友方=Hの垂れ流し ホーム

04

そのような乖離状況を顧慮して本題の知恵美の所在についての共議に移ることを紀子が提案し、信者らへの対応については随時共議していくということで一旦措くことになり、それじゃと八木に促されて紀子が手短に事の顛末を告げ、続く徳雄先生の補足説明を受けて恐らく単独犯ということは考えられぬから背後に協力者あるいは教唆した者がいるはずで、訊くまでもないと思いつつ「誰です?」と紀子が訊けば「誰って特定はできませんが」恐らく知恵美派の連中と見て間違いはないと日下は言い、「沖か」と八木が顔を蹙めて「バカなことして」と吐き棄てると「沖と決まったわけじゃ」ないと日下は窘めるが「あいつしかおらんでしょ」と八木は譲らず、沖を追い落とさんとの別派の企みかもしれぬではないかと確たる証拠もない現段階で「そう一概に決めつけるのは」視野を狭めることで何の益もないと尤もな意見を日下が言えば腕組み黙して八木はその短慮を認めはするが、セミナー前日を狙うことからして綿密な計画の上での犯行に違いないと抵抗を示すとそれには日下も同意らしく頷き、そうとすればやはり「沖しか考えられないじゃないですか」と蒸し返す八木に仮に沖が主犯だとしてもその直接の指示があったかどうかが問題で、それが明確にならねば沖にしろ別の誰かにしろ追及も困難と日下は言い、それについては今後調査するとして教団にとってその思想的根幹たる知恵美=メシア=天皇の不在は決定的打撃だし信者らへの対応に追われるのは必至で、「それが恐らく向こうの狙い」でセミナー前日を選んだのもだから時間を稼いで捜索を遅らせるかその動員数を減らそうとの目論見に違いなく、今の今そのことに気づいたというように引き攣ったような低い呻きを洩らすと「じゃ私に近づいたのも知恵美が目的で」と紀子が言えば呻きに気圧されたようにいくらか身を退きつつ「一概にそうとは」言えぬと八木は慰めるが、そうとしか考えられぬと紀子は思う。その猜疑は吉岡へと集中する形となって総てが計算尽くの行為かと思うとそのセックスまでもが嫌悪されるしその愛撫に狂喜し悶えた自分が悔やまれてならないし吉岡の怒張したペニスの形に成形された紀子のヴァギナのその始末はどう着ければいいのかと当のヴァギナの嘆きを直に聞くような気さえし、紀子の膣内に刻印された吉岡の形を思うと今も尚そこにそれはあるような気がして紀子はその裏切りに腹立つというより虚しさのほうが先に立ち、知恵美=ペニスに吉岡=ペニスとふたつながら同時に失ったことに落胆しつつそこに如何なる意味があるかと思惟してもみるが何ら答えは見出せず、回復しがたい憔悴へとさらにも深く沈潜するかに項垂れて日下八木の話など聞くどころじゃなくなり、虚ろな眼差しを半透明の恵美の霊を探すかに彷徨わせ、捉え得た半透明の恵美の霊にいくらか安堵するが全体渇きを癒すほどには達せず、その僅かな潤いが却って渇きを掻き立てることにしかならないのを紀子は嘆くが、じっと耐えるより他ないのだった。ソファに身を竦める紀子を他所に八木日下による話合いは進行し、沖と吉岡の関係が不明確でその点を明確にしたいと頼んでいた知恵美派に関係している者のリスト作成は「どうなってます?」と八木が呼び掛けるとすでに作成済みと駒井は答えて一冊のファイルを八木に手渡し、すぐ行こうとするのを呼び止めつつ「君にも聞いてもらいたい」と日下に言われて「はあ」と八木の隣に駒井は着き、その駒井作成のファイルをもとにした沖─吉岡ラインの究明が当面の問題だと八木は卓上にファイルを広げて頁を繰るがそこに吉岡の名はなく、不審げに「ないね」と問う八木に「そうなんです」一切関わりがないらしいと駒井は答え、追跡をはじめた途端の座礁に皆の顔は曇るが吉岡と古馴染みの功次が何か知っているかも知れぬとの駒井の言葉に辛くも持ち直し、直接紀子が携帯で呼びだすが、「ここは新顔だし、その辺のことはよく分からないし」当人から沖の名を聞いた覚えもなく、いや仮に聞いたとしても記憶にないと恐縮するが不意に紀子の耳傍に顔近づけて「で沖って誰?」と功次は囁き、沖さえ知らぬらしいのに紀子は驚くが功次に全く不審を懐かせもしなかった吉岡の沖の巧妙にはそれ以上に驚き、というより功次の鈍感が露呈されただけで沖吉岡が巧妙なのではないのかもしれず、ただこっちの不備を突いたのが偶々図に当たったというに過ぎないとすればその攻略の余地も充分あると紀子は思う。知恵美派の連中にしてもその中心に据えて灼かな霊験に与るのが目的だろうから知恵美を疎略に扱うことはまずないはずと日下は言い、メシア=天皇の安否を気遣うことはだからそれほどないだろうと性急な行動に走ることを牽制するかに告げ、とはいえ確かなことは何ひとつ分からぬから何か別な知恵美の生存に関わるほどの目的があるのではとの疑念は残ると紀子は思い、それを言ってもしかしはじまらないと割り切るより他なく、教団の組織力を頼みとせざるを得ない立場上強く反発もできぬのをもどかしく思いながら紀子は聞き流すが、その日下の言葉を受けて「吉岡がさらったことは確実なんだから」いずれその線で当たれば「見つかりますよきっと」と八木は言い、日下駒井もともに「だいじょぶです」と慰めるがその短絡に紀子は不安を掻き立てられるだけで、仮に見つかったところで即奪回が可能というわけでもないし下手をすれば知恵美自身を障壁にされる可能性もあるではないかと思えば何の慰めにもならず、相手を自分らと同類としか見做せぬらしい彼らの誤謬を指摘すべきかどうかで紀子は一瞬迷うが、その無能を暴くような非道な行為のようにも思えたから言わずにおき、その捜索延いては奪回に向けて全力注いでもらうより他ないと言うにとどめ、「それはもう全力挙げて捜します」と八木は請け合うが問題はいずれに「分があるかではなくていずれに理があるかでしょ」と日下は言い、そんなお目出度いことを言っていたらいつまで立っても知恵美を奪回することなどできぬと紀子は思うが言っても詮ないとまた項垂れてしまう。

