友方=Hの垂れ流し ホーム

04

捜索隊のあるいは紀子個人の追跡調査がどれほど進展しているのかその進み具合を確認するというように「それであの、目星とかついてるんですか? 敵のアジトの」と田尻の訊くのに「それがもう全然で」どこから手をつけていいのかさえ分からぬくらいだと紀子は嘆きつつ、田尻の言う敵との語にいくらか違和を感じたのはそれまで敵との認識が紀子にまるでなかったからで、いや、いくらかはあったかもしれぬが明確に意識していなかったことは確かで、つまりは互いに他を攻撃し滅ぼさんとする敵対者としてではなく、その信仰を同じくする者の内部分裂とのみ捉えて最悪別宗派となっても再度の統合もあり得ぬことではないと端的に見做していて、実際知恵美を拉されたという一点を除いて知恵美派からは攻撃らしい攻撃を何ひとつ受けていないのだからそのように短絡しても不思議はなく、あからさまにしかし敵と断定されてみれば紀子も目撃している教祖日下に対する沖のその敵対的言動なり行動なりからして紀子の延いては教団のそれはまさに敵に他ならないのだということで、本気で知恵美を奪回しようと思うなら沖とその一派を敵として定立せねばならぬことを紀子は思い知り、改めて敵と見做したうえで地道に聞き込みを重ねていくより他ないと言えば、その聞き込みの一語で思い出したのらしく「そうだほら麻那辺とかいうヤツんとこ、寄ってきます? 近くなんですよええと」とハンドルの上に手帳を開いて頁を捲り、「そうそう三件目で近く通りますから」とちょうど中野近辺を巡回の折だったこともあって合間を縫ってというよりは昼食に充てられた僅かな時間を割いて友梨の教えてくれたその麻那辺宅に向かうこととなり、そのため昼食はコンビニで調達のおにぎり各種と缶緑茶で移動中に手早く済ませ、以後予定外の行動はこの伝で貧相な食事と引き替えで行うことになる。


