友方=Hの垂れ流し ホーム

目次 10へ 11 決算できるならそれに越したことはない 12へ

戻る  

01 02 03 04 05 06 07

04

とはいえ自分にそんなものの芽生える余地があるとは思いもよらなかったから朋子はそれを持て余し、気にはとめながらも真面には向き合わずに意識的に郷愁のほうへ眼を向け首を巡らして削り跡の左方を指差し示しながら「それからほらそっちの」シミは落書きの跡で「何だか分かる?」と不意に訊かれて首振る半透明の恵美の霊に「キティちゃん」と朋子は苦笑するが、机が邪魔になっているしちょうどそのシミ落書きの前に開るように半透明の恵美の霊が佇立してもいるから霞んでしまって紀子にはよく見えず、前屈みに顔近づけてしばらく眺めてから「ブタかと思った」と半透明の恵美の霊がふと呟いたのを聞き洩らさず「何それヒドーイ」豚はないじゃんと膨れ、その失言に気づいて「あ、ゴメン」と半透明の恵美の霊が詫びると「マリアだからって何言ってもいいの」と追い打ち掛けるが譴責するふうではなく、「だからゴメンて」と片手拝みに尚も詫びる半透明の恵美の霊を見つめながらその属性から甚だしく逸脱しているマリア平謝りの図に田尻ともども紀子は苦笑し、日下がこの光景を眼にしたらと思うとその可笑しさは弥増したからどうにも怺えきれずに吹きだすと釣られて田尻も吹いてしまい、驚いて首巡らした鞍村の不審げな視線を受けて「すいません、なんか可笑しくて」と言われて何を笑っているのか分からぬ鞍村はいくらか苛立つが、ぐっと抑えて静観を続ければ三老婆もそれに倣って静観の構えで、いや朋子の祖母のみ孫の振る舞いに戸惑い困惑したように落ち着きなく、目まぐるしく視線を動かしている。控えめなものじゃなかったから紀子らのその笑い声に気づきそうなものだが朋子も半透明の恵美の霊も無邪気に喋くっていてこっちを気に掛ける様子は全然なく、朋子待ちというのかマリア待ちというのか一時中断されたような小セミナーを紀子としても早いとこ再開したいのだがこんな機会はそうはないだろうから気の済むまで、というより時間の許す限り好きにさせようと思い、その意を察してか田尻も黙過して鞍村以下三老婆を威圧するかに見据えて一向再開しようとしないその真意を鞍村は計りかねてどうかすると何か私らに不備があったのではと徐々に不安を募らせていき、前に日下に意見したことが何か悪い影響を齎しでもしたのかと思いもするが、それならわざわざ出張してくることもないのだからと斥け、不信にまで至ることはないもののこの停滞はどうにも不可解でどう処すればいいかと絶えず考え続け、幾度か視線を送って再開を促しもするがその度制せられて紀子は何を田尻は目論んでいるのか、別に何も目論んではいないのか、それがいまいち分からなくて先の展開も読めず、そのようにして気を揉み不安になる鞍村を他所に朋子と半透明の恵美の霊は壁面に向かったまま喋り続けてやめる気配は全然なく、その向こうのはと指差しながら「えと何だっけ」と一瞬考えるが「分かんないや」とシミと判別つかないその模様の解明を朋子は諦めて立ち上がり、疲れたような笑みを半透明の恵美の霊に洩らすと席に戻ってくるから終わりかと鞍村は安堵するが話はまだ続き、困惑したように見つめる鞍村を紀子は再度制して止め処なく続く饒舌を聞き流しながらその泉の干上がるまで根気よく待機する。

その粘り強い観察から饒舌それ自体に変わりはないが見ればその顔つきが最初眼にしたときとは違っていくらか穏やかなのに紀子は気づき、じゃれ合う中学生としかし変わらないとそれを見做して一種の退行なのかと思いもするが、回復へ至る必須のプロセスとしてあるのか悪化を示す何かヤバい現象なのかそれがもひとつ分からないから不安は拭いきれず、それでも急に快活になった朋子によりも半透明の恵美の霊に紀子の意識が向けられていたのはこの一室へと至る狭暗い急な階段が何か異界への通路のように思っていた「っていうか今も全然変わってないからさ、なんかちょっと怖かったけど」と誰にもある面白くもない昔話に興じる半透明の恵美の霊の朋子に対するスタンスがちょっと気になったからで、最前の平謝りの図からも分かるが恵美=マリア=皇太后としてのそれは対応ではなくてただの友達のそれで、紀子としてそれはこの室の居心地悪さをいくらかなりと軽減してくれたから助かったし、だから笑いもしたのだが、その朋子と自分を置き換えてみるとそのようにはじゃれ合えぬだろうということに思い至り、いやほんの数ヵ月前まではそのような関係にあったのだが今はそうじゃないということに気づき、新たな関係を築いたとかいって調子に乗っていたがそれまでの関係を一掃しただけじゃないかとその事実に紀子はひどく打ちのめされる。マリアとその霊媒といっても教団に頼まれたことだからどこかビジネスライクなものだしボケとツッコミの漫才コンビみたいだと信者の誰かが悪い意味ではなく評したことがあるが確かにその通りだと紀子は思い、ツッコミたることに徹しようとするかにこのところマリアとその霊媒という関係でしかコミュニケートしていないことに気づき、何の対策も講じずこのまま放置していたら楽屋も別々で仕事以外じゃ口も聞かぬというような漫才コンビの行き着く先と同じ終局へと至り兼ねないことをそれは示していて、自身そうと気づかぬうちに日下のように実利一辺倒になってしまっていたのだと紀子は抜き差しならぬ事態とそれを捉え、ただ物理的にというか現象的にというか離れることはできぬからコンビ解散ということにはならないだろうが、そのほうがしかし余計険悪な関係になってしまいそうで相当凹み、凹んでいるのはしかし半透明の恵美の霊にしても同様のはずで、だからこそ朋子という存在に接してこのようにもテンション上がっているのではないかとそう紀子は思い、その裏に霊的存在の孤独なり寂寥なりを垣間見たような気がして総てに楽観しているかに見えたその身振りも悉く装われたものなのではと紀子は思い、幼馴染みにして親友と自任していたがそのことに自足して何ひとつ分かってなどいなかった、というより度重なる小セミナー巡歴を経るうちに恵美=マリア=皇太后として距離を隔ててしまって幼馴染みにして親友という関係性をなかば捨象していたのだということに紀子は気づき、そうとすればその関係性の回復とともに半透明の恵美の霊により多くの対話者を見出すことこそ自分に課せられた役目なのでは、しかもマリアとしてではなく親友としてそうすべきなのではと紀子は思い、半透明ということを霊的存在ということをそれまであまりに意識しすぎていたのだ、自分にとって恵美は恵美でしかないのだと改めて紀子は思い知るとともにいくらかその曇りに晴れ間が覗けたような気がし、伝道というのではだからないし決意を新たにしてというのでもないが他にできることもないとすれば知恵美の帰還にそれが直結するとは思わぬながらこれはこれで課せられた責務だからと割り切って「祈りましょう」と席を立つと恵美=マリア=皇太后礼讃の辞をゆっくりとはじめたのだった。

