とはいえその軌道の著しく狂いだしたのはメシア=天皇を拉されてからで、今のところ僅かに余命を保ち得てはいるもののその残光に縋っているにすぎないからいつ崩壊しさっても不思議ではなく、それを思うと気が気じゃないが気ばかり焦って打つ手を何も見出せぬから駒井八木の奔走に期待を掛けながらも今さら足掻いてもどうにもならず堕ちるとこまで堕ちるよりないと日下は悲観し、この先ずっと下り坂でこれからは失っていく日々なのだとそう日下は思い、それに抗するだけの気概は最早ないから端的にその事実を認める他なく、すでに稀釈したような精液にそれは現れているし教義の実践すらままならぬその精力の減衰に教祖としての立場さえ喪失するとまでは思わぬながらそれなり影響は出てくるはずで、堕ちるとこまで堕ちたそのあとに何らか上昇の機運が訪れるとしても一遍は堕ちる他ないとすればその落としどころを考えておかねばならず、そうと腹を決めてはいるもののそれを無化しようとするかの駒井の気遣いなりその再編に向けての尽力なりが日下には却って胃痛のように響き、これなら種なしと蔑まれたほうが余っぽどいいとさえ思いつつその八木との旺盛なセックスを想像して嫉妬するというのではないが気は滅入り、三者での同衾はついぞなかったが一時期競うようにその技巧を凌ぎ合ったのを思い出し、笑いに紛らせながらもそれを的確に批評する駒井のその巧みな舌技は日下の教練か八木のそれか判然としないがその凌ぎ合いの思わぬ副産物には違いなく、以来より一層その繋がりは緊密なものになってそれをしも三角関係といえるかどうか疑問だが愛じゃないことは確かで、といって快楽のみかというとそうでもなく、その微妙な緊張関係があったからこそこれまで巧いこといっていたのかもしれず、そうとすればやはり自身の精力減衰はその微妙なバランスを崩壊せしめる端緒となるはずで、いやその結果教団の危機として顕在化しているのではと日下は思い、元々三人ではじめたことだからその関係に変化が生じれば影響しないはずはなく、再編し得ぬほどにもそれが崩壊しされば教団それ自体の破綻に至っても不思議はないが自分がその端緒になるとは思いもよらず、土台の修復が何より先とはいえそれが可能なのかが分からぬから日下にはひどく不安で、憂鬱な幾日かを忙しさに紛らせて胡麻化していたがそれにも限界はあると半分は督促受けてだが半分は自発的に駒を動かすことに決し、駒を手にした途端しかし動かすことがためらわれ、というより動けぬほうへ無理にも動かそうとしているかに思えてきてこの教団ももう長くはないのかもしれぬと別の到達点を模索しながら最後は決まってそこに帰着してしまう。その持てる技巧を駒井に伝授していた当時のことに日下はふと思いを巡らせ、その性愛の中から予期せず生まれ出たと言っていいメシア思想だったが自身知らぬ間に発酵して徐々に膨れあがり、遊び半分で発足した団体がその意に反して着実に根を下ろし枝を張り葉を繁らせていくのに慌てて八木とその教義体系の練り直しに掛かり、それが球体の全一性としての卵を根幹に据えた『神聖卵教会』として結実したとはいえその名称からして冗談で、その時点ではだからまだ議論好きの連中が集っての下らぬ宗教談義に耽る団体で仮にも宗教とはいえない紛い物にしか過ぎず、しかもつい最近までその信者らの大半が信仰に懐疑的だったはずだしメシアの顕現など期待してはいなかったはずで、それが知恵美=メシア=天皇の出現で一変して気づけば皆熱心な信仰者になってしまっていて、それを厭わしく思うことはないもののいくらか持て余していたのは確かで、メシアの奇蹟を目の当たりにしてその気になったのが拙かったのかといくらか判断を誤ったように思い、とはいえ自分として他に選択肢はなかったようにも思うから後悔というのでもなく、ただ沖の暴挙という一点にのみ日下の無念は集中し、自分は有能だと自負していたのでは決してないがそれを防げなかった無能を思うと自身排泄した糞便を鼻先に突きつけられるようで顔を背けしてまい、いっそ何もかも放棄してしまいたいとさえ日下は思うがもっ遍ふりだしからというわけにも今さらいかぬからどうしていいのか分からなくなり、何もかもを投げだすかに自己の内へと埋没し掛け、ふとそれに日下は気づいて苛立たしげに振り払って現実を手繰り寄せれば、自分を注視する皆の視線にぶつかって排便でも見られたような羞恥を覚えるとともに軽い失語に襲われる。怯んだように椅子の背にめり込んだままの日下を皆は尚注視し続けるから咄嗟に煙草を吸う構えを見せ、少なくとも一口吸うまでは稼げるとゆっくりと火を点けながら日下はそのうろたえを隠して視線を手前から奥へと動かしていき、そこに居並ぶ面々の面差しはしかし避けるように素っ飛ばして一番後ろの日下から最も遠い位置に控えている駒井に焦点を合わせ、その面差しに現れた自分への呼び掛けを読みとろうとするが、そのうろたえから何から総てを見透かしているはずの駒井は急かす素振りも見せずに悠揚と構えていて、笑みさえ返して寄越すのにむしろ日下は急かされる思いで、共議に共議を重ねた結果出した答えを教祖だからとその我意を押し通すわけにもいかないと思いながらいまいち歩踏み切れぬ自分が情けなく、まるで射精と死とが同時に訪れでもしたような切なげな面持ちで見つめる日下に駒井は引き攣ったような笑みをしか返すことができず、これほどにも打ち拉がれた日下を見るのは初めてでそれ以上見てもいられず、拒絶するかに下方に視線を落とす駒井に日下は悲痛に顔を歪めて今すぐにもこの場を立ち去りたい衝動に駆られるが、予定されたことだけは遂げねばとの義務感から辛うじて思いとどまり、思惟はしかしその肉体に反して疾っくにこの場から飛び去って方向も定めず飛び続けて已まず、今は主に沖の周りを巡っているその思惟もしかしそろそろ鳧(けり)にしようと日下は決しながら、その計画通りに沖が天皇を粉微塵にしたらその帰還もなるかと思えばそれを願わずにはいられず、天皇殺したからメシアは返すとそう巧いこと行くともしかし思えないから最悪を想定して対処すより他ないと幾度もくり返した思惟を日下は反芻しつつ「それらかもうひとつ、といってもこっちのほうがメインになりますが」と聞いてまだあるのかと紀子はうろたえるが、視線を逸らそうとするその動きを封じるかに紀子のほうに視線を巡らす日下と眼が合ってしまい、睨むと言うほどそれは強い眼光ではないものの常の日下にはないその意に従わせるだけの牽引力があり、今日に限ってなぜこれほどにも気負い立っているのかと訝りつつも負けたと紀子は観念して真っ直ぐ日下を見返せば、鷹揚な頷きを返してから一同に向き直った日下は緊張を強いるかに咳払いをする。