友方=Hの垂れ流し ホーム

目次 3へ 4 淡い光が半透明の輝きを増さしめる 5へ

戻る  

01 02 03 04 05 06

03

因果関係はないと思うものの否定するだけの根拠も見出せぬため「ボクの力、分かったでしょ?」と自慢げな知恵美に「うん」と紀子は小さく頷き、紀子のその頷きはしかし蟠りとなって胃の辺りに残留し、以前からの負債として蓄積している蟠りとともに強く意識に上り、仕事で使い込んでオーバーヒート気味の頭につけ込むようにそれはジワジワと紀子を責め立てて已まず、かつての知恵美のように自身少しずつ縮んでいくような気さえし、その後蛹と化して別な何かに生まれ変わるのならまだいいが、そのまま腐れ爛れて自滅する可能性もないとは言えないから他の信者らのように真っ直ぐに信憑できない自分にこそ何か決定的な不備があるのではと思わぬではなく、徳雄先生がしかし「ちょっと信じられないね」と不審を述べたことで少なくとも全くの孤立無援ではないといくらか安堵した紀子は飽くまでニュートラルな立場において現況を概観すべきとの基本姿勢を辛うじて保ち得ることができたものの、セミナーに出るたびそれがグラついて自己の立脚点を見失ってしまいがちなのは、その不穏さにおいて知恵美派の言動が少なからず紀子に影響を及ぼしているからで、俗世に塗れた玩具にしか過ぎない天皇は政治の具としては重宝かもしれぬが我々の教団にとっては不必要な存在でがらくた同然と知恵美派の首領と目される下水管工の沖は言い、今すぐにも廃位してもらって「代わりにボクが新たなそして真の天皇として立つってこと?」と知恵美が訊くと「察しがいいですね天子様」と言い、しかも象徴としてではなく人間としてでもなく、「現人神って言いたきゃ言ってもいいけど、ボクはそういうのあんまり好きじゃないからさ」と知恵美が甲高にカカと笑えば「まあその辺は何とでも」と沖は譲歩する。一転会議室内は静まり返って知恵美の次の言葉を待つように皆の視線が集中し、端的にそれは沖の発言を無化するような拒否の態度の表明されるのを待っているらしいのだが、それきり知恵美は黙ったままだし日下も八木も黙殺していて反論も何もなく、常と異なるその緊迫した雰囲気に敢えて意見を言う者もないためさらにも静まり返るが、その期を逃さず「だからさ」と砕けた物言いで沖は語を継ぎ、信者ら皆が「一丸となってだね、天皇を倒さにゃならんと思うわけだ」とその核心を明らかにすると一挙に動揺が高じるが、それを抑止せんとしてか「何もそこまでしなくても」と日下が異議を述べると信者らも同調するように沖の突出を難じだし、今度はそれが高じるのを危惧してか知恵美をメシアとして天皇として崇めることが何より我々の為すべきことで天皇制を粉砕することがその目的ではないと「穏やかにね」とその小商人風な笑みを皆に向け、その笑みに靡いて信者らが収束していくのを牽制するかに「それじゃ駄目なんだよ日下さん」と沖は屈せず、「それじゃ真のメシア様天子様を腐らせるだけです」と断言して決起の必要を説けば、空虚な中心よりも確固たる中心を望むことは至極当然のことで、放っておいても空虚な中心はその空虚さゆえにいずれ自己崩壊するに違いないし確固たる中心を前にしては尚更儚く消える他ないはずで、そうとすれば我々自ら手を汚す必要はないと日下は穏やかに反駁する。初めて宗教者らしい見解を述べる日下を紀子はいくらか見直すが、「お目出度すぎる」と沖にも笑われたように単なる日和見ととれなくもなく、強硬な知恵美派を信憑はできぬながらも無為無策としか思えない日下八木には懸念を感じざるを得ず、その日下八木にしかし追随するように今のままで知恵美は充分「メシア様で天子様」なのだからそれ以上何を望むことがあるのかと吉田が言い、下手な小細工などしなくても灼かな知恵美の霊験は遍く世界を覆い尽すに違いなく、いや、現に覆い尽しているのだから「私らにできることなぞありゃしません」と言えば、全くその通りだと日下は同意を示し、我々は我々彼らは彼らでやればいいということで強引に打ち切って知恵美への祈りに入ると八木に合図を送る。