二部隊編成の捜索隊を結成するが手透きの者を召集しての急拵(ごしら)えだから暫定的なもので追々強化していくと八木は言い、極秘事項だから知恵美派の動静を窺うとの名目でその総てを明かすこともなく、人員も最小限にとどめて八木徳雄先生功次を含めた約一〇名が捜索へと向かうことになり、狭い事務所の応接セットに塊になって打ち合せを行う横から「私も行きます」と紀子が立ち上がると「あなたが行ったところで」どうにかなるものでもないと八木はいつになく権高な調子で待機を命じるが、素直に従うことができないのは「私のその、不注意から起きたこと」だからで尚も譲らぬ姿勢を見せて詰め寄れば、駄目です駄目ですと頑なな拒否が返るだけで取り合ってもくれず、見兼ねた日下が取りなすように「あなたに落ち度はないと思います」と言い、セミナーを中止するわけにもいかないのだから「あなたが残るのが」この場合最善だというのも分からぬではないが、そうかと言って「ただ待っているのは」苦だと同行を望むが賛成する者はひとりもなく、「そうですよ」と八木は言うがそれまでの流れとはいくらか異なる妙な抑揚のため「そう」の指示対象が紀子には把握できず、訝しげに視線を向けると「いやね、紀子さんには是非にも残って頂かなければ」と続け、何か妙案でも思いついたように「是非にも」をくり返し、「なぜです?」と皆を代表するように紀子が訊けば、一呼吸おいて「恵美さんです」と八木は言い「恵美さん」と再度言う。概ねそれで理解できるがひとり徳雄先生のみ険しい顔つきになって「えっ何て?」と訊き返し、「つまりです」と説明しようとするが捜索隊に知れてはまずいと外に待機を命じてから「つまりこういうことです」と八木の言うには半透明の恵美の霊を恵美=マリア=皇太后として知恵美=メシア=天皇の代理とする案を述べ、「えええ」と大仰な驚きの声を上げたのは半透明の恵美の霊で、その声を耳にしたのはしかし紀子ただひとりで、そのように見えも聞こえもせぬ者を代理に立てたところで何ら実行力もないし却って不安を煽る結果になりはしないか中心たる知恵美の不在を自ら晒すことになりはしないかと紀子が問えば、むしろ「見えないからこそ」だと八木は言い、どういうことかと紀子がさらに問えば「何かの拍子で見えることもあるでしょうし、現に私だっていくらかは感じて」いると八木は虚空を差して「ほらその辺りに」と的確に半透明の恵美の霊の位置を示し、信者らの中にも見える人はだからいるはずだし全員でなくとも視認できる者がひとりでもいればそれで「足りるじゃないですか」と言う。抑も宗教的示現というものは直接的な個的体験というよりは概ね何らかの媒介によるもので、その体験の明証性よりは媒介の質に多く依拠していると八木は説明をはじめ、その媒介の過程のうちに当の現象なり行為なり事物なりを宗教的示現として享受させる何らかの作用・転換があるのだが、その作用・転換は何ら明証的ではなく不確かなもので、いやむしろ不確かでなければならず、にも拘らず体験それ自体は否定しがたく現前するというのが「私なりの解釈」だと八木は言い、そのように不確かだが否定し得ぬという認識が重要なので誰にでも見えたのでは有難味も半減するし「却って嘘臭いもんです」と僅かに口元を歪めるがすぐに真顔に戻り、「いずれ恵美さんには助力を乞う」つもりだったのだからこの際「と言っては何ですけど頼みます」と半透明の恵美の霊のいる虚空に向けて頭を下げ、皆の虚ろな視線は一旦その虚空に向けられるが標的を捉えられぬため答えを齎してくれるのはそこより他ないというように紀子のほうへと流れ、皆の注視に促されて眼顔で紀子が訊けばこくと頷いて「知恵美のためなら」と異存はないらしく、こうなっては自分ひとり頑強に突っ張っても仕方ないと承諾した紀子はセミナーの準備の傍ら連絡を待つことになる。


