友方=Hの垂れ流し ホーム

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知恵美の不在にというより拉されたということに皆驚いてその姿を拝することはもうできぬのかそしてその灼かな霊験に与ることもできないのかとひどく落胆し、必死の捜索も虚しく手掛かりは何ひとつないしここまで「言っていいかどうか」とためらいながらもつい数日前のことだがその捜索も打ち切りになってしまったと紀子は明かし、それを聞くと事態を諒解できぬほどにも混乱を来したかしてさらにも項垂れて言葉なく、異常に長い咀嚼ののちそれでも苦しげに嚥下したというように項垂れていた頭を延子は擡げると、このような事態に一体私らはどうすればいいのかと訊かれてその悲痛な訴えに怯んでということもあるが紀子にしても日下の真意は分からぬから答えようもなく、何らかそれに期待してというのでもなかろうが食い入るように見つめて答えを待つ延子に紀子は応じきれず、咄嗟に繕うように「ですからマリア様がですね、こうして」皆の元へと出向いてきているのだと代わって田尻が答えれば、急に不審げな素振りで辺りを見廻しながら「マリア様ねえ」と由雄が呟き、探るような視線を辺りにくれつつ「ホントにいんのかよマリア様は」と誰にともなく言えば「ここにいるってばもう」と怒ったように半透明の恵美の霊は言い、僅かにそれに反応を示してその声ほうにチラと視線を向けるが視認には至らぬらしく「騙されてんじゃねえのかオレら」と苛立ったように言うのをそれは誤解だと半身擡げて紀子は言い、騙してなどいないし現に恵美=マリア=皇太后はここにいると示すその場所を眇めるように見据えながら「ココったって見えねんだから」いるんだかいないんだかこっちには分からないと由雄は言う。見えぬ自分に苛立ったような嘆きとも呟きとも言えぬその口振りに「いるって、見たよ私、一瞬だけど」と友梨が言い、「ホントかよ」と疑わしげにしかしいくらか期待も込めつつ訊く由雄に「ホントだって」とその詳細を告げると信じられぬと腕組み考え込むが「ま友梨ちゃんがそう言うんなら」嘘じゃないかもしれないがといくらか譲歩したように言い、その言いようがしかし癇に障ったのか「かもしれないじゃなくてホントなんだから、ホントに見たんだから」と怒ったように友梨は由雄に突っ掛かり、それでも尚「一瞬じゃあな、錯覚かもしんないし」催眠ということもないとは言えぬと一旦疑って掛かると総てが嘘臭く思えるというかに由雄は首を傾げ、端的にラディカルな信者のそれは典型で教団でも大勢を占める見解なのだろうが、抑も信者が「そんなんだからさ、メシアもいなくなっちゃうんだよ」といくらか強引な論旨で友梨が反駁すると、それには承服できぬらしく「そら関係ねだろ」と一蹴しつつ聞けばメシアは沖に拐かされたってことだから断罪するなら「オレじゃなくて沖」ではないかと交わすが、「関係なくないよ」結果として沖が拐かすという形になったが自分も含めてだが奇蹟をばかり求める信者の貪欲に、というかメシアを査定でもするかのその不遜さに呆れて見限ったというのがその真相ではないか「違う?」と友梨は言い放つ。その強気な発言にいくらか怯みながらも「けどなあ、世の中実績だぜ、実績見せてくんなきゃ」相手にされないよメシアだろうが何だろうがと小声に由雄が言えば、全然分かっていないと首振りつつ「違うよ、ソレって逆じゃないの?」まずこっちが信じなきゃ奇蹟も起きぬし救済もあり得ないと友梨は言い、奇蹟に与れないとか見限られたとか言ってるうちはだからメシアの帰還もないだろうとその現実を厳しく受けとめ、自分などより遙かに真面目に信仰と向き合っているのらしい友梨にいくらか由雄は感心しつつもこう詰られては敵わないから自分に向けられた敵意を回避せんと「分かった分かった」疑って悪かったと詫びるが気持ちに収りつかないのか「も信じらんない」と執念く友梨は言い続け、困じた挙げ句逃げ道を見つけたというように鬱いでいる延子に由雄は向き直ると「だいたいお前が奇蹟奇蹟って騒いだりして」そういう上っ面だけの信心がこのような事態を誘発せしめた元凶じゃないのかと当たれば「あんただってアホ面してメシア様メシア様とか言ってたじゃない」とそれまで抑えていたものを一挙に噴出させるかの勢いでやり返す。

