友方=Hの垂れ流し ホーム

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04

教団の運営について言えば紀子の口を挟むことじゃないから日下以下教団の面々に任せる他ないが、一波瀾あったとはいえそれなりに華々しくもあった恵美=マリア=皇太后のデビューによってその霊媒としての紀子の仕事はメシア=天皇のそれの比じゃないだろうことは明白で、そこに至る経緯からして自然な成り行きとも思うし半透明の恵美の霊が受け入れているのだからそのこと自体をどうこうするつもりはないものの、それまで紀子は端的に知恵美の捜索にのみ全霊を注ぐつもりで徳雄先生にもその意味で助力を得ていたのだったが、その方面での行動の一切を封じられてしまったことがいくらか紀子の気を削いだことは確かで、それでも巧いこと処理したつもりだったが処理し切れてはいなかったようで駅から自宅マンションの徒歩二〇分の間に自身気づかぬうちに僅かながら漏れ出ていたらしく、伊達に霊的存在ではない半透明の恵美の霊に指摘されて初めて紀子はそれに気づいて今さら隠しても遅いとその思い煩いを告げれば、紀子の左斜め後ろの定位置から不意に霊的存在らしい漂うような不自然な動作で前方に身を乗りだし、ついさっきまでの不安げな様相が消えて自信たっぷりというふうではないにしろ信者らを前にしたメシア=天皇のように知恵美は無事保護されるから心配ないと半透明の恵美の霊は何の根拠もなしに請け合い、その言葉に紀子は半透明の恵美の霊の無理を感じるがその無理を強いているのが自分に他ならぬと思えばポジティブに考えろとの恵美なりの慰めとそれを受けとりながらもこれじゃ逆だと紀子は思い、それを覆すこともしかしできぬことで自身相当弱っていることを紀子は知る。その教理体系を十全に把握しているというのでは元よりないし、それ以前にどこまで体系としてそれが整備されているかも分からないから面々の発言行動にどこまで信をおいていいのかが紀子にはいまいち分からず、つまりは日下らがどこまで捜索に本気なのかが分からぬから信憑し切れないのだとその危惧をふと洩らせば、日下らの尽力とは関係なく知恵美は知恵美自身の力でその在るべきところに還ってくるはずと確信込めて半透明の恵美の霊は言い、分かったような分からぬような論理ともいえぬその思い込みを恵美らしいとは思いつつ自分にはしっくりこない歯痒さとともに紀子は聞いていたが、知恵美が灼かな霊験を確かに具備しているとすればその思い込みもそれなりに頷けなくはなく、霊的存在の霊的思惟がそれを認識し得たのだとしても紀子にそれが分かろうはずもないからどこまでもそれは論理の埒外で、その歯痒さを拭い切れぬまま自宅マンション五〇五号室まで紀子はそれを持ち帰り、そのせいかいまいち帰ってきた気がしないし妙に落ち着かず、最も落ち着ける座卓とベッドの間の狭い空間に体を嵌め込んでも尻とその下のクッションとの間に僅かな隙間があるような妙なこそばゆさがあり、身を縮めてその隙間を埋めようとしてもこそばゆい感覚は消えることなく居座り続け、終いにそれがあちこち飛び火して自宅が自宅じゃなくなったようにさえ思えてきて、何らかの警鐘にそれは違いないと認識こそするが何と特定することはできず、それが紀子をひどく不安にさせて半透明の恵美の霊の慰めも虚しく、というより慰められるほどにその落ち込みを思い知らされてさらにも落ち込み、その根源が知恵美にあって総てはそこから発していると思えば掌に納まるほどの小さな知恵美のその巨大さに紀子は改めて思い至るとともにその不在に深い絶望を感じずにはいられず、そういうときは食って晴らすという半透明の恵美の霊に倣うことは紀子にはできぬから、飲みたくもない酒に紛らし知恵美用のワインにまで手を出して逃げる。悪循環と分かりつつ脱する術もなく身を委ねるかに紀子は酒浸るが、その果てもなく落ちていくような感覚に怖れさえ懐きながらそれでもいつかは底に達して上昇の機運に乗ることもできるのではと淡い期待を懐き得たのは知恵美の灼かな霊験をいくらかなりと眼にしているからだし少なからず恩恵を受けてもいるからで、それに縋っていられる間はしかし何とか自己を保ち得てもいずれそれも効かなくなるに違いないからそれまでに次の展開を見出せなければいよいよヤバいことになると紀子は思いつつ何も見出せず、半透明の恵美の霊の再三の諫言も聞き流してただ酒浸るのみで、呆れたように「知らないよそんな呑んで」と言う半透明の恵美の霊に都合三つ置かれた二グラス一猪口をひとつずつ指差して「コレが知恵美の分でコレが恵美の分、でコレがあたしの」とひとりで三人分呑んでんだからと言いながら自身わけの分からぬことを言っていると紀子は思い、これ以上呑んだら自分でもどこに行ってしまうか分からないと思いつつやめることができず、その間も紀子の虚ろな思惟は恵美と知恵美と自分の周りを旋回するように巡っていき、深みに嵌るように徐々に誇大な妄想に近づいていく。知恵美は今どこで何をし何を思っているのか不安だろうか悲しんでいるだろうかと危惧しながら何もできぬ自分の無力を紀子は嘆き、「だからって呑んでたって」仕方ないと半透明の恵美の霊に叱られてその通りだと紀子は項垂れグラスを置くと、恵美から託された知恵美を庇護し保護するのは自分の務めなのだから拉された責めは皆自分にあり、総てはだから自分のせいと紀子は断じて「ご免なさい」と半透明の恵美の霊に詫び、頭を垂れるというよりは重さに耐え切れぬというにように卓に額を打ちつけるように頭を下げると再度「ご免なさい」と紀子は言い、困惑したように「何で紀子が」謝ることがあるのか頭を上げろと半透明の恵美の霊が言うのも構わず「それじゃあたしの気が」済まぬと幾度も詫び続け、紀子に落ち度はなかったと半透明の恵美の霊は慰めるが事の重要性を考えれば落ち度がなかったからとて気が休まるということは全然ないし避難場所としても適当じゃないと紀子が言えば、「酒に逃げるのはいいっての?」と返されて「だから謝ってる」とまた額を卓に勢いよくぶつけるが、ぶつけるほどに自己の無力を思い知らさせるようで、このようにも無力な自分をあるいは知恵美は見限ったのではと事あるたびに擡げる疑念がまたも再燃して紀子を襲い、今度のはしかし知恵美の不在という確たる事実に即してのことだから単なる疑念にとどまらず非常な現実感を伴って感じられ、そうとすればその責めはやはり自分にあると言わざるを得ないし在るべき場所に還ると半透明の恵美の霊の言うその在るべき場所とは自分の元ではないということにもなり、その言葉に恵美⇔知恵美の超越的な結びつきを感じて知恵美帰還のそれが端緒になるかもしれぬと思いもしたことでいくらか慰めにはなったのだが、そこから自分が決定的に疎外されているということに思い至って紀子の絶望はその深みにおいて極点に達したのだった。

