友方=Hの垂れ流し ホーム

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まだまだ塩基は連なっていたが、それでも一個の生命体としての基本を辛うじて備えているという程度で、遺伝子数も少なく代謝も出来合いのものに頼っていて自らその触媒酵素を作りだすことも殆どなく、総てが不安定だった。何もかも頼りなかった。しかし生命としてはそれで充分に機能していた。その周囲を取り囲むように漂っているいくつかの御先祖とほぼ変わりない姿をしているし一見何の変化も見られないのだが、それだけがどこか異彩を放っていて自然と惹きつけられ魅了させられるのだった。それは全生命の親だった。ここから生命の歴史が始まったのだった。ただフワフワとゴミのように浮遊しているだけの取るに足りないちっぽけな存在だったが、途轍もなく巨大な存在でもあった。それは生命の基本型であり、同時に理想型でもあった。それの前では私の存在の方が卑小に思えた。それよりも遥かに複雑な体制を獲得し構成しているにも拘らず、それよりも遥かに見窄らしく思えた。ゴテゴテと重武装して小回りが利かなくなった木偶の坊に思えた。しばらく私はテレビなど忘れてそれを注視していた。それは頻繁に消えたり現れたりして私の眼の前を頼りなげに動き廻っていた。クルクルと回転していた。回転しながら動き廻っていた。その向こうでは子供たちがテレビを見ながらげらげら笑っていた。妻は台所で洗い物をしていて、じゃあじゃあと水の流れる音が絶えずしていた。その笑い声と水の音に反応するように、それはヒクヒク痙攣するように蠢きのたうっていた。いつまでも回転し続けていた。それを私は見ていた。飽きもせず眺めていた。

ふと妻や子供たちにもこの光景を見せてやりたいと思った。いっそ何もかも打ち明けてしまいたかった。洗いざらい自分の見たこと感じたことを喋ってしまいたかった。眼の前に浮遊するそれがそう言えと迫っているようにも思えた。是非とも言ってくれと身悶えているように見えた。その回転する遠心力が更にそれに追い打ちを掛けるのだった。尤もだと思い、言うべきだとも思った。言わなければならなかった。総てを、見たままを、何もかもを語らなければならないのだと思った。そのためにこそそれは存在しているように思えた。しかしそれはできなかった。「他言は無用」が私を縛るのだった。何故かそれを無視できず、何か絶対不可侵の聖域のように思われるのだった。そんなことを言えば妻にどんな眼で見られるかとか、いずれ精神病院行きに違いないとかということよりも、「他言は無用」というたった五文字の言葉の方がより重く伸し掛かり、私を羽交い締めにするのだった。それを踏み躙ることなど造作もないように思うのだが、いざとなるとそうもいかないのだった。しかしそれを敗北とも服従とも思わなかった。それとは別のところで何かが引っ掛かっていた。それが何かは分からない。

洗い物を終えて妻は戻ってくると子供たちの脇に坐りテレビを眺め始めた。私はテレビを見る振りをしてテレビの前を漂うそれを眺めていた。見ているうちにそれと何か切っても切れない繋がりのようなものがあると感じた。それを通して等しく総てと繋がっているという一種の連体感のようなもの、遺伝子の緊密な繋がりのようなものを理屈ではなく強烈に感じるのだった。総ては同じだということが分かるのだった。連綿と繋がる鎖のようにそれらはひとつの線で結ばれているのだった。ちょっとやそっとじゃ壊れそうにもない強固な線で結ばれているのだった。

「何泣いてるの」訝しげに私を見つめて言う妻の声を耳にして初めて自分が涙を流しているのに気がついた。右の眼から頬にかけて一雫の涙が零れ落ちていた。子供たちも私を振り返り「泣いてる、泣いてる」と指差して言った。「何でもない」と私は言って手の甲で涙を拭い改めてテレビを眺めると、やっているのはお笑い番組の馬鹿らしいコントで泣くような要素はどこにもなく少しばかり狼狽えたが、適当に取り繕ってその場は何とか誤魔化した。妻の方もそのくらいではもう動じなくなっているようだった。子供たちはいつまでも私を囃し立てた。「お父さんが泣いた、お父さんが泣いた」と兄の貴雄が言うのに弟の昭彦が唱和した。しまいには踊りだした。私の周りをクルクル廻って踊るのだった。妻に小突かれた。「泣いた泣いた」と喚きながら二人は二階に上がっていった。そのとき、眼の前で繰り広げられている光景が一瞬にして遠退き、また自分だけ団欒の外に投げ出されているような気がした。テレビドラマの中の団欒風景でも見ているような気がした。


そのあともしばらく何か現れていたが、それは現れ方も希薄で全体にぼうっと霞んでいて、全く生彩を欠いていた。頼りない膜の中に辛うじて内容物がとどまっているという感じだった。よく見ると核酸を構成しているピリミジン塩基のチミンがウラシルに変わっていて、生命とは言えないRNAの自己触媒系だということに気づいた。それはすぐに消えてしまい、遂には何も見えなくなった。

何物にも邪魔されずにたっぷりと八時間の睡眠をとり、何日か振りに気持ちのいい朝を迎えた。何事もなかったように起きだし、顔を洗った。膳に就いて点けてあったテレビを漫然と眺めていた。しばらくして仏壇に向かわずに真っ直ぐ茶の間に来たことに気づいた。しかし立とうとはせずそのまま腰を落ち着けていた。何気なく新聞を広げ、見出しを眺めていくつか記事を拾い読みした。事件らしい事件もなく世の中は平和らしかった。しばらくして新聞を読んでいることに改めて気がつき、これが新聞かと初めて手にし読んでいるような気になって、その臭いや指につくインクまでもが新鮮に思えた。何もかもが新鮮だった。眼にし耳にするもの総てが新鮮なのだった。妻が朝飯を盆に載せて運んでくるのを見るだけで心が和んだ。その何気ない足の運びにさえ感動した。自然と笑みが零れた。それを不思議そうに妻は見ていた。

「ニヤニヤして。気持ち悪い」訝しげに私を眺めながら言うのだった。

「嬉しいんだ」

「何が?」

「何もかも」

「変なの」

「変なもんか」

「変」そう言いつつも、いつしか妻にもそれは伝染していた。「変、変」

「変、変言うなよ」

「だって変なんだもん」

「どこが?」

「どこがって、どこもかしこも」

意味のない会話はしばらく続いたが、そんな意味のない会話ですら楽しかった。会話でさえあれば良かった。

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