友方=Hの垂れ流し ホーム

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06

果して本当にそうなのだろうか、そうではないということを否定できないとすればそうと決めつけることには無理があるし無理を通すわけにはいかないが、それでも僅かに押し開かれると開かれたその分だけは行き来できるようになり、いくらか風通しがよくなって淀んでいたのが攪拌されるのだろう、仄かに香りが立つがすぐに拡散してそれが何であるのかは、一瞬の煌めきのうちに儚く消える幻のごときものと眺めつつそれ以上深くは立ち入らないようにして、なぜといって深みに塡まると容易には抜けだせないからで、つまりどこまでも深く沈み込んで二度と浮かび上がることが、息もできず身動きも取れず、中枢から末梢へか末梢から中枢へか、全身に廻る毒のように拡がる痺れに悉く掌握されてしまうからで、だからそのずっと手前のほうにいてそこから差し伸ばし手繰り寄せるというように、そうして手繰り寄せられてくるのだろうか、何かは分からないが何かが、べつに分からなくたっていいんじゃないの、むしろ分かる必要なんてないんだよ、全然ないんだよ、とそんな声をつい耳にしてしまうが一度聞いてしまうともうダメで至るところから声が、よく知る口振りで、それまで受け流していた分を取り戻そうとするかに、それを受け流すことはできないらしく、ずっと身構えていなければならないというか身構えてしまうというか、普段使わない筋肉までが硬く痼ってゆくのが分かり、いや分からないが分かるような気がして、だからひどく疲れるのだろう、疲れるとそのあと正体もなく眠り扱けて揺すっても叩いても起きないというから調子が狂って尚さら困ることに、もとより調子はおかしいが、いつからおかしいのだか、いつからかおかしくなって、積年の不摂生でもあるかのように、とはいえおかしいなりにも安定した状態というのはあって、このところ安定しているとそう言われることもあるくらいだから、誰にかは知らないが、ただそう言われたからといって真に受けることはなく、もちろん気休めや追従で言っているのではないだろうがそれに近いものくらいに軽く聞き流し、というのは必要以上に重く受け止めることへの警戒もあって何であれ聞き流す癖がついているからだろう、悪い癖だと注意されることもしばしばだが長年染みついた癖はそう簡単に治るものではなく、いずれにせよ適宜調整しないとどんどん狂いは高じてゆくだろうしそれが窮まれば壊れるだろうし、壊れるとはつまり壊れ果てるということで、それこそ疑いようもなく壊れ尽すことを意味するはずで、そうして壊れたら、壊れ切ってしまったらもう、そのときこそスペシャリストの出番と相成ることになるのだろうか、スペシャリストではないにしてもそれに準じる技量の持ち主が、その薫陶を受けて弛みない研鑽を重ねた末にいずれは次代を牽引するスペシャリストとなるかもしれないその助手なり弟子なり部下なり関係者なりが、そしたらばらばらに分解されて、これ以上分解できない最小の単位にまで、というのは物質を構成する最小の単位ということだが、そうして然るべき処置を施されたのち再び組み立て直されるということに、果してそれは同じものなのか違うものなのか、連続しているのか断絶しているのか、と埒もなくくり返しながら怯え戦いて震えているのではしかしなく、この震えはその震えとはいくらか異なる震えであって、いくらかは似ているとしてもいくらかであって厳然たる差異が隔たりがそこにはあると言ってよく、つまり僅かに飛びだした爪先のその向こう、そこに口を開けている裂け目の全き暗さにか、底知れない深さにか、いやそこではなくさらにその向こうを、そこにこそ行こうとしているその向こうを見据えながらそのときが訪れるのを、ある種の震えとともに、そうしていつかそのときが、頬に風を受けながら僅かに息を止めながら、そしたらさっきまで手前にあったのがいつの間にか背後へ、あちらがこちらへ、その間(あいだ)はなく、もちろんそれはどこかにあるに違いないがここにはなく、とにかく点と点とが結ぼれてひとつになるらしく、それなのに線を構成することはなく、全体どういう仕組みなのだか、少しく眉を顰(ひそ)めながら虚ろに視線を彷徨わせていると、それはもう一挙に飛び越えちゃうんだよそういうもんなんだって、軽々と一跨ぎだよほら一跨ぎ、と耳元で、唾液が弾けるのだろうか開閉のたびにぴちゃぴちゃと、その飛沫が耳朶やら首筋やらに掛かるほどに、一跨ぎ一跨ぎ、と囁くように、まあたしかに軽々と飛び越えられるとはいえ呼吸というか間合いというか、それに適した瞬間があるのであってそれを捉えるのは容易ではないにせよ、というか抑も誰かに言われてそうするのではなく自分で見窮めなければならないものだろうから声には耳を貸さずに自らの意志でそうするのであり、というかそうしたのであり、それはしかしいつのことか、もちろん今このときにほかならない、今の今、とそう認めたときにはもう流れ去っているこの今、つまり今、すべては今このときであるほかなく、いったいそれよりほかに今があり得ようか、今ではない今は今ではあり得ないわけだから今だけが今なのであり、今こそが今なのであって、それでも今はもう今ではないのであり、そうとすればそれはいつのことなのか、もちろん今このときにほかならないもう、あるいはまだ、そうして刻々とそれはこちらのほうへ、うねりながら波打ちながら、粒立ち泡立つ飛沫を放ちながら、目を背けても耳を塞いでも逃れることはできないらしく、だから拭いもせず滴るままに滴らせて受け入れるというか飲み込むというか、それでもどこか受け入れがたく飲み込みがたく何某か抵抗を、身動ぎするたびに重みが両の肩に背に、やはり積年の不摂生だろうか、少しずつ衰弱し疲弊してもう、あるいはまだ、それでも差し伸べ差し伸ばして形振り構わず手当たり次第に、全部は無理にしても能うかぎりはと足搔きに足搔いてうねりに翻弄されながら、白さに囲繞されながらもう、あるいはまだ、とにかくぐったりと腰掛けながらあるいは横になりながら雫を滴らせながら果てのないくり返しをくり返して、それで退屈が紛れるのかどうか、紛れようと紛れまいとそうするよりほかにないのだからそうするのであって、それでも少しずつ、花の香が少しずつ膨らんでゆくらしく、窓の外からそれは漂い流れてくるのだろう、外から内へ内から外へのその弛みない交通こそが窓を窓たらしめているのだから、それに見るかぎりそれらしいものは、花にせよそれを活けるための瓶なり器なりにせよここにはないからで、尤もどこか見えないところに隠し置かれているならべつだが、例えば直接的刺激に於ける直接性を、それが齎すだろう影響を鑑みて避け、間接的刺激による間接性を、それが齎すだろう何らかの効果を、どんな効果かは分からないが、狙っているというような場合だが、そしてそれは充分ありそうなことだが確証はないし確かめようもなく、とにかくちょっとした変化だが代わり映えもしないくり返しのなかでそれは決して見過ごすことのできない大きな変化でもあり、それを手掛かりに突破口を開くことができるかもしれないと虚しい期待を懐きながら、というのは今ではないどこかへ、そう言ってよければだが、超え出てゆく契機となると花の香を、白さに抗って、白さのなかで、白さに塗れながら、といって重きに過ぐる深き巷に、呼び交わすということではないが、それでもさっきまでの色といくらか違うということに、尤も今もそれは白いのだが、白が白であることがたしかなら白は白であるほかなく、そのかぎりに於いて白には違いないのだが、白いながら当の白さが薄れるというかくすんでいるというか、四囲の壁がその様相を刻々変化させているらしく、吹き抜ける風が白さを奪ってゆくというのではないにせよ、あるいはいくらかはそうであるにせよ、それともほとんどそうに違いないにせよ、どこへかそれは消え果ててもう、反面浮かび上がってくるものが、それとも降りてくるのだろうか、凝らすというか傾けるというかするとそれはこちらのほうへ、それでも一