友方=Hの垂れ流し ホーム

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端的にその身振りが怪しいし適当言って却ってその虚偽を露呈させたと確信するかに「会わせてよ、今すぐ」と紀子は性急に乞い、イニシエーションか何か知らぬが総てが終わったというのなら晴れて会うこともできるはずと「いるんでしょ? 知恵美」と丸椅子を蹴倒し兼ねぬ勢いで立ち掛けるのを困惑したように沖は制して「寝てるとこ起こすとね」凄い不機嫌だし一日引き摺るからと嘘丸出しというかの言い訳を言うが、当たっているだけにそれを言われると紀子も弱く、失速したようにグラつく丸椅子に腰を下ろすとそれ以上迫ることもできないが、まだ問うことはあるからそれが済んでからでもと首を巡らして「みんな、知ってたんですか? このこと」と訊けば、チラと合わせた眼をすぐまた逸らして「まあね」といくらか済まなそうに由雄は頭を掻き、何もない卓の一点を注視しながら「でもほら、決まりだからさ、反対するってわけにも」いかぬと弁解し、序(つい)でというわけでもないがと由雄は拝むように手を合わせると「田尻君と友梨ちゃんもね、実はこのこと知らないから」内密にするよう乞われて紀子は訝るが、つまりはふたりのイニシエーションも兼ねているということらしく、ふたりにはふたりに見合った形でそれぞれその終局が用意してあるから今はまだ明かされては困るのだと言われ、何か質の悪いドッキリの仕掛人にでもされるみたいで端的にその諾否に紀子は迷うのだった。というよりいまだ衝撃の内にあったからその整理のつかぬうちは他のことは考えられそうにもなく、殊に十年来の知己とでもいうかに含みのある笑みを交わす沖と由雄とのその不自然極まる振る舞いが紀子にこの真っ暗い穴蔵での孤立無援をより一層感じさせ、一向に戻らぬ半透明の恵美の霊への危惧とも相俟ってさらにもそれは紀子を悩ませるが、相手のペースに嵌ることを怖れて「ちょっちょっと待ってください」少し考えさせてくれと紀子は額に手を当てここに至るまでの経緯を遡行するかに辿り返せば、この捜索に由雄が異常なほど強気だったことがまず思い出され、次いでこの沖宅をその第一候補に推したのも由雄だったことを思い出してその言動なり行動なりが全体沖の言葉を裏づけるようなものばかりなのに思い至り、つまりは自分をここに誘い出すのが目的だったのかと朧げながらそのシナリオが見えたように思い、さしたる障碍もなくスイスイ事が運んでここまで来てしまったことを思えば否定し得ぬほどそれは確実なようにも思え、全面的に諒解したわけではないがそうとすればどこからシナリオだったのかそれが知りたいと端的に問えば「ほらあの大のとき、オレがさ、日下さんと」悶着起したあの大セミナーがそのはじまりだと明かされ、容易にはしかし頷けなくて「だって知恵美派は? あんな大掛かりな」捜索までしていたあれも総て芝居だというのかと問えば、何を思い出したのか片頬を沖は綻(ほころ)ばせて「ああ、それね」と苦笑しつつ「それも全部ウソ」で自分ひとり日下に楯突いてもリアリティーないということからそれなりの人数いるだろうってことで尤もらしい噂を流したのだと言う。そんなこと普通するかと紀子は思い、とても信じられないし馬鹿げてるし正気じゃないと首を振ってカルトのこれが実態なのかとその異常性を目の当たりにしたかに身震いし、洞内の冷気によるものでは決してないその身震いを沖はどこか満足げに眺めてそれに同意するかに小刻みに頷きながら「まあ確かにね、普通とは言えないかもしれないけど」それがこの教団の、というよりは「日下さんのね、昔っからのやり方なんだよな」と否定的とも肯定的ともとれる曖昧な物言いで言い、今度のそれはしかしかなり大掛かりということもあって異論もなくはなかったし駒井も当初は否定的だったらしいが「日下さんがね、やるなら徹底してやんなきゃ」面白くないし半端なことをして露見したら元も子もないではないかと教祖の命令というのでは決してないが「そうまで言われちゃね、こっちとしても」従わざるを得なかったと沖は言い、元々皆イベント好きというかお祭り好きな連中だから一旦やるとなったら「こうだから」と沖はこめかみ辺りにあてが宛った両の手を突きだすような身振りをして遮眼帯を模し、行きすぎたところもだから少なからずあったかもしれぬが「イニシエーションてことで」大目に見てくれとそう沖は言って軽く頭を下げる。今さら詫びられてもといくらか憮然とした面持ちで紀子は沖を見つめ返すと「それじゃ全部駒井さんが?」書いたのかと訊き、「ま、大体はね」細かいところは随時皆でアイデアを出し合って詰めていって最終的にシナリオに纏めあげたのが駒井なのだということで、同意を求めるかに「そうだよなヨっちゃん」と振ると「ん、ああ、そゆことだ」と由雄は頷き、問いに対する答えの理路はそれなり整ったものだがもひとつ紀子には腑に落ちず、こうなれば疑義は総て糺さねば済まぬというかに「じゃ天皇殺すってのは?」と問えば「とんでもない、天皇殺すだなんて」誰がそんな大それたことするかよと沖は大仰に首振って否定し、役と役者を混同しないでくれというかに総ては駒井のシナリオに則った行動なのだと再説して「イニシエーションなんだよ、分かる? イニシエーション」と幾度もくり返し、日下のテレビ好きにそれは起因するらしいが「たまたまうちのは大掛かりなだけで」どこの宗教にだってある入信に不可欠のそれは通過儀礼なのだということを説いて紀子を納得させようとする。とはいえ打ち消しがたく刻み込まれた記憶を再編することは容易じゃないからそれら説明の悉くを紀子はほとんど受け容れられなくて「も全然分かんないよ」と変な力が入ったからか椅子が傾いで転げそうになり、卓の端っこを掴んで体勢を整えるとまだ疑義が残っていたというかにデコボコした床を爪先で探りながら「この穴はじゃ何?」そのイニシエーションとかいうもののためにわざわざ拵(こしら)えたのかと紀子が訊くと「まさか、ずっと前からあったもんで詳しいことは知らないけど防空壕らしんだ。オレがね、だから掘ったんじゃない」と沖は言い、透かさず横合いから「違うだろ」と由雄の突っ込みが入ると「あはは」と照れたように笑いながら実はここはあの大をやった施設の控室で特別に許可をもらってセットを組んだのだと沖は言い、感心したように「こういうことには日下さん、金惜しまないよな」とそのセットの出来栄えを眺め廻しながら次いでのように「テレビじゃないからCCDだっけ? そういうのは置いてないけど」一応マイクは設置してあるからこの模様は別室で皆聞いていると明かされてさらにも紀子は驚き、再度椅子から転げそうになるのを由雄に支えられて「どした?」具合悪いのかと訊かれて紀子は「ちょっと眩暈(めまい)が」しただけと持ち直すと沖に向き直り、換気が不充分なんじゃないのかと譴責するかに由雄が見据えると「そんなことないと」思うがと気弱げに沖は答えて眼を逸らす。

