沖のその些か子供染みた不意の投げだしに紀子は拍子抜けるが安堵したのも確かで、失脚を免れた日下も複雑な面持ちで居心地悪そうに尻を浮かしたりしているが、沖の一石で皆の結束がより一層強固になったというのではないにしろどこか宙吊り状態の不安定な空気を落ち着かせたいとの思いは一致しているから半透明の恵美の霊の受け入れに積極さには欠けるにしても否定的ではなく、不審顔だがその真意を確かめるように眼を凝らして主催者側の一脚だけ空いている席を見つめ続けてそこにいるはずの半透明の恵美の霊を見定めようとし、そのように皆の注視を受けて不安げに立ち竦む半透明の恵美の霊を紀子は横からやはり不安げに見つめ、その沈黙のなか「先頃亡くなられました」知恵美=メシア=天皇の母に当たる方だと駒井が説明をはじめ、「つまりメシアの卵をお産みになった方で」知恵美=メシア=天皇の灼かな霊験によって「この度召還され」たのだと言い、その経緯に関しては「私共もまだ確認してはおりませんが、現在調査中でして、確認次第皆様にはお知らせ」する所存だと続け、マリア信仰もメシア信仰同様広く行われているので「私共と致しましても」恵美=マリア様には是非とも信者の前に「お立ちいただきたいとこう願ったわけでして」とそこまで言って一呼吸おき、確認作業の完了せぬうちお出向き願ったことに「ご不満は多々あると思いますが、このような慶福は」その告示を遅滞させるべきでないとの判断もありましたし何より恵美=マリア様の達てのご意向もありましたのでこの度「お知らせすること」になったのだと虚飾も交えつつ告げ知らせて締め括る。そこで僅かに空白になった隙を突いてメシア=天皇のことはまあ目を瞑るとしてもマリアってのは「どうにもいただけないね」とまた沖が口を挟み、一旦収束を見た緊迫の再燃を怖れてか端的に沖を難じるかに信者らがざわつくのを「まあまそう感情的にならずにですね皆さん」と再度立ち上がった沖は信者らに向き直ってさっきの話を蒸し返すつもりはないと断りを入れてから「日下さんにキチッと説明してもらいたいんですよ、私としては。ねえ日下さんどうなんです? その辺のとこ」と沖が言うと不安は残しつつも皆同意したように日下のほうに視線を向けてその言葉を待つふうで、それを受けて澁々日下は「ま、驚かれるのも無理ないと思いますけど」と喋りだし、「ただ、私としてはですね、やはりその」と言い澱んでいると不意に後ろのほうで「あああ」と大仰な叫びがし、皆がそのほうを振り返ると「見えます私見えます」と最後列に座っていた若い女性が立ち上がり、驚きとも歓びともつかぬ感情の剥落したような表情で淡い色のニットのセーターでデニム地のスカートでと的確にその服装を示して「透けてるの、そうですよね」と紀子に確かめるように言い、こくと紀子が頷けば「ああやっぱり、じゃあ見えます見えます」と若い女性は言い、「マリア様」と拝むような身振りをすると「あああ」と別なところから歓喜の声が立ち、若い女性に続くように「マリア様」と唱和する。立て続けのマリアコールに沖も絶句して背後の唱和する声と前方の見えぬ恵美=マリアとを首振り見ながら事態の諒解に懸命らしく、その絶妙のタイミングにできすぎていると紀子は思いサクラかとも一瞬疑うが、日下がそこまで周到とも思えないし服装容貌の的確な指摘もそれでは説明できぬから事実と認めざるを得ず、仮にサクラがいるとしてもだから二人目以降で最初のひとりはサクラではあり得ず、不確かな半透明の恵美の霊を確かに視認していると思うと紀子は妙に嬉しくなってその女性に親しみを覚えもし、見たところ紀子と同年輩かそれよりいくらか若い感じだがその年齢的近さからのみそう思うのではなく、半透明の恵美の霊の存在が紀子の主観にだけではなくいくらかなりと客観的にも認められたような気がし、その分荷が軽くなったように感じもしたからで、その虚空に透けて浮かび上がる半透明の恵美の霊をさらにも確かなものとして広めていくことが自分の為すべきことなのかと紀子は朧ながら把握し、図らずもそこで日下八木の趣旨に沿う形に自身の意向が傾斜しつつあることに紀子は気づき、またもできすぎた展開に不審を覚えぬではないものの今の自身の思いに偽りはないのだからと恵美=マリア=皇太后の顕現を讃美する信者らの次第に高まる唱和を聞きつつ紀子は自身のいる場所を確と見届けんと信者らひとりひとりを端から眺めていき、その顔のひとつひとつが確信込めた讃美を送っているのではないにしろあからさまな野次も不審顔も今はどこにもないし煽動者の沖も吉岡も敗北を宣言するかに静観している。