友方=Hの垂れ流し ホーム

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地図に付記されている駒井の的確な指示で今度は迷うことなく目的地に至るものの予定より三〇分遅れてしまい、予定されている小セミナーの総てを回るには長居はできぬと思いつつふと見ると、その『メゾン・ド・ソレイユ』という名称からは凡そ想像し得べくもない何々荘とでもするべきそのボロアパートの外観の小汚さに紀子は怯み、意気が削がれて立ち止まり掛けるが止まったら負けだと歩き続けて腐食し塗装の剥げた外階段を音させぬよう静かに上がり、四室並んだ部屋の手前から三つ目の二○三号室の前まで来ると、ノートの切れ端にサインペンか何かで乱雑に書いたものをセロテープで貼っただけの無配慮な表札には『田尻』とあり、その粗野なイメージから派生して取っ散らかった室内を想像し、さらには金はないが精力は持て余しいる無骨で自堕落な若者の屯しているのをイメージして怖じ気づき、メシア=天皇を奪われたその償いに宗教的犠牲として信者らに自分を提供するのが日下らの真の目的なのではとふと思い、次々と襲いくる好色な信者らに刺し貫かれる自身の姿を想像して紀子はドア前に佇んで身動きもできなくなるが、心配げに差し覗く半透明の恵美の霊に気づいて「ゴキブリの巣窟って感じだね」と道化けながらも頬が引き攣っているのが分かり、「無理しなくても」と言われて途端に気力が失せて頽れそうになるのを背後の手すりに凭れて辛うじて支え、紙面と照らし合わせて確かにここだと確認すると日下や八木はともかくとしてスケジュールを作成した駒井を信じるしかないと紀子は思い、守護霊としての恵美が傍についているし、さらに言えばそれは聖母マリアなのだからそのようなことになるはずはないと腹を括り、緊張しつつチャイムを押すが壊れているらしく鳴らないのであるいはこれは凶兆でやはり避けるべきなのではと一瞬怯むがそうもいかぬとノックすると「はあい」と甲高な女性の声で返事するのにいくらか紀子は安堵し、出てきたのはしかも多村友梨で、ここにも駒井の配慮が見られるのに痛く紀子は感じ入るとともに知恵美が拉されてからひどく悲観的になっている自分に改めて気づき、さっきの恵美の透明化にしても自身の内在的な要因に帰すところが大きいのかもしれぬと何よりそれから改善しなければならないのだと思いを新たにする。1DKのこの部屋は多村友梨の友人宅とのことだが「この汚さでしょ、だから」小セミナーにはあまり利用しないらしく「今日だってほんとはあたしんちでもよかったんだけど」いろいろ都合もあるらしく、「っていうかね、田尻さんがどうしてもって聞かないもんだから」已むなく承諾したのだと背後に聞こえぬよう小声で耳打ちし、たまたまそんなときに当たってしまったのは「紀子さんも余っぽど」運が悪いと友梨は言い、狂言説騒ぎ以来紀子を避けているらしくその所在の知れぬのを詮索する気はないにしろいずれきちんと話はつけねばと思いつつその経緯を知らぬだろう友梨にはそれは秘したまま「功次は?」と紀子が訊けば「うん誘ったんだけどなんか忙しいらあっ」と絶句するのに驚いて「えっ何?」と訊けば「スゴいスゴい」と燥いで飛び上がるためグラグラと建物全体が揺らぎ、ドアに縋りついて「揺れるから揺れるから」と肩に手を置いて押さえるとこれくらいで潰れやしないとその動揺を友梨は笑い、紀子の背後を指差して「なんかちょっと見えたよ」と言い、「それって恵美=マリア様?」との問いに「はい」と半透明の恵美の霊が答えると、その声も聞こえるとさらに友梨は驚喜して飛び上がろうとするのを揺れるからと紀子は押しとどめ、汚いが我慢してくれと恵美=マリアに接して上機嫌な友梨に促されて上がって奥に行く。