促されて席を立つと「それでは皆さんお祈り願います」と八木は告げるが統一した祈りの言葉なり動作なり手順なりはなく、連帯とか連携とかを好ましく思っていない日下の意向なのか皆の総意なのか教団設立当初からのそれがやり方らしく、合図とともに各人が思い思いに自分の祈りを自分なりに祈り、それが済むと知恵美との個人面談に移るのだが、吉田の孫の件以来面談者の数はぐっと増して我先に群がるその勢いは狂気染みていると紀子はたじろぎ、子の病気親の病気原因不明の疾患行方不明に除霊から降霊までと信者らのあらゆる懇望に「ボクが請け合うよ」とあっさりと言ってのける知恵美には呆れる他なく、何でもかんでも聞き入れるのは使用人めいて崇高さに欠けるし何かしくじりが生じないとも限らず、いずれにしろ躓きのもとだと八木も日下も危惧しているが信者らの期待を裏切ることになるしその信頼をも失いかねぬと思えば面談それ自体を中止するわけにもいかず、死者の復活にはしかし八木から「御法度です」と待ったが掛かって叶えられることはないものの放っとけばそれさえ請け合いかねぬ気安さで、禁止事項その他ガイドラインの作成のため八木日下は日々協議を重ねているが、そのような協議など無意味だとでもいうように知恵美が一言「請け合った」と答えるだけで悉く問題は解決するし、解決しないまでも滞っていた流れが動きだして好転しないということはなく、到底信じられない紀子は「あり得ない、嘘に決まってる」といずれ訪れる破綻を怖れて不安になり、「破綻なんかしない」と自信たっぷりな知恵美が不可解だがその紀子の不安も知恵美の一言で解消してしまい、紀子には不安の解消がしかしさらにも不安を掻き立てるため辛うじて危機感を懐いていられるのだった。その甲高な物言いには威厳も何も感じられないし適当にあしらっているようにしか見えぬが、逆にそれが信者らに親しみを懐かせるし天皇に通じるものがあると吉田は言い、むしろその外貌が特異なだけ天皇などより遙かに近しく感じるしその天皇にはない淡い光は後光のようで見るものを歓喜させずにはおかないとさらにも言い、その華奢な身体から発せられる淡い光に眼眩み魅了されるということについては紀子も否定せぬし自身魅了されるのを自覚してもいて、ただそれが短絡的に信仰へと直結していないから信者らの飛躍にどこか違和を感じるが、飛躍それ自体は分らぬでもなく、非カリスマ的カリスマとでも言えばいいのか知恵美のそのカリスマの根源にあるのはしかし崇高さであって近しさではなく、同様非カリスマ的な日下とはだからまるで異なり、日下の根源にあるのは崇高ではなく親近性で、長年大手スーパーの営業顧問として培ったその巧みな話芸なり腰の低さなりに因るところが大きく、卑俗なだけに反発も強く出るが程良いブレーキになって全体としては巧いこと中和されるため微妙な拮抗を内に秘めつつも破綻することなく維持されているが、安定を欠いているためいつそのバランスが崩れて自壊するかとの不安が常につき纏い、その不安定を安定へと導くかの知恵美はだから中枢の一部を占めているというよりすでに中心として機能していて、その影響にしても教祖の日下の比ではないから教団と切り離すことは最早不可能に思え、残された軌道修正の道を日下や八木とはまた別に徳雄先生とセックスの前の会食の折紀子は検討し、八木にしろ日下にしろ「あれで結構小心だから」あの二人に関しては特に危険はないと紀子が言えば「確かに突拍子もないこと目論むような器じゃないな」と徳雄先生も頷き、何より知恵美の安全が第一と沖ら知恵美派への警戒さえ怠らねば支障ないだろうし仮に何か事が起きたとしてもその時すぐ対処すればということで一応の結論に達し、その旨知恵美に伝えると「よくよく心配性なんだね人間てのは」と甲高に笑うのだった。


