急かされているのかいないのか、ほら早く、と艶やかに踊るその向こうから、柔和なその笑みに従って露わな尻には冷たいそこへ横たわると、向きや角度を念入りに調整しながら動かないよう隙間に枕様のものを、それよりはずっと小さいが、いくつか宛って固定され、きつく締めつけるから血流が滞って白っぽくなっているその上をなぞるように這わせながら少しく狡猾な眼差しで、ほら、と促すと、剝きだしの部分に冷気が当たって敏感に反応するのを余所に洞というか筒というか、さらに大仰な装置のなかへ台が動いて、いや動いたと見えたのは錯覚か、それでもそちらのほうへ吸い込まれるような気がするからだろう、どこか人体切断マジックにも似て巨大な刃が上から降りてくるような、高速で廻転する金属の煌めきをその唸りとともに捉えたような、鋏で肉をじょきじょき切るような響きが、強く誇張されて鼓膜を威嚇したというのではないが、両断される己が身の鋭利な切り口から迸る鉄臭い血の微かに漂うのを、その度にガーゼで拭き取られなければならないというのではないが一面赤黒く染まるのを、汚れというか染みというか、拭っても拭っても浮かび上がってくるそれは切り刻まれた犠牲者たちの痕跡でもあるのだろう、その苦悶の叫びを陰惨な光景を目の当たりにしながら始まるのを、何かが、振り返るとそこには誰もいない、もちろん最初から誰もいないのであり、仄白く翻っているほかには何ひとつ、あちらからこちらへと何ひとつ、それでいて波打ちながら襞を寄せながらいつまでも揺らめいて已まないそこに赤黒い染みがいくつも浮かび上がり、いくらか翳っていたのが明るくなって尚いっそう赤みの増してゆくのを、というのは日が射してきたからで、長く伸びる影の作りだす形で西のほうへ傾いているのが知れるが暮れるにはまだ早く、待つほどにそれは長くなってゆくようで一向に沈まないというか沈みたくないというか、うねりのなかで藻搔きながら搔き寄せる腕の動きは鈍く、動いているのかいないのかそれさえ定かではないが、そのほとんどが指の間をすり抜けてゆくというか滴り落ちてゆくというか、だから掌には何も残らないのだが、それでも乾いた布地の感触が殊更に際立って指の腹を擦るのだろう、音が響くのを、そうして貧血の予感に眩暈しながら一方は真っ直ぐに伸ばされ他方は軽く曲げられた半身を蒲鉾状に刳り抜かれた穴というか空虚というかへ収める恰好で尚も待つうちにどこからか荒い息遣いが聞こえてきて、黒いマントを靡かせながら黒い兜と黒い面とを被り黒い胸当に黒い手袋さらには黒いタイツに黒い深靴という装いの背の高いあれは何と言ったか、喪に服してでもいるような恰好からして少なくともマジシャンではないのはたしかで、どこか変質者めく息遣いに眉を顰めながらそれが聞こえてくる方向を確かめようと四囲を窺うが、清掃が行き届いていないというのではないにせよくすみ汚れた面に靄のような霧のようなものの漂っているのが認められるだけで、装置のほかに何もない一室のどこにも隠れ潜むことのできる空間はなさそうで、いや靄と見えたのは踏み締めたいくつもの跡だろう、ひとつひとつは見分けられないがその集積としてごく薄い線というか帯というかが一筋、壁に沿って扉から台までを歩いた何千何万もの軌跡が発光でもしているような明るさで仄白く、自身のそれも含まれているはずだがそれとして認めることはできず、それでも確実に刻まれているに違いなく、そこに、というかここに、仄白く翻りながら、今一度凝らすと一面に走って交差する線が枡目を成していて、僅かにそれが歪んでいることから波打っていると分かるが、風がそれを起こすのかうねりによって下から突き上げられるのか、強く締めつけられて行くというか帰るというか、敢えなく潰え去ってすぐには起き上がれないのを、そうして半身を収めた狭い穴のなかでやはり何か目に見えないものを照射されているらしいが何も感じることができないし、それがどんな作用を齎すのかも分からないからだろう、血の気が引いてゆくのを、それでも一瞬で済めばいいが一瞬では済まないから困るので、もとより一瞬で済むと高を括っていたわけではないのだが予期に反してそれは時間を要するものですぐには終わらず、空調が効いている寒いくらいの一室でなかば拘束された状態で尚幾許か放置されて事が終わるのを、それが済むのを、果てるのを、つまり果てるまで、荒い息遣いで苦しげに歪むのを、締めたり弛めたりしながら波が押し寄せるのを、それから引いてゆくのを、再度押し寄せるのを、また引いてゆくのを、ぐったりと横たわって両の脚を投げだしたまま腹を波打たせ内腿を痙攣させ息を弾ませながら、それを盗み見るというか垣間見るというか、さらに滴り落ちるその先の溜まりを成しているところ、その僅かな照り返しが滴るたびに明るみ、放射状に拡がりながら揺らいで静まるまでの間、気怠さに指の一本さえ動かすこともない手足の白さが死体めくが、さらに西へ傾いた日を受けて産毛を照り輝かせているそれはすぐ目の前に、息が掛かるほど間近に、それでいて今にも消え入りそうなほど微かで、微動もせずに横たわるその姿は幾重にも重なっているが分かちがたく結びついているのだろう、重なり合い混ざり合うそのなかからひとつだけを選り分け抽出するのは難しく、連綿と連なるその姿はこの姿でもあるからして尚さら見分けるのが難しく、凝らしたり眇めたり細めたり見開いたりと試みるが一向に、分厚い層になってそれはこちらのほうへ、重く伸し掛かって息を詰まらせるその重みに耐え兼ねるというのではないが息苦しさのうちにあることは否めず、それを去なすというか交わすというか、しばらく彷徨わせていると穴が、小さな、一センチにも満たないだろう、現れて、そのすぐ傍(そば)にも同様な穴があり、その穴の傍にもやはり同様な穴が開いていて、つまり無数に穴が穿たれているのを、そのひとつひとつの穴の向こうからこちらを窺っているのに違いないが、穴は少しずつ大きくなるらしく、そのうち隣接する穴とくっついてさらにも大きくなり、遂には一面黒く染まるのを、それが黒い雫となって滴り落ちてくるのを、壁へも滴り流れて全部が黒くなるのを、薄暗く澱んでゆくそこにはもう一台同じ装置を置けるだけの空間があって反響するのだろう、余韻が響いて、騒音と言っていいほどの量というか圧というかで聾されながら果てるのを、喘ぎながら悶えながら藻搔きつづけて息もできないが、それでいて息をしているが、それなのに沈んでゆくのだが、光も届かない底の底まで降りてゆくというか堕ちてゆくというか、暗く静かなそこで、というかここで、終わるまで、尽きるまで。
その間もずっと荒い息遣いは聞こえているが黒尽めの姿が現れる様子はなく、だから葬送行進曲めいたものも流れてはこないのだが、ただの虚仮威しにすぎないのかそれともいつか姿を見せるのかつまり葬送行進曲めいたものが聞こえてくることになるのか、溜めに溜めたそのあとの登場はさぞかし盛り上がることだろうが、何かトラブルが発生して待機しているだけだとすれば死角になっている装置の向こう側に潜んでいるのかもと尚も四囲を窺っていると、マントの裾が翻るのを目端に捉えてそちらのほうへ、というのは右のほうだが、巡らしてゆくにつれ逆のほうへ、というのは左のほうだが、壁が床が天井が斜めに傾いで、ところがそこにはマントの影もなく、それが起こしただろう風が微かにこちらのほうへ、花の香とともに幾筋かほつれて戦ぐのを、暗く翳った面差しの上で踊るのを、開いたり閉じたりして何か言うのを、天気のことか季節のことか道中のことか知人のことか昨日のことか明日のことか、いずれ当たり障りのないことだろう、間(あいだ)を埋めるように何度も何度でも、飽きもせずそれを聞いているというか、退屈だからだろう、いつまでも聞いていられるし尽きることなく溢れてくるから浴びるように受け止め飲み下して