眼前に展開している光景に絶句して立ち竦んでしまったのは半裸の男女が絡み合っていて思いきり押し広げられたその股ぐらに勃起したペニスを宛(あてが)って挿入せんとしているところだったからで「何やってんの」とこれには紀子よりも友梨のほうが驚くが、訊かれたほうは「やってるとこ見たいとか言ってたから」と悪びれた様子もなく、「ね、早く早く」と相手の女の腰を振っての催促に続行しようとするのを「見たいわけないじゃん」と友梨は強く叱りつけて引き離し、「ゴメンね、バカなんだからホントに」と友梨は苦笑い、いつまでも裸身を露わにしたままのこの部屋の主の田尻はその怒張したペニスを隠しもしないし、その田尻に撓垂れ掛かる同様半裸の真希は未練たらしく田尻の露わなペニスを萎れないようゆっくりと扱きながら再挿入を狙っているらしく、田尻に促されてそれを根本まで啣え込むとズルズルと勢いよく吸いはじめ、それを見て友梨は「やりたきゃ外でやってよ」と叱りつけて脇にある座蒲団を半眼のニヤけた田尻の顔面目掛けて投げつけ「バカッ」と嘆くとそれで屈したらしく「怒んなよ」と物足りなげな様子だが澁々衣服を着し、収まりの悪いペニスに身動ぎする田尻とそれを指差して笑う真希に「見せんじゃなくて見んの」と教えるとマリアのセックスが見られると無邪気に歓び、紀子のほうに躙り寄っていくのを違う違うとその主旨を理解させるのにひどく手間取り、それだけで予定時間を随分超過してしまうが何も訊かずには帰れぬと吉岡とも懇意の彼らにズバリその行方を訊ねれば「そういえば最近合わないな知ってる?」と二人にも訊き、二人も知らぬらしく「さあ」と顔見合わせて首を振る。あまり深く追及することは憚られたからそれ以上突っ込めないが、それだったら中野の「麻那辺さん、ほら前に会ったじゃん吉岡君と一緒の工場とか言ってた人」と真希が繋いでくれ、それなら直接工場に問い合わせたほうが「早いんじゃないの?」と割り込む田尻に「っていうか潰れたんだってその工場」と友梨が教え、それで吉岡君随分へこんじゃってさあ「あたしと真希でいろいろ慰めたげたんだ」と言うと「何それ聞いてない」と真希に詰め寄って「慰めたって何だよやったのか?」と田尻が言い、今そんな話しなくてもと言いつつチラと視線を投げただけで「で麻那辺さんだっけ? 中野の確かあ」と回避行動に出る真希の肩を田尻は掴むが激昂してというよりそれは困惑したような鈍い動きで、弱々しげに揺さ振ってそれでも執念く問い糺すことをやめず、その力無く肩に置かれた田尻の浅黒い手は今にも滑り落ちそうだが落ちることなく真希の肩に吸着して離れず、その手を真希は軽く払い除けると「いいじゃんやったって減るもんじゃないし」と開き直り、その決定打に「マジかよ」と呟き嘆く田尻にはさっきまでの艶めいた雰囲気は欠片もなく、その肩から払い落とされた浅黒い手を膝元に置くと項垂れてしまい、フリーセックスを教義の根幹に据える教団の信者とはとても思えぬほどのそれは落胆で、妙な違和を感じつつ逸らした視線を訝しげに友梨のほうに向けて眼顔で紀子が問えば、「田尻さんて結構真面目だから」となかば強引に勧誘して入信させたのだと友梨はそれに答え、「そうだよ信者なんだからやったからってああだこうだ言わないの」とその教義を自分は実践したまでで信仰に熱心と褒められこそすれ非難される謂われはないと真希はその正しさを露ほども疑わぬ真っ直ぐな眼差しで言い、それほど気にすることでも「ないですよねえ」と振られて紀子は返答に困る。

何とか話を戻そうと「じゃやっぱ麻那辺さんか」とその麻那辺とかいう人に訊けば分かるかもとひとり項垂れる田尻を置き去りにして「住所とか分かります? できれば直接会って」話したいとバッグからシステム手帳を出して開くと、「あ、はい」と半身を返して身を伸ばした真希は色好く焼けた腿裏を尻際まで露わに曝して自身の手帳を取り、教えられた住所と電話番号をそれに控えながら紀子が密かに半透明の恵美の霊と笑みを交わすと、目敏くそれを指差し示して「あっ今マリア様笑った」と指摘したのは友梨で、紀子は一瞬動じるが端的に狂喜している友梨にこっちの意図を見透かされたわけではないと分かって「ねっねっ」と同意を求めるのに頷き返し、そんなに騒ぐこともしかしないだろうと「笑ったくらいでオーバー」だと窘めれば「だってマリア様が笑ったんだよ」とそれが何か得難い至宝でもあるかのように有り難がり、そのようにして友梨がテンション高めて真希がそれに乗じてもいまいち座が白けているのはひとり田尻が鬱気を醸しているからで、見兼ねた紀子が「田尻さんはどうです? 見えます?」