いずれにせよ徐々に風は弱まり、そして消え去る、それが合図で、本番を前に何度も何度でも、もちろん用意の構えからドンで踏みだすのだが、いつでも飛びだせるよう準備はできていて、左足を前に右足を後ろに、腰を低く構えて白い線の手前で当の合図を待ちながら、そしたら右にも左にも同様の姿があって、白いあるいは赤い頭をしたそれらは握り拳を胸の辺りに突きだしながら倒れそうなくらい前のめりになっているから落ちやしないかと気が気ではないが、なぜといって自力で攀じ上ることはできないだろうからで、そのためには、つまり自力で攀じ上るには全身を支えるだけの筋力が必要だがそんなものはないし、だから差し伸べられる手を、横一列に並んで合図を、ドンを、ドンが生じるのを、高々と聳え立つ筒の先からそれが迸るのを、白く滴るのを、両手でそれを掬い上げるとこれ見よがしに示しながら一息に、ところがそれはドンではなく、パンというかタンというか、かぎりなくパンに近いタンだろうか、てっきりドンだとばかり思い做してありもしないドンを探し求めていたから反応が遅れて、右と左からほとんど同時に飛びだす背が砂塵に霞むのをどれくらい眺めていたのだろう、ほら何してんの、と脇腹の辺りを肘で小突かれたような気もして遅れまいと駆けだすもののその隔たりは縮まるどころか拡がるばかりで、舞い上がる砂塵を吸い込んで噎せ返りながら縺れそうになるのを怺えて駆け下ってゆくが、草叢の向こうに消えてしまえば微かな気配も届かないし、見えない姿を見ることができないからには追いつくことはおろか追い掛けることもできず、それでも泥濘んだ斜面は滑りやすいし勢いがついているからすぐには止まれない、むしろ速度を増してゆくようで、それなのに追いつけないのはなぜなのか、目測を誤ったのか急に風向きが変わったのかそれとも突風に煽られたのか、いずれにせよ届くはずのものが届かず、だからあちらへ至ることが、その遥か手前を落ちるというか沈むというか、吸い込まれるようにうねりのなかへ、重く纏わりついて手足を縛るそれは鼻も口も塞ぎに掛かり、視界を遮るというのではないが薄い膜のように覆い被さってあらゆる像を歪めるからだろう、それまで真っ直ぐだったのがうねるように湾曲しているのを、堅牢な硬さで屹立していたのがゴムのような柔らかさになっているのを、渦を巻きながら全部を押し流すほどの勢いで迫るのを振り払い振り落とそうと腕を振り廻しながら砂塵のなかを、縦一列に連なる白い背の最後尾というかそこからさらに離れて遠巻きに眺めながら、翳んで滲む、滲んで消える、今にも消えそうになるのを手繰り寄せながら、もちろん疾うに消え果てて影もないのだが、それでもそこに、というかここに、白く輝いているようにも見えるそれは波打ちながら左へ大きく曲がっていて、その線に沿って左へ内側へ傾けるのは右へ流されないようにだが、あまり傾けすぎると滑って転ぶ危険があるし、そうして砂に塗れる姿を、ある種の滑稽さが伴うから事あるごとに取り沙汰される、拭い得ない汚れと言っていい、不名誉な姿を何度か目にしていたこともあって傾け方が足りなかったのだろう、少しずつ外側へ流されて、岸を離れてしまえばどこまで流されてゆくのか見当もつかないが、頭も尾も自然の力に任せて抵抗しない事にしたというのでは全然なく、藻搔くというか悶えるというか、身をくねらせながら間を彷徨いつづけているからふやけて皺寄った掌は白く、先端から滴る雫は四囲を黒く染めながら跡形もなく消えて痕跡すら残らないが、握る手は握られる手を、ほら、と四囲に響かせながら力強く引っ張ってゆき、そうして丈高い草に覆われた斜面は今も風に揺れながら互いに擦れ合っていて、そのどこに隠れ潜んでいるのか、一撃で仕留めようと狙っているのに違いないが、見つけだすのは容易ではないというか、一度も見つけだせたためしはなく、あるいは一度くらいはあったかもしれないが、いずれにせよ手足を縮めて丸く、完全な球体