全部を満たすほどで、いずれにせよ打ち寄せる波は徐々に大きくなってゆくらしく、もし海嘯(つなみ)が一度に押し寄せて来るとするといずれここにも押し寄せて何もかも没することになり、見たこともない光景を四角い画面が映しだすのを、瓦礫とともに全部が押し流されてゆくのを何度も何度でも、つまり解体というか分解というか、還元されるのだろう、あらゆる部分へと、部分のそのまた部分へと、とはいえ再びそれを組み立て直すことなどできるのだろうか、まったく同じものとして再構成するなどということが、仮にできるとして少なくとも解体を経たという刻印がそこには刻まれているはずで、否定し得ない事実としてそれがある以上同じと見做せるものなのかどうか、こればかりはスペシャリストと雖も不可能ではないか、それともそれを為し得るからこそのスペシャリストなのだろうか、そのスペシャルな技量によって変化の跡を消し去ることが、そっくり取り除くことが何度も何度でも、とはいえそれはどこから流れてくのか、ほら、ほら、とどこからか、というかすぐ近くから、それに応えようとして全力で立ち向かう、立てないのに、というのは膝がもう、だからなるべく負荷を掛けないように這うというか躄るというか、声のするほうへ、呼ばれているのだから、ほら、と、何してんの、と、こっち、と薄いヴェールの向こうから、今の今、仄白く翻るそれを潜り抜けてその向こうへ、そしたら少しだけ新しくなってくすんでいたのが眩しく光り輝くと言ったら言いすぎか、靄掛かっていた景色が一陣の風によって晴れ渡るように鮮明にというのではないにせよ、いくらか視界が開け、開けたその分だけは見えるように、それで何となく分かったような気になるがそんなことで何が分かるわけでもなく、それでもつづけること、終わるまでは終わらないのだから、いやたとえ終わったとしても終わらない、真の終わりではないだろうから、とはいえ真の、本当の終わりというものがどんなものなのか、終わるまで分からないし終わったら尚さら分からないだろうし、そんなわけで最初から、いやその前から、というかまったくべつのところから、攻めるというか守るというか、押すというか引くというか、仄白く翻っているのを、波打っているのを、寄せては返すのを、つまり照り映える日差しの反射が眩しく、揺らめき蠢きながら射るのを刺さるのを、そうして左足を前に右足を後ろに、次いで前傾姿勢になりながら狙いを定めて一跨ぎに、そうすることでこの一歩があの一歩へ、向きによってはいくらか磯臭い風に嬲(なぶ)られ煽られて狙いを逸れてゆくからそれをも計算に入れて、といって風向きや風力や傾きや距離や弾力や反発力やその他諸々全部を考慮して蹴り上げる力を調節するなどというスペシャルな芸当は持ち合わせていないから力で捻じ伏せるほかないが、これまでそうしたやり方で巧くやってきたのだからと強く踏み締めて溜めた力を一気に解き放つと、一瞬にして消えるというか現れるというか、蓋をする、蓋の上を軽く叩く、ステッキのような細い、スカーフにもなれば花にもなる棒状のもので、それから蓋を外す、ともうそれは消えている、もちろんタネも仕掛けもあるからだが、そんなふうにしてこちらからあちらへ、とはいえこれにはタネも仕掛けもないから巧く行くこともあれば巧く行かないこともあり、巧く行くか巧く行かないかは数が物を言うというか、多ければ多いほどいいのだが絶対ということはないからいつか崩れ去ることに、それがいつなのかは分からないが今このときであっても何ら不思議はないわけで、果してそうだろうか、そうだとしてもそうでないとしても一歩を前へ、探るように前へ、どの一歩でもない新たな一歩を、それでいて同じ一歩を、踏みだすたびに大きく揺らいで幾重にも重なる枝や葉がまた風に揺れて仄白く翻っているのを余所目に、それを過ぎれば、過ぎてしまえばすぐそこなのだから、ほんの目と鼻の先なのだからと握る手を。