友方=Hの垂れ流し ホーム

07

田尻のその直向きを自身への譴責と紀子は受け止め、一度は放棄し掛けたその任を思い出して田尻に牽引されるようにしてそのあとに続き、端的にそれが効いたというのでもないだろうがいくらか気を引くことはできたらしく「それなら私にも不憫な孫がいますよ」と向かって右端の老婆がふと洩らし、やっと軌道に乗ってきたと内心安堵しつつここでしかししくじるわけにはいかぬとむしろ慎重になって「差し支えなければ是非お伺いしたい」と日下張りの低姿勢で、しかし下卑たところの少しも感じられぬ年長者を敬う若者のごく自然な身振りで田尻が促せば、身内の恥を曝すようで気が退けるがとためらいつつも思い患いがあるならその総てを洗い浚い打ち明けたほうがいいとの鞍村の掩護もあってここより他頼むところはないというように「朋子て言うんですけどね、そりゃあひどい仕打ちにあったらしんです」と老婆は語りだし、入れ歯の具合が悪いのか声が籠もってよく聞き取れぬが話の主旨はどうにか把握でき、一語一語苦しげに吐き出すように語る老婆の告白はしかし予想した以上に重苦しいもので、田尻ともども紀子は絶句して耳塞ぎたくなるが、これこそ受け止めねばならぬ当のものと覚悟して聞き、半透明の恵美の霊も自席について神妙に耳傾けるふうで、そのようにして皆が老婆に注目してそのくぐもった声を聞き取ろうと徐々に体を前傾させていくのだった。本人が話したがらぬということもあって事の詳細は分からないのらしいが何でも上司に暴行されて先日会社を辞めたのだということで、それ以来「ずっとうちに引き籠もって」しまって食事もろくに摂らぬというからひどく窶れてしまったらしく、そのような目に遭う謂われなどしかしまるでないから理不尽で仕方なく、メシア様でもマリア様でも何でもいいから「前の明るい朋ちゃんに戻してくれるなら」それより他は何も望まぬと一啜り鼻を啜り上げると緩慢な動作で懐から鼻紙を出して思いっきり鼻をかみ、丸めたその鼻紙をまた懐に仕舞うと疲れたように小さな体をさらにも小さく縮こまらせてひとつ小さく嘆息するとそれまでの置物めいた様相に戻っていく。何か自分のことを暴露されでもしたような悲痛な思いに紀子は囚われて実際裏でそのような噂も流れていてそれを使って自分をたばかろうとかしているのではと勘繰りもするが、全体掴み処がないとはいえ鞍村にしろ三老婆にしろその内実に偽りはないようにも思えるからその線はすぐに抹消し、伝道師としてそのような疑いをこそ捨てねばならないのにと紀子は自省しつつその自身の過去との符合ということが直接の契機となったのらしく、不意に思い出したように「朋子ってあの、佃田朋子じゃないですか?」と訊けば「そうですそうですやっぱり何でもご存知なんですね」と感極まったというように朋子の祖母は涙して「ああマリア様」と紀子に縋りつく勢いで椅子から崩れ落ちるかに身を乗りだし、その勢いに屈して「いやあのそうじゃなくて」朋子は曾ての同僚なのだとは言い出せなくて「マリアじゃないですから」とのみ紀子は否定しつつ朋子の祖母を支えて椅子に坐らせるとその前にしゃがみ込み、その膝の上に置かれている皺多い小さな手に両手を重ね乗せて「今のお話、総てマリア様はお聞き届けになりました」と自身思いも掛けぬ言葉を紀子は発しているのだった。その願いのメシアに届くだろうこと遠からず総ては解決するだろうことを約しながらも内心の動揺は激しく、この始末を一体どう着けるのかと自身のデタラメに呆れ果てるとともに深い悲嘆に苛まれもし、恐らくこれが教団の瓦解の最初の一石なのだと紀子は思い、それを投じたのが他でもない自分なのだということに取り返しのつかぬことをしてしまったとの罪の意識を感じ、フリーセックスを奉じるいくらかカルトめいたところのある教団とはいえ仮にも一個の宗教団体を攪乱し壊滅に導いたその罪は意図してではないにしろ、いや意図せぬだけに尚更計り知れぬとの絶望的な思いに紀子は囚われ、そのように悲嘆と罪責感とに交々苛まれながらもしかし眼前の光景はそれとは逆行するかにメシアマリアの威光に満ち溢れたようで室の半分を覆い隠す薄闇もいくらか後退したようにさえ思え、単に眼が馴れたというだけなのかもしれないがそうとばかりは言えない秘蹟としかいいようのない何かが作用しているかのようで、自身の虚言から発したとは思えぬ光景にあるいは知恵美がその灼かな霊験で以て本当に聞き届けてくれたのかと一瞬思うがそう短絡もできず、その座のほぼ中心にありながらひとり紀子は取り残されたように鬱屈した思いに沈み込み、その非関与性には程遠いと思いながらも恵美もこのように孤絶しているのかとふと思い、メシアマリアの威光が肥大した分だけ押し退けられて行き場をなくした闇の総てが自身の内に雪崩れ込んでくるかにさらにも紀子は沈み込んでいく。

