友方=Hの垂れ流し ホーム

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いくらか踏ん張っていた力を弛めてまただらしなく椅子の背に凭れ掛かるが警戒は怠らず、恐らくこちらが油断しているところを狙ってまたあんぐり口が開くに違いないし、そうしてどこか別のところへ連行されるのだろうと予想するが、こちらの思念はやはり悉く読まれているのかこの物体それ自体が獄舎だということを裏づけるかのようにいつまで待っても口は開かないし誰かが現れることもなく、究極の放置プレイとでもいうのだろうか、ひとりポツンと椅子に坐っていると妙な心細さがじわじわと滲み出てきてどうかすると赦しを乞うてしまいそうになるが、こちらに何か赦しを乞わねばならぬ罪があるとも思えないから断じてそれはできないと頑なに拒否する(註─その頑迷さが命とりなのだが、それが主人公《糸杉》の頑迷さなのか私自身の頑迷さなのかもう判別する手立てはないに等しい)。それともここでご免なさいと言えば一挙にすべてが解決するとでもいうのだろうか、大した悪さをしたわけでもないのに謝ることを頑なに拒んだせいで暗く狭い押入れに閉じ込められてしまった子供のようにひたすら「ご免なさい」を言えばそれで済んでしまうのだろうか、とはいえ何に対して何を謝罪するのかそれが皆目分からない(註─私にも《糸杉》にも断然分かりっこないが、そのこと自体を断罪されているのだとしたら最早為す術はない)から黙すほかなく、解放されることもだからなさそうで(註─解放されたいのかされたくないのか、それさえ俄かには決定せられ得ない)、あるいはこの冴えない物体からさえ出してはもらえないかもしれぬと危惧し、一旦そんなふうな危惧を懐いてしまうとさらにもそれは肥大してこの物体自体が棺桶に思えてくるし、その形状からして何かユニットの一部のようにも見えるところから、あるいはそのなかに人ひとりを閉じ込めた無数の物体を整然と積み重ねてピラミッドのごとく巨大なモニュメントでも作ろうとしているのだろうか、つまりはそれを内側から支える人身御供と成り果ててしまうのかと想像されもしてひどく憂鬱になるが、人類すべてがこの不条理窮まりない罰ゲームの駒として消される運命なのだしひとりたりとも免除されることはないのだからと言ったところで何の慰めにもならない。

そうして待たされれば待たされるほど要らぬ想像をしてしまうが、そんな柔な想像など易々と覆すかに眼前で小さな口が音もなく開いたと思ったらそこから何かガス状のものが噴出しはじめ、無味無臭のこれが高橋の言う、いやついさっき港扮する異星人が自慢げに披瀝した例のガスなのだろうか、とはいえこれでは展開が早すぎるというもので普通もっと勿体振るのが定石だろうし、悪者が登場して自らの悪事を披瀝するとか主人公を屈して悪の勝利の予感に歓喜するとかいうようなシーンが插入されるはずで、裏をかくにしてももっとマシな方法がありそうなものだと非難がましく訴えるもガスの噴出する音に掻き消されてしまう。こんな死に方は望まないもっとほかのやつにしてくれとキャンセルを要求することはしかしできない相談で(註─要求すれば通るのかもしれないが、万にひとつもその可能性はないだろう)、そうかといってただ茫と見守っているというわけにもいかぬからつと立って直径一センチほどのその穴を手で塞ぐと一先ずガスの噴出は止んで穴も消えるがすぐにべつのところに穴が開き、それを塞いでもまたべつの壁面が丸く穿たれて際限なく、こんなことをくり返しても無意味だとは思いながら抵抗せずにはいられない。そのうちふたつの穴が向かい合う壁に穿たれ、つまり一方を塞いでももう一方は塞ぎ得ないからガスの噴出も止まず、これではどうすることもできないと椅子を引き寄せて穴から距離を離して坐り、そうしてガスの噴出する音を耳にしながら何を思うでもなく、いや何か頻りに考えていたようだが記憶に定かじゃないからやはり何も考えていなかったのに違いなく、ガスにやられてバカになった頭では思考が回らぬのも頷けるが徐々に全身が怠(だる)くなってほとんど力も入らなくなると椅子に腰掛けているのさえ儘ならないからいよいよ最後かと少しく恐怖が兆し、そう思ううちにも上体が左のほうへ傾ぎ、次いで右のほうへ傾ぎ、また左のほうへ傾ぎ、そしてそのまま倒れ込むが何の衝撃も感じることなく床に衝突する前に意識のほうが途切れている。

