友方=Hの垂れ流し ホーム

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いずれその不在は明かさねばならないとしても「昇天したかどうかは」その確証が得られぬ限り告げることはできないとその矛盾に紀子がいくらか抵抗を示せば、信者らが離れてしまっては教団としても困るし「私らにも限界はありますから」と力無げに日下は言い、その悄然とした身振りとはしかし逆にお客様あってのこの商売とその営業理念でも聞かされているみたいで妙に紀子は苛立ちを覚え、メシアの死なりその昇天なりは最初っから予定されていたのではとの疑念がふと兆し、そうとすれば日下らの手で知恵美は抹殺されも同然で、いや、その可能性もなくはないと紀子は思い、守るべきものがそれぞれ異なるのは分かっているしそれが非難できる性質のものじゃないことくらい承知しているつもりだが自分だけが踏み躙られ蔑ろにされているように思えて仕方なく、傍から見れば卑屈で頑なな嫌なバカ女に映じているだろうとの認識はありながら抑え切れぬ苛立ちを露わにしてさらなる抵抗を試みんとぐっと身を乗りだそうと構えれば、一瞬早くそれを制する形で「分かりました、あとはこっちで」共議すると日下は告げてまだ疲れも癒えぬだろうから帰って休んでいてくれと紀子を急き立て、結果は追って知らせるとその背に向かって駒井が言うと追い打ち掛けるかに「自重してください」と八木が言う。

地下での爆破のためか綿密な計算なのか生存者はひとりもなく遺体の損傷が激しくて身元の確認も困難を窮めたらしいが、その死傷者の総てが神聖チエミ教信者ということが明らかになると一挙にマスコミが動いて妙に注目を集め、爆死者らの教団との確執もその天皇殺害計画もほどなく知れて宗教絡みだからか異常なほどの騒ぎになり、三件がほぼ同時刻に発生していることから単純事故説はすぐに否定されて事故としてではなく事件としてその爆発の原因が再検討され、何らかの計画の許に意図的に起こされたとの見解が優勢になり、脱会希望者の殺害を兼ねてオウム的な無差別テロの予行演習を行ったのではとの見解がクローズアップされると第二のオウムと噂され、教団にとってそれはひどいイメージダウンだし実際壊滅的なダメージを受けもし、その立て直しに奔走するが世間以上に信者らの動揺が激しく日下への不信は日々募り、元々が非カリスマの日下にそれを鎮めることなどできるはずもなく、その卑小さを露呈させて「私が何をしたって言うんだ」と嘆いて怯えたリスのように身を竦ませ、脇に控えてそれを駒井は眺めつつその精力の衰えを嘆く姿とダブらせるが、宥めようもなく見ぬ振りをしてやり過ごす。沖らの件で教団が刑事的に問われることはなかったからその潔白を紀子は認めざるを得ないが、その教義の根幹のフリーセックスについて暴露的な記事が週刊誌等に掲載されたこともあって危険なカルト教団と喧伝されると会場の確保が困難になり、大セミナーの開催ができなくなるとそれだけが財源というのでもないが教団運営は立ち行かなくなってしまい、それとともに脱会希望者も急増するが無理に引き止めようとすれば却って不審を強めるだろうからその減少を食い止める手もなく、その半数を割るに至って規模の縮小を余儀なくされ、知恵美=メシア=天皇抜きの「新装開店ってことで」リスタートすることになるが、その際まず問題になったのが名称についてでメシア=天皇の不在を認めてしまったからには『神聖チエミ教』の看板を掲げ続けることはやはり拙いと駒井が疑義を呈し、その帰還を待つことも主たる眼目ではないのだからこの際改称してはどうかと共議する。紀子にすればしかし知恵美抜きということ自体がすでに認めがたいのにその名称さえ失われてしまうとすれば知恵美の全否定に等しく、それだけは絶対に譲れないと強く反発するがイニシエーションの件以来抱えている不信感は拭えぬし、それ以前にそのような議題の提出されること自体に不信は増大するから議論に参加する意志は急速に失せて話を聞くのも億劫になり、あからさまに投げやりな態度は見せぬながらも好きにしてくれと内心思うに至るが、そのいくらか拒否的な態度はそれなり享受されているのか滞りなく話は進んで「今さら卵教もないですしね」その存在を全否定するわけでもないしそれに代わる代替案もすぐには提示できぬからしばらくは据え置きでいいのじゃないかという日下の一言で総ては決し、それを紀子は半透明の恵美の霊から告げられて「そう」と素っ気なく返す。とはいえメシア信仰からマリア信仰へのシフトが未だ不充分との認識は皆の一致するところだから日下にしろ八木にしろ駒井にしろ一様に不安を露わにはしていて、それでもこれが今為し得る最善の策と皆の意が一致すると総ては半透明の恵美の霊の双肩に掛かっているとでもいうかに「頼みますよマリア様」と頭を下げられて困惑したように「ええ、そんな」と半透明の恵美の霊は立ち竦むが紀子のようには拒否的ではなく、それなりに教団を束ねる気ではいるらしいがそれにつき合わされる紀子のほうは正直辟易していて、由雄らとの独自捜査に支障を来たすだろうことは眼に見えているから気乗りしないとそれとなく言いもするが「だってなんか悪いじゃん、バッくれたりしたらさ」と半透明の恵美の霊の言うのも尤もで、抑もメシアなりマリアなりのネタを持ち込んだのは紀子のほうからだし混ぜっ返すだけ混ぜっ返しといて収拾つかなくなったらサヨナラでは済まないとは紀子も思うから軌道に乗るまでは離れることもできぬと腹を括り、マスコミに曝されることを考慮してというよりは会場の確保ができなくて大々的なセレモニーなど開催しようもないから日下以下の面々が連れ立って小セミナーを巡業する形で粛々と新装開店は為され、それでも何やかや取り沙汰されてそのほとんどが批判的だし教祖日下の一大ハレムなどとその女性関係を事々しく論(あげつら)うかの記事もあって日下は頭を抱え、非難されるほど「阿漕な商売ってわけでも」ないのにと零すのを今はただ波が鎮まるのを待つ他ないと八木が宥め駒井が執り成し、そのいくらかコントめいた遣りとりを茫と紀子は眺めながら周到なのかそうでないのかもひとつ分からず、抜け目ないように見えながらこのようにも動揺して卑小さを露呈させる日下の掴みどころのなさに萎びたオヤジとの思いを強くするとともにそんなオヤジに知恵美を抹殺する腹黒さなどないようにも思え、そうとすればやはりまだ生きてあるかも知れぬとの僅かな期待を紀子は懐くのだった。

