そのようにして祈りの間だけは朋子の饒舌も止むがその静寂に妙な薄気味悪さを紀子は感じて不意に歪んだパースの闇深い一室が思い出され、その不気味さとも相俟って眼前の明るい室への違和感が弥増していくのを強く意識しつつそれを回避しようとマリア的様相で皆の祈りに答えようとしている半透明の恵美の霊を紀子は見つめ、その視線に気づいてか照れたように微笑む半透明の恵美の霊のその笑みにいくらか持ち直して同様な笑みを返し、その矢先だったが皆の視線がある一点に注がれてそのまま固定されたように動きも止まり、何かヘマをやらかしたか今笑ったのが拙かったのか最後の最後でしくじったと紀子が一同を見廻せばそれに答える意志を鞍村は表わして紀子を見つめ返し、小さいが強い頷きを示してから事の在りようのみ伝えんとするかに「見えました」と努めて冷静に言えばほんの一瞬だが「確かに見えた」と三老婆も頷き合い、訝しげに「見えたって何が?」と問い返す紀子に私らのような下賎な者に見えるはずのないものが見えたからといってそれほど驚かないでもいいではないかと内心僅かに憤りつつ「恵美=マリア様です」とゆっくりと静かに鞍村は告げ、ちょうど祈りを終えて皆が顔を上げたそれは直後のことだが、その見つめる先の空白の席に淡く靄掛かったような人の形が浮かび上がったのを鞍村は確かに視覚に捉え、鞍村だけではなく三老婆も同時にその存在を確認してまずその現象に驚いて恐怖をさえ感じるが、事態を把握するにつれて抑制の利いた歓びが徐々にだが一室に拡がっていくのを田尻ともども紀子は眺めながら伝道師たらんとせば側面からもっと嗾けるべく一発説教でも撲ち咬ます好機と思い、田尻もそれを期待しているらしく視線を送って寄越すが最前からの孤絶感罪責感が尾を引いているからもひとつ乗りきれず、以前なら無理にも道化て盛り上げることもできただろうが今の紀子にそれは不可能で、明るすぎるこの一室に馴染めぬまま皆の昂揚がピークを過ぎて自然に終息していくのを複雑な思いで見守るのみだった。
そのようにマリア視認の果たされて皆の歓喜のうちに祈りが終わるとすぐにまた朋子の饒舌は再開されてダラダラと続くがもう誰も苛立つことはなく、その内容からマリアの言葉を聞き取ろうと耳傾けているしできるなら再度の視認を果たそうと懸命で、ともにその饒舌を聞きながらしかしひとり自分だけ空廻りしていると紀子は思い、この室に入った瞬間からそれは底流しているが昨日の半透明の恵美の霊の知恵美幻視に賺されたことがやはりひどいダメージになっているのらしく、浮上していく朋子を他所に自分は逆に沈み込んでいくような気がしたのもそのせいで、とはいえ自身の短慮に怒りこそすれ半透明の恵美の霊を責めるつもりは紀子にはなく、つまらぬことでこの場の雰囲気を乱すことだけはすまいと鞍村の小セミナー開始の言葉を聞きつつ思いもし、さらに言えば朋子の気分を損ねることだけはしたくないと気配を消そうとするかに終始紀子は背を丸めていて発言もほとんど田尻に任せきりだったし、半透明の恵美の霊視認ののちもそれに変わることはないが伝道師としての自身の不要をそれは意味すると今日のこの小セミナーを総括するかに紀子は思い、その不調にも拘らず視認が為されたということにそれは端的に示されているとさらにも疎外感を強めるが、自分が何をも為し得ぬことは最初から分かっていたのだから今さら悔やむことでもなく、現実そのように展開されるとしかしそれなりに動揺してしまうしこのように空疎な気持ちに落ち込んでもしまうものなのかと動揺しながらも冷静に状況を把握し、そのように冷静な自分をしかし紀子は嫌悪する。なかば職務を放棄した紀子の真意は分からぬが、それにも拘らずマリア視認へと結果したのはなぜなのかと田尻は紀子の沈黙の分だけ饒舌になりながら思い、あるいは恵美=マリア=皇太后が紀子の停頓をカバーしようと自ら視認へと至らしめたのかもしれず、そうとすれば二人のコンビネーションは絶妙でその強固な結びつきには一分の隙もないといってよく、自分の介入する余地などどこにもないと改めて田尻は思いもして落胆というのではないがいくらか凹んだのは事実で、それでもいくらかなりと貢献はできるはずだし現にしているとマリア視認の昂揚の余韻の残るなか田尻は自ら鼓舞し、結果的にいい方向に収束したのだから変なことにならぬうちに引き上げようと機を窺いながら座を見廻せば、巧い具合に皆押し黙っているから今だと沈黙を破って挙げるその声に皆の視線は集中し、その視線の先はしかし田尻ではなく鞍村で、つまり田尻より一瞬早く鞍村が何か発したのらしく、いくらか首を項垂れさせながらも鞍村の話に田尻が耳を傾ければ、一同のマリア視認が叶ったのも朋子の媒介があってこそでそれなしにはあり得なかったと鞍村は謝意を述べる。