友方=Hの垂れ流し ホーム

4 淡い光が半透明の輝きを増さしめる

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仕事に忙殺されて三週間近くセミナーに出席できず、というより仕事を理由に逃げているというのが実状だが、やはりそれは知恵美派への怖れが少なからずあるからだしその実体が漠然としていて把握できぬこともあって武闘派の過激集団か何かのように思えてその怖れが一層深まる傾向にあるからで、知恵美派がしかし本気で動きだせば人ひとり攫(さら)うことなど容易だろうからどこにいようが危険なことに変わりなく、かといって「護衛つけます」との八木の案は首肯しがたく、護衛などいたらそれこそ生活に支障を来すだろうから「困ります」と一蹴すると「じゃ我々が預かって」と済んだことをまた蒸し返し、八木の懸念もしかし分からぬではなく、単独行動こそむしろ慎むべきだということは分かっているし、教団との連絡をさえ怠っていることの危険もだから承知してはいるもののなぜか全然行く気がせず、知恵美の言を信憑できぬというのではないにしろその灼かな霊験の確かな手応えを紀子は欲していて、それを見出せぬうちはどうにも動きようがないと思いつつそのような神懸かり的現象が一向信じられないことに苛立ちもし、八木からの催促が頻繁にあるし留守録のほとんどは八木か駒井からのものだが真面にそれに答えず逃げていて、いつまでも逃げられぬと前向きに検討しているつもりが気づけば後ろ向きになっていて今にも転びそうなのを自分のしたいようにすれば「いいじゃんか」と知恵美は言うが、どうしたいのかが分からないし「どうしろとか言えないし」と徳雄先生も困惑げで、自分のできることと言えばセックスだけなのを情けなく思いつつ何を怖れているのかと訊けば「何もかも」と漠として焦点が絞れず、それじゃ分からぬもっと具体的にと詰め寄られてもう胡麻化しきれぬところまで来ていると紀子は思いながらも股ぐらを開いて徳雄先生の超越的な技巧に逃避するのだった。

尾行者の有無とか曲がり角路地口等に対する身構えは常のものとなっているから全くの無警戒というのではないが、逃避的快楽に浸りきって油断していたことは確かだし自宅マンションを五階まで上がってしまえばなかば帰宅したも同然だからドア前に佇む不審な男を目の当たりにしてもすぐには状況が呑み込めず、警戒心からしかし立ち止まって様子を窺うと壁に肩を凭せて男は立っているが後ろ向きだからその容貌までは分からず、こっちを振り返ることがないのでまだ気づいてはいないと紀子は気配を殺してゆっくりと後退(あとずさ)り、後退りながらも観察を続けて男の立っているのが自身の部屋前に間違いないのを認め、こんな時間に連絡もなしに訪ねてくる者などまずないといっていいから知恵美派の刺客に違いなく、遂に来たとその仮構的危惧が現実的恐怖にシフトする瞬間を空間の捻くれるような感覚とともに紀子は強く意識し、その紀子の齎す空間の揺らぎを感知してか男は凭れていた肩を壁から離して身じろぎし、気づかれたとすればもうお終いで逃げたところですぐ捕まるだろうし、捕まればアジトに攫われ身包み剥がされさんざ拷問された挙げ句最後にはレイプされて首絞められるとそこまで飛躍するが二十五歳の一女性としてそれは真っ当な且つ現実的恐怖で、震えはせぬものの動悸は激しく、角まで戻るのにさして時間は掛からなかったはずだがこのような状態の常で異様に長く引き延ばされたようでなかなか到達できず、身を隠してもそれだけでしかし不安は拭いきれぬから通路を差し覗いてそっと様子を窺えば男は同じ姿勢で佇んでいて気づかれた様子はなく、いくらか動悸は納まるが無防備に考え込んでいてもしかし危険と紀子は判断してその場を退避すると自宅マンションから遠離(とおざか)ることのみを念頭に夜道を歩いていく。歩くうち男への恐怖は薄らいでいくが夜道の危険が惹起して恐怖それ自体の失せることはなく、それでも恐慌に陥らぬよう思惟を働かせて警察を呼ぶ徳雄先生に助けを求める本部事務所に避難するといくつか打開策を検討してもみるが、知恵美に関係することが表沙汰になるのは極力避けねばならぬしこれ以上徳雄先生には迷惑掛けられぬし自宅がマークされてる以上本部事務所の安全性にも疑問は残るとそのいずれもが却下され、戻るしかないのかと途方に暮れて街灯の明かりの下に来るとその光に捉えられ、その光の輪から出るに出られなくなってその場に紀子はしゃがみ込むと不安から桐箱を取りだし、さらに蓋を取って心地好げに寝ている知恵美を「起きて起きてよ」と箱ごと揺さぶり、不意に起こされても気安げに「何どうしたの?」と言う知恵美に紀子はいくらか落ち着いて事の顛末を告げるが「何だそんなこと」とまるで他人事のような口振りに「怖いんだから」と難じれば「何が?」と本当に分からぬらしく、さらに仔細に説明すれば全然心配要らないと言うが何の根拠があるのかと紀子は信憑できず、根拠はないが断言できるし間違いなくその断言は現実となると知恵美は言い、心配の無用なことを確約する知恵美に紀子は幾度も幾度も念押しするとともに自身に言い聞かせると「じゃ帰ろう」と知恵美に促されて自宅マンションに引き返す。エレベーターで鉢合わせすることを怖れて階段で五階まで上がり、いないでくれと願いつつそっと窺えば男はまだそこにいるしさっきの恐怖は再燃してくるしでやはり避難したほうがと紀子は躊躇するが、知恵美=メシア=天皇がついているしその灼かな霊験を確かめる好機ではないかと足音さえ忍ばせることなく突き進んでいくと、気配に気づいて振り返った男は「やあ随分待ちました」と拍子抜けるくらい快活だが獲物が現れたことのそれは端的な喜びに過ぎないし相手を安心させ油断させようとの腹に決まっていると紀子は思い、対決姿勢を剥きだしにその顔を睨めつけるがほんの一瞬でその睨みは崩れ、気の抜けた声で「なんだ八木さん」と紀子が言えば「何だはないでしょ」と二時間も待ったと袖口を覗いて言い、「どこ行ってたんです? こんな遅くまで」とそのあまりの不用心を譴責する八木に知恵美派の襲撃と勘違いしたことは告げずにただ詫び、それより「八木さんこそこんな遅くに」と紀子がその来意を訊けば教団が大変なことになっていると八木は言う。