驚かなかったわけではないものの大して驚きもしなかったのは何か予感めいたものがあったというのでは全然ないし驚いたということについても在り得ぬ存在に驚くというのとはいくらか異なり、不意の来客に驚き慌てるという程度における焦りにそれは近く、初っ端口にした「あれ模様替えしたの?」に端的に影響されてのことと「ずいぶん前だよ」と答えつつ紀子は思い、「そういやうちのほうばっかりでこっちには全然来てなかったもんね」というその生前に変らぬ声質口振りに接して総てが夢のごときもののように思えたし何もかもご破算になって振り出しに戻ったような気さえし、むしろそうであってくれればと紀子は思うが半透明ということが短絡の余地を排してそうではないことを証していて、途端に現実へと引き戻されるがそれを否定するためにか確証を得るためにかともすると背後の整理ダンスに焦点が合ってしまうしその貼板の木目に擬態するかにも見える捉えにくい体表面をじっと凝視すれば「何? なんかついてる?」と恵美の霊は半透明の顔を半透明の手で撫で摩り、「別に」と言いつつ尚も凝視すれば「やだ、何? そんな見ないでよ」と恥ずかしがり、視線から逃れようとしてか「知恵美は?」と訊く恵美に「あそこ」と恵美の背後の神棚を指差せば振り返り立ち上がりながら「知恵美」と恵美の霊は呼び掛ける。スケスケの半透明でも恵美ということに変わりはないということがその「知恵美」の一言で紀子には分かり、それを端緒に最初の違和も徐々にだが鎮まるし霊的存在ということもなかば忘れて雑話に興じるが、それでも僅かな違和が蟠っているのか常になく疲労を覚えるしセックスのあとだけに尚更グタリとなったのを察してか「もう帰るね」と恵美の霊が立ち上がり掛けるのを「帰るってどこに?」と押しとどめつつ訊けば「どこってうちに」と答え、「うちったってもう」と紀子は言ってその無自覚がしかし妙に恵美らしいと思いながらもそれ以上語を継げず、自分の手を見てみろと紀子に促されてマニキュアの具合でも確かめるように電灯に翳してその手を眺めてようやく事態を察したらしく、「えっ」と驚くふうだが顔はどこか半笑いにニヤけたまま膠着し、不意にしかし引き攣ったような声で「何?」と自問するように言い、「透けてる」との呟きが華細く続いて「何これ?」とこれは紀子に向けて半透明の両手を差し伸べて言い募る恵美の霊に「そりゃ幽霊なんだから透けてても別に」と言えば「幽霊って誰が?」と半ベソ掻いて必要以上にうろたえ動揺し震える涙声の半透明の恵美の霊にからかってるのかと一瞬紀子は思う。死者と成り果せようとしかしその本性は変らぬはずで、そうとすればこの動揺は嘘ではなく真実の動揺だと思い直してその死を告げるが、なかなか事態を解しない恵美の霊に紀子は幾度も幾度もくり返しその顛末を語りながら死者に当人の死の場面を報告することに妙な違和を感じ、またも総てが夢のごときもののように思えてくるし死んだのは自分のほうで恵美ではないのかもしれないなどとありもせぬ妄想の淵に墜ち込みそうにもなるが、「えっ、えっ、じゃあ死んでるの? 私死んでるの?」と引きつけでも起こしそうなほど動揺している恵美の霊を落ち着かせることに意識が向いていたことで辛うじて踏みとどまることができ、考えられる原因は知恵美の灼かな霊験だがこれを灼かと言えるかどうかは別としてもそれ以外の可能性は考えにくく、直接訊いたほうが早いと桐箱を神棚から卓上に下ろして「陛下がやったの?」と訊けば「だって寂しそうだったから」と答え、「だからって化けて出す? 普通」と呆れるが今更ご破算というわけにもいかず、というのも浮遊霊となった恵美をさらに消し去ることをそれは意味するからで、消え入りそうなという形容が比喩でなく実感される半透明の姿で「どうしようどうなってんのどうしたらいい?」と訴える恵美の霊のその現前している意識を再び虚無の淵へと葬り去ることなど紀子にはできなかった。本意ではないにしろ化けて出た霊的存在の不安に戦く姿はしかしどこか滑稽で、化けて出られた当の自分がそれを慰めているという現況はさらにも滑稽だと紀子はふと笑みを洩らし、「笑いごとじゃないよ」と恵美の霊に窘められて素直に謝りはするもののその滑稽さは拭いきれず、訊かれるまましかしその不在の間に起きたことを紀子はその死の直後から逐一報告するが、知恵美の蛹化から羽化の過程に話が及ぶとその身に起きた事態より以上に恵美の霊は驚き、その半透明の体を卓上に凭せ掛けるように前のめりになって「脱皮? 何脱皮って、脱皮したの知恵美?」と知恵美に訊けば「うん、一皮剥けて大人になったんだ」と戯けてカカと甲高に笑うのに「笑いごとじゃないよ」と恵美の霊は華細く言う。

01 02 03 04 05 06

戻る 上へ  

目次 3へ 4 淡い光が半透明の輝きを増さしめる 5へ


コピーライト