これで納得したろうと言わぬげに「分かった?」と友梨は切り上げようとするが「なんか違う」とそれでも尚食い下がり、「変だよそんなの」と訝る真希を斥けて変だというならセックスさえ行わない処女懐胎のほうが余っぽど「変じゃん」との如何にも的を射た切り返しに真希は何とも答え得ず、それでもどこか腑に落ちないようで「分かってんの? ねえ」との念押しにも応じることなく粗でも探すかに黙考して遂に見つけたというように正面から友梨を見つめ返すと「でもさ、なんで卵なわけ?」と問い、問うことでさらにその確信を得たのか「そうだよそっちのほうが全然変じゃん」といくらか声を荒げ、それにはしかしきちんと答えられぬらしく「変でも何でもそうなんだから」仕方がないと友梨は胡麻化し、そんなふうに疑うから駄目なんだと逆ギレて「ホント、バカなんだから」と済まなそうな笑みを紀子に向けるが、紀子にしてもその認識は真希と似たり寄ったりだからひとり譴責される真希に同情して「怒んなよ」と宥めに掛かる田尻とともに「そうですよ、信仰に熱心なのは何よりですから」とフォローに回り、恵美=マリアもその心根は充分に酌んでいられると半透明の恵美の霊を促すと少しく真希のほうに躙り寄って「あなたにもメシアができるよう祈ってます」とそれこそマリアのように優しく声を掛け、的確にそれを聞き届けた田尻が「メシアできるってオレたちに」と伝えると「ええホントですか?」と素直に喜び「スゴいスゴい」と燥いで田尻に抱きつき、舌を絡めるキスをして延々やめないから「いつまでしてんの」と友梨に窘められるが、殊勝にも半透明の恵美の霊に向き直って正座して握り合わせた手はそのまま二人揃って恵美=マリアに礼を述べ、今まで以上にセックスに専心して必ずメシアの卵を産んでみせますと誓って早速今からでもやり兼ねぬ勢いに友梨も紀子も半透明の恵美の霊も等しく気圧されて「そろそろお開きということで」と切りだせば「ええ帰っちゃうんですかあ」見守ってはくれぬのかと嘆き、「だからそれ違うって言ってるでしょ」と友梨が窘めても自分らの快楽がどれほどのものか実見したうえでいくらかでもレクチャーしてもらいたいと執拗で、次の予定が迫っている旨紀子が告げてようやく「そうなんですか」と納得し、「私も帰るから」あとは好きにしろと友梨は言うと「行きましょ」と紀子を促して「じゃね」と別れを告げ、それに答える真希の「じゃあねええん」は紀子には喘ぎ声と区別つかなかった。
自分も一端快楽主義のつもりでいたが真希の貪欲には到底及ばぬと友梨と並んで歩きつつ紀子は思い、それへの対抗意識はしかしまるでなく、若い信者らは皆ああなのかそうとすれば自分にはとてもついて行けぬし況してその先頭を切って突き進んで皆を導くことなど絶対無理だと端的にその危惧を示せば「あれは特別」と紀子を護るかに常に車道側を選んで前後に眼を配りながら歩く友梨は言い、セックスで真希と対等に渡り合えるのは「まあ田尻さんくらいのもん」で吉岡も最後は逃げ出したのだと妙な含み笑いで、端的にその含み笑いに誘われる形でそんなに凄いのかと興味本位に紀子が訊けば「そりゃもう」桁外れだとその実見したところを友梨は話してくれるが、ほんのさわりの部分を聞いただけで並みの人間の太刀打ちできるものではないと分かり、吉岡が尻込みするのも無理はないと変なところで吉岡に同情していることが自身可笑しくほくそ笑めば「スゴいでしょ、でもまだこんなもんじゃないんだから」とさらにも語を継ぐ勢いだが、それだけ聞けば充分と紀子は差しとめる。背後から来た乗用車二台を路肩に寄ってやり過ごしてから再度紀子が歩きだしてもまだその場に佇んで何事か考え深げに首を落とし気味の友梨に「もいってば、お腹いっぱい」と訴えれば「っていうかね」と別なことを友梨は示唆し、先の恵美=マリアの啓示を上げて「でもだからメシアとかできんのかな?」と自問するふうに言い、次いで問い掛けるかの眼差しを向けると「恵美さんもアレですか? 真希並みにスゴかったとか」とその黒眼がちの眼に好色な火照りを纏わせつつ的確に半透明の恵美の霊に焦点を合わせ、その直截な問いに赤面しているのが紀子には分かるが友梨にはそこまでは確認できぬらしく「どうなんです? マリア様」と執念く訊き、答えに窮して逃げるように紀子の背に隠れても執拗に追い掛け廻して「ねえねえ教えてくださいよ」と迫って「それって言えないくらいスゴかったってことですか?」質量ともに常人を上廻る性の探究に励んだと理解していいのかと友梨が言えば「えええち違います違います、そんなこと全然」ないと半透明の恵美の霊は「何とか言ってよ紀子さあ」と掩護を求められ、それなりに恵美も快楽主義を貫き通したが自分のそれと大差ないから「真希さんほどじゃ」ないとのフォローでセックスへの貪欲がメシアに直結しているわけではないと友梨は知り、いくらか安堵しつつ「じゃ私にも可能性あります?」と期待するように恵美=マリアに問い掛けるが、「でも恵美さんの例でいくと三つ巴でしょ、私はほら3Pってしたことないから」それだけが危惧されると友梨は言う。