友方=Hの垂れ流し ホーム

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恵美のことより紀子のことだと急に振られて返答に窮した紀子は道化て胡麻化そうとするが巧いこと道化ることができないし真剣に訊いているのだから真剣に答えなさいと久しく見なかった指導者の身振りで叱られ、その権高な姿勢が河馬井を思わせぬでもないが観念して事の顛末を語ると予想外に深刻な内容に徳雄先生は楽観できぬと思い、離婚調停に気を取られて足元掬われた、自分は一体何をしていたのかと自身を責める徳雄先生を紀子は宥めようもなく、「知恵美がいればセックスできたのに」と呟くとそんなことが問題なんじゃないとまた叱られ、宗教へののめり込みもそれが原因かと端的に思ったから順当にまず裁判が先じゃないのかと徳雄先生は言い、告発すべきというのも尤もだが知恵美の力で封印されてしまったためにその必要を感じなかったし今もそれに変わりはないと紀子は言い、知恵美さえいればそんな煩わしいことしないでも済むと思えばその不在が呪わしく、拉されたことが悔やまれて恵美に対する申し訳なさと自身の無力に対する怒りとが拉した吉岡への憎しみに転じていくのを紀子は強く意識するが、それより知恵美を取り戻したいとの念が強く、その霊的能力を以てすれば探知というのか逆探知というのか知恵美を探り当てることもあるいは可能かもしれないとふと紀子は思い、考え込むふうに視線を虚空に据えたまま「恵美」と呼び掛けて心配げに「何?」と即応する半透明の恵美の霊にその旨伝えると「できるかなそんなこと」と自信なさげだが一応試みてはみると苦悶するように沈思するが駄目らしく、済まなそうに「ゴメン」と言い、誰にともなく「どこにいるんだろ陛下」と紀子が呟くと知恵美のことより自分のことをまず考えろとまた叱られて「でも」と口籠る紀子に「それじゃダメだ」それは敗北だと厳しく徳雄先生は言い、どうでもいいよそんなことと投げやりに答える紀子に「いいわけあるか」とさらに厳しく徳雄先生は詰め寄り、怯えたような眼差しにしかしそれ以上追及できず、もっと早くに気づくべきだったと自己の無能力に腹が立つというよりは情けなくなる。心配だと言う徳雄先生を一人になりたいからと紀子は舌を絡めるキスで安心させて帰すと足を引き摺るようにして居室に戻り、卓上の蕎麦蒸籠も蕎麦猪口もまだそのままだが片すのも鬱陶しく、見ぬ振りしてベッドに身を伏せるとこの恐慌の再燃に思惟を巡らせ、端的にそれは灼かな霊験の効果が薄れたことを意味すると紀子は思い、知恵美との空間的隔たりが問題なのかあるいは知恵美の生命の危機にそれが直結していることなのかは分からないもののその可能性は考慮せねばならず、とはいえ自分に何ができるかと思えばその無力を思わざるを得ず、助力者の必要を切実に感じてそのためにも平信徒へのコミットはやはり重要なのだと三日も待ってなどいられぬと時計を見れば九時前で、しばらく逡巡して事務所にはいないだろうと判断して自宅のほうに掛けてその旨八木に伝えると「いやあ助かります」と言ったように紀子には聞こえるが籠もっていてよく聞きとれず、適当に相槌打つと安堵したように「明日からでも構いませんか?」とこれは確かにそう聞こえ、紀子の快諾を得ると「駒井君には私から言っときますから」と八木は言い、翌日事務所に紀子が出向くと八木も駒井もすでに来ていて忙しげに動いている。


