「原始人ていうのはもっと野蛮で狂暴な奴かと思ってましたけど、意外と人間らしいこともしてたんですね」と言う部下の顔のすぐ横に御先祖の顔があった。額が狭く眼は落ち窪み、人とチンパンジーの合の子のような顔立ちをしていた。相変わらずの無表情で私の方を見ていた。二人の顔を見較べながら、「そうなんだよ、温和っていう感じでもないけどさ、特に野蛮さは感じないんだよな。そう思って見てると割と平気なんだよ」と言った。
アフリカのサバンナで生活していたホモ・ハビリスは捕食者としての地位はなかったらしく、その発達した頭脳で生き延びてきたらしい。発達した脳が彼らをヒトへと進化させたということだった。とは言え眼の前の御先祖からは利発さなど微塵も感じられなかった。有り体に言えば猿っぽかった。だから努めて人と思おうとしていた。
「まるで見てきたみたいに言いますね」と部下は言うと、自分にも見えるとでもいうように横にいる御先祖の方にちらりと視線を流した。そして何か意味ありげに私を見た。見透かされたような気がしてまさかそんなはずはないと思いながらも「見えるのか?」と思わず訊くと、「何がですか?」とまるで質問の意味が分からないという顔で言うのだった。「あっいや何でもない」調子に乗って思わず変なことを口走ってしまった。背中にどっと汗を掻いた。
「これなんだ、これ」誤魔化すように私は言って常に持ち歩いていた何冊かの本の中から一冊取り出した。初期人類の生活や文化について書かれた二段組みの分厚い本だった。それを部下の方に向けてゴトリと置いた。部下は興味もないというように一瞥しただけで手に取ってみようともしなかった。「面白そうですけど、僕にはちょっと難しそうで」とか何とか適当に相槌を打ち、早々に話しを切り上げて逃げるように行ってしまった。私は無視された本を手にして表紙を眺めた。極めて簡素な、猿のような初期人類のイラストが描かれていた。適当に頁を開いて二、三行読み、パラパラと捲って臭いを嗅ぎ、仕舞った。
そんなことはまるで意に介さず原始人御先祖は私の前に頻々と現れた。制御はしているものの原始人の無言の圧迫は凄まじいものがあり、仕事は遅れに遅れた。日に日にストレスは蓄積していったが、それは御先祖によるものというより御先祖の影響で遅れに遅れた仕事によるものだった。
その夜もホモ・ハビルスは立て続けにポコポコと現れ、翌朝眼が覚めると部屋は御先祖で鮨詰めの状態だった。起き抜けではうまく制御ができないために朝は決まって御先祖だらけになってしまうのだった。私を取り囲むようにしている御先祖を眼にして一晩で一気に160万年の時間を遡り、更新世の南アフリカの広大なサバンナに棲むホモ・ハビリスの群れの中にでも来たように錯覚した。眼が覚めるにつれて制御が効き始め、御先祖の数は減っていく。横になったまま私はしばらくぼんやりと御先祖たちを眺めていた。それは間違いなく誰も見たことのない初期人類の姿だった。それを今自分は見ていると思うと、例えようのない優越感を感じ、これを古人類学者たちが知ったらどれほど私を羨むかということを想像するとこの上なく嬉しくなるのだった。見る人が見ればこれまでの説を覆えすような物凄い発見が山ほどあるに違いないものを、今自分は目の当たりにしているということを考え興奮した。私の眼の前に起きている現象は、誰もが知りたいと思いつつ決して知ることのできない歴史そのものだった。その特権的優越感に浸ることでいくらか疲れを癒すことができた。
しばらくして昨日と雰囲気が微妙に違うことに気づき、よく見るとアウストラロピテクス・アファレンシスとかいう奴にまで到達しているらしいことが分かった。はっきりとそうだと断定はできないが、本に書かれていた特徴やその想像図などからそう判断した。見た眼はホモ・ハビリスと殆ど大差なかった。このアウストラロピテクス・アファレンシスらしき最古のヒトは丁度次男の昭彦くらいの身長で、額は狭く全身毛まみれで腕も長く、二足歩行をしているもののあまり人らしくはなく、どちらかというとチンパンジーに近く、動きもチンパンジーに近かった。アウストラロピテクスにはアフリカヌス、ロブストゥス、ボイセイ、エチオピクスなどという種類が知られていて、アファレンシスはヒトも含めてこれらの共通の祖先だということらしい。アウストラロピテクスとホモ・ハビリスの決定的な違いは脳の大きさだということだ。ホモ・エレクトゥスからアウストラロピテクス・アファレンシスまで約300万年ほどの年月があるのだが、二、三日でそこを通過してしまい、御先祖の現れ方そのものが次第に高速化していることが分かった。そしてそのスピードは加速する一方だった。
