友方=Hの垂れ流し ホーム

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最後の最後で本音が出た「ってな感じだったぜありゃあ」と沖の最後の言葉をそう由雄は評し、紀子としてもその感じを分からぬではないがこれだけは皆の楽観ムードに牽引されることはなく、ニュース映像にあった半壊した家屋を思い浮かべるたびその死を確認したわけではないが道連れにされたに違いないとの絶望的な思いに陥り、それを気遣ってかメシア=天皇なのだからその爆発の炎など容易く掻い潜って生き延びると短絡したように半透明の恵美の霊が言い、マリア様がそう言うのだから間違いないと由雄が応じれば友梨もそれに賛同して悲観的にならぬようにとの配慮を示すが、如何にもそれは見え透いていて同意できぬからその瓦礫を浚えば再会が叶うとはとても思えず、というより却ってその死を決定的に証拠づけるもののように紀子には思え、もともと干涸らびたような体なのだからそれ以上干涸らび焼けることなどないと冗談めかして言うのにもだから全然笑えず、総ては無に帰してもう知恵美の帰還も望まれないと紀子は悲嘆に暮れ、拉された自身の不備に総ては端を発しているのだからその罪は計り知れぬと自ら追い込んでどうしようもなく閉塞してしまい、そこからの立ち直りの厳しいことを紀子は思い知るのだった。まだまだ挽回の余地はある「っていうかこっからが勝負所でしょ」とその最大の障壁たる沖ら知恵美派が一掃された「っていうか勝手にフェイドアウトしたんだけど」その障壁がなくなったのだから知恵美の帰還はなかば達成されたも同然だと言い張る半透明の恵美の霊に紀子はついていけないし、無批判にそれに賛同して意気込む皆の心意ももひとつ分からず、一体これから何ができるのか総ては終わってしまっているじゃないかと思いながらその憤りをぶちまけることもできず、鬱積した憤りは自然自身を責めることに消費されてその悪循環を知りつつそこから脱せられぬのを紀子はひとり苦しみ、催しもせぬのに「オシッコ」と逃げるようにトイレに立つが便座に腰掛ければ微量ながらも排尿に至るから不思議で、その所要にして一分だか二分だかの間にしかし自身の思惟を無理から束ねようとし、何より失速し掛っている自分のせいで皆の飛行を妨げることだけはすまいと自ら鼓舞しながらも巻き添えになるのを怖れていたのかもしれぬが何の抵抗もできず逃げてきた自身への怒りはどうにも消しがたく、そのときこそしかし知恵美=メシア=天皇の灼かな霊験の発揮されるときではないか、自らのためにではなく人々のためにこそそれは発現する性質のものだろうからと紀子は思いながら雀の姿焼きみたいになって瓦礫の底にひしゃ拉げ埋まっている知恵美の姿をふと想像し、さらには鼻先に突きつけられでもしたように香ばしく焼けた肉の匂いを嗅いだような気さえし、軽い吐き気に口元を押さえつつそれから眼を背けるかに顔俯ける。

メシア=天皇が手の内にあるなら自爆する理由はないと由雄の言うのも尤もで、そんな「いかれた野郎のこたあ」気にせずオレらはオレらで地道に捜索を続けていけば「絶対見つかるって」と半透明の恵美の霊にも励まされ、そのときは由雄友梨半透明の恵美の霊の連係に抗い得ず流されてしまったが、今こうしてひとりトイレに籠もって思惟すれば悉くそれらは虚妄に思えてくるし知恵美派の総倒れにターゲットを喪失したような状況だからどこからどう手をつけたらいいのかまるで見当もつかず、由雄らにしても同様それは苦慮するところらしいから具体策が見出せなくて煮詰まってしまうがそのことで失速することもなく却って揚力を得るようなのが紀子には不思議で、そのようには揚力を得られぬ自身を顧みて苛立ちを強くするとともに不毛な捜索に終わるのではとの危惧が擡げてきて、どうにかそれを抑えてもまた別なところから別の何かが擡げてきて切りがなく、それら滲出する不安に絶えずエネルギーを備給し続けている根源にあるものをこそ断ち切ろうと毎日毎夜紀子は祈り続けたのだが、いくら祈っても知恵美の許へは届かぬのらしく、それを何より紀子は悔やみ、いや、不適格者の祈りなど元より届くはずもないと悲観的に自身を貶めてその思惟を束ねるどころかさらに一層嵩張らせて悄然とトイレを出ると、甘いヴァニラの香りに満ちたリヴィングに紀子は戻る。皿に盛られた幾種類ものフール・セックを物色でもするかに延子を除く四者は首つき合わせて協議を続けているが、その輪の中に紀子は妙に入りづらく、何か初めて訪れたときのような気後れを感じつつそっと席に着くと困惑したような視線を延子と交わし、何かこの座を根底から支えるかにその中心に位置して甘いヴァニラの香りを放つフール・セックの中から星をかたど象ったサブレをひとつ摘むと一口で頬張り、右の奥歯で噛み砕くと一転ヴァニラとは異なる香りが口内に拡がり、それに気づいたのかして「シナモン?」と呟く半透明の恵美の霊に紀子は小さく頷き、サブレとその名の示す通り口の中でホロホロと砂のように崩れるそれを紀子は味わいながら崩れゆくこのサブレのように知恵美も炭化してしまったのだろうかとまだ最前の不安から抜けだせず、実際この停滞した状況が不安を呼ぶとすれば捜索の続行に性急な由雄の焦りも分からないではなく、そのことに自足してしまったら敗北だろうが捜し続けていればその限りにおいては少なくともその可能性のうちに知恵美は生きているとそう紀子は思う。まだ口内に強く香るシナモン風味のサブレがその端緒を開いてくれたように錯覚しながらさらなる活路を求めてもひとつ星形のサブレを口に入れ、ゆっくり噛み締めながら実際的な思惟を開こうとしていたときに携帯の籠もった着信音が響き、バッグから取りだしたそれを耳に当てればなかば予期したとおり声は駒井のもので、常とは異なるいくらか上擦ったトーンに紀子は緊張を強いられるが「ニュース見ました? その件でちょっとお話が」と呼びだしを喰らって今さら話もないだろう、そっちはそっちで巧いことやればいいとこのままバッくれようかとも思ったが、端的に由雄らとのギャップがそう容易に縮まるとも思えぬから共議に巧く加われないだろうことが予想され、気乗りせぬ二択だが「なんか、駒井さんが来てくれって」と中座する旨告げると「ええマリア様いっちゃうの」と端的にマリア=皇太后の抜けることに由雄は落胆するが「でも教団にしたら一大事だからな」と細かいとこは自分らで詰めておくからと紀子を送りだし、当然のようにあとに従おうとする田尻を制して億劫ながらも半透明の恵美の霊とともにひとり紀子は電車を乗り継いで本部事務所へ赴いた。