真希とのことでやはりまだ蟠りを抱えているらしく妙に勢い込んでいる様子なのが噛み締めるように引き結んだ口元に微かに見てとれ、その調査が別の方向に捻じれてしまいそうなのを危惧して「恵美と見てきますから車で」待機しているよう紀子が言えばひとりじゃ危険だと聞かず、麻那辺が知恵美派と関係していないとも限らぬから慎重に運ばねば偉いことになるとしかし公的な見解に終始するから余計気に掛かり、端的にそれを指摘しつつ私的な行動は控えてくれと自身私的な目的で行動していることを無視して紀子が諭せば「だって気になるじゃないですか真希と懇ろになったのがどんなヤツか、せめて見るだけでも」見ておきたいというのも尤もで、真希とのことはしかし訊かぬとの約束で同伴を認めると前に出ぬよう後ろに控えさせて紀子が先頭を歩き、メモした住所に向かいつつ二度三度と余計な口出しはしないようにと忠告し、その都度控え目ながら「分かってます」と殊勝な田尻にしかしいくらか危惧は残り、反面田尻の存在が紀子を支えていることも確かで、紀子と半透明の恵美の霊とだけだったら恐らくまた迷いに迷っただろうところを一発で辿り着けたことも田尻がいればこそと単にナビとして重宝というのではなしにその必要を確かに紀子は感じ、自身の不足なり至らなさなりを補完する存在として強く意識され、ただの間抜けなセックス狂いじゃないことはすでに諒解済みだが過酷な心霊体験を克服したというか屈することなく対峙している田尻だからこそそのようにも見做し得ると紀子は思い、マネージャーというよりはパートナーとして認識し直しもしたのだった。危うく通り過ぎるところを「ここですここ」と背後から呼び止められて「いっつもこうなんだよね」と半透明の恵美の霊ともどもその方向感覚のなさを紀子は詫びつつメモを参照して確認すればつくだ帽子店二階とあり、見上げれば頭上の看板には確かにそう書いてあるらしいがペンキの剥落がひどいし積年の汚れで判読は困難で、ウィンドウにそれらしい物が陳列されているようでもないから帽子屋ということさえ判別しがたく見落としてもだから不思議はなく、目敏くそれを見つけた田尻に感心しつつメモの指示にあるとおり建物脇の急階段を二階へと上がり、二室あるうちの奥のほうと田尻に示された部屋の扉をノックすれば「お待ちしてました」との言葉通り扉向こうでずっと待機していたかにすぐと迎えられ、紀子とさして背丈も変わらぬしパッと見若やいだ雰囲気を感じもするが疾うに還暦を過ぎたそれは老婦人で「鞍村と申します」と名乗り、如何にも品の良さげなその口調と身振りとが町内会事務所というこの室の乱雑で埃っぽくてどこか傾いた佇まいと不似合いで、しかもふたつある蛍光灯のうちひとつが切れていて部屋の一方が影に沈んでいるせいか陰影の差が激しくパースが狂っているような錯覚を起こして僅かに紀子は眩暈し、鞍村はしかしそのことに無自覚なのらしく不快げな様子もなく場馴れた動きを示し、その不調和に馴染めぬまま紀子らが促されて室内に入れば鞍村よりも高齢なのらしい三人の老婆が車座にしたパイプ椅子にちんまりと坐して首だけこっちに向けて注視しているが一見してそれは異様な雰囲気で、自身それを実見しているのではないにしろカルト教団信者の醸すような狂的な異様さとはしかしいくらか異なるように思え、それが老人一般のものなのかこの人ら特有のものなのか分からぬが近づきがたいことに変わりはない。陰影のきつい室内空間の狂ったようなパースもいくらかは原因しているだろうと思いつつその輪を遠巻きにしながら喋る切っ掛けを紀子が窺っていると「マリア様がね、いらっしゃいました」と鞍村が告げ、そのマリア様の語に敏感に反応を示して「あああマリア様」と紀子に向けて皆一斉に祈りだしたから紀子も田尻も半透明の恵美の霊も等しくその異様さに圧倒されて一歩後退るが、誤りは誤りとして指摘せねばあとでややこしくなるとの思いから「違います違います私は」マリアじゃないと否定すれば「それじゃあの、マリア様はどちらに?」と訊かれて「はいここに」と諸手を挙げてアピールする半透明の恵美の霊にはしかしまるで反応がなく、威儀を正し深々辞儀して「はじめまして」と改めて挨拶しても誰も気づかず、さらに注意を促すように手を振り示しても「あなたなんでしょ? ホントは」とその誤謬の指摘に疑いを示して紀子をマリアと思い做し、強く紀子が否定すると皆一様に落胆を露わにして私らみたいな年寄りに所詮マリアは顕れぬと洩らし、そんなことはないすでに「マリア様は来ています」との紀子の指示で再度視線を巡らすものの「見えません」と俯いてしまい、不平がましく「ええ何でよお」と言う半透明の恵美の霊の声さえ聞こえぬらしく、それもしかしある程度予測していたのか恐らく皆で共議のうえ決めたのらしい問いを「疑っているわけじゃないんですけどね」と前置いてから実際のところマリアは存在しているのか「それを何より伺いたくて」と鞍村が代表して問うとあとの三人も頷き、「この方ホントにマリア様じゃないの?」と訊かれて「違います」と否定しつつ「マリア様はこちらの方ではなくてこちらの方です」と田尻が示しても皆戸惑いを示すだけなのだった。

