物腰の柔らかさから話の分かる相手と考えるのは危険だが全然通じないよりかはマシで、愚問のような気もするが取っ掛かりとして侵略の目的は何かと訊いてみれば、そんなことを訊いてどうするのかというような眼で異星人はこちらを見つめ返すと「侵略というか、アレですよ」と濁して胡麻化し、アレじゃ分からぬとさらに詰め寄ればさも申し訳なさそうに「罰ゲームなんです」と答え、つまり賭に負けた罰として侵略を課せられたということなのらしいが、たかがそんなことで侵略されてはたまらないと不平がましく言ってみれば飽くまで腰の低い異星人は済みませんをくり返すのみだった。度がすぎる腰の低さは却って不快だがそれ以上に不快なのが頭を下げるたびにうっすらと透けて見える脳ミソがプリンのように揺れることで、それを見せつけるために幾度も頭を下げるのかと思うほど揺らすからどうにも気分が悪くて眼を背けざるを得ず、その造形からして悪趣味なのだが設定も劣らず悪趣味だしいい加減で救いがたく、とはいえ異議申し立てはできないからそこを突いても無意味と矛先を変え、「毒ガスを撒いたとかって聞いたけど」それは事実なのかと問い掛けるとよくご存知でと照れ臭そうな笑みのようなものを異星人は浮かべ(註─前後の文脈からそう判断したまでのことで、それがこの異星人にとって笑みに相当する表情かどうかは分からない)、アレはなかなか良い製品でして速効性はないながらほんの微量で確実に効果を発揮しますし、あらゆる種類の効果を簡単に調合することが可能なので用途も幅広く、短期戦などにはたいへん重宝しますと諳(そら)んじた口上を述べるかの流暢さで捲くしたてるが、こちらがとめなければいつまでもつづけそうな勢いだった。このままこいつについて行ったら確実に殺される犬のように殺されるそれは困ると次第に焦りを募らせながら、一方でこんな結末を望んでいたのかもしれないとも思い、いやそんなはずはないと抗いながらもズルズルとそちらのほうへ引き摺られていく私はやはり主人公としての《糸杉》にほかならないのだろうかと自問するも、最終的にそれを決定する権限はもう私にはないらしく、港や高橋の危惧していたのはつまりこのことなのかと思わぬでもないが、それが自身の自ずからなる性向なのだとすれば凡そ避けられぬことではないかとひとり思案に暮れつつ何気に異星人を注視していると「私に言われましても困ります」と困惑顔で首を振り、それに合わせて脳プリンが揺れる。
外は相変わらず抜けるような蒼穹がいやらしく広がっているが、その下をウソ寒い風に嬲られるようにして異星人と並び歩いていくとすぐにひとつの変化に主人公は気づくほかなく、上空からも地上からも攻撃という攻撃が一切見られないということで、爆撃が止んでいることからして抵抗勢力の悉く殲滅せられたことをそれは暗示し、周辺の様相も一変してついさっきまで何ともなっていなかったはずの建物がテレビの中に見た光景をそっくり再現したかになかば瓦礫と化しているから侵略が完了して征服せられてしまったことをもそれは意味し、だからこうして連行されるのだと眼前に広がる惨状に不似合いな蒼穹を振り仰ぎながら何の感慨もなく漠たる思考を巡らせていると、こちらの思念を的確に捉えた異星人は「ご理解頂けたようで、説明の手間が省けます」と恐縮そうに脳プリンを揺らめかすが、その丁重な物腰が却って問いを誘発するのらしく、また訊かでものことを訊きたくなってくる(註─主人公の属性がすでに染みついてしまっていて、もう主人公であるほかないらしい)。努めて平静を装いつつどこへ連れていくのかと試しに問うてみれば、狭いところとだけそいつは答えて詳細を一切明かさないから不安は募るばかりで、それが高じてくると最終的にどうなるのかとの疑念が擡げてくるが、こちらが問うより先にそれを察した異星人は知りたいですか知らないほうがいいこともありますよと凄むでもなく軽い調子で言い、そんなふうに言われたらしかし尚さら訊かずにはいられず、それまで直視を避けていた視線を真っ直ぐと異星人へ向けて占い師か何かに運勢でも占ってもらうかに自身の行く末を問えば、「もちろん皆殺しです」と呆気なく異星人は告げる。とはいえそれも罰ゲームのルールのうちなのらしく、さらには歴史上行われたあらゆる殺戮方法を為すべしともあるらしいから野蛮窮まりないと譴責するかに睨めつければ、恐縮そうに身を捩りながらも抑も罰ゲームとはそうしたものだと異星人は開き直り、従わねば我々がその憂き目に遭うのだからどうにもならないとそいつは言い、どこか哀調を帯びた面持ちで空を振り仰ぐと高く澄み渡った蒼穹を指差すような身振りをしてなんて無気味な空だろうと呟くのだった。そうは思わないかとふいに問われて「あんたらの考えていることなんか全然理解できない」とそう答えておいたが、たしかにどこか無気味な色合いだとは内心感じていて、その私の発言と思考との矛盾に戸惑うかに異星人はこちらを見つめて物問いたげだが、何か思念を返すことはなかった。
その高く澄み渡った蒼穹の一角から何か黒っぽい塊がゆっくりと降下してくるのが見え、あれは何かと訊けば「お迎えです」との答えで、その決定的な一言で観念してしまったというわけではないもののいよいよ最期なのかと妙な感慨に浸る私を異星人は申し訳なさそうに見つめているが、慰めるでもなく励ますでもなく執事のように大人しく控えているから却って不愉快で、不安をよりは苛立ちを募らせていくのだった。そうしてチビの異星人と並び立ってお迎えのやってくるのを待つあいだもただ空を仰いでいるだけで、主人公たらざるを得ない《糸杉》としてはここが最大の見せ場に違いないと思うこともなくただ待つことにのみ時間を費やしていたが、黒っぽい塊はなかなか降りてこないから待ちくたびれていったいどれくらい掛かるのかと催促するのも変な話だが思わず訊いてしまい、それでも向こうはこちらの問いを訝る様子もなくまだまだ染みのようにしか見えない空に浮かぶそれを見つめながら「存じません」と首を降る。まったくいい加減なヤツだと呆れ果て、だから賭けにも負けるのだと何も賭けに負けたのはそいつひとりのせいではないだろうはずなのになぜかそいつひとりのせいのように思いなしてさらにも苛立ちを覚え、そのこちらの感情の動きを的確に捉えた異星人は「尤もです」と恐縮そうに脳プリンを必要以上に揺らすが、何度見ても直視に耐えないその気色悪さに首を巡らして空のほうにまた眼を向ければ、いつの間にか黒っぽい塊がふたつに分裂していて、いや、ふたつどころか染みのような小さな点々が次々と現れて降ってくるのに気づき、その数え切れぬほどの多さに人類すべてを連行し虐殺するということが不可避的な事態として朧げながらも実感され、あれらは悉くそのためのお迎えなのかと口にせず問えばそうだとそいつが頷くのを視野の端で捉える。そのうち全天が降ってくる物体で黒っぽく染まってしまうと本当に最期なのだと妙に納得してしまうがどこか信じ切れない部分があるのもたしかで、いや、むしろ斯かる不合理な展開を信じるほうこそどうかしていて、ここは主人公として《糸杉》として断固否認すべきなのだとそう思いながら黒く染まった空を睨めつけるものの、降り注ぐ黒に圧倒されてかこちらの柔な否認など手もなく回収されてしまい、あとには何かぼんやりとした胡乱さだけが喉元に絡んだ痰のように残っているだけだった。