私は御先祖のようにゆっくりと上体を起こし、そろりと立ち上がり、布団を畳み、のろのろと身支度を始めた。見られているという感じは拭いようもなかった。
現れる御先祖は次第に小型化していき、額が狭くなり顔面が突き出てきて毛深くなり遂には全身が毛で覆われ、前屈みになって手をついて四足歩行になり殆ど猿のようになってしまうと、もう御先祖という気はしなくなってしまった。それは動物園などで眼にするただの猿と何ら変わりがないように見えた。それに較べるとアウストラロピテクスやホモ・ハビリスといった初期人類たちの方に余っ程親近感を感じもし御先祖だなと思えるのだった。それでも猿たちを眺めるのはそれなりに面白くもあり興味も尽きなかった。歴史を忠実に逆に辿っているらしいので、人類の進化の過程が手に取るように分かるのだった。次々と現れる御先祖たちを逐一観察しその変化を目の当たりにして、人類が猿から進化したということが初めて実感できたのだった。今眼にしている御先祖は丁度猿と類人猿との別れ目のプロコンスルとかいう奴らしく、新生代第三紀中新世、400万年〜2800万年前に掛けて生存していたらしい。それから更に小型化し、尻尾が生えてきてテナガザルのようになっていった。今から3000万年〜3700万年前、新生代第三紀漸新世に生存していたそのプリオピテクスらしい猿たちは縦横無尽に走り廻っていて、それ以前の御先祖たちに較べるといくらか活発になり動きも敏捷だった。ふと動物園の猿の檻の中に入っているような気がし、まるで自分が飼育係にでもなったような気がした。
御先祖たちは私の眼の前を飛び跳ね駆け廻った。それが鬱陶しく、無性に腹が立って、狙い澄まして蹴りを入れるが脚は空しく空を切り、御先祖は痛くも痒くもないというように我が物顔で動き廻っていた。その駆け廻る御先祖を大勢引き連れて会社に行かなければならず、ただの満員電車よりも更に窮屈で苛立たしい電車に長時間揺られなければならないのだった。それだけで神経がやられ疲労し困憊してしまうのだった。殆ど仕事にならなかった。ただ椅子に坐っていただけだった。坐っているのがやっとだった。机の上には眼を通さなければならない書類が累々と山のように積まれていき、それを嘲笑うように猿御先祖が飛び交い走り抜け転げ廻ったりなどするのだった。そのことに注意を払う者はひとりとしておらず、それぞれテキパキと自分の仕事をこなしている。私だけが仕事ができず、集中しようとすればするほど御先祖が眼について離れない。意識して御先祖の数を減らせば仕事への集中力が損なわれるし、仕事に集中すれば山のように御先祖が現れ忽ちフロアは猿で埋め尽くされ、埋め尽くされればまた眼につくようになり集中力は一気に減退する。横行する猿御先祖のために余計な神経を磨り減らさなければならなかった。猿の檻の中での仕事が捗るはずもなく、終電ギリギリになってようやく退社することができた。ラッシュ時を過ぎて空いているはずの電車の中も猿で溢れ返っていて、車内でのささやかではあるが疲労回復にはいくらか有効でもある仮眠すら取ることができなくなり、向かいの席の泥酔してだらしなく口を開け涎を垂らして眠りこけている中年男を羨ましく思う。その中年男をしばらく注視していた。男は気持ち良さそうに眠っていた。なかば御先祖にうずもれながらも軽く鼾を立ててすやすや眠っていた。その顔を見ていたら自分も眠れそうな気がした。いくらか瞼も重くなったような気がしたが、そう思っているうちに駅についてしまった。疲れ果て憔悴し切って御先祖と共に電車を下りた。
足元をぞろぞろつき纏う御先祖を避けるように、私は空を見上げながら歩いた。ちっとも涼しくない生暖かい風が前方から緩やかに流れてきて、一瞬御先祖たちの発する熱が空気を暖めてこの風を発生させているのかと錯覚した。これだけの数の御先祖が密集すればそれくらいありそうなことだと思った。疲れを知らない御先祖は休むことなく動き廻っている。路上は一面御先祖で埋め尽され、見渡す限り御先祖が蠢いていた。この何週間で通勤時の疲れは倍増した。いや倍増どころじゃなく三倍、四倍になっていた。御先祖制御に体力、精神力の殆どを奪われているためで、人と会話するのも億劫になった。真面に答えているかも怪しいもので、知らぬ間に変なことを口走っていないとも限らず気が気ではなかった。自然と会話を避け無口になり顔を背け眼を合わさなくなり、話し掛けられても曖昧に答え総てをうやむやにしようとする。その態度の急変に周囲の人たちが訝しんでいたのは分かるがそうせざるを得なかった。それに最も敏感だったのは妻だった。