恵美=マリア=皇太后の分も含めて新たに三脚の椅子を車座に追加して皆席に着き、改めて仕切り直すかにその来意を告げて田尻との連携でその伝道に努めんと紀子は意気込むが、その前にいくつか訊いておきたいことがあると鞍村から提案されて強引にその助走を引き止められる形で「あ、はい何でしょう」と紀子は手早く済ませて本題に戻ろうと思いつつ訊くが、鞍村の問いは聞き流せるような半端なものじゃなく、序論を素っ飛ばしていきなり本論から切りだされたような形で初っ端からそれを出すかと紀子は面喰らい、その先制攻撃に立ち上がれぬほどではないにしろかなりのダメージを受けて田尻共々反撃の余地もなくただ茫と聞くのみで、紀子らの戸惑いを他所に穏やかな口振りと身振りとで鞍村は終始穏やかに喋っていて何か魂胆あってのことでもないらしく、それでいて問いそれ自体は深刻なものだからちぐはぐな感じが常にあってこの教団信者に特有のものと紀子の認識するラディカルさとそれが通底するものなのかどうかいまいち分からぬながらもそう思うことでいくらか腑には落ち、それでも影に沈み込むというより影から浮かび上がってくるような三人の物静かな老婆が気になりもし、鞍村の声を聞きつつ眼はその老婆らに惹きつけられてしまい、置物めいているからか余計眼を離せないし鞍村の言説を異様に捻くれたように変質させているのもそのせいかもしれぬと紀子は思う。一方で進行中の鞍村の話を聞きながらすでに聞いた言説を真っ当なそれに再変換してその文脈を辿り返せば、端的に言ってメシアの顕現以来教団はその根本から「すっかり変わってしまったんじゃないかって」不安なのらしく、若い者は柔軟性があるからその変質にも即対応できるかもしれぬが年寄りはそうもいかぬからとそれへの戸惑いを示してその波に乗れぬ一部の信者らをどのように掬いあげていくのかその辺のところも「じっくり伺いたくて」と鞍村は言い、この世が極楽になるとかそこまで楽観していたわけではないにしろメシアが顕現すれば一挙に総ての救済が達成されると短絡していて、それが案に相違してそれまでの祈りが尚も続くようなのに単純に永劫祈り続けねばならぬのかとの不安を感じ、現実がそれほど甘くないのは「これでもね、弁えているつもりです」がこれでは救いも何も無意味だし何のためのメシアかとの鞍村の訴えに、だからこそ恵美=マリアをと紀子は言い掛けたが聞く姿勢を崩さぬ田尻を見てまだ尚早かと口を噤み、先を促すかに鞍村に視線をやれば空調装置のモーターの回転音に耳澄ますかのような身振りのまま凝固していて言葉なく、その僅かにできた間を埋めるかに不意に老婆らが口を挟んで制止する鞍村を無視して掩護するかにその広島出身ということ幼少時被爆し孤児となったことから始まる悲劇の物語を涙しつつ語り、涙に噎び痰が絡んで語を継げなくなると次の老婆がすかさず後を受けるというように切れ目なしに話は繋がっていくが、聞いていてそれが三老婆のリレー語りという認識はあるし語り手の引き継ぎに伴う視線の移動も自覚的ながらリレー語りとしてではなくただひとりの老婆の語りのように紀子には思え、語られている内容よりもそのこと自体に不思議な感覚を覚えて引き込まれてしまい、このような語りをこそ自分は修得せねばならぬと思いつつその不可能をも思い知り、その不思議な魅力を放つ三老婆のひとり語りに組み敷かれたように徐々に紀子は背を屈めていくのだった。その隣で等しく三老婆のひとり語りに魅了されながらもそれに屈することなく客観的な立場を田尻が維持し得たのは、恵美=マリア=皇太后を最も効果的に演出する方途を一方で模索していたからだし、その過酷な心霊体験に鍛えられた意志があったからで、それら理性的な思惟と意志の力に助けられてひとり田尻は半透明の恵美の霊とともに冷静に一座を眺めていたが、紀子はその感覚を狂わされる一方で鞍村と三老婆との間を視線は彷徨い続け、その幻惑から紀子を掬いあげたのはしかし田尻ではなく鞍村で、三老婆のひとり語りを「私のことはもういいですから」と強く窘めたから親戚宅を転々としつつ受けた虐待の日々から逃れるように二十歳で上京してすぐに出会った男にひどい目に遭わされる直前で話は中断され、その聞いた限り暗い過去と現在とを結びつける確かな道筋を見出せぬまま紀子は鞍村と対する形となり、三老婆の幻惑から解放されたのはいいが鞍村の掴み処を失ったようで、先を続ける鞍村のこの場に不似合いな柔らかな口調にさらなる違和を感じ、寂れ掛けた商店街外れにあるつくだ帽子店二階のこの町内会事務所までもが陰影の落差によるパースの狂いとも相俟ってどこか異質な空間に変質したようにさえ思え、こっちのペースに引き戻そうと幾度かマリア=皇太后を差し示すも効果なく、その都度三老婆の巧みなひとり語りに足払い掛けられて体勢を崩し、鞍村と三老婆の絶妙な連携に阻まれて伝道も思うように果たせず、俄タッグの紀子と田尻と半透明の恵美の霊とではとても太刀打ちできず、三者等しくその敗北を意識しはじめるが容易には認めがたいし挽回の余地もあるのではと期待は捨てずにその機会を待つのだった。

01 02 03 04 05 06 07

戻る 上へ  

目次 8へ 9 潜入 10へ


コピーライト