紀子のセミナー欠席が、つまり知恵美の不在が信者らの不安を掻き立てていると八木は告げると、メシア=天皇がいないと「どうにも始まらなくて」と困惑げに言い、裏から知恵美派が煽動しているとの意見もあるが知恵美抜きで取り鎮めることは困難を極めるし日下にも八木にもその才はないし「メシア出せメシア出せってもう大変な騒ぎで」とにかくお出で願って信者らの不安を除いてもらわねば収拾つかぬとのことで、土下座せぬ勢いで「頼みますこの通り」と深々頭を下げるのに顔を出さぬわけにもいかぬと紀子は思い、ひとりではしかし不安だから「先生しかいないんです」と拝み倒して護衛というか付き添いを頼むと「構わないよ全然」と拍子抜けるほどあっさりと快諾を得て心強く、「やっぱり信用してないんだボクのこと」と不平を洩らす知恵美のその言いようから冗談だと分かってはいるものの淡い光が常にも増して眼に痛く、「別にそういうわけじゃ」と言ったきり弁解めいたことが出てきそうでそれ以上あとが続かず、不意に「恵美がいてくれたら」と口にするとそれが陥穽となり、放置すれば確実にそこに落ち込むと自身叱咤して無理にも笑い顔を作ると「無理すんな」と徳雄先生が肩を小突き、そうすることでその苦しげな憂い顔を祓えるとでもいうように抱き寄せキスをする。八木にその旨連絡を入れると「じゃ迎えは?」と訊くので要らぬと答え、尚も危険を訴える八木に知恵美=メシア=天皇の灼かな霊験をその超越的な力を説いて聞かせてそれが何よりの護符ではないか無用な心配など要らぬと言えば「それはそうですけど」と黙してしまい、とにかく今は来てくれるだけマシと諒承して「気をつけて」と最後に八木は言って受話器を置くと「駒井君スケジュールをちょっと」と当日の予程の調整を頼み、若い女性の心の機微はどうも分からんと苦笑しつつ零せば「私は若くないですからね」と笑みつつ駒井は言い、「いや別にそういう意味じゃ」と動じたらしく取りなすように肩に置いた手を項のほうに滑らせながら「変なこと言うなよ」と耳たぶを弄り、一方の腰に廻した手を尻からスカートの内へと滑り込ませるが「ここじゃダメ」とやんわりと断られて「そか」と言いつつしばらく股間を弄るのをやめず、「ダメだって」と再度言われて仕方なしに手を離すとその補填のつもりか駒井のほうから舌を絡めてくるが、その執拗さに慾情を掻き立てられたようで却って落ち着かず、その感触を味わうようにまだ湿りの残る手を鼻先に持っていって臭いを嗅ぐと「何してんの」と駒井にその手を叩かれる。叩かれたその手に駒井の手の跡が薄赤く浮き上がってくるのを不思議そうに眺めながら「分からないんだよ」と再度訊ねる八木に分からないのは日下のほうだと駒井は切り返し、昔から何考えているのか分からぬ人でその表面の卑近さとは裏腹に妙に近寄りがたかったが近頃とみにその傾向が強くなってまるで方向性が掴めぬと難じ、一時それを何か崇高さの表れのように思うことで処理していたが「それともなんか違うんですよ」とその魅力に翳りを感じたのはいつからなのかと思い返すと五十を過ぎて精力の衰えが顕著になったからというのではないし、中年の男の体臭への異常なほどの偏愛も変わらぬから格別臭い日下のペニスに駒井は慾情こそすれ厭悪することは少しもなく、剥き身のそれを出されるともう駄目で、場所をも弁えずしゃぶりつきたくなるのを抑えきれず、いつだったか用向きで出掛けた折八階にある相手先の事務所に行くのに乗り込んだエレベーターで二人きりになり、扉が閉まるなり「駒井君ほら」と言う声に振り返ると日下は下を向き、再度「ほらコレ」と指示するその目線を辿ると剥き身のペニスがズボンから撓垂れ出ていて、それ以前から関係はあったもののこのような場所においての経験はなく、日下にのみそれは限定されることではなくて全くの未経験だったからひどく動揺したが、眼前のペニスにはどうにも勝てず日下の前にしゃがみ込むと駒井は右手をその根本に軽く添え左手で日下の右腿を抱きかかえ、その態勢になった時点で昂揚して鼻先を近づけてその臭いを嗅げば半日パンツの中で蒸されていい具合に饐えた臭いを放つのに駒井は眼眩み、その先端を一嘗めすると数滴残る小便が口内に拡がるのが分かり、次いで雁首の辺りまで含むと舌先で先端部を刺戟しつつ唇でその軟らかな感触を愉しみ、さらには根本まで啣え込むと唇を窄める力に変化をつけながら首を前後に動かし捻りも加えて刺戟し続け、勃起すればあとはもう放出を待つばかりで時間との勝負だが途中エレベーターが止まってもそこでお終いと思うと気ばかり焦って常のようには巧く行かず、上眼に日下の反応を窺えば駒井のしゃぶるのを熱心に眺めていて、何か初めて眼にするとでもいうようなそれは眼差しで、口内にある臭いペニスと対照的なその熱心な眼差しに駒井は刺戟されてフェラチオに一段と熱が入り、日下の「四階だ」との呟きに折り返しを過ぎて残り四階と知るが、その「四階だ」に駒井は何か技巧を試されでもしているような気がして訝しげに上眼見ればその熱心な眼差しに変わりはなく、続く「五階」「六階」の声に考える余裕もなく技巧の限りを尽して攻め立て、八階に着くまでエレベーターは一度も停止することがなかったから無事射精にまで導いたが口廻りに残る臭いに日下のペニスが幻視され、却って情慾は刺戟されて以後自分から求めるようにさえなったのだった。日下のものに較べて眼眩むような刺激臭のない八木のペニスは駒井にはいくらか見劣りするがそれ自体の評価は決して悪くはなく、つまり日下が凄過ぎるので、それは今も変わらぬからその魅力の翳りの要因がだから日下にあるのか駒井自身にあるのか今ひとつハッキリせず、知恵美=メシア=天皇に指針を向けているというその一点のみハッキリしていると八木は言うが、その知恵美=メシア=天皇が抑も漠として捕えどころがないから困るので、それを明確に規定できぬあるいはしようとせぬことから総ての問題が生じていると言ってよく、符牒としてその記号性を重視するのも分からぬではないし「それで済んでるうちは」いいが、実際問題として信者らの求めるものと日下の理想との乖離は「結構あるんじゃ」ないかとそれが駒井の危惧するところで、知恵美派にしても端的にその批判の表れと言えなくはなく、メシアの出現で揺れているのは教団それ自体ではなく、いや当然それはあるとしてもそれより以上に揺れているのは日下自身なのではないかと駒井が言えば「それはあるかも」と八木は同意を示し、教団は今その転換を迫られているとの言にも同意して「でもそれ間違ったらエラいことだよ」と頷き、それだけにメシア=天皇には期待を掛けているのでそのメシア=天皇が不在では転換それ自体が不能となり、何としてでもセミナーに紀子を引っ張ってこなければならぬのだが、それについての明確な指示が日下からないのが何より気掛かりだと言う八木に「案外何も考えてなかったりして」と言えばそんなことはないと否定して「ちゃんと考えてるさ」と言ってはみたもののその思いを駒井と共有しているせいか説得力に欠け、「何をです? 分かるんですか八木さん?」と切り返されて「分らないけどさ」仮にも教祖なんだから考えていないはずなかろうと濁し、今までそれでやってきたしやってこられたのだからと逃げると「そんなもんですかね?」と駒井は言い、「そんなもんさ」と答えてとりあえずの終止符を打つと「それはそれとしてさひとつ訊いていいかな?」と前から気になっていたんだけどと言い、「はい何です?」との快活な答えに「オレとさ日下さん、どっちがいいの? 正直なとこ」と訊かれて駒井は返答に困り、日下には日下の八木には八木の好さがあるから「ちょっと較べられませんよ」とふたりのセックスを想像しながらはにかんだように笑い、尚も詰め寄ろうとするのを制してセミナーのスケジュール変更を「今日中にやらないと」と逃げる。

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