応接ソファに紀子を促しながら「それじゃ早速ですが、ああ駒井君駒井君」と指示して小セミナーの資料を求めると紀子の向かいに八木は浅く掛け、資料をテーブルに置く駒井に「はいご苦労」と言いつつ上体を乗りだすようにしてその薄っぺらな資料をパラパラ捲って「ええと、ああこれですこれこれ」とクルリと回転させて紀子に示し、その概略を述べるとスケジュール等の細かいことは駒井君がと言い置いて極秘進行中の知恵美捜索に出掛けようとするのを紀子は呼び止め、「あのまだ見つかりませんか?」と小声に訊くと「ええサッパリでして」と済まなそうに八木は言い、それでも何か手掛かりくらいはあるだろうとさらに問えば知恵美派に関係している連中の総てが完全に消息を絶っていてまるで掴めぬらしく、「家族が捜索願い出してるくらいなんですから」とその行き詰まった現状を嘆くが、下水屋の沖のことだから地下に秘密基地でも拵(こしら)えて潜伏しているのかもしれないと戯れ言で払い除け、必ず見つけると決意も新たに出掛けていくのを見送る間もなく向かいに腰掛けながら「ええとですね」と尻から腿裏に掛けて感じる八木の温もりを駒井は意識しつつ説明をはじめるが、駒井の作成になるというそのスケジュールはほとんど空白のない過密なもので、いきなりこれでは対応できるはずもなく、せめてこの半分くらいにならないのかと紀子は頼むがメシア=天皇の穴埋めとなるとこれくらいせねばというそれは日下の提言で、恵美=マリア=皇太后という新たな中心概念をしかも早急に浸透させることが必要で、それに対して時間が絶対的に不足している現況を考慮すればこのスケジュールでも心許ないと日下は言っているらしい。全体ラディカルな信者らがしかし日下の言うほど知恵美をメシア=天皇を崇拝しているとは紀子には思えないし恵美=マリア=皇太后にしてもだからどれほどの効果があるのか疑問だが、先日の大セミナーでの狂的な盛り上がりを実見しているだけに容易く排することもできず、日下からの教団での知恵美保護の打診を拒否し続けた紀子に絶対的に非があるとはいえその皺寄せを総て紀子に覆っ被せるようなこの過密スケジュールには承服し兼ね、その資金を捻出することはさして困難ではないはずだからドームとか武道館並みの大きなところを借りて一度に感化浸透せしめるとか何か他にいい案もあるだろうと紀子が言うと、沖ら知恵美派の動向を考慮すれば大々的な催しは極力避けるべきで草の根的にやるしかなく、抑も布教というのは「地道に行うのが最も確実なんですから」と駒井は言い、「でもこれじゃちょっとって私も思います」といくらか減らしてはくれたものの過密であることに変わりはなく、そのギッシリのスケジュールに従って紀子は半透明の恵美の霊とともに各小セミナーに参加することとなり、「時間ありません」と駒井に急き立てられてのんびり寛いでもいられず、いくらか脳天気さを取り戻しつつある「それじゃあ行ってきます」とは裏腹な重苦しげな足取りで事務所をあとにした紀子がまず最初に出向いたのは津田延子の自宅マンションで、その辺りの駒井の配慮を変に感心しつつ紀子は玄関扉に据えつけのチャイムを鳴らす。訪問者を拒絶するようなその排他的で硬質な響きにいくらか紀子は身を固くするがいくら待っても出てくる気配はなく、駒井からの連絡はすでにあるはずだから留守のはずはないと再度チャイムを押すとそれを合図のようにガチャガチャと金属音をさせてノブが動き、その絶妙のタイミングが意図的なものに思えて覗き穴からずっと見られていたような気がして急に顔が強張るのを紀子は感じるが、現れた津田延子を見ればその強張りも自然と緩和し、それでも事務所では頻繁に顔を合わせていた津田延子にその自宅で会うのはやはり何か妙な感じで回収できぬ違和があり、延子とその生活とが一致していないことにそれが起因していることに紀子は気づかぬまま畏まって「宜しくお願いします」とお辞儀すれば「いえいえいえこちらこそ」と延子は応じながら何かを探すように紀子の背後を気にして「それであの、マリア様はどちらに?」と訊き、「恵美ならここに」と左脇を指示するとペコリと半透明の恵美の霊は頭を下げるが延子には見えないらしく、不審と不安を綯い交ぜにしたような翳りを眉間の皺に僅かに示しつつ「まだ信心が足りないのかしら」と詫びてどうぞどうぞどうぞと三度言い、見ると擦り切れ綻びの目立つ玄関マットの上には紀子と恵美との二人分のスリッパが用意してあり、習慣から無意識に履こうとして履けずに驚くのを「いい加減に覚えなよ」と呆れて言うと、自分への叱責と勘違いして「ご免なさい気がつかなくて」と延子は詫びてスリッパを片すが「違うんです延子さんじゃなくて」と紀子のほうが恐縮し、弁解がましく「だってあれば履くでしょ普通」と言うのを「次から気をつけなきゃ」と言えば「ホントにご免なさい」とまた謝るのに「いやだから延子さんじゃなくて」とさらにも紀子は恐縮し、リヴィングに至る細く短い真っ直ぐな廊下が異様に長く感じられたのは無灯の廊下の薄暗さに心的圧迫を感じたということもあるがその間延子が失態を取り成そうとでもするように早口で喋り続けているからで、言葉数の割にしかし内容は乏しく自己の鈍感を弁解がましくくり返しているだけなので紀子は軽く聞き流し、半透明の恵美の霊と顔を見合わせ苦笑う。

その短いが長い廊下の端にようやく到達すると何か勿体振ったように延子はゆっくりとドアを開け、その身振りに妙な緊張を強いられつつ六畳のリヴィングに紀子が踏み入るとその明るさに眼眩み、そこに待ち構えている人らの顔がよく見えぬながらも「いらっしゃい」の声には確かに聞き覚えがあり、ソファ奥に吉田時子の坐っているを確認してそれまでの緊張が一挙に解れるのを紀子は意識しつつ駒井の細やかな配慮に恐れ入り、ゆっくりと立ち上がって「その節は大変お世話になりまして」と礼を言う吉田時子に総ては知恵美の灼かな霊験の偉業で自分が何をしたというわけでもないと紀子は思うが異を唱えるのも礼儀に反すると「とんでもない、吉田さんが」いなければ知恵美の躍進もなかったとその非常な貢献を謝し、どうぞどうぞどうぞと促されて半透明の恵美の霊と並んでソファに腰掛けると「ほらカズちゃん、お姉ちゃんにありがとうは?」とソファの後ろに向かって言い、隠れてないで出てらっしゃいと催促すると男の子が顔だけ出して「ありがと」と聞こえぬほどの小声で言い、「お孫さん?」と訊く紀子に今ではこうして外出もできるほどに回復したと「ホントになんとお礼を言ったら」いいか分からぬとまた礼を言い、困惑している紀子を見兼ねてか「でもこんな奇蹟ってないわよね、実際」と医者も見放した病気の快癒がまだ信じられないと延子が言うと自分にも信じられぬと吉田時子は慈しげに孫を眺めつつ言い、総てはメシア=天皇の慈愛の賜と言っていいが何より紀子のお力添えがあればこそと手を合わせて拝みだし、これには紀子もどうしていいか分からず「私は別に何も」と口籠ればその謙虚さに尚打たれたように拝むのをやめず、助けを求めるように延子のほうに視線を逸らせば「本物は違うのね」と感心したように笑い掛ける。

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