教団にすれば責任取るどころか大打撃を喰らわされたのだからひどい迷惑で、死ぬなら人知れず死んでくれりゃいいのに「えらいことしてくれる」と吐き棄てるように八木は言い、沖のその攻撃的な有り様はしかし外にではなく内に向けられたもので計画を断念せざるを得ない自身への怒りと紀子には思え、少なくとも何かに抗議しての死ではないとだから紀子は見做していて沖を擁護する気など全然ないが少なからぬ被害を被ったにしろその責めを総て沖に被せることはできぬだろうと臆せず反駁したのは八木のその言葉が妙に癇に障ったからで、腹の内を見透かされたというような切ない顔で八木は紀子を直視するがすぐまた逸らして「そら分かってますけど半分ですよ、半分」と信者数の激減を嘆き、教団をここまでにするのにいったいどれだけ元手と時間を掛けたと思っているのか、それを思うと愚痴りたくもなると八木は弁解がましく、それは紀子も分からぬではないが抑も「あなたがそんなふうだからみんな離れてくんじゃ」ないのかと自身の憂さを晴らそうとでもするかに責め立てると「そら分かってますけど」と項垂れてしまう。そのように八木をやり込めることがしかし紀子の本意ではないからその展開は虚しいだけで同様自身も項垂れてしまい、同じタイミングで吐息を洩らすふたりに「そんな辛気臭い話はもやめて下さい」と叱咤するのは駒井で、実際頼みにならぬ日下八木を駒井ひとりが支えるかにその主導権も駒井が掌握している感じで、日下も八木もその指示の許に動いているといった顛倒した状況を紀子はいくらか滑稽に思いつつ自身も駒井の指示で半透明の恵美の霊とともに奔走し、その駒井の精力的な働きでそれなりに立て直しは軌道に乗ったかに見えたが、知恵美=メシア=天皇の不在が周知の事実となるとその恩恵に与れなかった信者らの不満は徐々にだが確実に噴出しはじめ、その波紋は予想外に大きく拡がって教祖日下への不信は元より今や中心に据えられた恵美=マリア=皇太后に対する不信へと発展し、マリア熱はだから一時的なものに過ぎず、冷めてしまえばその狂熱の愚がより明瞭に浮き彫りされたような恰好で、地道な布教伝道の甲斐もなく一部熱心な信者より他は急速に離れていき、脱会者はさらにも増えて遂には四割を割ってしまい、その報告を受けて「参ったなこら」と日下は力無く笑う。

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