遅れて相手を苛立たせようとかそんな腹はしかし紀子には全然なく、ただ何となくそれだけの時間を掛けて行くことが必要なような気がしたという自身の感覚に従ったまでで、その間何を考えていたのかそれさえ曖昧だが二歩前を行く半透明の恵美の霊の風に靡かぬセミロングの髪を幾度となく注視したのは鮮明に記憶していて、そのようにどうでもいい記憶ばかりが前景化するなか目指す場所に近づくにつれて常のものながら周辺の静けさが妙に気に掛かり、空虚というのでもないが何か景それ自体が自分からとおざか遠離っていくような錯覚に捉えられ、それに輪を掛けるかに拒否的な佇まいの本部事務所にいくらか怖じけつつ扉を潜れば日下八木ともに待ち構えているからひどく驚き、表面しかし平静を装いながら紀子はソファに浅く掛け、イニシエーションを完遂して晴れて知恵美を返してくれるのかとの淡い期待を懐きつつ睨めるように駒井八木日下と順に見つめる。それに気圧されてというのでもなかろうが卑屈な笑みとともに「どうも」と発するその腰の低さは常に変わらず、どこかしかし底知れぬ感じが垢染みたワイシャツの襟刳りなり袖口なりから滲み出てもいるようで、五〇過ぎの萎びたオヤジにすぎないじゃないかと紀子はそれを退けようとしながら「知ってたんですか?」と訊かれて怯み、次いでそのあとを受けて「沖のことです、知ってたんでしょ?」と重ねて八木に訊かれて大方調べもついているだろうから嘘を言ってもややこしくするだけと報告する義務はなかったと思うし本気で実行するとも思っていなかったと答えるが、教団の存否に関わることなのだから義務はないにしろそうすべきだったのではないか「あなたはもう部外者じゃないんだから」いつまでもお客さん的な軽弾みな判断をされては困ると粘着的に譴責の姿勢を崩さぬ八木を紀子は疎ましく思う。常なら一歩も譲らず食って掛かるところを抵抗するでもなく項垂れているその無気力を見兼ねてか「そんなの誰が真に受けますか」と半透明の恵美の霊が横から掩護してくれたからそれ以上の追及は免れたものの改めてその詳細の報告を求められれば黙秘するわけにもいかず、その潜入の経緯なり穴蔵での遣りとりなりは自身幾度も反芻したから滞りなく紀子は語り聞かせることができ、決して翻意などなかったという沖の言説を駒井は八木は日下はどう判断するのかとそれはしかし気に掛かるから最後にそれとなく問うてみれば、難しそうな顔をして「あいつがね、そう言ったんならそれはウソじゃないだろうし」自爆の事実から推しても信じていいのではないかとのことで、そうとすれば知恵美の生存の可能性もまだあると捜索の再開を願い出れば「可能性はそらあるかも」しれぬと確かに日下は認めるが「一遍打ち切ったものを」再開するのは難しいと渋い顔で、完全に知恵美を見限ったことをそれは意味していて今こそメシアの不在をその昇天を明かすときなのではと進言する八木に同意を示すかに頷きを返したのでもそれは明らかだ。

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