その信者らの讃美を受けて不意に舞台に上げられた観客のように照れ臭そうに頭など掻いている半透明の恵美の霊は全体少しもマリアらしくはないのだが信者らには紛れもなくマリアとして顕現しているらしく、その非マリア的な身振りもカジュアルな服装も何ら信者らの昂揚を損うものではなく、その普通さが却って身近にあるような印象を与えるからかさらにも顕揚するようで、それが昂じてしかしいくらか狂的にも思える盛り上がりを見せるに及んで危惧した紀子はボロの出ぬうち引き上げようと駒井に合図するが、駒井までが感極まったというように茫と半透明の恵美の霊を眺めていて肩に手を掛け強く揺さぶって気づかせると「ああ紀子さん」と虚ろに言い、尚も紀子は揺さぶりつつ「駒井さんしっかりしてっほら」と信者らを指し示してもう充分ではないかと狂的な高ぶりを見せはじめた信者らをこのまま放置していたら収拾つかなくなると忠告すれば、そこで初めて事態を諒解したらしく「そうですね」と答えて立ち上がると両手を差し上げて注目するよう促しつつ総立ちの信者らを着席させて閉会の挨拶を述べ、そこここでまだ燻りを残す信者らを他所にまず紀子を半透明の恵美の霊とともに退室させてから日下に続いて駒井は退室するが、常なら早々にその小股な歩きぶりで控室に戻る日下がなぜかこのときは駒井を待っていて、その待ち伏せに僅かに驚いて手を口元に持ってくる駒井に顔近づけて日下は何事か耳打ちすると駒井をその場に残して先を行く紀子に追い縋るように小走り気味になり、その後ろ姿を駒井はぼんやりと見送りつつ信者らの出てくるのを待ち、その注視に気づいてゆっくりと歩み寄ってくる沖に「日下がお話があるとのことですのでお越し願います、吉岡さんも」と努めて事務的に告げると沖は「ああ分かってる」と妙に素直で、却って駒井のほうが戸惑いを見せるが「で、どこ?」と問う沖に「こちらです」と案内し、案内しながらもしかし沖の計略はここに集約しているようにも思え、浅薄な日下に沖の上を行く計略があるとも思えぬからその指示通りに会わせることがためらわれたが、このまま帰すわけにもいかぬから案内するより他なく、その駒井の僅かなためらいを察知してか「何もしやしませんよ」と沖は軽く言い、その沖の言葉に駒井は背押されつつ『しない』との否定がしかし逆に『する』という行為の宣言を意味するような気がし、仮にそうではないとしても状況次第ではどうともなるという意味合いが少なくとも含意されているように思え、さらにはそのどことなく下卑た口振りに性的なニュアンスの込められているのをも駒井は僅かに感じて今一歩の踏み込みを阻(はば)まれてしまう。そのせいか沖を日下の許へと連行するのではなく駒井が沖に連行されるような形で控室に至り、促されるように控室ドアを開けると何ら臆することなく沖は入っていくが、隅に置かれた誰も座っていない椅子のほうにチラと視線を走らせてから急に落ち着きなく、しかしほんの一瞬のそれは動揺ですぐに尊大な態度で被覆されたため間近に目撃した駒井より他に気づく者はなく、駒井にしても僅かに意識されたのみでほとんど気にもとめず、促された席に沖はゆっくりと着くなり「信者に救われたな」と言い、にこやかに「お陰様で」と返す日下は常の小商人的対応で、沖の尊大との対照から一見沖のほうが教祖のようだと紀子は思い、いや、メシア=天皇を手中にしている現在実質その実権を握っているも同然で、その尊大も知恵美=メシア=天皇の灼かな霊験なしにはあり得ぬだろうと思い、次いで沖の脇に控える吉岡に紀子は視線を移すと、紀子の注視を無視して吉岡は視線を逸らすがいくらかバツ悪げで、自分の存在がこの場の空気をひどく悪くしているのではと気拙くなり、席を外すべきかこのままここにいてもいいのか判断に迷っていくらかためらい勝ちに腰を浮かすと、手を挙げて制しつつ「藤崎さんもいて下さい」と日下に言われて紀子は腰を下ろす他なく、所在なげに半透明の恵美の霊のほうに視線を向ければ同じく所在なげな視線を半透明の恵美の霊は返して「知恵美無事かな?」と呟き、「私らにとっても大事なメシアだからね」と沖が答えたのに紀子は驚きつつも「食事とかちゃんと」与えているのかと訊くと「ほら先達て恵美さんのノートの抜粋をさ、配布したでしょ日下さんが」とそれを参考にしている旨言い、「メシアのご意向もちゃんと伺ってるし」その点心配は要らぬと沖は請け合い、それは確かにそうだろうと紀子はいくらか安堵する。