の内側に過不足なく収まるようにできるだけ小さくなり、ほんの僅かな隙間やちょっとした陰や不自然な揺らぎや、それこそどんな些細な変化にも気を配り、葉擦れの音にも耳を傾けて、傾けて傾けすぎるということはないだろうがつい度が過ぎて閉じていた球体の外へ食み出てしまうのを、だから易々と攻略されてしまうのか、握る前に握られて、握ることなく握られて、どこをどうされたのやら気づけば組み伏せられていて、手も足も出ないのを、いや手も出すし足も出すのだが悉く弾かれていいように弄ばれるのを、藻搔けば藻搔くほど締めつけられて許しを乞うても逃れることはできず、というか許しを乞うからこそ罰せられる、罰を欲しているということになるらしく、それでも抗いつづけるが抗いながらももっと強くもっと激しくと懇願しているようでもあり、そのためさらにも締めつけは強くなって落ちるというか沈むというか、とても持ち堪えられないのを、まだ沈んではいないが、辛うじて残ってはいるが、少しずつ傾いているのだから傾くにつれ暗さは増してゆき、今にも沈みそうになるのを、力も尽き果てるのを、というか疾うに尽き果てているのだが、それでも握られる手は握る手を離さない、離せない、こうして今も握り締めているのだから、滴るほどに汗ばんでゆくのが分かるのだから、拭っても拭っても吹きだしてくるのだから、ゴムのような柔らかさから堅牢な硬さへと何度も何度でも、そうして堰を切って溢れだすと膝から頽れてしまうのを、というのは膝がもう、それから急激に熱が冷めて、微動もせずに横たわっているのを、腹を波打たせながら、一定のリズムで規則正しく、機械のような正確さで、尤も意識すると却って乱れてしまうからそうであることの確証は得られないのだが。
とにかく朝になるのを待ってじっくり捜すことにしよう、隅々まで照らしだされて露わになる、つまりそれ自身を晒すことになって何がどこにあるのか一目で分かるだろうから、というのは膝を、この膝を、そしてあの膝も、できれば全部の膝をひとつ残らず、まあそれは無理としてもできるかぎり、まだ時間はあるのだから、それまではこうして腰掛けながら横たわりながら数えつづけるよりほかにない、退屈を紛らわすのにはそれが最適というのではないが数を増せば増すほど軽やかに飛翔することが、より高くより遠くへゆくことが、とはいえそれはほんの一瞬のことで瞬きするよりも短いから捉えようとしても捉えられず、それでも目を瞠って四囲を窺うように間を、境を、微かな震えとしてそれはそこに、というかここに、仄白く翻りながら靡かせながら、見ているのか見ていないのか、もちろん見ているのだが、ふらふらと彷徨って定まらないのを、あちらからこらこちらへこちらからあちらへ絶えず揺らめいて落ち着きがないのを、いや一目は言いすぎか、二目三目ということもあるだろうから、それにたとえ何目だろうと見える間は見ることをやめないというかやめられないというか、こうして今も見ているのだから、揺れているのを翻っているのを息もせず、背後から忍び寄って下から見上げるにせよ上から見下ろすにせよ、どこからでも見ることができるのであるからして皺の一本一本襞のひとつひとつ、余すことなく全部を押し広げ押し開いて奥まで、細緻に作り込まれているから見尽すことがない壮大な伽藍のそれはまだほんの入口にすぎないのだが、あるいは入口にさえ至っていないかもしれないが、奥へゆくほど闇は深く濃く、だから迷うというか彷徨うというか、泥濘みに足を取られながら壁伝いに、上のほうは乾いているからだろう白っぽく、下のほうは濡れていて黒っぽく、刻々と嵩は増してねっとりと纏わりつくそれは踝から脹ら脛へ脹ら脛からひかがみへ、いつか全身を覆って麻痺したように、藻搔けば藻搔くほどきつく締まってゆくらしく身動きもできないのを、そしたらすぐ耳元で声が響いて、スペシャリストのスペシャルな技量にも等しい的確な指示を、ほら、と指し示すのを、示されたほうへ振り向けると闇のなかに光が揺らめいて、それとも光のなかに闇が滲むのだろうか、互いに干渉してどちらがどちらなのだか、それを追うでもなく追いながら、というのは何であれ動くものには目を向けてしまうからで、自在に飛び廻る羽虫のように宙を彷徨いながらそれは真っ直ぐ道なりに、見えない線の上を滑るように、その先にある、あるだろう角を今、風に翻って葉裏を覗かせているのを余所に右へか左へか、緩やかな勾配でつづきながら上っているか下っているかしているその向こうへ、堰き止められている間に、制限時間が設けられているからのんびりもしていられないのだが、少なくともその間だけは溢れてはこないし慌ただしく駆け抜けなくても間に合うだけの余裕はあるはずだから、間を使って、間を縫って、そうして縫うこと縫いつけること、それはこちらとあちらとを結び合わせることだがそんなことできるのだろうか、というのは結ぶ端からほどけてゆくようでもあるからで、もちろん技術の巧拙もあるだろうがそれだけでないはずで、いずれにせよ凄まじい轟音が背後から、ちょうど最後の、と同時に最初のでもある線を踏み越えたところで気が弛んでいたのだろう、バランスを崩して倒れそうになり、それでも後ろにではなく前につんのめる恰好で危うく難を逃れ、膝をつき、気息を整えて、振り返りこそしないが、なぜといって恐ろしい光景が現出しているに違いないからで、つまり止め処もなく行き交っているだろうからで、途轍もない奔流となってそれが押し寄せてくるのを背に受けながら、一方は斜め下につまり硬くて凸凹した路面を、他方は斜め上につまり柔らかくて温かい手を、轟音に聾されながら、ほとんど無音と言っていい轟音に、そうして一呑みに呑まれてうねりのなかを、暗く冷たい闇というか淵というか底というか、いやどこまで行っても底はなく、沈むのでもなければ落ちるのでもないそれは延々と同じところを、厳密に同じではないにせよ、巡っているのであり、いつも同じ景色しか見えないのはそのせいか、枠の向こうで枝葉が揺らぐ様子はいつもと変わりなく、そうして少しずつ傾いてゆくのだがいつまでも注いでいるからだろう、動きは止まって再び動きだす気配もなく、死んだように眠っている、同じことだが眠ったように死んでいる、その姿を、開いたり閉じたりしながら、それでも握られる手は握る手を、握る手もまた握られる手を、互いに引き寄せ合って吐息が掛かるほど近くにあるそれは少しく俯いているから影になってよく見えないがやはり開いたり閉じたりしているらしく、もちろん自ら開き自ら閉じるのだが自在に調節してどんな形にもなるらしく、それでいてよく聞こえないのはあまりにも遠く隔たっているからだが、襖によって隔てられていても少しは漏れてくるらしく、布が擦れるような音の合間に低い喘ぎが、とはいえあともおともつかない曖昧な響きが断続的に聞こえるくらいで何を言っているのか、何を言っているのでもないかもしれないが、たとえ何を言っているのでもないとしても耳は聞こうとするものだし何某か聞き取ってしまうのであり、そうして出し入れするうちに根を張り枝を伸ばし葉を茂らせて、いつか花を咲かせ実をつけることになるのかどうかそれは分からないが、風に葉を戦がせるようになるとそれが邪魔をして見えなくなり、さらには見えていたことも忘れてしまう、それでも差し伸ばす、手当たり次第に差し伸ばす、なぜといって二指で抓んで捲り返すとカサカサと乾いた音がして次のが現れるからで、そうして終わりはないからで、要するにいつでも好きなときに開くことができると言っていいが、だからと言っていつでも好きなときに閉じることはできないらしく、無理やり閉じることもできないことはないし、そうしようと意を決することも、あるいは決せねばならないと欲することもないではないが、それには非常な抵抗を伴うから断念せざるを得ず、それこそ何の理由もなしに何の決意もなしに踏みだすのでないかぎり。