友方=Hの垂れ流し ホーム

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何かが壊れた・・・(仮題)

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というか、ただとりとめないだけの駄文にすぎぬと言ってしまうが、そう書けば誰も手にすることがないかあるいは却って興を惹いてしまうか、そんな愚にもつかぬ戯れにそう記すのではなく、こっちにはこっちの目論見がそれなりあるわけなのだが、いきなりそれを示すわけにはやはりいくまいから今は伏せておく。といってあとで示すかどうかも確約はしかねる。謎の提示とその解明なんていう俗な筋立ては好まぬ質だし読み手に隷属する気もさらさらないからで、尤もそれは読み手がいると仮定しての話だが今のところここには私よりほかに読み手の存在は確認できぬから(註─そう断言できるほど見通しがよければ楽なのだがそうは行かないところが厄介なのだ)そのような気遣いも端からない。

とりあえず何者も書くことを禁止されてはいないらしいという消極的理由からにすぎないとしても理由としてそれは充分ではないかと思うのだが、あらゆる物事に必ずしも始まりがあって終わりがあるとはかぎらず、かといって始まりもなく終わりもないものは得てして敬遠されるし、少なくもある時点を始まりとして見做さぬかぎり何ごとも語り得ぬのだとすればまずそれを設定しなければならないということになるが、さてそれをどこに設定するかがやはり相当に困難な問題で早くも筆を投げだしたくなる。いや、投げだしたって一向構わないのだが書きはじめてしまった以上あとには引けないし、何某か示さぬことには先へ進めないとすればそうするよりほかなく、言い訳めいて響くかしれないがもとより事実に即してというのではないのだからとりあえずの始点として任意の一点を採択すれば足りるだろうと、誰にともなく舌打ちつつ混み合う車輛を降りると真紅のボディをチラと顧みてからそそくさと階段を降りて自動改札を抜け、パチンコ店の押しつけがましい音圧に眉顰めながら信号待ちにちょっと苛立ち、そのせいでもなかろうが誰より先に一歩踏みだして常より速い足並みで目的の場所へ糸杉は急いだと記してみると、最適とは決して言えないにしろこれはこれで悪くないのではないか、またそう記したことで不安のいくらかなりと解消されたような気もするが、そんなのは気休めにすぎないとなかば理解しつつさらにその先を継ぐことにのみ意識を集中すれば何某かの語が湧いてくるから不思議で、そうすることで破綻を回避できると短絡しているわけではないもののただそれを待ちながら恐怖に戦いているだけというのにはやはり耐えられないからそうするほかないのだ。必ずしも事実に即していないからといって捏造とそれを退けるのは早計にすぎるというもので、信憑するしないはたしかに読み手に委ねなければならないとしても何某かの真実がそこに練り込まれていないといったい誰が断言しえよう。それを読み解すのも享楽のうちといっても強ち誤りではないだろうし、唯一それのみが享楽なのだと言ってしまっても差し支えなかろう。

斯かる前置きを長々書いてしまうのも誰もこれを読みなどしないとの思いが常に意識の片隅を占拠しているからで、どうにも拭いがたいその憂鬱を抱えながらしかしあるいはとの微かだがあるかもしれぬ可能性の許に書き連ねていくしかないのだとそう自身に言い聞かせ、とにかく待ち合わせ場所へ糸杉は急いでいて、いや、急いでなどいないかもしれないがそう書くほうが都合がいいからで、万事書き手の都合で物語など如何ようにも仮構されてしまうのだからそう記したからとて文句を言われる筋合いもなく、遅れそうというのではないがなぜだか気が急いて早足になってしまうそれは小心で臆病という糸杉の属性に因るところだと糸杉が否と退けるのに反して続くセンテンスをそう書き記してはみたものの、いったいこれはもうはじまっているのだろうか、それともまだ全然はじまってなどいないのだろうか、もひとつ不分明で見通しも暗く、さらに書き進めることで自ずとそれも明らかになるのだろうかと疑念は尽きないのだが、そんなことは糸杉には関係のないことだし糸杉の与り知らぬところで進展の遅滞することは糸杉にとって有益か無益かと要らぬ斟酌をしている場合でもない。