そのうちに自身気づかぬながら紀子はその皺多く乾燥している朋子の祖母の手を固く握りしめていて、掌に感じるその肌の尋常ならぬ冷たさに驚いて自身の身振りに気づいたのだが、それとともにその脂気のない干涸らびたような肌合いにどこか知恵美に通じるものを感じもし、今この掌の内にあるのは老婆の手であるとともに知恵美そのものでもあるのではと紀子は思い、これがこれこそがこれまで延々と送り続けて何の応答もなかった知恵美からの送信なのでは、いや、そうに違いないと紀子は自身の着想に縋りついてその身に重く伸し掛かる悲嘆と罪責とを払拭せんとし、脳内のニューロンの総てを振り向けるかに掌に触る感触にのみ集中すれば知恵美に触れたときの感触とそれはいくらも違わず、いやそれどころかその軽さといい固さといい知恵美としか思えぬほどで紀子にとってそれは示現とさえいってよく、知恵美との再会がいずれ果たされるとの予兆として紀子はそれを受容し、その直接の媒介となった朋子の祖母への感謝というよりは畏敬というのに近い思いに駆られて知恵美へと通路を開く端緒となったその手許から視線を上向ければ、やや下から見上げる位置にいるから暗く翳る眼の奥が初めて覗けたような気がし、その眼は紀子を真っ直ぐに見返しているが何もかもを見透かしたような眼差しで、とはいえ眼光の鋭さなど微塵もなく空虚なほどにもただの小っこい穴っぽことしか見えないが、それがしかし却って知恵美の空虚さをそれ自体で示しているかに思えたから示現との確信を紀子はさらにも強くし、朋子の祖母の顔の中央やや上部に穿たれたそのふたつの小っこい穴っぽこにしかし逆に紀子は射抜かれ射竦められ、射竦められながらもその穴っぽこのさらに奥深くにはさらにもっともっと深遠な知恵美の姿が覗けるような気もしたから尚も食い入るように覗き込むが空虚はいずれ空虚にしかすぎぬのか何かが見えるということはなく、自身の期待過多にいくらか自省しつつ今一度その奥の奥を覗き見れば僅かに自身の鏡像が覗けるのみで、その膝元に跪いて縋りつくような恰好から何か立場が逆転して紀子のほうが懺悔するかに見え、傍目にそれがどう映ろうと自身そのように見做して最前のデタラメを紀子は密かに懺悔したのだった。そのあともさらに凝視を続けるが掌の感触より他は何も示されず、それだけでもしかし充分すぎるくらいに確かな示現だと紀子は思いながらも示現を示さねばならぬ立場にある自分が逆に示現を示されたことに優越を感じるのではなく、何らか示現を示すなら自分にではなくこの人らにではないか、幼くして被爆し過酷にすぎる半生を孤独に生きてきた鞍村にこそ、その孫を陰惨な変質者に嬲り物にされた朋子の祖母にこそ、その死を射程に入れて救済のときを待つ老婆らにこそそれは示されるべきなのではとの思いのほうがより強く、とはいえどこか焦点のズレたその示しようが知恵美らしいといえば知恵美らしく、この示現を手掛かりに伝道を成就させよとの知恵美のこれは激励なのだと紀子は思い、それを境に真の伝道師へと転生したというのでは全然ないしそのような短絡をこそむしろ自制せねばならないとの認識ではあるものの、それでもいくらか動揺は鎮まったかして得心したように「マリア様はここにおられるんですね」と虚空に向かって祈るような仕草をして脇に控える二老婆と鞍村もそれに倣うかに祈りをはじめ、その前に立つ半透明の恵美の霊は照れ笑いに紛らしながらも恵美=マリア=皇太后としてその祈りを受け止めようとしているのが見てとれ、自身の発したデタラメが返しのついた鉤針のように尚も身の内深く突き刺さっているしその傷口からは止め処なく血が流れ出ているにしろこの場はそれなりに収束したからボロの出ぬうち退散しようと田尻に眼顔で示しながら駒井に教授されたマリア礼讃の辞を一くさり紀子は述べる。次いで視認の可能性ではなくその存在を受け止めればそれでよく、それだけでメシア様にもその思いは聞き届けられているのだとの釈明で一応納得したようなのだが、死ぬ前に一眼でもマリア様の尊顔を拝することができれば「それだけでもう」悔いはないと朋子の祖母が言えば皆同意を示して御前に顕れてくれと懇願し、「いるじゃんここにいるじゃんほら」と手を振り示す半透明の恵美の霊の声さえしかし届かぬらしく、心霊を見るということはやはり特殊な能力に関係していて熱心に祈れば見えるというものでもないとは思うが祈りそれ自体を否定はできぬから老婆らの長い祈りに包囲されて徐々に困惑したように身を固く縮こまらせていく半透明の恵美の霊に、も少しだから辛抱してくれと眼顔で紀子は示しつついくらか滑稽なその様を田尻とともに苦笑するのを「笑ってないで何とかしてよ」と訴える半透明の恵美の霊の意を汲んで「お祈りのところ大変申し訳ないんですが」と次の小セミナーへ向かわねばならぬ旨田尻が告げ、次回大セミナーの際には必ずや皆様の御前に恵美=マリア=皇太后は顕現なされるでしょうと尤もらしいことを言い、「出る出るいっくらでも出るから」もう勘弁してくれとの半透明の恵美の霊の訴えを他所に交々挨拶を交わして「何のお構いもできませんで」との言葉を背に聞きながら不意にまた思い出したように「え、じゃあ下の帽子屋って?」