死んでしまったのではしかしないらしく、一昼夜だか二昼夜だか昏々と眠って目醒めれば座机の下に潜り込んでいたため起きあがる拍子に危うく頭をぶつけるところで、匍匐してそこから抜け出ると大きく伸びをし腰を捻って骨を鳴らし、次いで座机に置いた煙草をとって火をつけたところで様子の違うのに気づき、どこといって指摘するのは難しいが何かが違っているらしく、いや、ただの思い過ごしだと疑念を斥けつつ一室に視線を巡らせれば、ボリュームをいくらか落としてあるものの点けっ放しのテレビが妙に騷がしく、意識をそちらのほうへ向けるとともにリモコンでボリュームを少し上げると、ヤマトの帰還を告げるニュースが今まさに飛び込んできたところらしく、報じるアナウンサーも祝杯ムードに浮かれている様子だがこの眼でその威容を確認するまでは断じて信じない何度それで騙されたことかと画面のアナウンサーに悪態をつくと、思わぬ反撃にまごついた様子で指示を仰ぐかに視線を彷徨わせつつ「本当です本当です今度こそ本当の本当なんです間もなく映像が入ります」などと弁解がましく訴えるが、こちらを真っ直ぐ見返せぬところから察するに虚報に違いなく、とはいえあまりやり込めるのも酷だから相手にせずにいると、その浅慮が命とりなのだと急にアナウンサーとも思えぬ太々しい態度でふんぞり返り、「ヤマトが帰還したからお前はお払い箱ってわけさ」と港の声でアナウンサーは言う。それならそれでも構わないが無駄に費やした時間をどうしてくれると柄にもなく凄んでみせれば、何もかも承知しているというように薄ら笑いを浮かべたアナウンサーは最初から協力する気のない者に報酬など出ないと港の声できっぱりと告げるともうこちらへは一切関心を示さず次のニュース原稿を読みはじめる。

それだけならべつにどうということもないが、キャベツ臭い臭いが両のスピーカーから流れだしてきたからどこにでも顔を出す港の面目躍如たるところかしれないがいくら何でもこれはやりすぎだといよいよ我慢ならず、こんなヤツは相手にするだけ損だとこちらから見限って足指でテレビの主電源を切り、横になって低い天井を茫と眺めていると今度は外が騷がしいが爆撃とかそういうものではないようで、群れ集う人らのどよめきとか何かそのような類いの祭めいた騷がしさだが大音量で歌を流しているからちょっと眉を潜め、風向きで聴こえたり聴こえなかったりするそれはどこか聴き覚えのある歌だと尚しばらく耳をそばだてていると凛と響くその懐かしい声は紛れもなく佐々木功で、それでは今のニュースは本当だったのかと一挙に期待が高まる。いや、そうやって気を惹こうとしているだけでこれはまだ信ずるに足りない、危うく騙されるところだったとヤマトの偉業を讃える佐々木功を意識から閉めだそうとするのだが気になるものは気になり、尚しばらくは無視するもその美声には抵抗すべくもなく、むっくりと半身を起こし左に捻って振り向いた窓の外に見えるのは何か不定形の巨大な物体が無気味に蠢く様で、その表面のあちこちからガス状のものを噴出しながら気球のように空を漂うその物体からまさに歌声が発せられていて、つまりはそれがヤマトなのらしい。私の知っているヤマトとはずいぶんと印象が異なるが眺め入るうちにまさしくそれがヤマトにほかならないと理解されたのは、ガスを噴出しているものとはべつにひとつ一際大きな穴のあるのが眼に止まったからで、死角になった物体の裏側からこちら側へゆっくりと移動してきたそれは波動砲口にほかならず、その砲口が佐々木功の歌を歌っているようなのだが全体茹ですぎた水餃子みたいにふやけ切った形状でまったく捉えどころがなく、それにも拘らずその偉容の凄まじさは桁外れで、私がお役御免となったについてはそれで充分納得できるしこれ以上無益な労役に従事せずとも済むことは端的に喜ばしく、無駄に時間を空費したというよりはそれなりに休息を得られたと思えば安いものとそう簡単に割り切れるものではないが、いい刺戟にはなったのではないかとそんなふうに自分を納得させて尚しばらくその姿に見蕩れていた。

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