それに対する紀子の答えが「別に3Pに拘ることはないと思うけど」とひどく単純なせいか「そうですか」と友梨は言うものの納得したふうでもなく、蛇行したような歩きぶりにそれは明らかで境の白線を食みだして一旦車道側に大きく膨らむが、しばらくして白線上まで戻ってくるといくらか疑問符を付したような口振りで恵美が三つ巴の受精によってメシアを獲得したのだから、あとに続く者としてそれに倣うのは当然ではないかとその黒眼がちの瞳を僅かに曇らせつつ「違いますか?」と念押し、違うも何も「その辺のね、因果関係がハッキリしないから」何とも言えぬのだと紀子が言えば「でもそれってなんか」違うのではと友梨は不審を露わに示し、メシアを前にして因果も糞もないと言われれば確かにその通りで紀子にしても漠然とながら知恵美をこの世界の因果律の埒外にあるものと見做しているからその指摘には諾わざるを得ず、ただそれよりも恵美が具体的にどう対処したかが重要で「その辺をご教授願えればとか思うんですけど」と端的にその拒否を怖れてかいくらか控え目に友梨は切りだすが「ダメですか? ダメですよね」と紀子が答えぬうちに自ら引き下がり、「確実にメシアをゲットする方法なんてあるわけないか」と浮かぬ顔でまた車道側に大きく膨らんでいくのを横目見ながら改めて紀子は自問してもみるが、それらの問いに対して具体的なことには何ひとつ答えを提示し得ぬのを知るのみなのだった。それなりに下準備もしたし駒井からレクチャーを受けてもいたのだが俄仕込みで血肉と化してはいないから突つかれればひとたまりもなく崩壊してその無惨な姿を酷たらしく露呈させる結果となり、自身の不勉強を思い知って信心が足りないのは誰より自分だと嘲りつつ伝道する何ものをも手にしてはいない自分を伝道師に準えたことを紀子は恥じもして、このように信仰に身を捧げんとしている敬虔な信者らに自分として何が為し得るのかと思うとともに日下八木の狙いがどこにあり且つ自分に何を期待しているのかということにも思いを馳せ、半透明の恵美の霊もそれに倣うかに何事か考え込むふうで、そのようにして三者それぞれが物思いに沈んでしまったから岐路に至るまで会話らしい会話もなく、それがしかし気詰まりというのでもなくて昼下がりの陽も当たらぬ狭い裏通りの表通りとは一線を画してその喧騒から遠く隔たったような妙に物寂しい景にマッチして一定の距離を保ちながら三者は独行しつつ独考し、「じゃ私こっちだから」と別れる段になってしかし急に辺りを窺うように紀子の周りをグルリと廻ると「さっきまで見えてたのに」と友梨は訝しげで、「もしかして気ぃ悪くしたとか」それなら謝ると頭を下げるが「そんなんじゃないです」と半透明の恵美の霊が言うのも聞こえぬらしく、「いっつもこうなんです、最後の最後でヘマやらかして」何もかも台無しにしてしまうのだと嘆き、全体一言多いのだと自省して私もまだまだだと恐縮したように友梨は深く礼すると、やはり大きく蛇行しながら歩いていくのを紀子はしばらく見送って小走りに横断歩道を渡るのを見届けてから反転して歩きだす。
そこだけ幼さを残している黒眼がちの瞳の真剣な眼差しを紀子は思い浮かべつつ真に受けられても困るから「あんま軽弾みなこと言うもんじゃないね」と自重すれば、軽率なのはむしろ自分のほうで「メシアができるとか言ったから」ややこしいことになったと半透明の恵美の霊は詫び、与えられた使命の重大さとその困難に等しく思いを馳せつつ溜め息とともに「まだ二件目だよ」と紀子が洩らせば「あといくつあんの?」と半透明の恵美の霊は訊き、手帳を繰りつつ数えて「八コ」と教えると「そんなに」と頓狂な声を上げ、声が大きいと窘められて「絶対無理だって」と耳傍で囁く半透明の恵美の霊にこれでも随分減らしてもらったのだからこのノルマはこなさねば駒井に悪いと紀子は言い、物理的に不可能との理由で端的に放棄を勧める半透明の恵美の霊に無理としてもやるだけはやらねば弁解も立たぬと紀子は言うと次の指定先への順路を確認するが、少しでも遅れを取り戻さんとしてか早足になっているのを自身気づかず、荒い息遣いでそれに気づいていくらか歩速を緩めると左側から追い越しざま「無理してない?」と心配げに差し覗く半透明の恵美の霊に「してないよ」と紀子は答え、見た目にしかしその疲労は明らかだった。知恵美の不在という打ち続く心労に加えての小セミナー参加で、しかもろくな稽古もできずにぶっつけ本番というような状態での質疑応答に緊張し通しで心身ともにガタガタに壊れたと言ってよく、自身のそれはしかし直隠しにして問われる前に自分より恵美は平気なのかと問えば「全然平気」とようやく板についてきたマリアらしい微笑みとともに返ってくる明るい答えに「骨身に沁みるよその笑顔」となかば道化て胡麻化しつつもそのマリア的微笑みがいくらか励みになったことは確かで、ファミレスで腹を満たして午後から四件の小セミナーを紀子は廻り、残りの四件は時間的に無理と電話で断りを入れて馴れぬ仕事に疲労しきって本部事務所に「ただいま」と戻ると「お帰りなさい、でどうでした?」と駒井が報告を求めるのに「疲れた」と重苦しい吐息とともにまず紀子は放ち、「ご苦労様です」との労いをなかば無視して笑顔で応じる半透明の恵美の霊を他所にソファに坐ると一日歩き通しで浮腫んだと紀子は靴を脱ぐが、テーブルの上に投げだすことはさすがにできぬからソファの上で横座りの体勢になって背凭れに身を深く沈める。