不発に終わらねばいいがとのみ紀子は思いながらメシア=天皇を拝ませてくれとの吉岡の懇願も断る理由はないと取りだせば、狭苦しい桐箱の中から半日振りにその身を現したメシア=天皇たる知恵美はその華細い両の腕を突っ張るようにして伸びをし、身の内から発する淡い光もそれとともに僅かに明滅するようで、注視する吉岡はその僅かな変化にも驚喜し、次いで知恵美は気持ちよさげに深呼吸するが深く息を吸い込むとともに淡い光の輝きが淡いながらも確実に増していき、その淡い光に包まれて感極まったというように「メシア様」と呟くように吉岡は言い、それに答えてというのではないが常のように甲高な声で「咽喉が渇いたな」と一言知恵美が洩らすと弾かれたように「ただいま」と吉岡は立ち上がり、自宅にいるかの手際の良さで紀子の指示を仰ぐことなく酒を用意し、幾種類か用意したうちのひとつを知恵美が選ぶとグラスにそれを注ぐが知恵美には大きすぎて持つことさえできぬのに気づいて慌てて何かないかと探し廻るが探し当てられず、見兼ねた紀子が知恵美用猪口を「ほらコレ」と出してきて渡し、受けとった吉岡は改めて注ぎ直して非礼を詫びつつ知恵美に向かい、グラスの酒は自分が手にして知恵美から賜りでもしたかに押し戴いて頭上に掲げてから一気に飲み干す。その賜りの酒に感激してかひどく陽気になった吉岡にさっきまでの淫猥な雰囲気はもうどこにもなく、メシア=天皇の相伴に与ったことにさらにも感激したように「紀子さんもやりません?」と誘う吉岡の露骨にセックスに持ち込もうとした最前の吉岡とのその隔たりに紀子はいくらか拍子抜けつつこれ以上呑むと気持ち悪くなるから「私はもう」と断り、ひとりキッチンに立ってタンブラーに半分ほど注いだ水道水をちょっとずつ嘗めながら戻ってくると吉岡と知恵美からいくらか距離をとって横座りに坐り、ベッドの縁に背凭れつつ吉岡にでも知恵美にでもなく淡い光に淡く輝く半透明の恵美の霊に向き直ってそのあるかなきかの存在を確かめるように打ち眺めれば、その眼差しの意味を履き違えてか「邪魔だね私」と立ち掛け、こういうときだけ変に気の廻るのに紀子は苦笑いつつ「違うってば」と押しとどめて再度坐らせるがコレといって話があるわけでもないからただ見つめるだけで、気詰まりではないものの退屈で、見つめつつ拡散した視野の端にふと紀子は床に放り置いたままのスケッチブックを捉えて描こうかと手許に引き寄せるが吉岡を前にしては描く気もせず、盛り上がる知恵美と吉岡を他所に描き終えた幾枚かを半透明の恵美の霊とともに眺めながら退屈を紛らせるが、それら素描を一様に嬉しげに眺めながらも紀子に意見を求められると「ちょっと美化しすぎてるよコレ」と批判的に半透明の恵美の霊は言い、そのようなものとして再現前しているんだから仕方ないと紀子は反駁し、そこには作為も何もなく今ある恵美の姿を描いたらこうなったのだと言う。それにしてもと言い募る半透明の恵美の霊に「分かんないよそれ以上は私にも」と知恵美のしたことなんだから知恵美に訊いてと紀子は問いそれ自体を棚上げし、さらに終止符を打つようにスケッチブックをも閉じて脇へ押しやると前にも増して退屈したように知恵美の淡い光に淡く照らし出された自室を茫と眺め、この退屈も知恵美の仕業かとふと紀子は思い、それはあり得ぬと否定しながら総ては知恵美のメシアの天皇の思うままとの思いが徐々に肥大していき、次いで知恵美は何もかもを平板な空虚へと変じさせるとの思いに変質し、それが恩寵とも慈愛とも言われていることに僅かに疑問を感じてこれをしもメシア=天皇と言い得るのかと紀子は虚ろな視線をその淡い光に向けつつ「コレってホントに凄いのかな?」とすぐ横にいる半透明の恵美の霊に訊くともなしに訊けば分かり切ったこと訊くなというように「凄いに決まってんじゃん」と答え、その半透明の恵美の霊の掩護とも相俟って淡い光の直視によって忽ちその灼かな霊験にあてられて直前の不信は霧消してしまい、差し向かいで差しつ差されつしている知恵美=メシア=天皇と吉岡を前にして紀子はただ魅入られたように眺め続けるが、知恵美が桐箱に仕舞われてその淡い光も箱に閉ざされると急に暗くなったような気がし、自分がどこにいるのか確かめるように周囲を見廻せば、自室に今いるということが改めて実感されてなぜかそれがセックスへの淡い期待に直結しているのを感じもし、なぜそうなのかが分からぬままベッドの縁に腰掛ければそれが吉岡を誘う形となるし吉岡が見逃すはずもなく、滑り込むように軋みも立てず横に坐ると左腕を肩に廻し右腕を腿の付け根辺りに置いて万端整ったというように紀子に微笑み掛ける。一旦閉ざされたと思っていた通路が不意に開かれたことに紀子はただ驚くだけで、すでに開かれているその通路に先に踏み込んで手招く吉岡を後目になかなか足を踏み入れられず、モタモタするうち機を逸する怖れもあると紀子は思いながらも強張った体は弛緩せず、根気ある吉岡の誘いにしかし徐々にだが弛んで気づけばベッドに横たわって吉岡に上から伸し掛かられていて、衣服も粗方取り払われて露わな乳房に眺め入りつつ吉岡は丹念な愛撫を続けるが、危惧していた河井課長の残影がその吉岡に重なるように現れることもなく、このまま最後まで巧いこと行ってくれと紀子は願いつつ根気よく紀子を導く吉岡に報いようと愛撫を返せば、それに輪を掛けた愛撫が返ってきたから一挙に紀子は気を高ぶらせ、キッチンにでも退避しているのか半透明の恵美の霊の姿も視野のうちにはすでになく、その紀子のうちにセックスへの慾求の蟠っていたことを見抜いているのか吉岡の的確なその一点への集中砲火に紀子は屈してしまい、思いきり指で押し広げて舌を差し入れ、音させて啜り嘗める吉岡のその溢れ出る液の一滴も洩さぬ勢いに紀子は悶え、悶えながらも吉岡のペニスを探り当てると吉岡に負けぬ勢いでかぶりつき、その吉岡の怒張したペニスを頬張りつつなぜこのようなことが可能なのか紀子は訝り、常より以上に感度好く反応してもいるのがさらにも不可解だが、それが自己の変質なのか開眼なのか分からぬながらも快楽それ自体を忌避する謂われはないと居直るように紀子はそれへと直向かい、吉岡のペニスを口から離すと名残惜しげに先端部を一嘗めしてから自ら腰を浮かして導き入れ、以後下半身にのみ意識を集中して吉岡の動きに合わせて紀子は腰を動かすのだった。