とにかく糸杉は目的の場所へ向かって急いでいて、途中幾度も引き返そうかとの思いに憑かれるがそれでもどうにか踏みとどまったのは何か大事な用件らしかったからで、電話口での切迫した口振りからもそれは察せられたが急なことであまり気が進まなかったのもたしかだ。常から頼みごとなり相談なりを持ち掛けられるほど頼られる人柄じゃないし、たまに何か相談ごとなど聞くと金の無心だったりするから今回もまたその口じゃないのかと糸杉の懸念するのも尤もだが、一抹危惧を懐きながらそれでも糸杉がそこへと向かわざるを得ないのは、夫の仕事を理解しない妻の愚痴と自己の保身にのみ齷齪する上司の罵倒とを延々聞かされることにもういい加減うんざりしていた港の誘いを断る理由に都合がよかったということもあるが、端的に糸杉自身にも関係する事柄だとの仄めかしが気になりもしたからで、それだけでもう何かよからぬ事態の出来したことを糸杉は疑わず、あれこれ思い巡らしながら不安を募らせていくうちに自然と足取りも重くなる。そのせいで約束の時間より五、六分遅れてしまったが相手はまだ来ていないらしく、隈なく店内に視線を走らせてたしかにいないと見てとると入口付近の目に立つ席へと着いて待つが一時間を過ぎても来ないから不審が募り、場所なり時間なりを間違えたということはないだろうかと糸杉は再三確認するもメモそれ自体に誤りがなければ間違いはないはずで、それでも確認だけはしておこうとケータイに掛けてみるが電源を切っているのか繋がらない。連絡がとれなければ待つよりほかなく、待つことそれ自体を苦にする糸杉ではないがこのときばかりは暢気に待つこともできず、相手の不在が事態の切迫を予感させてしまうから尚さら気を揉み、むしろ来てくれないほうがいいくらいに思っていた。いや、来なければ来ないで不安の弥増すことは分かり切っていて、知らぬまま過ごしてあるとき不意に何か突拍子もないことが起きるよりは事前に知っているほうが対処のしようもあると無駄な思惟を重ねて落ち着かず、固い座席に踞(うずくま)るようにして怯えたような視線を辺りに配っていると、ちょうど糸杉の死角になった位置から「ご免なさい、遅れちゃったみたい」と声が掛かる。その声を聞いて糸杉は唖然とするが、その悪びれた様子のない物言いに対してというのではなく、若やいだ艶のあるその声にも顔にもまるで覚えがなかったからで、それでいて前の席に着く女に作り笑いを浮かべて大して待ってもいないと答えている自分に訝りの念を糸杉は抱懐する。

いや自分はあなたではなく別の人を待っていると糸杉は言おうとするが直前で言葉を呑み込んだのは、どうしても都合がつかなくなって代理の者を寄越したのかもしれないと考えたからだが、人を呼びつけておきながら呼んだその当人が現れないということの非常識には呆れるほかなく、頼むに足らぬと全く当てにされていないのかよほど見下されているのか、いずれにしろ相手の傲岸なやり口に腹を立て、そいつは今どこで何をしていると当の相手の名を口にしようとしてしかしまたしても糸杉は口籠ってしまう。全体自分が誰と待ち合わせをしていたのか全然記憶にないということにそこではじめて気づいたからで、さっきまであれほど渦巻いていた相手に対する疑念なり不安なり苛立ちなりがすっかり形骸化してしまっているそのことにさらにも糸杉は不審を懐き、再度メモを取りだし見るがそこには場所と時間としか記されていないから相手の特定には役立たず、目の前の女に瞬間視線を走らせるが外聞が悪くて問うのはためらわれたし女と待ち合わせの相手との関係も不確かだから尚さらで、すぐに視線はほかへ逸らして何も口にできなかった。そのせいで胸中の蟠(わだかま)りが鎮静されることはなく、何か言いかけては思いとどまり言いかけては思いとどまる糸杉だが、それを女は不思議そうに見つめているのみで膨らむばかりの疑念を晴らしてくれそうな言葉のひとつも掛けることはなく、喧騒に包まれた四囲の静寂を噛み締めつつ互いに相手の出方を窺うそれはほんのわずかな時間にすぎないが、それから逃れ出ることは決してできないのではないかと糸杉に疑わしめるほど息の詰まる数秒間だった。

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