ガヤガヤと皆が出払って駒井の仕度を待つほんの数分の間だが本部事務所は寂として妙に落ち着かないしソファの坐りも急に悪く、すぐ横にいる半透明の恵美の霊が霊的存在だということを妙にリアルに感じ、その誇示するような不穏さが増していくような気さえして尚更居たたまれず、知恵美の不在によって封印が解かれて良き霊から邪悪な霊へと変じつつあるのかとの良からぬ妄想にまで飛躍していくのを訝り、押しとどめようもなく湧出する妄想にというより妄想する自分に紀子は腹立ち、次いでその腹立ちを空間に転嫁してこの場所からの退避を決めて「行こか」と紀子が言って立ち上がったところにタイミングよく駒井が現れて「それじゃ行きましょうか」と艶のある声で促し、乾いた無音の室内に僅かに湿りを齎すその声に紀子はいくらか救われたように思い、「はい」と返した声はしかし駒井のように艶はなく、乾いた殺伐とした響きに聞こえたため僅かに紀子の気に障り、その僅かに不快な思い抱えたまま紀子は半透明の恵美の霊とともに駒井のあとに続く。教団所有の国産の軽自動車に最前から待っていた日下とともに乗り込んで駒井の運転で会場へと向かうが幹線道路へ出た途端に渋滞で、後部座席右から心持ち半身を傾げて連なる車列を窺い見るようにしながら「間に合うかな」と日下が訊くと「ギリギリですね」と駒井は答え、どのみち「私がいなきゃはじまらんから」慌てたところでどうにもならぬと鷹揚に構えるふうだが首を巡らし視線を泳がせているその挙動は少しも鷹揚ではなく、それがしかし日下らしいと紀子は思いながらもその卑小さにいくらか不安を感じたため逃れるように窓外に視線を向け、向けはするがただ茫と眺めるだけで何も見てはいないし、ハンドルに右手を添えたまま左手で膝元に広げた手帳を繰って「ええと、変更点ですが」と時間が惜しいと打ち合せをはじめる駒井をも紀子はただ虚ろに眺めるのみで、動かぬ車に同期したように頭が働かぬのを訝るふうもなくしばらく茫としているが、助手席にいる半透明の恵美の霊にふと視線が止まると霊的存在の勘の鋭さからか呼びもせぬのに振り返り、紀子を見つめて「何だかさ、緊張してきちゃった」と言い、何を緊張することがあるのか「別に演説しろとかいうんじゃないんだから」と紀子は答えたものの淡いがしかし強烈な光をその灼かな霊験を何より待望している信者らにその不在を告げることの、さらには少しも灼かではない半透明の恵美の霊をその代役に立てることの困難を思えば半透明の恵美の霊の危惧も頷けるが、詐欺にも近いこの転換を巧く処置できるのかと横の日下を窺えば、驚いたように紀子を見つめる日下の視線とぶつかって「いや、あの恵美が、なんか緊張してるみたいで」と弁解すると「緊張することはないです、ただ皆の前に立ってればそれでいいんですから」と日下は助手席に向かって話し掛け、「あとは私らが巧いことやります」と駒井に頷き掛ける。

01 02 03 04 05 06

戻る 上へ  

目次 5へ 6 反旗 7へ


コピーライト