ほんの数秒の長い沈黙がそこから脱することをはば阻むかに等しく皆に伸し掛かっていたから卓に片肘突いていくらか項垂れたようなその身振りと困惑したような笑みにどことなく作為を感じながらもその言葉に紀子は耳傾け、卓の一点を注視して一語一語ゆっくりと発する沖を見据えれば敬虔とは言えないかもしれないがと留保的ながら「私だってね、これでも一応信者ですから」メシア=天皇が真のメシア=天皇たらんと願うのみで日下にひどいことを言ったりもしたが行き掛かり上已むを得なかったと済まなそうに沖は言うと「捨て石でもだから構わないんです」真の救済のためならと尤もらしいことを言い、とはいえメシアを喪失してひどい失速状態に陥って立て直しは最早不可能だからとつむじ旋毛が見えるほどにも項垂れ、その落胆ぶりは傍目にも痛々しいが憑かれたような眼つきに紀子は矮小化した自我の軋みのようなものを感じたようにも思い、こっちまでおかしくなりそうな気がして眼を逸らすと「だからね」と掠れ声で沖は言い、ゆっくりと紀子が視線を向けると急に生真面目な顔つきになって「責任はとります」と静かに言い、沖のその面持ちで大体の察しはつくが「責任って?」と訊かずにいられず、分かってるくせにというように沖は見つめ返して「無駄に置いとくのも何ですしね、この際」総て処分するつもりだと言い、解体処分ではなく爆破処分をそれは意味するに違いないと確定的にその幕切れを諒解した紀子はそうまで沖が決しているからにはやはりここにはいないのかと思い、えらいときに来てしまった最悪だと次いでその巻き添えを怖れて怯む紀子の横合いから「何だよ処分て?」とまるで気づいていないらしく、そんなの分かりきってるじゃないか刺戟するようなことを言うなととどめるのを宥めるかに沖は由雄に向き直り、「いやね、せっかく用意したんだから使わなきゃ損じゃないですか」と邪気のない笑みを浮かべて沖はゴキと背骨を鳴らす。

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