単独捜索にもしかし限界があると半透明の恵美の霊の言うのも尤もで、田尻の助力があるとしてもふたりきりではやはりどうにもならず、さらなる助力者の必要を紀子は感じているもののどこから手をつけたらいいのか分からず、思い切って解散した捜索隊に当たるという手もなくはないが功次との間にまだいくらか蟠りがあるから話が拗(こじ)れそうで、最も信頼できるのはやはり徳雄先生なのだとついそこに縋りたくなるのをぐっと怺えて抑えつけ、とはいえ他に心当たりもないし田尻だけでは心許ないし実際的にも機動力の点で不可能に思えたから何か総てが虚しく消え去っていくかに思えて非常な無力感に襲われもし、これから消化せねばならぬスケジュールを思うとそれを無意味とは思わぬながら虚しさは倍加するしひどく憔悴して項垂れてしまうが、田尻は余計な慰めを掛けることもないし変に明るく振る舞ったりもせず、半透明の恵美の霊と話すことはしかし控えて黙したまま常より以上に慎重な運転だがそれが却って紀子には気重で、処理せねばならない問題は山とあるのに思考がそれに追いつかず、というより思考すること自体が虚しいのだった。虚ろに打ち沈んでいるようでしかし内心ひどく動転していたことも確かで、総ては決せられてしまっていてもう何をしても手遅れなのかもしれぬと最悪の事態を想像してしまったから、せめてこれから向かう小セミナーにまでは持ち込まぬようにとの配慮もあるがその鬱屈をいくらかでも散じようと紀子は五センチほど窓を開けて風を入れ、思った以上にそれは冷たかったから熱がぶり返すのを怖れたが閉めることはできず、冷たい風に嬲られながら少しずつモードをシフトさせていくらか持ち直したようなのは初っ端訪れたのが津田宅だったからで、そう田尻から告げられるとほんの少しだがほっとしたのを気の緩みは致命傷と自身に紀子はきつく命じ、その気負いを察してか小セミナーの進み行きについての車中での打ち合せの折、ポイントだけ押さえてくれればあとは「オレとマリア様で巧いことやりますから」無理はしないでくれと田尻は言い、次いで「そうそ、マリアの底力見せたげるから」と半透明の恵美の霊も言い、駄目そうだったらすぐ言ってくれとも田尻は言って万全のサポート体勢で臨む旨明言しもしたから随分気は楽になって素直に従うかに軽く紀子は頷き返すとそれまでの鬱屈を振り払うかに先頭切って歩きだすが、三歩も進まぬうちに腕を取られてグイと引き寄せると「そんな急がなくたって」とその妙な気負いを訝るかに田尻は言い、そう最初っから飛ばしてたらあとが辛いと窘める。その骨張った手に強く握られて関節技を決められでもしたかに痛い痛いと訴えられて「すいませんつい」と気弱げに田尻は詫びると手を離すが、引っ込めたその手のやり場に困じたように腹の辺りで摺り合わせながら何か考え込むふうで、自身の霊的能力の表れか知らぬがここ幾日かの紀子の言動なり行動なりに何か異様なものを感じていて具体的に何がどうとは説明できぬところがその霊的能力の限界かもしれないが、終始上の空で話し掛けてもワンテンポだから返答が遅れるし小セミナーにも身が入らぬようだし、その伝道の成果とは裏腹に何か破滅なり終局なりを見据えている感があり、そうと知りつつしかしそれへと向かっていくかの殺気だったどこか悲愴な決意みたいなものを田尻は感じ、根拠といってその霊的感というより他まるで根拠などないのだが、自ら望んでというのでもなかろうがそうとすれば放ってはおけないしそうでなくても何らか引き止め策を講じねばならず、それこそ自分の役目と田尻は思いながらとにかく今は無理しないで「オレに従って下さい」と強く言われて今は何をしても裏目に出ると諦めたように紀子は頷き返してゆっくりと歩く田尻のあとに従って津田宅へと来たのだった。