徐々に加熱していくその口論を仲裁することもできずに毛布に包まって茫然と眺めながらやはり秘しておくべきだったかと紀子は後悔し、信者全体にこれをそのまま敷衍することはできぬかもしれないがその反応はさして変わらないだろうとは予想でき、そうとすればその混乱を危惧した教団の選択はそれなりに誤りではないということだがそうかといってその選択も含めて今後の教団の進み行きにまで納得したわけでは全然なく、紀子としてそれは視野の外で日下らとはその方向性を一八〇度異にしているとの思いを新たにし、翻って自身の進むべき、いやすでに半歩くらい踏みだしている方向に今気づいたというように思いを馳せ、さらにはそれが先の見えぬ孤独な道のりということをも覚悟も何もないまま事後的に受け容れる形で諒解し、眼前の口論なりその延長なりを思えばしかしそれを放置して決定的に袂を分かつことはためらわれ、決断できぬ自身への怒りが兆すとともに一向鎮まらぬ騒ぎをどう取り鎮めたものか紀子は思案に暮れるが内輪で揉めても仕方ないと田尻の仲裁が入ったから助かり、それで何とか鎮まるもののその衝撃から立ち直ることは容易ではないらしく皆自失したように言葉なく項垂れてしまい、その間隙を埋めるようにして田尻は知恵美拉致についての詳細を慎重に言葉を選びながら説明しはじめ、その実行犯が吉岡と聞いて自分が誘った手前ひどく落ち込んだらしく「田尻さんどうしよう」何か罪に問われるようなことはないだろうかと不安げな眼差しを友梨は向け、いくらなんでも「それはないと思う」と田尻は答えて「そこまで日下さんも悪辣じゃない」と紀子もそれを保証したからいくらか安堵したもののついさっきまで騒いでいた自身の由雄の延子の狂態を思えば不安は残り、信仰に篤ければ篤いだけそれが覆されたときの怒りは激しいだろうと再下降に転じてしまうのを友梨は押しとどめ得ず、どうそれを慰めればいいのか分からぬながら「それに今後教団はメシアを頼みとしないってことらしいから」今のうち気持ちの整理をつけておけばそのときになって慌てずに済むと紀子は言う。充電は済んだとでもいうかに即座にそれに反応して「メシアが頼みにならんたあどういう」ことかと由雄が問い、天皇を殺害せんと狙う過激な輩に荷担して自分らを見限るメシアなど「こっちから願い下げだってことじゃないですか」と偽りのない本心を紀子が明かせば、漏電が激しいのか見る間に勢いをなくして信じられぬというように「日下さん、ホントにそんなこと」言ったのかと念を押し、田尻ともども頷き示して「ええ言いました」とその事実を告げるとそれが相当なダメージだったらしくソファに深く沈み込んで呆けたように由雄は小声に何か呟きだし、また余計なことを言ったと焦って「でもほらだからマリア様が」と取り繕うが虚しく響くだけで全然届かず、その事態に最も落胆しているのはしかし紀子でも田尻でもなく半透明の恵美の霊で、今までの盛況が知恵美の後ろ盾に多くを負っていてそれなしにはあり得なかったということに改めて気づいたというように「私って何?」と呟くのを紀子は聞き、その半端な存在に苛立ったように「何がマリアだよ」と吐き棄てるのを田尻は聞きもし、その半透明の恵美の霊の苦しみに等しく打ち拉がれて虚脱した由雄を掬いあげることもできない。

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