友方=Hの垂れ流し ホーム

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とにかく前へ廻ったかと思えば後ろに隠れ後ろに隠れたかと思うとまた前へ現れて落ち着きがないというかだらしないというか背を丸め腰の辺りだろうぶらぶらさせている皺寄った硬い手のその甲から手首を通って肘の辺りまで浮き出た青いというかいくらか緑掛かった筋というか線というか重力によっていっそう濃く太く浮かび上がっているのが離れていてもよく分かりもう少し近づけばもっとよく分かるのにとそう思ううちにも飲みさしのコーヒーへとそれは伸びてゆきそうして水平に近くなるまで伸ばされて肩と肘と手首との三点がほとんど一直線上に並ぶとさっきまであんなにもくっきりと刻まれていた線というか筋というかそれが一瞬にして消えてしまい青いというか緑掛かった痕跡が僅かに残るだけとなりいずれにせよ横にある突起というか縦に長い穴というか何もないそこへ二本を差し入れ絡ませてさらに一本で反対側から押さえつけ残る二本は下方から支えるようにして太く短く節榑立つ無骨なその指で傾けないように水平を保ちながら口元まで持ってゆく一連の動きはしなやかでもないし軽やかでもなくだからあれほどにも繊細な表現がその手捌きによってというか筆捌きによって描きだされるとはとても思えないそれこそイリュージョンと言うに相応しいが背よりも高いそれらは奥のほうに無造作に立て掛けられていて重いから取りだして見ることもできないし埃塗れで絵の具臭くて窓を開けてもつまり北側と南側と両方の窓を開け放って通り道を作ると一方から入ってきた風が他方から出てゆくわけだがそうして換気をしても心地よい風に眠気を誘われることはあっても至るところに染みついた臭いが消えることはなくだから今も尚それは染みついていて折に触れ染みだし溢れ出てくるような汗腺というか皮脂腺というか何か特殊な腺から発するものとしてこの身から滲み出ているのであり要するに今も尚その匂いに全身包まれているというか噎せ返るような草いきれに囲繞されているというか両側から覆い被さるように連なってどこまでもつづいているのでありそんなわけで表通りから斜めに切れ込んで民家の脇を掠めながら緩い勾配で伸びるその狭い路地は左側が膝より少し高い位置までかそれとも腿辺りまであるだろうかというのは坂を上ってゆくにつれてそれは低くなるためつまり坂の勾配と同じ勾配なのではなく水平を保っているのだろう一定の高さで捉えることができないからでそれでも一メートルは越えないだろう七十センチか八十センチくらいだろうざらざらした石組みの低い垣で柵はなく植込みになっていてその路地を奥へ進んで突き当たったところで壁というか崖というか阻まれて行き止まりなのではしかしなく少しく広い階段が右手にあり雨の日に下りてくる際は注意しないと滑りそうなその階段を上ったところにそれはあり小山を削って平らに馴らしたのだろう削った当の土がどこへ行ったのかそれは知らないが海を臨む眺望が開けていて三年もの間行ったり来たりしていたのに改めて眺め入ったことはほとんどないというのも沿岸は巨大な白い樽というか平たい円柱状の白い物体が並んでいるのが見えるだけだから絶景とは言えないからでなぜといってそうした景観が持て囃されるようになるのはもっとずっとあとのことだからで沖に浮かぶ貨物を積んでいるだろう船にとても動いているようには見えない平たく細長いそれに目を奪われることもだからついぞなくいずれにせよ三年もの間行ったり来たりしていたにも拘わらず勾配の緩いその坂道を生け垣の間を抜けながら上ったり下りたりしていたにも拘わらず変化が乏しいというかもちろんあるときは濃い緑のまたあるときは若やいだ緑のまたべつのあるときには冬枯れの淡い茶のというように相応の変化を含んではいるしその時どきに風が運んでくる匂いもまた日々に変化するのだが見ているのに見ていない見えているのに見えていないらしくどれも同じような相貌で佇んでいるというか揺