一方は祈りの持続を求めてその持続のうちに救済を見るが一方は相転位ともいえる劇的な変化を求めてその変化のうちに救済を見るという、交わることのない平行線のようにも思え、如何にすればそれが交わるのかあるいは沖とその一派のようにいずれ分裂ということにならざるを得ないのか、今までそのラディカルな側面しか見ていなかったし見えていかなかったからそのようなラディカルな表層の裏にあるそうした鞍村らの根強い信仰に直面してみると自分の底の浅さが露呈するようで恥ずかしく、マリアの何のと俄仕込みの説教を説いたところでこの人らを導くことなどできぬと悲観し、それでもこの人らを導いて最終的にひとつに纏め上げるのが自分に課せられた任でもあることを思うと紀子は改めてその困難を知り、以前からそのような不審を懐く者を内包していたかどうかはその沿革に詳しくない紀子の知るところではないが、その人らを繋ぎとめるも取り逃がすも紀子の伝道如何に掛かっていると思えばあまりに荷が重く、新参と言っていい自分にそんなの無理と思いながらも知恵美捜索の拠点としての重要性を思えば教団の瓦解は痛いしそれこそ死活にも関わってくるからそれだけは何としても回避せねばとも思うのだった。知恵美のいなくなった途端教団内部にこのようにも不協和音が響くのは知恵美がいればそのような不安など起きる傍から解消されるはずだから端的に知恵美の不在の齎した結果に他ならず、改めて知恵美=メシア=天皇の力を紀子は再認識し、一日も早いその帰還を願いつつ自分が齎した知恵美によって総てが起きているのだからその責めは自分にも当然あるはずで、そうとすればただ待ってるだけが能じゃないと打って出る可能性が切迫した思いとともに現実的なものとしてその視野のうちに入ってくるのを紀子は明確に意識し、探すの手伝うとの田尻の言葉がその支えとなっているのは確かだしそれを為し得る者は自分をおいて他にないとの認識には至らぬながらも捜索隊は当てにならぬとの思いはより強化され、というのも教団の一部の者が何やらスパイめいたことをしているという良からぬ噂があってそれに「八木さんが深く関わっている」とも聞いていると鞍村に告げられたからで、信者らを監視する教団というその支配被支配の図式にそれが全くの誤謬であれ、いや、あるいは紀子の知らぬところでそのような活動をも同時に担っていないとは限らないし知恵美の捜索よりも知恵美派の洗い出しのほうにその重点が移行しているのかもしれず、捜索の遅滞もそのせいと考えると妙に腑に落ちてしまうがあまりに短絡で認めがたく、とはいえ極秘裏の活動でその実態も不透明なだけに如何様にも解釈可能で不安が昂じればその憶測が悪しきほうへと傾斜するのも必然と紀子は思い、事情を知っていてさえこうなのだから何も事情を知らぬ信者らの不安がそれ以上に大きいだろうことは容易に想像し得ると紀子は分裂瓦解の最初の徴候を見てとったような気がし、そうとすればその防衛措置として自身打って出ることは避けられぬだろうしその正当性を獲得したようにも紀子は思いつつ注意深く鞍村の言葉に耳を傾ける。そのスパイめいたことをしているというのが事実なら何か一般信者を切り捨てるような行為ではないかと鞍村はさっきと同じように僅かに眉を顰めつつ言うのだが譴責されたようにはやはり感じることはなく、むしろ残る三老婆のほうが縮こまって置物めいて見えるものの鞍村の感情の起伏を一手に引き受けるかに明らかに不安げで、総てを鞍村に託して祈るかに注視してもいて、いや、老婆らの落ち窪んだ眼窩が影になっているのと照明の足りぬのとでその奥の眼はよく見えないから僅かな身動ぎからそう感じただけで確かなことは紀子にも分からないしその心意もだからよく掴めず、俄仕込みの知識で恵美=マリア=皇太后へとこの人らを巧いこと導けるのかと紀子はそれこそ老婆らと不安を共有するかに不安を懐きつつ「それは違います」とさして広くもない一室に響き渡るほどの声で強く否定するが、真相の明かせぬだけに説得力はないし語を費やせば費やすほど嘘臭くなるのは知れているから諄々しくも言えず、勢いがあったのはだから最初だけで徐々に語勢は衰えて隣で同じようにパワーダウンしていく田尻の助勢も得られぬまま遂には力無い呟きのうちに掻き消えてしまう。
それからしばらく続いた沈黙のせいか室の半分ほどを占める薄闇が全体のパースを僅かに歪ませてその闇のほうへ室が傾斜しているような錯覚にまたも紀子は囚われ、というより潜在的にあり続けていたのが不意に面前に浮上したという感覚で、馬鹿げた妄想と否定しながらも掻き消えた自身の呟きの至り着く先はその薄闇の奥に違いないと紀子は思い、その闇の向こうには今にもこっち側に溢れ出てくる勢いの虚無があって僅かずつだが存在の領域を浸食しているとのどっかで聞いたような児戯的な妄想にまでそれは発展し、こんなときに何わけの分からぬことをと自省するも歯止めが効かず、存在と非存在の狭隘にあるといっていい半透明の恵美の霊がもしその闇に近寄ればその虚無と非存在とが共鳴し引き寄せ合ってたちどころに食われてしまうとまるで根拠のない不安に襲われもして恐慌とまでは言わぬが怯えたようにその薄闇のほうを見据えたまま紀子は身を竦めてしまい、そのような不安のなかで紀子が感じたのは自分にはやはり人を導くことなどできぬということで、少なくとも自分を導いてくれた知恵美が不在のままでは決定的に不可能なのだと思い、何をおいてもその奪回が先決なのだと思いながらもそのためには情報が必要で、それには小セミナー行幸というのが最も適しているのだがそれが困難となれば完全な閉塞状況で捜索の手立てはなく、当てにならぬ捜索隊からの連絡を待つことにのみ自足せねばならなくなる。