不意に険しい表情を作ってそれが自分の役割でもあるかのようにこんな世間話をするために呼んだんじゃなかろうと「話って何です? 日下さん」と沖は言うが、その険しさは二秒と保たれず何が可笑しいのか急に笑いだして「何ですもないか、メシアのことに決まってるか」とさらに笑うが誰もついて来ないのにいくらか憮然として「辛気臭いな、そういうとこよくないよ」と何につけ真面目すぎるとこがカリスマの獲得を阻害しているのが「分かんないのかな」と注意するが「ま、無理もないか」とその原因の自分を捨象して理解を示すような口振りで、沖のその独善に紀子はいくらか腹立つが口は挟まず日下の反応を窺えば、常に変わらぬ腰の低さで威厳も何もなく、紀子の思いを代言するようにそれで教祖がよく勤まると揶揄的ではなく沖が言えば、今までもこれでやって来たしこれが受けてたからとどこか言い訳めいた口振りで日下は返し、「それよりメシア=天皇、返してほしいんだけどね」と招いた趣旨を述べると「そう言われてもな、ハイそうですかってわけにはいかんだろ」と沖は答えて詰まった鼻を鳴らすように笑い、前にも言ったがと前置いてから「おれのほうがさ、あんたよりずっと有効に使えると思うんだよ」とメシア=天皇の利用法について説明をはじめるのを聞きたくもないと手を払うように打ち振って日下は制すと「天皇を殺すことが有効だってのかね?」と核心を突き、今さら議論を蒸し返す気はないし和解も不可能だと逃げる沖に「あんたはあんたで勝手にやればいいんで何もうちのメシア=天皇を担がなくたっていいじゃないか」とさらに突っ込めば「オレにとってもさ、メシア=天皇は必要なんだな」と言い、知恵美=メシア=天皇の力があればこそ現天皇を亡き者にすることもできるのだと沖は言い、何より「メシア=天皇がそれをさ、望んでんだから」と言われればその事実を否定はできず、とどめを刺すこともだからできないのだった。沖もそれを知悉しているから敵陣の直中にいるにも拘らず次第に図に乗ってきて「オレはほら下水屋だろ、だから地下を手繰ればオレの手の届かないとこはないんだ、天皇のケツの穴だって」と嘯いて右人差し指を立てて尻の穴を探る仕草をして見せ、「昔よくやったろ」蛙の尻に爆竹を詰めて火を点けて「ドカンてさ、あの伝で行けばわけないよ」と言い、つまり現天皇の「ケツに爆竹突っ込むってわけだ」とその情けない姿をリアルに沖は想像して「糞塗れの天皇ってか」と無邪気に笑い、そのように知恵美を名実ともにメシア=天皇に昇格させることが、「いや、昇格とも違うか、天皇を騙る不届き者を成敗するわけだから」とちょっと考えるふうに腕組むが思いつかず、「ま、何でもいいやな、真の天皇として華々しく立つためのセレモニーみたいな」もんだからそれに至る転覆劇は大々的に行わねばならず、それには蛙のように破裂させるのが最も派手で効果的で、しかも衆人環視の前でその鮮血とその肉片を華やかに散らすことが望ましく、そうなりゃ拍手喝采間違いなしと気違い染みたことを言い、「メシア=天皇の力で破裂させんのは簡単なんだけどさ、それじゃ転覆劇としていまいち物足りないしな」と計画の困難を嘆いて「なんかいい案ないかな日下さんよ」と沖は言う。終始冷静に受け流していた日下は「メシア=天皇を返してくれたら考えてもいいがね」と冷静に答え、穏健な日下にそれを実行するだけの腹があるとは思えぬから上辺だけの発言だろうが取り引きとしては妥当に思え、ただ沖がその提案を呑むはずがないのは分かっていて「そりゃ無理だ」と即座に返し、「ま、でも全部済んだら考えてみてもいいけどな」と軟化し掛けるが「やっぱり無理か」とすぐに撤回してその尊大さを誇示するような笑いで締め括り、現天皇の排除が自己の使命とでも言わぬげの沖のその口振りに日下は呆れるが、全体軽い乗りだし計画の荒唐無稽とも相俟ってただ戯れ言に喋っているに過ぎぬようにも思えて最後の最後で冗談だと尻を捲るような気がしないでもなく、そうでないとしても知恵美=メシア=天皇を囲い込むための攪乱的言説には違いなく、惑わされぬようにと思うのだがその真意は容易に捉えがたく、それが捉えられぬせいで荒唐無稽が徐々にその荒唐無稽さを増していくようで、その認識の基底にそれ自体理解を絶している知恵美=メシア=天皇が打ち消しがたく据えられてしまっている日下には総てが真実らしく思え、むしろその荒唐無稽さがリアリティーを保証しているようにさえ思い、その錯誤を日下はなかば意識しているしそれを沖が意図的に利用していることも把握してはいるもののそこから脱することができず、無謀にも乗り込んできた沖に決定的に敗北していることを認めざるを得ず、知恵美=メシア=天皇を認識の前提としている限り日下に勝ち目はないしその前提を覆すことは信仰を棄てることに他ならず、日下にそれができないのは符牒だのとその記号性を謳いながら信仰に深く嵌り込んでしまっているからで、このとき初めて日下はそれに気づいたのだった。