友方=Hの垂れ流し ホーム

03

以後紀子の延いては恵美=マリア=皇太后の教団におけるスケジュール管理は総て田尻の管轄となると駒井の告げるのにふと疑問を感じて「え、だって田尻さん仕事は? ずっと掛かりっ切りってわけにも」いかぬだろうと紀子が問えば、一秒と間を置かずに「仕事? スッパリ辞めました」と即答で、「辞めたってそんな無茶な」と呆れる紀子にやるからには他の者との分担ではなく自分ひとりでやりたいと田尻は述べそうなるとやはり時間的に無理だからどっちか一方を捨てねばならず、そうとすれば「答えは簡単、マリア様のお傍に」仕えられるなら仕事など問題じゃないし「どうせろくな仕事じゃないし」今回のことがなくても早晩辞めていたと卑下して告白でもするかに半透明の恵美の霊に向き直り、「今後ともよろしくお願いします」と三たび頭を下げられて同じく三たび礼を返しながら半透明の恵美の霊の危惧するところは辞職したことではなくて真希のことらしく、その多忙よりも自分と行動を共にしていることを気にしてはいないかそれだけが心配だと訊けば、同意するかに頷きながら「怒ってます」と端的に田尻は打ち明け、内心快く思っていないのは確かだろうが布教の一環としてその仕事を依頼されたからには断るわけにもいかぬということは自身熱心な信者なだけに真希も承知しているらしく反対はしなかったと田尻は言う。出家者でもないのにそこまでするかと紀子はもひとつ解せず、それこそがしかし深い信仰に発するものなのだと言われればそれまでだが、それにはそれなりのわけがあるに違いないと思いを巡らせれば、眼の前にしている田尻のあのボロ臭いアパートには如何にも不似合いな小綺麗なスーツ姿との対比からふと得心がいったというように「あっそうか、こっちのほうが収入がいいって」ことかと率直に訊けば、妙に明るく「いやあ全然」と言ってから気づいたかして「あの別にそういうつもりじゃ」と駒井に詫び、それには駒井のほうが恐縮して「うちとしてもも少し出せればと思うんですけど」と財源の乏しいことを詫び、目下難航中の教団施設建設のための土地購入にしてからが日下の自腹だというのだから相当厳しいということが分かり、畢竟それは知恵美捜索に諸経費が嵩むらしくその財政の逼迫するほどにも注ぎ込まれていることを紀子はこのとき初めて知り、端的に『神聖チエミ教』との名称のみではなく実際的にもそれなくしては今やその存在理由を失うようなものだから当然とはいえそれなり紀子には衝撃で、八木ら捜索隊を不当に貶めていたと自省しつつその割にしかし何の成果も見られぬから余計絶望を深くし、翻って沖ら知恵美派の雲隠れの巧妙に感嘆するというのではないものの壮大なイリュージョンでも眼前するような眩暈(めまい)のような感覚に襲われ、こっちの注ぎ込んだ金が総て向こうに吸い取られていてそれを元手に連中は天皇を粉微塵に砕く爆裂弾の製作に着手しているのではというような児戯的妄想にまで発展し、こっちが懸命になればなるだけ向こうが有利になるとのナンセンスな思い込みに嵌り込んでそこから脱せられず、思惟総体の八割ほどをそれに占拠されて不当に苦しめられていると紀子は感じていた。それを見てとってか「具合悪いんですか?」と田尻に訊かれ、取り繕うこともできずにただ違うとのみ紀子が否定するとそれならすでに打ち合せも済んだことだし「行きましょうか」と促され、勢いよく戸口へと向かう田尻の背中を眺めながら「私とセックスするとか思ってんのかな? できないのに」と不意に洩らすのを聞き逃さず「まさかそこまでバカじゃないですよ」と言ってから田尻は振り返り、お気遣いは大変嬉しいがマリア様が気にすることじゃないし「結構巧いこといってるんですよオレたち」とその互いの淡い妬心から相乗的に求め合う結果となって実際前より具合がいいくらいだと照れ笑いつつ田尻は扉を開けて紀子と半透明の恵美の霊を通してから「行ってきます」と最後に外に出ると、二者を追い越して「車回してきますから」と駆けていくその後ろ姿は如何にも好青年という感じで、妙に若やいで見えるその印象に紀子はそれを恥じるというのではないが自身の老いを感じ、訊けば二十四歳とさして年齢も違わぬがそれでその思いが緩和されたわけでもなく、それでもその若さに牽引されていくようなのを心地好く感じ、さらには殊更それを意識してというのではないが異性の加わったことで端的に他者の眼を気にせずに済むということもあってか車中での会話も弾み、悲観的に落ち込むこともだからないし一点恵美=マリア=皇太后の伝道に集中することもできたから田尻の参加は紀子にとっても半透明の恵美の霊にとってもプラスといえ、心理的な面でかなり余裕のできたことで実際的な面でも余裕を持って臨むことができ、この勢いを借っていくらかなりと沖らの潜む延いては知恵美の囚われているアジトに近づくことができればと紀子は思うのだった。