そのように立ち直れぬほどの沈み込みようで言葉なく項垂れる紀子を見兼ねてか「違うと思いますよ私らも」と僅かにフォローしつつそのような噂のあることは確かなのだから「私らの不安も」察してくれと鞍村の言うのも尤もで、知恵美=メシア=天皇の灼かな霊験によるこの世界の救済の実現を何より希求している私らにとって事実上「天子様がお隠れになってしまったことは」ひどい痛手で、何年に一度とか何十年に一度の「ご開帳なんて暢気なこと言ってられませんもの」と嘆いて近頃日下は人当たりが悪くなったし不機嫌だし以前はもっと気さくな人だったのに「あれじゃ駄目ですよ」とあからさまな非難だがその切実なのが分かるだけに土地のことでえらく揉めているらしいとも言えないのだった。今後私らは何を頼みに生きていけばいいのか「今もね、おふたり、あ、お三人ですか、いらっしゃる前に四人でね話してたんです」と言う鞍村の目配せで皆首を縦に振るが、それをも練習したのではないかと思うほど寸分狂わぬ動作で、それ自体に直向きな思いを紀子は感じるもののそれ以上に異様な圧迫を感じもして相手にされずひとり不機嫌な半透明の恵美の霊を宥めながらも田尻共々神妙な思いで聞き続け、老い先短い年寄りなど相手にできぬと天子様は私らを見限ってしまったのか、私らは単なる捨て石かそれ以下と見做されているのかとの危惧が日ごとに募ってこの先何年生きられるか分からぬと思えば今日明日とは言わぬがその射程として五年以上は考えられぬとの言葉は紀子にはしかし密かに衝撃で、被爆したという鞍村は勿論三老婆ともに何らか病を抱えているのはその年齢からして明らかだし緩慢な動作からもその暗い翳りからも内に死を見据えているのは容易に見てとれ、自身の言説がまるで無意味な気がして相槌より他真面に言葉を発し得ず、半透明の恵美の霊どころか自身が虚無に食われるような思いさえするのだった。その異様な室内空間とも相俟って鞍村の表面穏やかな言説に徐々に紀子は錯乱へと追い落とされるような気がするが、僅かに半透明の恵美の霊の存在が防壁となって理性を維持し得ているのに気づいて自身初めてマリア=皇太后としてそれを実感したように思い、新たに得たその認識を手掛かりに何とか伝道の可能性を開かんとこれを見よこれが見えぬのかと三老婆の前に立たせるが「マリア様とかね急に言われても」眼に見えるのならまだしも見えもしないのにすぐそれに向かって祈るなんてことはとても無理で、そんな「器用なことできませんし」と困惑げに金切り声に近いがどこか知恵美にも通ずる甲高な声で「いるってばここに」と不満げな半透明の恵美の霊にはしかし気づくこともなく、再度「疑ってるわけじゃないんです」と言ってマリアの存在が確かなものと実感できたならばそれに向けての祈りもより確かなものになると鞍村は三老婆と頷き合い、こんなことを言っては身の程を弁えぬ愚者と嗤われるかしれないし日下にも同様のことを訴えて「そら鞍村さん、虫が好すぎるって」一笑に付されてしまったが、この世界の救済が一挙に為されるというのではなくて段階的に果たされるとするならば、その一等先に「とは申しませんけどね」できるだけ前のほうにつかせてもらいたいのだと鞍村は恐縮したように言うのだった。その自らの被爆体験はおくびにも出さぬ鞍村のそれは切実な懇願なのらしく、知恵美がいればすぐにも果たされるだろうことを思えば曖昧にしか答えられぬ現状が紀子にはひどく堪え、その灼かな霊験のいくらかなりと半透明の恵美の霊が備えていてくれたならと愚にもつかぬことを思いもし、またもフワリ立ち上がって「確かじゃん、ほらほらねえ」とその面前で手を振り息吹き掛けるも何の反応も得られず、怒ってか嘆いてか不意に反転して輪の外へ出ていこうとするのを紀子は視線で追うのみで、フワフワと浮遊するかに歩行する半透明の恵美の霊を気づけば田尻も眼で追っていて、ふたりの眺めるその先にあるものを見定めようと鞍村と三老婆も懸命にそのあとを追い掛けるものの何度試みても視認できぬらしく、その鬱屈からか虚無を控えた暗い影を背にしてなかばその影に没したようになりながら、それでいて表面の穏やかは維持したまま見えないマリアなどよりその霊験灼かなメシア=天皇にこそ会いたい「会わせて」くれと乞われて紀子は会えるものならまず真っ先に自分が会いたいと思いつつ何とも答えられず、軽い咳払いで発話を示すと「日下さんの言うようにですね、この世界の救済に向けてメシア様のご多忙は」皆様ご承知の通りだからと田尻が替わってそれに答え、半透明の恵美の霊と視線を交わしつつマリアがここにいるのは間違いないしマリアがいるということは即ちメシアがいるというのと等しく、というのもマリアの御声がメシアの元に届かぬはずはないからで、それに向けての祈りを祈ることこそ喫緊ではないのかとここを逃したらもうあとはないとでもいうように田尻はその持てる知識の総てをぶちまける勢いで説き、その救済に向けての祈りがしかし独善的で我欲丸出しというのではマリアに延いてはメシアに聞き届けられはしないだろうと吉田時子の例を挙げ、自身のことではなく孫のためを思うその心根が知恵美=メシア=天皇に届いたからこそあのような奇蹟が齎されたのだといくらか強引な展開だが何とかこっちのペースに引き戻さんと田尻は捲し立てる。