八木の叱咤も虚しく面々の志気は下降する一方でダレきった雰囲気の中ミーティングがはじめられ、捜索それ自体に不備はないということで皆の意見は一致しているから全く進展がないのは情報の漏洩があるからでそれより他考えられぬと誰かが口にすると途端に皆それに追随するが八木ひとり「まさかね」と訝しげで、その者の言によると誰が漏洩をなし得るかと推測するに純粋に信仰のみで結びついている者の可能性は低いからそうではない紀子がだから最も疑わしく、つまり知恵美派の連中と裏で結託してスパイ活動しているとのそれは強引な論理展開だが、容易に覆せぬだけに質が悪く、「そんなバカな」話があるかと紀子が誰がそんなデタラメを言っているのかそれが知りたいと駒井に訊けば「言っていいのかどうか」と僅かにためらいながらも「梳井君です」と告げ、それを聞いて「ええひっどおい」と本部事務所に響き渡るほどの大声で喚いたのは半透明の恵美の霊で、その声に敏感に反応したのはしかし紀子と駒井の二人だけで、それほどにも卑劣な人だとは思わなかったと嘆くのを紀子と駒井は二人掛かりで宥めて半透明の恵美の霊が落ち着いたところでそれは事実なのかと紀子が念押せば「ええ間違いないです」と強い頷きとともに駒井は答えるが、それを告げたことが罪深いとでもいうように項垂れてしまう。日下は何と言っているのかと訊けばそれについての「正式な見解はまだないんで」何とも分からぬと駒井は言い、それなら直接日下に談判する他ないと密かに紀子が思っているとそれを察してかこの件について「紀子さんは黙っていて」くれと先に封じられてしまい、教団に紀子が必要なことに変わりはないのだから紀子さえその騒ぎに乗せられることなく静観していればいずれ波は退くだろうと駒井は読んでいて、それまではだから恵美=マリアの霊媒に徹するつもりで他のことには一切耳を貸すなと言うのだが、どんなに責められても何ひとつ抵抗できぬというふうに紀子はそれを解して肉に食い込むほどにもきつく緊縛されるかに総てを封じられたように思い、それならいっそ放逐でもされたほうがマシだと不平を洩らせばそれこそ短絡で無思慮な判断だと叱責してむしろこれは乗り越えるべき試練と見做すべきだと駒井は言い、そのような試練とその乗り越えは「宗教にはつきものですから」避けて通るわけにもいかぬと説くのだが、全体宗教者の導きというよりそれは端的に年長者の処世訓めいた口振りで、教団内での軋轢において進んでその防御壁となってくれていることについて深く感じていることもあって紀子は駒井に対する共感を以前にも増して深くするが、一方でその口振りと言説の内容との乖離に妙な違和を感じたことも確かで、言説それ自体については紀子にはまるで与り知らぬことで余計な試練など設けてくれるなと言いたいが、教団での孤立化を避けるためにも駒井の忠告通り余計なことは言わぬほうがいいと引き下がる他なく、そのように緊縛されたような状態ではしかしどうにも居心地悪いし面々の紀子への風当たりの強さを過剰に意識してしまうことにもなって何か懲罰でも受けているように思えてくるのだった。それらに対する配慮からか駒井は自宅で待機することを勧めるが、そうなると必然事務は駒井ひとりでとらねばならなくなり、駒井ひとりでこなし切れぬのは眼に見えているから「そういうわけにも」いかぬと即座に斥けて勤務時間を調整などしてなるべく接触を避けるようにしてだが紀子は本部事務所に通い続け、結果駒井の言う試練を引き受けるような形となるがその信頼を得るという打算もいくらかあるにしろ自宅にいても気を揉むだけだろうから何かしていたほうがいいと自身判断したからでもあり、その間の知恵美捜索の進展具合は駒井から伝え聞くのみだが依然変化はないらしく、ひとりひとりをマークしていればいずれその動向も把握できると踏んでいたらしいのだが沖も吉岡もその他知恵美派の連中も自宅に立ち寄る気配は一切なく、あとに残した家族とも接触している様子はないらしいからその潜伏先もまるで分からないしその動向も何も掴めぬから尚更不気味で、そのように何の足跡も残さず消息を絶ってしまった知恵美派の連中のその手並みには驚く他ないが、このまま膠着状態が続けば捜索の打ち切りもあると思えばただそれを見ていることしかできぬ紀子には非常な苦痛だし何もできぬ自分に怒りが向けられもして、捜索隊の面々にも増して鬱屈は酷く憔悴も激しく、化粧の乗りにそれが顕著に現れているのを半透明の恵美の霊に指摘されるまでもなく自身紀子は気づいている。
天皇を粉微塵に爆破するという計画それ自体紀子には非現実的としか思えぬから具体的な作戦内容を抜きにしてもそれが実行されることをどうにも想像し得ず、無理にも想像しようとすると爆風で空高くクルクルと回転しながら吹き飛ばされるというような如何にも漫画的な映像しか浮かばず、それはつまり紀子にとって天皇が漫画と同次元のあるいはその延長上のバーチャルな存在でしかないということで、天皇の生死などだから紀子にはどうでもよくて、仮に天皇の死=知恵美の帰還ということが確実なら迷わず天皇の死を願うのだが、その際の危惧はそう簡単に天皇を殺すことができるのかということに尽き、その困難を思うからこそ計画の遂行を望んではいないので、何としてでもその実行の前に知恵美を奪取せねばと思うのだが、その紀子の思いなど知らぬげに恵美=マリア=皇太后さえいれば知恵美=メシア=天皇は不要とでもいうような不遜な空気を捜索隊の面々の鬱屈した眼つき口振りに時折感じるし、日下以下上層部がそれを野放しにして抑えようとせぬことに無性に腹も立ち、日下本来の実利主義に則してのことに過ぎぬのかもしれないがそれではあまりにも不誠実だしそれをしも宗教といえるのかと疑いたくもなり、とはいえ介入は控えてくれとの達しがあるからそれを譴責する立場にない自分に紀子はさらにも鬱屈を感じ、ネガティブな思考に嵌り込んで端的に狂言説の影響と思える面々のそのたるみ具合が何か途轍もないことの起きる前兆のような気さえして不安は尽きないが、そのような状況下で尚も知恵美の無事な帰還を言い張る半透明の恵美の霊にいくらか慰撫されているのも確かで、際疾いところで持ちこたえているとの実感とともに半透明の恵美の霊がそのように揺るぎない楔としてあり続けてくれることをひたすら紀子は願うのみで、日下らとこれでは大差ないと自責するが、日下らはただ弛緩して状況に流されていただけではないらしく、彼らなりに対策を講じていたことを紀子は知らされるのだが、知恵美の拉致から約一ヶ月という時日はその対応として早いのか遅いのかいまいち微妙だし、根本的な対策ではなく対症療法に過ぎぬのがいくらか気になりもしたのだが、ただ待つよりはずっとマシとその是非云々を講じる前に紀子は思い、実際その是非を講じる段になるとしかしそれが短絡だったと知るのだった。