それはしかし教団の捜索隊とは別の紀子の独断による個人的な追跡調査だから不用意に明かすことはできず、というのも田尻がどこまで駒井と結託しているのかが分からぬからで、とはいえ行動を共にしていればその言動からいずれ露見するのは知れているからそれより先に明かしてしまったほうが誠実だし助力も得られようと「捜索隊を当てにしてないってわけじゃないんだけど」と弁解がましく言えば、訝しげに視線を寄越して「何ですその捜索隊って?」とその存在すら田尻は知らぬげで、知恵美の拉されたこともだから知らぬらしくも少し探りを入れてからでもよかったのかとその短慮を悔やむが今さらなかったことにはできぬから総てぶちまけてしまえと腹を括り、一からその顛末を語り聞かせる紀子にそんなことになっていたのかそら大変だと田尻は最初っから最後まで驚きっぱなしで、その癖バックミラー越しに覗ける表情は運転に集中するかに冷静そのもので知ってて態とらしく驚いてみせているだけのようにも見え、その半生に経験した数多の心霊体験から滅多なことでは驚かなくなっているのかもしれぬからなかば意気を殺がれながらもあえて指摘せず紀子は先を続け、今回の恵美=マリア=皇太后の行幸もそれに即して計画されたものだと打ち明けると、そのような教団の存亡に関わる大変なときにこのような重要なポストについて働けるとは「願ってもないこと」だと表情の冷静さは変わらぬながら妙にテンション昂じさせ、走行中にも拘らず「これもマリア様のご加護」だと後部座席の半透明の恵美の霊に振り返って拝むのには紀子のほうが慌てて「前見てよ前」と言われて田尻は体を戻すが恵美=マリアとともにいるのだから事故など起きぬとでも言わぬげにそれはゆっくりとした動作で、壮絶な心霊体験を経た者ののみが行き着くそれは境地かと端的に思わぬでもなかったが見ていて妙に不安を誘うようでもあったから何とはなしに気に掛けてはいたのだった。その粘液に濡れた屹立するペニスを今もありありと思い出すが、先日は自分のことで手一杯だったし緊張もしていたから単純に性的な偽装に眩まされて眼につかなかっただけで、そのように意識的に観察してみればその表層の若やいだ印象の裏に拭い切れぬ翳りのようなものが確かに縫いつけられているように思え、それが可能かどうか紀子にはもひとつ分からぬが四六時中そのペニスを屹立させておくわけにもいかぬだろうからあるいは今現在もそれら不穏な輩に囲繞されているのかもしれず、だからその翳りもよりクッキリと浮き彫りされたように感じるのかもしれず、そう思って窺い見ると一見穏やかな素振りのうちにも先日の昂奮状態にあった弛緩したような馬鹿っぽい雰囲気とはまるで異なる常に何かに注意を払うかの目配りが内在しているようで、そのような認識に立ってしまうと徐々にテンション下がって会話からも外れてひとり紀子は黙しがちになり、田尻と半透明の恵美の霊との会話の流れをただ茫と追うのみで、恵美=マリア=皇太后の伝道という目下の仕事をもなかば意識から閉め出して思いを馳せるのは知恵美をおいて他になく、今このとき知恵美は何をしているのかと思念を送っても知恵美からの応答はなく、あっても受信できぬのか虚しく送信を続けていたのだった。意識を集中させるとか一点に焦点を絞るとかいうよりは何かもっと散漫で無意識の際まで沈潜していくような感覚に近く、そのようにして虚ろな暗い眼つきでどこともなく視線を彷徨わせながら紀子が送信を続けていると、不意に耳にした「メシア」との言葉に答えてくれたと首振り向けて尚よく聞けば、「メシア探すの手伝いますよオレも」と田尻は振り返って「いや是非手伝わせてください」と言われて紀子は知恵美じゃなかったと落胆しつつもその唐突な申し出に戸惑い、それ自体はしかしなかば望んでもいたことだからと素直に受け入れると、その喜びを端的に表現してのことなのだろうがマリア様のためならこの命捧げるとまで言うのにはしかし滑稽を感じ、当人は真剣そのもので茶化せる空気じゃないから僅かに小鼻を膨らませて笑いを抜きつつ先を聞けば、捜索隊を出し抜いて奪回すればそれこそ「大手柄じゃないですか」と燥いでいるような声のトーンなのだが僅かに唇の端を上げての愛想笑いのようにしか紀子には見えず、どのようなスタンスで応じればいいのかまだよく掴めていないし直前の可笑しさが抜けきっていないということもあってどうしても素っ気ない反応になってしまうのを紀子は気に掛けつつ、これが真希なら巧いこと受け止めて巧いこと返すのだろうと思えば今後の協働を鑑みてそれこそ自分にレクチャーしてほしいことと思うのだった。

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