友方=Hの垂れ流し ホーム

05

とはいえ恵美=マリアが示現として受け入れられねばペテンと見做され、そうなれば知恵美も引っ包めて教団全体が丸々ペテンと見做される可能性もなくはなく、日下の弱腰では巧いこと示現のほうに導けるとも思えぬからペテン化する可能性が大と紀子は思い、結果信者らの弾劾に遭うのではとの怖れが紀子を萎縮させ、渋滞のなか会場へと近づくに連れてその怖れからくる不安は肥大するようだし遅々とした進み具合が尚それを助長するようで、それよりしかし気掛かりなのは知恵美の安否で基底にそれがあるため余計不安が相乗するし抑もそれが総ての元凶なのだから、その帰還が果たされぬ限りはこの不安の解消もあり得ないと紀子は愕然となり、しばしば恵美に脳天気と評された道化に徹せよとの格律が喪失していることにも思い至り、崩壊寸前の自己を紀子は茫然と眺め遣るのみだが半透明の恵美の霊の半透明の視線に僅かに支えられて持ち直し、少しずつでも復旧を試みんと再度思惟を巡らせれば元々ラディカルを信条とする教団だし信者らなのだから知恵美=メシア=天皇にしろその礼讃は八木の言う単なる符牒との前提のうえにあるのかも知れず、そうとすれば恵美=マリアという概念も案外すんなりと受け入れてくれるのではと紀子は思い、淡い期待と知りつつそう思うことで強引にやり過ごし、それを補完するかに「心配することないですよ、私にも少しずつだけど見えるようになってきてるんですから」とバックミラー越しにチラと見てから駒井は振り返り、「恵美さんがマリアだってのは嘘じゃないんですからペテンだなんて言って」悲観しては駄目だと我が教団に取って一大転機となるかもしれぬ大セミナーに備えての心構えを述べ、次いで助手席に向かって「それから恵美さんもどうせ見えないだろうとか思わないで」毅然とした態度で接することを心掛けるよう言い、「マリアだってこと忘れずに」と念を押す。気配のみで的確に射抜く駒井の視線を避けるように俯いて「でも急にマリアとか言われても」と本番に弱い生来の気質を現して半透明の恵美の霊が気弱げに呟くのを紀子は聞き、常からマリアを自任していたくせに今になって躊躇するのは理屈に合わぬし何より総ては「知恵美のためなんだから」と諭すと困惑げに首を巡らせて振り返りながら煮え切らぬ口調で「分かってはいる」が信じられぬとその理性との乖離に苦しみ、その要因として知恵美を筆頭に挙げねばならぬとすればメシア=天皇という属性それ自体が疑わしく思えてくるし、そうとすれば知恵美の淡い光に秘められているものは何の聖性をも帯びてはいないただ超越的な力それ自体としてしか把握されず、いやむしろ聖性を装っているだけにその装われた聖性の裏に邪悪さを読みとらねばならず、そこにこそ自分を亡き者にせんとしその死と引き替えにせねば晴れることのない恵美の呪詛があると思考はまたしてもそこに環流し、符牒と言って憚らぬ八木はその聖性など信じていないのかもしれないが、邪悪さをまで容認するとは思えぬからやはり口にはできず、そのような超越性はしかしこの教団の存在を根底から覆すものではないかと気弱げに功次は訴え、その虚ろな視線に見つめられた徳雄先生は困惑して返す言葉もなく、「問題はでも沖って人でしょう、その吉岡ってのはさ、ただ、ね」と曖昧に逃げるが「そんなバカじゃないスよあいつは」と否定して沖との共謀はまず間違いないと功次は断言し、そうとすれば自分を教団に誘い込んだのも端からこの計画の布石だったと思えて仕方なく、責められるべき者がいるとすればだから自分おいて他になく、それもこれも遡及すれば皆恵美の呪詛へと環流するのだと功次は思い、この渋滞から抜け出せぬのも、いや抑もその原因さえもが恵美の呪詛ではないかとまで飛躍してしまい、遂には知恵美そのものが恵美の呪詛の現れなのだとその死よりも前に呪詛があるという転倒した思いに捕われ、そのようにあらゆる総ての原因性として恵美の呪詛があるとまで思う自分こそ決定的に錯乱していることは一方で理解しつつも、そこから脱することの不可能を感じてもいるため諦めるより他ないのだった。