皆が同意して頷くのを「そんなことないです」と朋子は謙遜し、不意に脚光を浴びて戸惑いながら初参加だから何も分かんなかったしそっと見てるだけとか思ってたのが懐かしさからつい独り善がりの昔話なんかして却って迷惑掛けたんじゃないか「って反省してます」と詫びれば、却ってそれがプラスに働いたのだから気にすることはないし小セミナーというものが「抑もそういうね、それぞれが好き勝手なこと言うための集まりなんだしはじまりも」終わりもあってないようなものだからその意味でも充分貢献しているし、そのうえ「マリア様まで拝ませてもらって」これ以上の歓びはないとそう鞍村は評し、一旦鎮まった昂揚が再度ぶり返したように讃辞を述べるのを「も、やめてよおばあちゃんまで」と困惑したように朋子は両手を顔の前に突きだして何かを押し退けるような身振りでその赤面を隠そうとするが、その際誤って卓上の湯呑みを小手先辺りで突き倒してしまい、残量はいくらもなかったから被害は最小限で済んだが何でこういっつもいっつもここってときにヘマやらかしちゃうんだろうとその失態に朋子はさらにも赤面してさっきまでの饒舌は完全に封じられたかに押し黙ってしまい、温かくそれを見守る皆の視線はしかし却ってこそばゆく、俯いたまま新たにお茶の注がれた湯呑みを朋子は両掌で囲い込むようにして微かに揺らめくその表面をじっと見つめる。
散会を切りだす機を逸した田尻ともども紀子はその微笑ましげな光景を茫と眺めながら何も考えていないし、朋子への賛辞を尚も続ける鞍村の言葉に耳傾けつつも半分も聞いていないから「そうですよね?」と賛意を求める鞍村に不意を突かれて「え、ええ」と紀子は答えながら恵美=マリア=皇太后を視認できるということで一挙にこの場の中心的存在へと昇格した朋子だが、そのことを苦にしてはいないかとふと気になったから「ひとつ訊いていい?」とこの教団の小セミナーに参加したことを後悔していないかと直截な問いをぶつけ、返答次第では次の展開を考えねばならないとその表情の僅かな変化も逃さぬというように注視すれば、さして間も置かず「全然」としかし朋子は即答で「なんか面白そうだし」と笑みさえ浮かべ、危惧というのでもないが郷愁に誘われたその勢いではないのかと疑ってその教義からしてフリーセックスを根底に据えているのだし仮にも宗教なのだから下手をすれば「オウムみたいになるかもしれない」のだと脅すつもりはないがその可能性もないとはいえないと知恵美派という過激な一派を生みだしたことをそれは念頭に置いての発言だが隠すことなくその否定要素を並べて公正な判断を下すよう促せば、その妙に軽いノリを訝る紀子に面白そうとか言うと語弊あるけど「やっぱマリア様の力とか」そういうものが現実あってそれに「導かれたみたいな、そんな感じ」と漠然とながら朋子はその思いを告げて「来てだから好かったって」思っていると結び、マリアの導きとの言葉に皆同意するかに頷くのを「私は別に何も」していないただ坐っていただけと照れたように半透明の恵美の霊は首を振るが、その身振りを指摘して「それそれ、その自然体なとこにさ」惹かれるのだと朋子は言い、「あ、それ分かります」と田尻が同意を示すと「でしょでしょ」と賛同者を得て朋子は嬉しがり、マリア様とか言うからてっきり「もっとこう遠い存在っていうか、近づきがたい」ものなのかと思っていたが「なんていうか、こう言っちゃ悪いかもしんないけど友達みたいな」気がすると朋子は皆に言い、次いで半透明の恵美の霊のほうに向き直るとマリアに対して気安く友達扱いするその不遜は弁えているが正直そのような感覚なのだと詫びる。そのほうが変に崇められるよりはずっといいしそう言ってもらえると有り難いが「ソレってでもスゴいんだかスゴくないんだか」微妙なとこじゃないかと半透明の恵美の霊が首を傾げるのを「スゴいんですって」と嘘ではなく本気でその凄さを訴えれば「そうかな」と尚も疑わしげながらなかば説得され掛け、さらに追い打ち掛けるように「そうですよ」と田尻も加勢して神的なものの深遠と人間的なものの卑近とを併せ持つということはそれだけで信じがたいことだと言えば、それが効いたのか「やだ、田尻さんまで」そんなこと言って煽てたって「何にも出ませんよ」と茶化しながらも満更でもないらしく、そのように皆の支えがあると思えばこれからもマリアとしてやっていけそうな気がすると半透明の恵美の霊は言い、そう言いながらしかしいくらか留保するように「でも」と言い淀むのを「でも何?」と朋子が訊けば、マリアだというのに何だか逆に励まされたみたいで「こんなんでいいのかな?」もっとこう威厳というのか神々しさというのか人々を導く者としてそれなりに身の処し方とかあるのではないか「確か駒井さんもそんなふうに言ってた」と恐縮する半透明の恵美の霊に「それがいんだってば」と朋子は笑い掛ける。