れているというか波打っているというかぴちゃぴちゃと軋む椅子の背に凭れて寝ているというか起きているというかもちろん起きているのだがもしかしたら寝ているのかもしれずというのもさっきまで開いていた瞼が閉じているからでぴちゃぴちゃと波打つ様子を眺めていた眼差しはだから今どこへも向けられていないと言ってよくあるいは外向きの眼差しから内向きの眼差しへと変じているということだろう閉じられた瞼の中というか向こうというかそこで何を眺めているのかそれは分からないが、何を眺めているにせよオレンジの丸い縁取りの中から辛気臭い面持ちが歪んだ眼差しでこちらを見下ろしていることに変わりはなくその下をそそくさと逃げるようにというのではないにせよいくらか早足でその下を上向きの赤い矢印とともに意を注げというメッセージを発して已まないその下を横切るというか縦切るというか広いグラウンドはどこまで行っても果てなくつづいているらしくその表面は適度に水分を含んでいる柔らかい褐色の土ではなくつまり花や草を植えるのに適した土ではなさそうで砂や小石でざらざらして容易に掘り返すことができない硬く踏み固められた土で覆われていてその上をけんけんぱけんぱけんぱと耐えがたい衝撃に膝がもう壊れてしまいそうだがやめることはできないとけんけんぱけんぱけんけんぱけんぱと暗い影の領域は刻々その領土を拡大してすぐ目の前にまで迫っているし日が落ちて暗くなったらこちらとあちらとの境界も見分けがつかなくなって朧気に見える輪郭だけを頼りにけんぱけんけんぱけんぱけんけんぱと少しでも目測を誤れば輪の外へ即ち奈落の谷底へ真っ逆様に墜ちてしまうから瞬きも怺えてけんぱけんぱけんぱけんけんけんぱとそうして線の内側というか外側というかそれが導く先にあるものあるだろうものをつまりいくつもの矩形が複雑に組み合わされてひとつの巨大な構造体を成すそこへと向かってゆくのは甘利なのでありいずれにせよもうすぐ終わるのだからそれまでの辛抱でというのは坂道だが畢竟それは坂が坂ではなくなるということにほかならずだからそれまではこの坂道をぴちゃぴちゃと波打ちうねうねと滴るこの坂道を上ってゆかねばならないし上ってゆくのだが残り半分とはいえその道のりの長さを思うとやり切れずいや残り半分どころかその内のかなりの距離を踏破しているはずでそうとすれば疾うにゴールしていてもいい頃ではないのかとそう思いながら濡れたように黒い路面から視線を剥がすと右から左へ左から右へ幾度か往復させて闇の中に浮かび上がる矩形の額縁をひとつひとつ吟味してゆくが目当てのものは見出せずつまりまだまだ上ってゆかねばならないことをそれは意味していて縦に長い筋というか線というか項垂れたように佇む姿が依然としてそこにありゆっくりとそれがこちらのほうへ倒れ掛かってくると見えだから少しく距離を置いて足早にその脇を過ぎながら見上げるそこにはもちろん辛気臭い面持ちが貼りついていてゆく先々で待ち受けて監視を怠らないその抜け目なさには呆れるほかないが生涯ついて廻るだろうそれは負債というか軛というか絶対に逃れられない罠であるからして絶対に逃れられないのでありそれでもいやそれだからこそ性根を据えて掛からねばならないというか逃げ果せるというのではないにせよそうした意思を以てすればあるいはと十中八九叶わないだろうその可能性に期待しながら一歩一歩進んでゆくのでありそうしてその角を曲がればいよいよゴールも近いだろうなぜといって最終コーナーとも言うべきその曲がり角を曲がれば一際目立つ建物というか建物の影というかよく見知っているから目にした瞬間にそれと同定できるいくらか威圧的に聳える黒く沈んだその形が見えてくるだろうからでそしたらいくらか足取りも軽くなるだろうゴールを目の前にして意気の上がらない者などいるだろうかいるかもしれないがつまり何某か破局を齎すことになるのが自明な場合がそれに当たるがそんな破局に自ら進んで向かってゆくなどということは気が滅入るどころか狂気の沙汰でさしあたりそうした認識に至っていないのだからゴールすることを躊躇う理由はないわけでもちろん絶対にないということではないがさしあたり見当たらないということでとにかく新たな局面というかべつのステージというか何かそうしたものが開けてゆく予感がするとともに少しずつそれがこちらのほうへ手繰り寄せられてもくるというようなそうした認識が湧くというか滲むというか不確かな膜となって自身の身体を覆う湯気のような蒸気のようなものがあるのであり生温い風に運ばれてゆくのか一歩ごとそれは背後へ漂い流れてゆきそうしていつか晴れ上がって何もかも露わになるのだろうか見通しもよく隅々まで見渡せる台地の際へとそうして至り着くのだろうかこれまでもそうしてきたのだろうかもちろんそうしてきたのに違いないそう信じるに足る根拠はどこにもないにせよ、とにかく波打ちながら緩やかに湾曲している線に沿って角を曲がると見えてくるのはこんもりと迫りだした黒い塊だろうか生温い風に戦いでいるらしく微かに揺らめいているのが分かり擦れ合う葉と葉の立てる音がぴちゃぴちゃと聞こえてくるようで最初はそれぞれ独立した音として聞こえているが徐々に重なり合っていつか連続する音の連なりへと変じそうなるとひとつひとつを切り離すことができないほどにも一体となって滝のような奔流が轟音というか爆音というか凄まじい音を響かせながら一挙に流れ落ちるだろうとそう思ううちにもざあざあと溢れだし流れだしてもちろん全部流れだすことはないが一部は流れてその流れだした分を占拠するとつまり窮屈な浴槽の内に並んでしゃがみ込むといっそう窮屈になってそれでもその窮屈さにはどこか気持ちを落ち着かせる作用があるのだろう例えば部屋の隅だとか物と物との間にできる狭い隙間だとか死角になっている奥まった場所だとか向こうからは見えないがこちらからは見える何かそういった身ひとつを入り込ませることができる程度の隠れ家的な秘密基地的な狭小な空間の齎す安堵感にも似た作用でもあろうかもちろん湯に温められて解れてゆく身的にも心的にも弛緩してゆくそうした作用もそこには働いているだろうとにかくぴちゃぴちゃと揺らめきながら皺寄った手の中をたゆたうように視線は泳ぎ長い時間浸かっているからだろう水分を含んでふやけてしまう指先には元からある固有の溝とはべつに深い溝が刻まれていて乾燥したそれとは趣を異にする弾力のある感触や脱色されたような白さやを不思議そうに眺めやるその眼差しの内にすべては納められていると言ってよくとはいえそれが物語っているだろうものを繙くというかそれがそれであるところのものを受け止めるというか一切の解釈なり翻訳なりを施すことなくつまり何ひとつそこにつけ加えることなく何ひとつそこから差し引くこともなくあるがままに見るというか聞くというかそんなことできるのだろうかできるにせよできないにせよその内にあるものは悉くそれこそひとつ残らず全部を展開せしめるというか展開せしめたいというかそうした思いに駆られながらぴちゃぴちゃとこの坂道を上ってゆくのはいったい何者なのかとそう問い掛けるような眼差しが辛気臭い面持ちに見てとれるその下を通りすぎると少しく闇が深まってそれだけぴちゃぴちゃいう音が高まるというか間近に聞こえるというか間合いを測るように行ったり来たりしているのが分かるのでありその皺寄った手がぴちゃぴちゃと波打ちながら近づいてくるのを待つというかひんやりと冷たい感触がぴちゃぴちゃと伝わってくるのが分かるというかいや分からないが分かりたいというか分かち合いたいというかそうした思いを懐きながら見たり聞いたり喋ったり笑ったりしているのだがというか見たり聞いたり話したり頷いたり微笑んだり食べたり飲んだりしているその瞬間にそれを自覚しているわけではなくあとから思い返してそうだったのだとの認識に至るのでありだからただ見たり聴いたり話したりしているだけなので抜け落ちているところも多々あるに違いない。

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