呪詛なら呪詛で構わぬし逃れられないというなら諦めもするがそれならそれでせめて一思いに済ましてくれればいいものを事はそう簡単には運ばぬらしく、例えば頸動脈を絞められてキュッと一息で縊られるのではなく心臓か何かを少しずつ締めつけられるような搦め手からの攻撃ばかりなのを思うと呪詛の強固さをそれは示しているようで、どうにも逃れられぬと項垂れてそのままこめかみを当てる具合に功次は窓ガラスに凭れると、走っていないから車体の揺れによる衝撃はないがエンジンの振動が微かに伝わって脳が豆腐みたいに揺れるのを想像し、そこから派生して恵美の呪詛により豆腐に変えられた脳が僅かな衝撃で押し潰されるのを想像し、さらには膿のような粘性の高い液体が耳から鼻から口から流れ伝って出てくるのを想像さえし、それが妙にクリアな映像で脳裡に浮かぶためこれから起きる出来事のような気がして功次は僅かに吐き気を催すが、それは窓外を見るでもなくガラス面に焦点を合わせていたからで変な妄想のせいじゃないと功次は思い、断ち切るように視線を建物の間から僅かに覗く曇り空に向けて無心に眺め、その自失したような功次を刺戟せぬよう注意を払いつつ「実際のとこ彼、いると思います?」と徳雄先生が訊くと「いないでしょうね」と八木は答え、一応確認せねばならぬし万が一戻ってくることを考慮すれば見張りも立てなければならぬし、「吉岡よりもだから沖のほうですよ捜すなら」と吉岡宅を確認後沖宅に向かった別働隊と合流することを告げるとその旨連絡し、携帯を仕舞いながら「向こうもまだ抜けられないみたいです」と駒井は告げ、この渋滞も計算のうえだろうから「巧いことやるよ敵も」と感心したように日下は溜め息をつき、慌てても始まらぬと煙草を取りだすが紀子を気にしてかまた仕舞い込み、虚ろに窓外に眼をやるが何か不快なものでも眼にしたのか、あるいはただ眩しいだけなのかすぐに車内に首を振り戻した日下は蹙めたように眼を細めている。そのせいか各座席を眺め渡すその身振りが何か検分でもしているような尊大なものに紀子には思え、根っから染みついている常の小商人的身振りを知悉しているだけにその尊大さは滑稽で、意図せず表出していると思えば笑うこともしかしできず、緊迫した状況を無化するような笑いへの慾求に抗いつつも口元は僅かに弛み、それを隠すように「煙草、いいですよ」と呼び掛けると常の小商人的身振りで「え、ああ済いません」と煙草を取りだす日下は下卑た笑みを浮かべ、常なら不快に思うその笑みに妙に安堵しているのが不思議で、窓外に顔を振り向けて動かぬ街並みを紀子は眺めるが、気配を察してか不意に助手席のほうに顔を向けて見えぬ相手を捉えようと眼を凝らしても僅かに気配を感じるのみで視認には至らず、自己の罪悪不浄性にその総てを還元することの危険を知りつつそう思わずにはいられず、そこから脱するには視認するより他ないとさらにも助手席を注視するが、前方不注意どころか前方無視でその間にも前の車が少しずつ進んでいることに気づかぬらしいのを「駒井さん前」と注意を促すと「ああご免なさい」と慌てたための急発進でガクンと車体が大きく揺れて強いGが掛かり、その急発進に対処できなかったらしく半透明の恵美の霊が助手席を突き抜けて紀子の前に飛びだしてきて咄嗟に抱き抱えようとして手を出すが、その手も突き抜けて紀子の体に溶け込むように倒れ込んでそのまま車外にまで飛びだすかと思えたが紀子の足元で踏みとどまり、照れたように笑いつつ半透明の恵美の霊はふわりと助手席に戻るが、その行動なり性格なりは生前と変わらぬながら、いやそうであればこそ決定的に異質な存在のように紀子には思えて仕方なく、生前と変わるところなければ生前通りに接することもできるはずなのだが死というファクターが決定的にそれを不可能にしているのだと紀子は思い、知恵美の不在によって端的にそれが前景化してきているのに違いなく、それが固着する前に知恵美の帰還を果たさねばと紀子は思い、そしてその実現を不在の知恵美にメシア=天皇に祈るのだった。

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