一瞬晴れやかに見えたのもだからあらゆる筋肉の弛緩のせいで感情の伴ったものでは決してないからすぐに悲しみを湛えた澱んだ表情へと変貌していくが、その時点で紀子にはまだ自覚されておらず、吹き曝しの野にひとり投げだされたような空虚を感じただけで総ては酔いのせいとの短絡からその波の退くとともにこの空虚な感覚も一掃されはしないまでも減退するだろうくらいに紀子は思っていたのだが、時間の経過とともにそれは減退するどころか肥大する一方で果てしもなく、自身何だかわけが分からず奇異に感じているうち泣いているのに紀子は気づき、知恵美への思いと恵美への思いとが交々頂点に達してそれが表出しているのだと紀子はそれを分析するが、こんな弩偉いことが起きて泣かぬはずはないと思えばさらにも涙は勢いづいて止め処もなくなり、泣くうちしかし深い悲しみのうちにいることに改めて気づきもし、尋常ならぬその事態に困惑し対処もできず、とにかく泣くだけ泣こうと決してその旨半透明の恵美の霊にも告げてどれだけ泣いたかしれないが、一頻り泣いて少しずつ波が引き酔いのせいと紀子が言い張る神経の高ぶりも納まると常のような敏活には程遠いながらもいくらか対処能力も回復してきたように思え、ティッシュで鼻面を押さえつつ「見苦しいところをお見せしてしまいまして」といくらか道化て紀子が言うと「全然そんなことっ」と半透明の恵美の霊は両手とともに首を振り動かし、「でスッキリした?」と訊かれて「うん」と一呼吸おいてから「しない」と紀子が答えると「そりゃそだよね」と半透明の恵美の霊は霊的存在らしい憂わしげな顔つきになるが、それでもいくらか気持ちが前向きになったような気はするとフォローするかに紀子が言う。とにかくひとつずつ片づけようと紀子は洗面に立つと鏡面の歪みのせいにしたいほどの腫れ瞼の不細工な自分と向き合い、半分流れたメイクを丁寧に落として首からタオルを提げたまま戻り、卓上にあるグラスを取ると六分ほど残っているビールを捨ててよく濯いだのち水を半分ほど注いで飲み、呑み散らかした卓上の缶やら壜を流しに放り込んで台布巾で汚れを綺麗に拭い取ると缶壜とともに水で濯ぎ、そこで一息つくと払うべき一日の疲れがこめかみから首肩腰と各所に渡る痼りとなっていつまでも居座るようで心身ともに疲弊し切っているのを改めて感じ、少し休もうとベッドに横になるとそのまま寝入ってしまって二時間ほどして目醒めるとまたいくらか賦活しているのが分かり、こうして少しずつ回復していくのかと思いつつ紀子は照明を点けるとカーテンを引き、左反転で振り返った紀子の視線に祀るべき知恵美を失った神棚が不意に眼にとまり、今眼にしたくないものを眼にしてしまったと思いつつやり過ごそうとしても意に反して体はそのほうに引き摺られていき、本来ならここに知恵美はいるはずと思うと何もないその空隙が知恵美不在の決定的な刻印となってしまったような気がし、その何もない空隙に攻め立てられているようにさえ紀子は感じてさっきの絶望に逆戻りするような、いや、逆戻りというよりは交差点での出合い頭の衝突とか路地を逆走してきた車に横合いから突っ込まれたとかいうような感じで予期も回避もだから不可能に思え、どこか合点の行かぬ思いを残しつつも紀子は無防備な態勢のままその場に立ち竦んで横っ腹にグイグイ食い込んでくるような絶望に項垂れ、そのように神棚の前に釘づけされた紀子を訝ってか「そのくらいでさ」こっち坐りなってと声掛ける半透明の恵美の霊に救われて座卓とベッドの間の定位置に紀子は戻ると疲れたような溜め息を洩らす。<

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