誰か眼に見えぬ者と対話しているらしいその不可思議な光景を朋子とその空白の席とに交互に視線を走らせながら鞍村他三老婆がそこにいるだうろ恵美=マリア=皇太后を捉えようと必死になっていたのは、徐々に募る不安から逃れようとしてのことだが、どれほど強く願ってもそれらしい影さえ捉えることができぬから狂言とそれを斥けることはないにしろある種の錯乱者にはよく見られることだし朋子の受けた肉体的精神的被害を考慮すればその可能性もないとはいえぬと鞍村は思い、そうとすればマリア様はどこにいるのかと紀子の唱える礼讃の辞を聞きながらもそれが気になって仕方なく、皆の視線を導くように紀子と田尻の指示する方向はしかし朋子の視線の先と悉く一致しているからやはりそこにいるのらしく、それでも尚見えぬということはこっちのほうに問題があるということで、端的に自身の穢れに総ては起因しているのではとそう鞍村は見做すものの如何にしてその穢れを祓えば良いのかという段になると途端に道は閉ざされてしまい、絶望的な思いに沈んでいくのを紀子の指示する先に祈ることで僅かに回避するがただ一心に祈っていればそれで良いというのも短絡と思い、それより他に手立てもないからそのようにして祈り続けるが、身の内に巣喰う穢れは縮小するどころかむしろ肥大するような気がして祈るほどに穢れるという逆説的な思いさえ兆し、そのような顛倒した思考に陥ってしまうのは末期症状だからだし近く破綻することの予兆でもあり、つまり私らに救いはないということのそれは証左ではないかと鞍村は思い、視認を阻(はば)んでいるのもそのためとすれば視認が浄化を齎すのではなく浄化が視認の前提ということになり、つまりは視認不視認で地獄落ちと昇天とを選別するこれは仕組みなのだと鞍村は思い、その方途がしかし不明なのだから一切が閉ざされているということをやりはそれは意味してしまい、その思惟の行き着く先がどん詰まりの行き止まりと知りつつ回避することもできず、それでも尚祈るより他ないのだと鞍村は先導する紀子に従って不確かだが確かにそこにいるはずの恵美=マリア=皇太后へと祈りを捧げるのだった。奇蹟を顕わして多くの信者を病その他あらゆる苦しみから解放せしめた知恵美=メシア=天皇のように被爆によって受けた自身の病巣を摘出してはもらえないものか、過ぎた願いとそれを知りつつそう鞍村は願わずにいられず、それがしかし自身の穢れを何より証していると思いもするから絶望的に落ち込んでそこから脱する術もなく、祈りを終えてふと洩らしたその告白に「穢れてるだなんて、そんなこと全然」ないと半透明の恵美の霊は「そう言ってます」とそれを紀子は伝えるものの直接半透明の恵美の霊の、いや恵美=マリア=皇太后の声を聞くのでなければ何の重みも説得力もなく、そう痛感しながら霊媒としてその発せられた言葉を伝えぬわけにもいかず、とはいえ今のところ自分はその有り難い御言葉を信憑しがたいただの伝言に変換してしまう装置にしかなり得ていないと紀子は思い、その神聖性を悉く無に帰してしまう自分を顧みてその無能に苛立ち、不意に押し黙って最後まで伝えずにしまったのをそれと察してすぐ田尻があとを継いでくれたから支障なく事は進んで見える見えないではないと紀子も田尻も等しく説いているし信仰の深浅とそれは無関係とも言い、実際それはそうなのだろうと鞍村も思いはするが見えるのと見えないのとではその差は天と地ほどの隔たりで、それが選別の篩ではないとしてもこの世界の救済ということを念頭に置けばマリアという確たる保証は是非にも欲しく、いや、保証というより単純に見たいとの慾求なのだと鞍村は思い、ただマリアが誰と共鳴し誰と共鳴せぬのか分からないだけにその気紛れにいくらか苛立ちもし、それがしかし至らぬ点かとすぐに自省してひとり密かに祈るのだった。

01 02 03 04 05 06 07

戻る 上へ  

目次 10へ 11 決算できるならそれに越したことはない 12へ


コピーライト