挨拶交わす傍から顔色が悪いと指摘されて「熱でもあるんじゃない?」ときたから覿面(てきめん)で、上せたように脱力して田尻の支えで何とか立っているという状態なのを見てとると「ああやっぱり」と延子は奥へ駆け込んでいき、ほどなく戻ってくると熱を計れと体温計を差しだすが薬が効いているから七度を越えず、薬を飲んでいると聞いていくらか安心したらしいが「薬で抑えてるからって無理しちゃダメですって、少しでも休まなきゃ」と脇の長椅子を示す延子に「でもほら説教もしなくちゃいけないし」いろいろと段取りもあるしするから休んでなどいられぬと婉曲に断わるが「私たちはほらもう充分開眼したし」そんなして説教されてもだから「ちっとも有り難くないわよ」と延子は言い、無理しないで休んだほうがいいとの言葉に負け、というよりは如何にも心地好さそうな長椅子の魅力に負けてフラフラと誘われるまま紀子は腰掛けてしまうが、ためらい勝ちに田尻に視線を向ければ「全然だいじょぶです」とOKをもらって毛布まで掛けてもらい、肘掛けにクッションを宛(あてが)ってそこにゆっくりと頭を沈めていくとそのままどこまでも沈み込んでいきそうなほどそれは柔らかく、実際それは心地好くてここへ来る移動中もなかば眠っていたのにも拘らず薬のせいもあるがすぐ眠り込んでしまう。
どれだけの時間が経過したか分からぬが紀子の感覚では眠りに落ちてすぐという気がし、実際二〇分かそこらだったらしいが耳傍で「紀子さん紀子さん」と呼ぶ声に眼を醒ませば訝しげな津田夫妻と友梨と心配げな半透明の恵美の霊と困惑げな田尻に四方から覗き込まれていて、粗相でもしたのかこの年にもなって恥ずかしいと瞬間焦るがそうではなく、順繰りに皆の顔を注視する紀子にしかし誰も何も言わぬから何があったのかと誰にともなく紀子が訊けば、目配せののち皆を代表するというように「知恵美どこ? 帰ってきて」とか「返して、知恵美返して」とか幾度も幾度も熱に魘されて叫んでいたと延子に言われて絶句し、そういえば知恵美と隠れんぼをしていてどこ探してもいないので必死扱いて呼び歩いているという光景を夢に見たような気がしないでもなく、改めてその不在が自身を揺さ振り続けていることに紀子は気づいて予想以上にそのダメージの根深く甚大なことに驚きもし、「やだな夢ですよ夢」と咄嗟に繕うがそれが却って内心の動揺を露呈させたようでしくじったと紀子は思い、さらに語を重ねることをだからためらって気拙い空気に傾斜しつつあるなか回避することもできずに黙してしまうが、夢にしたって「聞き捨てなんねえよこりゃあ」と間延びした声で由雄が言うのを耳にしてまだ胡麻化せる余地はあるかと紀子は思案するが「最近メシアにゃお目に掛かんねえしな」何かあるに違いない「たあ薄々感じてたけど」メシアがいないとあっては捨て置けぬし隠しごとは「よくねえよ」と実際それが事実なのかどうなのか執念く問い詰められては言わぬわけにもいかず、どうしかし説明すればいいのか困じて「いや、あの」と口籠って助力を乞うかに田尻を見ればその判断は自分にはできぬし仮に教団の意に反して総てを曝けてしまおうとそれに異を唱えるつもりもなく自分はそれに従うのみと田尻は思い、ただそれによって起きるだろう混乱なり騒動なりを思うとしかしいくらか気後れしてしまうのが情けなく、それ以上に何ひとつ言葉も掛けられぬ自分に紀子は呆れているだろうと思いながら同様困惑したように見つめ返すのみで、次いで流したそれに答えて「ウソはいつかバレるから」と半透明の恵美の霊は言い、確かにあとで露見することを思えば嘘は言えないとその一言に背押される形で紀子は総てを打ち明ける。