と訊くとえっと項垂れていた顔を重たげに上げて戸惑ったように紀子の背後を眺めやるが「ああ、えと、はい見えますよ」と当然のように答え、それには友梨も真希も「うっそお」と頓狂な声を上げて驚き「何で何で」と不思議がるが「嘘言ったってしょうがないだろ」と昔から霊感の強いことを田尻は打ち明け、「あっどもはじめまして田尻と申します」と面と向かって言われていくらか戸惑いながらも「あの、えと高槻恵美です、一応マリア様ってことになってます」と半透明の恵美の霊は答え、そのように挨拶を交わす二人を眺めつつ半透明の恵美の霊が恵美=マリアとして確実に自分の許から離れて確固たる存在として存在しはじめているのを紀子は感じ、端的にそれは喜ばしいことだしそのさらなる発展を望みもしているが、一方でやはり自己の一部を剥ぎ取られているような気がしないでもないのだった。そして半透明の恵美の霊がその手から完全に離れて恵美=マリアとして飛翔すればあとに残された自分はただの抜け殻と化し、知恵美と恵美とふたつながら失ってただ死を待つのみの虚しい余生しかないのではと紀子はそこまで暗い見通しをしてしまい、その暗い陥穽から逃れたいのにも拘らず尚もその闇の奥を見つめ続けて已まない自分が分からず、徐々に気分が滅入ってくるのを紀子は意識しつつ閉鎖ループの内省を打ち切ろうと宣教師よろしく伝道をはじめ、熱心な三人の聴衆に支えられてどうにかこうにか成し遂げるが「なんか日下さんみたい」と真希に言われていくらかムッとし、当人はしかし揶揄したつもりはないらしく真っ直ぐな視線を向けてくるから率直な感想で残る二人の同意するかの眼差しからもそれは公正なものと知れ、好意的に受け取っているとは思うもののその喋りが日下に似ているとの指摘に正直紀子は相当凹み、それなりの評価は得たのだからと言い聞かせてみても今ひとつ納得できぬし駒井の草稿のせいにしても気分は沈み込んだまま浮いてくることもなく、仕事とこれを割り切れぬからかただ不慣れなだけなのか場違いなところにいるとの居心地の悪さが徐々に募っていき、前面と背面を建物に遮蔽されてただでさえ換気の悪いこの部屋の空気がその鬱気に絡め取られてさらにも澱んでいくようなのを紀子は強く意識する。その評価とは裏腹に浮かぬげな紀子を気遣ってか伝道はまだまだ始まったばかりでこの先いくらでも挽回できると半透明の恵美の霊は言い、それを受けて「そうですよ、そんな悲観することないです」実に立派な話しぶりで感心したと田尻が言えば、伝道師が伝道されてどうすると半透明の恵美の霊に突っ込まれて紀子は笑うに笑えぬが、微笑み合う田尻と半透明の恵美の霊にいくらか慰められるようでもあり、咽喉が渇いたと紀子が水を所望すると「気がつかなくて」と詫びつつ立ち掛ける田尻を制して立ったのは真希で、振り返りざま「あのマリア様の分は?」と訊くので要らぬと答え、人数分のコップとペットボトルの炭酸飲料とを盆に乗せて戻ってくると縁ギリギリまでなみなみと注ぎ、口まで持ってくる間に皆それぞれに零しながら飲めば炭酸の効果とも思えないがいくらか鬱気の晴れるのを紀子は感じ、またおかしくなる前に退散しようと思いつつその前にこのようにも確実なコミュニケートを遂げている田尻にマリアの言葉のひとつもあって然るべきかとこれは紀子の独断で、半透明の恵美の霊を促せば「ええ? 何話したらいんだか急に言われても」分からないと半透明ながら淡やかに赤面するのが見てとれ、紀子は駒井の作成になる草稿があるからいいが自分には何も用意されてないではないかと非難がましく言うからそれもそうかと引っ込め、代わりにその印象を田尻に訊けば賦活を促すかに炭酸飲料を一息に飲み干して軽く吐息を吐いてから「そうですね」と切りだし、最初眼にしたときは性的に昂奮していたからよくは分からなかったが、今改めて見てみるとマリア様と言うだけあってこの人は実に清らかで今までに遭遇した霊とはどこか違う匂いを感じる「っていうか全然違うんですよ」と真っ直ぐに半透明の恵美の霊を見つめながら田尻は言い、こんなこと言っていいのかどうかとためらいながらも本当にあなたは霊なのかと問い掛けられて戸惑う半透明の恵美の霊に代わってその経緯を紀子が説明すると、それがこの僅かだが絶対的な差異を正ぜしめたとすればメシア=天皇の灼かな霊験を、そういうものが現実にあると自分も信じないわけにはいかないと田尻は言うのだった。

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