いやたしかにヴェールに包まれていて、見えそうで見えないその向こうへ、凝らすというか眇めるというかしながら一歩ずつ、遠く霞む空の向こう、切れ切れの雲に見え隠れしながら沈むのを背に、その瞬間を感じ取ることはできないが落ちてもしばらくは明るさを保っていて、それでも風は急に冷たくなって、刺すほどではないものの少しく鳥肌立ち、枝葉も草叢も身悶えするかに震えているのを認めていっそう身に沁みるのを、だから左右左右左と動きつづけているが内側から発する熱は忽ち右左右左右と奪われてしまうらしく、そのため絶えず熱を発しつづけなければならないと絶えず動きつづけ、とはいえ必要以上に腕を振り廻して枝葉に引っ掛けたりバランスを崩したりするからちょっとした段差にも躓きそうになって、いや段差らしい段差もないのによろけて踏み外しそうになるのを壁に凭れて支えながら、ほら、ほら、と誘って已まない声に乗せられて一歩を前へ、探るように前へ、行くというか帰るというか、もとより行くところも帰るところももう、それでも行くというか帰るというか、ほら、と声がする以上そちらのほうへ、駆り立てて已まないその声が聞こえるからには一歩を前へ、探るように前へ、壁伝いに、生い茂る草を搔き分けながら全き闇のなかを、飛沫を上げながら暮れ残る空の下を、さしあたりその角までを、そこを右へか左へか、それを間違えると大変なことになると壁に手を添えながら、凭れ掛かりながら、そこから伝わる微かな振動を頼りに、もちろんスペシャリストではないのだから大して当てにはならないが、右なのか左なのかと澄ましながら凝らしながら、滲んで霞む、ぼやけてよく見えない乳白色の靄に包まれたそこで、というかここで、ほら、と握る手が導くのを、差し伸ばされるのを、晴れるのを、そしたら右へか左へか、そこに全部があるのだから、と一歩ごと異なる相貌を露わにしながらこちらのほうへ近づいてくるのを、それでいて同じ表情でひたひたと打ち寄せるのを、いくつも襞を寄せながら折り重なっては翻るのを、そこに映しだされているのを、といってもうそこにはなく、それならどこへ行ったのか、もちろんまだそこにあるのだが、それなのにさっきまで蠢いていた影は跡形もないのであり、だから踏んでも沈みそうにないくらいの硬さを取り戻しているように見え、尤も影が消えたからといって、もう蠢き揺らめいていないからといって沈まないとはかぎらないわけで、油断させておいて呑み込むくらいのことはやり兼ねないから踏みだすことがためらわれ、いずれにせよ踏む場所によっては沈まないかもしれないが踏む場所によっては沈むかもしれず、踏む場所を間違えたらアウトということで、つまりどこがセーフなのかを見窮めることさえできればこの難所を切り抜けることもできようが、果たしてこれを難所と言っていいものか、なぜといってごくあり触れた岐路というか、どこにでもある分岐点のひとつにすぎないからで、それでもどこも同じような相貌をしているから見窮めるのは容易ではなく、刻々と時間だけが過ぎてゆくのを、そうしてためらっているうちにまた蠢きだすことになるのは避けたいが、いつ風が吹いてもおかしくはなく、というか踏みだすのを見計らって吹き寄せるに違いなく、そうなればすぐにも蠢きだすことに、いずれにせよ一歩でも踏み外せばそれで終わりなのだと路肩に寄って車列の過ぎるのをやり過ごすように壁に背を押し当てながら開いたり閉じたりしながら、アウトなのかセーフなのか僅かに反射する照り返しの揺らぎのうちによよいのよいと何度も何度でも。

そんなことより膝はどこに、と不意に疑念が兆し、もちろんそんなことと言って済ませられるほど簡明ではないし込み入ってもいるのだが、それに劣らず簡明ではないし込み入ってもいることが生じてしまえばそちらへ向かわざるを得ないのもたしかで、だから新たに生じた簡明ではないし込み入ってもいるほうへ向かったのだが、そしたらすぐに答えがあり、いやそれが兆すよりも前にそれの先を越して返ってきたらしく、それをしも返答と言ってよければだが、つまりその返答があったからこそ当の疑念が生じたと言っていいが、よく通る声でいつものように、それでいていつもと違う響きとも聞こえるそれは、もちろん然るべきところに預けてあるから必要に応じて取り戻すことだってできるはず、何なら今すぐにでも、と思い立ったらすぐにも実行に移さなければ気が済まないというように腰を浮かせもして、それには及ばないと制するのも聞かずに二、三歩行き掛けるがそこで足を止め、上半身が尚しばらく揺らいでいるからか思わせ振りな逡巡とも見えるが眩暈や立ち眩みのようにも見え、それから引き返してくるとまた腰掛けて衣服の乱れもなく、ただいくらか疲れの色が見えるようで、そうしてずっと腰掛けつづけていて一度も立ち上がりなどしなかったとでもいうように髪を靡かせているがそれは本当だろうか、もちろんずっと腰掛けつづけていて一度も立ち上がらなかったはずで、目を向ければいつだってそこに、少しく傾けて靡くに任せながらそこに、というかここに、今も尚、尤も襖の影に置かれた洋燈の灯は客間のよりも暗かったというのではないが、それでも暗く翳っているからだろう、少しく揺らぎながら覗き込むその眼差しを捉えることはできず、といって心持ち顋(あご)を襟巻の中に埋(うず)めて、俯目勝に凝(じっ)としていたというのではなく、遥か卓の向こうからそれはこちらを見ているはずだが、常に一定の隔たりを保っていてそれを越えて近づいたり離れたりということはなく、その隔たりを、それをこそ一跨ぎにしたいところだがその一歩が踏みだせず、というのは間合いというか呼吸というか合わないからだろう、つまりそれが合ったとき、完全に一致したとき、尤もそんなことが可能であればの話だが、そのときこそ一挙に飛び越えられるとそう思っていた節があり、いや越えるのではなく当の隔たりが消え去ってこちらがあちらにあちらがこちらに、つまり互いに歩み寄るまでもなく自ずから重なり合い、その境界が溶け合いひとつに、襖の向こうから漏れる呻きと同様に、とはいえ一方的に詰め寄っても隔たりは縮まらないから踏みだすタイミングが重要で早すぎても遅すぎてもしくじるとそのタイミングを何度も何度でも、よよいのよいと皺を伸ばすように掌が、というか掌で、さっと一撫ですると襞が開いて露わに、何もかも残らず全部が晒されて、それこそ手を伸ばせば届くところに、だから左右左右左と搔き分けてゆき、右左右左右とそこへ身を横たえると左右左右左と沈み込んでゆくらしく、そしたら右左右左右と何かが擦れる音だろうか、遠く微かに響いているのを、左右左右左ともうだいぶ前からそれは聞こえていて高く低く途切れることなく谺するのを、自身の立てる音が右左右左右と廻り廻って戻ってくるのだろうか、あるいはそうかもしれないが、雨音ともそれは聞こえ、夜の気配とともに湿りを帯びた雨の匂いが隙間から、つまり窓があるいは扉が開いているということで、もちろん全部は言いすぎで、全部と見えても必ずどこかに影が差しているし、その向こうには広大な、とても踏破し得ない闇が拡がっていて果てもないのを、その果てのなさに憮然と立ち尽して一歩を踏みだせないのを、それでも一歩を前へ、探るように前へ、果敢な挑戦か無謀な試みかただの暇潰しか、左右左右左とその膝を、右左右左右とこの膝で、左右左右左と滑らせながらそれはどこに、もちろんここに、手を伸ばせば届くところに据えられているがネジが弛んでいるのかパッキンが劣化しているのかいくらか安定を欠き、一歩踏みだすたびに錆びついたような軋みが響くから気になって仕方なく、それでも一歩を前へ、探るように前へ、どうかするとバランスを崩して倒れそうになりながら際というか縁というかを右左右左右と辿ってゆき、それでも何がどこに置かれているのかおおよその見当はついているし僅かに盛り上がっているから足指に触れるその感触で暗くてもそれと分かるのであり、とはいえそこは踏んではいけないと教わったのではなかったか、誰にかは知らないが、というか誰かに直接にというのではなく折に触れ耳にするうちにいつか規範と化している、そうした類いのものだろう、そこに足を置くことはだからいくらか気が引けるがそうも言ってられない、今やそれだけが頼みなのだからと一歩を前へ、探るように前へ、真っ直ぐなその線の先にそれが、弾けそうなほどに丸みを帯びた、ついさっきまでヴェールに包まれていたのに再び顔を覗かせて剝きだしの生々しさで仄白く仄青いそれが、ほら、と開いたり閉じたりしながら横たわるか腰掛けるかしているその部分へ向かって直向きに、伝い流れる一筋の線が辿る軌跡を遡行するように、左右左右左とその膝で、いやその膝ではなくこの膝で、つまり右左右左右とこの膝を、というのはこの膝が、仮のものだからだろうか十全な機能は期待できないらしく、もとよりそんなもの期待してはいないが、それでも少しは期待していて、曲がりなりにも機能している当の機能を使って左右左右左と暗く狭い洞のなかというか奥というか、押し分け押し入ってゆくほかないのだから、底の底まで、脇目も振らず、とはいえ真っ直ぐのつもりでも少しずつ旋回しているようでもあり、左右のバランスが崩れているのか、同程度に摩耗し劣化しているのではないらしく、そうとすれば進めば進むほど逸脱してゆくことになるが巨大な円を描いているとすればいつか元のところへ、もちろんべつのところでもあるが、至り着くことになるのか、道なかばで迷うようなことがなければだが、とにかく何度も何度でも握る手は握られる手を優しく包んで、握られる手は握る手を強く握り返して、脇もなく枝もないそこは道なのか道ではないのか、搔き分けながら右左右左右と奥へ、左右左右左とさらなる奥へ、窓はなく、だから日差しは届かないが、それでも明るく照らしだされている、尤も陽の眩しさとはいくらか異なる眩しさというか白さというかに囲繞されている、右左右左右とそこで待つというか待たされるというか、馴染みのない、仮初めの、一時避難と言っていい、窮屈な、寛げないそこで、というかここで、呼ばれるまで、誰にかは知らないが。

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