長らく置きっ放しのままになっているそれらはいずれも同じ対象を扱っているにも拘らずそれぞれ異なる相貌をしていてそれはもうまったく違っていてひとつとして同じものがないから不思議でもちろん視点の位置やそれによる光の加減に若干の違いはあってたとえ同じ対象であってもそれをどの位置から捉えるかであるいはいかなる意志に於いてかかる対象と向き合うのかで印象が異なるだろうことはそれこそ天と地ほどにも異なるだろうことは想像に難くなくつまり各個の意識の内で変容を蒙るというか主観に固有の篩に掛けられるその結果自ずと異なるものにならざるを得ないのでありむしろそうしたことにこそ描くことの醍醐味があると言えるかもしれないが同じものを見ているのに同じようには見えていないということを如実に示しているそれらはそうしたことにはまるで無頓着らしく自由というか奔放というか自然というか何かそういった無自覚な表現に溢れていると言ってよく透明な筒の下のほうが丸く膨らんでいてどこか実験に使うフラスコめく薄く平らな笠を乗せたそれはひどく古めかしく埃塗れで実用に耐えるかどうか分からないが天井から吊られている姿は縊死体のようでもありいや違う今にも四囲を明るく照らしてくれそうでバゲットやチーズやハムやパテやワインやプディングやクルスタッドやコンフィチュールや何かそうしたものが皿に盛られグラスに注がれているのを柔らかな光が鮮やかに浮かび上がらせるだろうそうして白いクロスの上にこちらでは淡い影をあちらでは濃い影を落としながらそこに集う者らの嬌声やナイフやフォークの立てるカチカチいう音が彼らの着飾った姿とともに無時間的時間の中をたゆたっているに違いなく黒々と波打っている笠はその裏側がさらに黒々として屈折によって形が露わになる透明な筒の透明さをよりいっそう引き立てているようでもありそうした光と影のコントラストがどの画布にも見て取れるその巧拙は問わないとしてもとそう言っていたのだろうか絶えず波立ち揺らいで已まない透明なそれでいて青い水面というか湯面というか顔を覗かせたり沈めたりしながらぴちゃぴちゃいう音を響かせているのを聴きながら今まさに耳に届くその響きの中から匂い立つように浮かび上がる姿は若やいでいるというか幼いというか幼さを残しつつもそこから脱しはじめているだろうような少しく大人びた表情を垣間見せたりもするだろうような四半世紀ほど遡らせると得られるだろうようなそんな面差しだろうか、真正面ではなく少しく斜めに構える恰好で画布に向かいながら画布の中というかその面上に現前するものと画布の奥に現在するものとが同じであるのかどうかを交互に眺めてつまり画布の面上に数秒もしくは数十秒の間視線を留めてその像を脳裡に焼きつけ次いで画布の奥に在るものに数秒もしくは数十秒の間視線を移してその像を脳裡に焼きつけ再び画布の面上へ視線を戻して今一度画布の奥へ視線をやりそれでもまた画布の面上へ戻ってさらに再び画布の奥へ取って返しというように幾度も視線を往復させてそうして二重に焼きつけられて重なり合ったふたつの像を直感的にせよ論理的にせよ比較検討することでそこにあるだろう差異を取りだすのであり巧く差異を取りだせるか否かは各個の力量によるが今度はその差異が差異ではなくなるようにつまり同じになるように手を尽すわけなのだがこれもまた各個の力量次第なのだがどれほど手を尽しても同じにはならないだろうなぜといって一方は三次元のものであり他方は二次元のものでありそうして三次元のものを二次元に変換するというのだからそれはもうまったく異なるステージなわけでそこから何某かのものが失われるのは必至なのでありつまりほとんどそれは不可能と言ってよくそれでもその不可能を可能ならしめたいというかいかなる詐術を用いても成し遂げたいというか何がそうさせるのかそれは分からないが形振り構わぬ努力の果てに仕上げられるのでありそれでも詐術は詐術であり胡麻化しであるから同じであるとは決して言えないわけでつまりどんなに近づいたとしてもそれこそ現実と見紛うほどに似せることができたとしてもあるいは現実以上に現実らしくできたとしてもそれが現実になることはないのでありそれはもう本当にそうなのでありというかむしろ眺めれば眺めるほど差異は浮き彫りになるらしくそれに伴いふたつの間の距離も隔たってゆくのだろう奥のほうへ仕舞い込んだまま埃を被っていつか仕舞ってあることも忘れて思いだすことすらできなくなるに違いない今はまだ辛うじて手に取り眺めることができるにせよそれでもマチエールに至るまで克明に取りだすことはもうできないのでありつまり厚く盛られた絵の具が齎す複雑な陰影は見る角度によって刻々と変化して同じ画布でもまったく異なる印象を与えるのだがその表面は一様に均されてのっぺりした相貌をしか見せてくれないのでありつまりどこにでもある在り来たりな相貌へと変じてしまっているのでありだからどんなに目を凝らしてもそこへと焦点が結ばれることはもうないということなのだろう、そんなわけで幾枚も積み重なった画布で一角が占拠されているからその分だけ狭くなるわけでだからいずれ処分されるに違いないというか毎年処分されてきたのに違いなくでなければ増えつづける画布で一室は埋もれてしまうだろうその片づけを手伝うというか手伝わされるというかしたらしく何枚かの画布を抱え持って階段を下りてゆき裏手に待機しているリヤカーに積み上げると再び階段を上って何枚かの画布を抱え持って階段を下りてゆきそうして上ったり下りたりを幾度くり返したのだろうかすべての画布を運びだすという作業をしてもちろん皆で手分けしてのことだが喋りながらふざけながらだから効率が悪く作業を終える頃には日も暮れ掛かっていたのではなかったかいずれにせよ手は黒く汚れて爪の中まで黒くなりちょっと擦ったくらいでは落ちそうにないから南側に面する窓の下というか手前というか流し台にいくつも並ぶ蛇口の中のどれかだろうどれかは定かではないが埃に汚れた手で捻りそうして石鹸をつけてよく泡立ててから勢いよく流れ落ちる水流に翳して擦り合わせるとぴちゃぴちゃいう音やざあざあいう音の中で泡といっしょに流れ落ちてゆく皮脂や汚れを見ることは叶わないが泡の下に隠されていた素肌が露わになって肩も胸も脇も背中も腰も尻も腿もひかがみも脹ら脛も脛も踝もすべてが晒されて艶やかに光を反射させるまだ若い母親は手早く拭ってというのは濡れた素肌をだがそうして水を含んだ手拭いを捻るともう一度今度は前よりもいくらか丁寧に拭ってそれでもすべてを拭い取ることはできないらしく素肌は濡れていてもちろん反転した像に於いてもそれは寸分の狂いなく反復されているだろう曇っているからぼんやりとしか捉えられないがそれよりも濡れた髪の先から雫が滴ってそれが肩や背に落ちてくるのが冷たいと逃げるように駆けてゆきそれでもすぐに戻ってくるのはある一定の距離より以上には行けないからでというのは何か見えない鎖で繋がれてでもいるようなそんなふうな作用が働いているからでもちろんそれもぼんやりとしか捉えられないが何度も振り返ってあとについてきているのを確かめながら行ったり来たりして疲れを知らないらしくそれにしても水滴の滴り落ちるぴちゃぴちゃいう音がするのはパッキンが弛んでいるのか栓がちゃんと締まっていないのか日に温められて温(ぬる)くなった水の滴るその響きがぴちゃぴちゃとここまで届いて跳ね上がる飛沫が弧を描く様子までもが見えるというか見た憶えがありそれでいて栓を締め直したかどうかについてはまったく憶えがないのでありそれなのにスローモーションで落ちてゆく一雫を見ているのでありそうしてそれ以上落ちることができないところまで落ちるとつまり水面というか湯面に到達するとその一雫のエネルギーが衝撃となって水面というか湯面を波立たせさらには波紋となって四方八方へ同心円状に拡がってゆくのでありそしたらその中の裸身が腕と言わず脚と言わず腰と言わずぐにゃぐにゃと曲がりくねりその危うげに歪む像の艶かしさといったらそれはもう大変なもので何とはなしに見ているうちにいつか目が離せなくなってじっと眺め入ってしまうそれはこちら側では肘を支点にしてぶらぶらと揺れ動いていたのがいつか向こう側へ滑り落ちてぴちゃぴちゃいう音とともに湯の中をたゆたうらしくぴちゃぴちゃと湯を掬い上げてはぴちゃぴちゃと肩から掛け流しぴちゃぴちゃと湯を弾きながらぴちゃぴちゃと波打たせつまりぴちゃぴちゃと音させながらぴちゃぴちゃと滴らせて何を引き寄せるのか何が引き寄せられるのか一挙に照らしだされるのではなく少しずつ浮かび上がってくるらしいそれが何であるのかを見極めようとしてか目を凝らすように一点を見つめるその眼差しの中にというか向こう側にというか見えてくるものを捉えて吟味する一瞬の煌めきに魅せられてぴちゃぴちゃとただひたすらぴちゃぴちゃと溢れさせてゆくのだろう。