定の隔たりがそこにはあって手を伸ばしても届きそうになく、もちろん届くわけもなく、なぜといって卓が置かれてあるからで、それを間に挟んでこちらとあちらとに、畳を堺に二尺を隔ててというのではないにせよ、いつからそこにいるのだか、先にいたのかあとから来たのか、同時にということはあり得そうにないが仲よく手を繫いで入室に及んだのだったか、緑り濃き植込みに隔てられて、往来に鳴る車の響さえ幽かというほどではないがそれなりに静かなそこへ、というかここへ、期待に胸を膨らませながら人目を忍んで足音も立てずに、いや足音は立つだろうし気配も濃厚だろうから半端にそれを消そうしても常とは異なる息遣い身熟しとなって現れ、却って悪目立ちするに違いなく、そうかといってあからさまに床を軋ませながら堂々と振る舞えるほど腹も据わっていないとなれば普段通りにしようとするほかないが、それが難しく、意識すればするほど手脚は強張り微かに痙攣さえして右手と右足が一緒に出るあれは難波歩きと言ったか、そんなふうにはならないとしてもぎこちなさは拭えないから余計な音が、生じてほしくない軋みが、漏れていると言ってもいい、とさらにも息を潜めながら戸を、彼女が思い掛けなくすうと襖を開けた時自分は始めて偶然のように眼を上げて彼女と顔を見合せたというのではないが、身を潜めるように少しく背を屈めながら敷居を。

そうして洋燈(ランプ)も点けないで、暗い室(へや)を閉て切ったまま二人で坐っていたというのは本当だろうか、卓に対してちょっと斜めに構えた横坐りの、投げだした脚を裾から覗かせて、脹ら脛から足首に掛けて交差しているそれは薄い膜に覆われて艶やかな光沢が眩しく、とはいえ膝の下辺りまでで剥きだしの膝に光沢はないからそれだけいっそう白さが際立っている、それでいて視線を集めるというよりはやんわりと拒む気配を滲ませている、とそんなありもしない光景を眺めながら掠めてゆく花の香を嗅ぐというか嗅がされるというか、それもまたありもしない香りに違いなく、なぜといって折々訊ねてそのたび教えられているから分かるはずなのに何と名指すことのできない香りだからで、そうかといっていくつもの異なる香りが混ざり合っているために特定できないというのでもなく、単独の、或るひとつの香りであることはたしかで、尤も或るひとつの香りにしてもそれを構成する成分はいくつもの香りの混合には違いないのだがスペシャリストではないからそこまで分かるはずもなく、とにかく何と特定できないそれは香りで、もちろん忘れていなければだが、尤も大抵のことは忘れてしまっているから忘れているだけかもしれないが、日々流れだしてゆくからすでに厖大な量が流れ去ってしまったに違いないそれらはいったいどこへ、手元に残っているのはごく僅かなものでしかないがそれもいつかは流れだしてゆくだろう、全部流れてしまうだろう、もちろんそれは意志によってではなく、意志の隙を突いて意志を搔い潜ってあるいは意志を押し退けて漏れだしてゆくのであって、だからとても堰き止めることはできないし漏れないように栓をし蓋をすることもできないだろう、それでも留めておきたい少しでも留めておこうと仔細に眺め入るというか、ほとんど不躾な眼差しで眼差すその眼差しに気づいたかしてそれとなく引っ込めるが、その衣擦れよりも畳に擦れる音のほうが大きく響いて四囲に誇示するかに余韻がいつまでも、それに伴いその上を滑ってゆく足首のどこか小動物めく震えというか怯えというか、どうかすると威嚇しているようにも見える動きのほうに注意が逸れて、その隙を狙ってか覆い隠すように掌が、膝のほうから伸びてきたそれが裾に触れて一撫ですると幕が下りるように布地に覆われてもう、そうして風に戦ぐこともなく、それでいてしなやかに波を立てながらそれはこちらとあちらとを隔てている、遠離るでもなく近づくでもなく一定の隔たりを、見えもしないのに、いや全部は言いすぎか。

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