と誰にともなく口にすれば「そうです佃田さんのお店で」と朋子の祖母に代わって鞍村が答え、「え、じゃあ朋子いるんですか?」とさらに訊くとここは祖父母の住まいで朋子は息子夫婦の住むマンションにいるとのことだった。とはいえ自身と同じ悲運に見舞われたのらしい朋子の身を紀子は案じて一遍会って話しなりとも聞きたく、いや、是非にもそうしてキッチリ始末つけねばと思いつつ急勾配の階段を下りて通りに出ると、刑期を終えて出所する者の感慨とはこのようなものかと思うほどの開放感で、ここが朋子のおばあちゃんちかと思いながら改めて紀子がその寂れ果てて判読もしがたい看板を見上げれば、経てきた年輪を思わせるかに今にも崩壊してしまいそうで、同じだけの年輪を経てきただろう朋子の祖母とそれがパラレルになってその死も間近なのかとの不遜な思いが一瞬過り、すぐ振り払うものの眩暈のような感覚に襲われもして開放感に浸る間もなく立ち竦んでしまい、気遣わしげに「だいじょぶ?」と掛ける半透明の恵美の霊の声に気づいて田尻は駆け寄り戻ると、その背に手を廻すが触れることはせずに車を廻してくるからどこか適当なところに腰掛けて待っていてくれと言うのを「ありがとう、でもだいじょぶだから」と足元確認しつつ紀子は歩きだすが、二歩目を踏みだしたところでグラリと大きな揺れを足元にではなく頭の中に感じ、前にだか後ろにだか横にだか分からぬが倒れそうになったのを両側から二の腕辺りを掴んで支えつつ「ダメですダメです」と気遣う田尻の制止で紀子はそこで待つことになり、心霊に纏いつかれるかに背を丸めてそれでも予定は変えられぬと田尻は小走りに車へと急ぎ、半透明の恵美の霊とともにひとり紀子はつくだ帽子店前の迫り出した庇で影になっている地面にしゃがみ込む。後頭部辺りを圧迫されて湯に上せたような感覚のなかいつからこれほどにも虚弱になったのかと紀子は虚ろな思惟を巡らし、恵美とふたりノートやら画用紙やらそこらにある白いものに飽くこともなく筆を走らせることに愉楽を覚えてしまって表を飛び跳ねるような活発な子供でこそなかったし運動とは全く縁のないままここまで来てしまったとはいえ決して虚弱ではなかったはずで、それがなぜ今になって急にと自問すれば知恵美がいなくなってからとそれより他には考えられず、知恵美がいなければどうにもならぬところまで来てしまっているのは最早確実で、悠長に伝道などしてもいられぬとの悲痛な訴えを知恵美に送信しているところに田尻の運転する車が現れ、半透明の恵美の霊の「来たよ」で紀子はそれに気づいて立ち上がり、介添えの必要はもうなかったのだが無碍にも断れなくてその掌の温みを背中に感じつつ後部座席に紀子を乗せると若やいだ身熟しで運転席に田尻はつき、滑らかに発車させつつ「ああいう人らと一日中語らうわけですか」と率直にその疲労を告げて甘く見ていたことを反省するとともに入信して日も浅い紀子が果敢にそれに挑むのに感服したことを告げ、やる気が失せたというのではないらしいが初期の勢いはいくらか減退して「もっと予習しときゃ」よかったと零し、ただひとりダメージらしいダメージを受けぬ半透明の恵美の霊を羨みつつ「マリア様の貫禄か」と戯れ言を言うだけの余裕はしかしまだあるらしく、「そんなことないです、疲れましたよ私だって」マリアも決して楽じゃないと半透明の恵美の霊が不平らしく言い募るのに田尻は慌てたように小刻みに幾度も頭を下げながら詫びるが運転への影響はまるでなく、その滑らかな運転で紀子はしばらく微睡みながら前部座席での田尻と半透明の恵美の霊との掛け合いをラジオでも聴くように聞いているが、徐々にそれが遠退いていくのを意識の薄れではなくふたりとの物理的距離の隔たりとして感じ、車それ自体が長く伸びていくような錯覚に陥りつつある瞬間それが不意に途切れたのを自身紀子は認識していない。

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