友方=Hの垂れ流し ホーム

03

かつての恵美のように自分にも知恵美のような卵が産まれればこの苦境から完全に脱することは望めぬとしても今よりはいくらかマシなところに出られるのではと身体各部に残存するセックスの余韻をその液状の刻印を味わいつつ吉岡の萎え萎んだペニスを弄びながらぼんやりと紀子は思い、吉岡が取りたてて絶倫だとか徳雄先生をも凌ぐ技巧派だとかいうのでは決してないが、半透明の恵美の霊の前で引け目なしに事に及べる吉岡は紀子には何より貴重な存在で、とはいえ消極的な意味のみで吉岡を名指すのでは勿論なく、良きパートナーとしての候補足りうると真面目に紀子は思い、それでも徳雄先生に較べれば吉岡はその次席くらいにしか過ぎず、とはいえ離婚に向けて目下奔走中の徳雄先生との関係も未だ紀子には判然とせず、何より半透明の恵美の霊がそこに介在しているからだしいまいち深い関係に踏み出せぬのもそのためで、そうとすれば早いうちに吉岡に切り替えたほうが自分のためにも半透明の恵美の霊のためにもいいのではと思いつつそうと決することもできず、弛んだ思考では尚それ以上深く切り込んでいくこともできず、力尽きたというように吉岡の萎え萎んだペニスを弄ぶことに紀子が向かえば、淡い光こそ発してはいないもののそのペニスの萎びた具合がどこか知恵美と似通っているような気がし、知恵美=メシア=天皇=ペニスと繋げてみるとしっくり馴染んでいるように思え、慾望の充足の齎すそれは一時的な思考の曲折に過ぎないと紀子は思うもののなぜか排しがたく、吉岡と自分との深い繋がりを端的にそれは示しているようにも思え、切るべきはやはり徳雄先生だと最前棚上げした問いの答えが不意に転がり落ちてきて紀子は戸惑うが、半透明の恵美の霊の身を案じればそれより他ないのは最初っから分かっていたことで、今の今まで決せられなかった自分がだからひどく愚かしく思え、これで総てが丸く収まるとは思えぬながらもそれまでの浮動状態から少なくとも脱することはできると紀子は思い、道化を怠っていたことのそれは報いと反省しつつこれからは大いに道化ていこうと紀子は思いを新たにし、その間も吉岡の萎え萎んだペニスを弄り続けるのだった。怒張したペニスをではなくその萎え萎んだ柔らかなペニスをこそ口に含みたいと紀子は慾望するが、ほどなく眠りに落ちてしまったため実行に移したかどうかは記憶になく、確かな記憶は翌日の目醒めの瞬間からで、すでに日が高いのは室内の明るさで分かるが時計に眼を向けるのが億劫で正確な時間は分からず、虚ろな視線を天井の一点に据えたまま紀子はベッドの温みの中で微睡みつつ吉岡の体をではなくその萎びたペニスを弄ろうと手を伸ばしたそこに吉岡の体はなく、吉岡の体の窪みが僅かに残っているのみで、紀子はその吉岡の残した窪みに手を当てて撫で摩るうち自分がひどく自堕落になったような気がし、起きようと掛蒲団を除けて半身を擡げると睡眠が充分なため常のような半覚醒の朦朧とした意識ではないから立ち眩むこともなく、スタスタ歩いて吉岡を呼ぶが返事はなく、さして広くもないこの自宅マンション五〇五号室に隠れる場所とてあるはずもないからいないとすれば帰ったということで、靴のないことを確認してやはり帰ったのだと紀子は理解するが、メモのひとつも残さないのがしかし気掛かりで何か気に障ったことでもしたのかと記憶を手繰るものの思い当たる節はなく、いつまでもペニスを弄んでいたことに腹を立てたとも思えないからよほど急いでいたのだろうということで鳧にするが釈然としないのも確かで、一部始終を見ていただろう半透明の恵美の霊に「吉岡くんは?」と訊けば、「さあ」と知らぬげで、寝乱れたパジャマで朝食の仕度を済ませて「陛下ご飯だよ」と神棚に向かうが「あれ知恵美」と頓狂な声を出し、「どこ?」と室内をグルリ見廻すが眼につくところに姿はなく、「恵美、知恵美が知恵美が」と部屋中引っ掻き廻すがやはり見当たらず、絶句し頽れ動転して今度こそ羽が生え、貪欲で淫猥な自分を見限って飛び去ってしまったのだと紀子は嘆き、まさかあり得ないとの半透明の恵美の霊の答えに「だっていないじゃん」と力無く言えばもっとよく探せと言われ、これ以上探しようがないというほど隈なく探すが知恵美はどこにもいないのだった。

ベッドの縁にへたり込んで卓に突っ伏すように紀子は凭れると「いないの? ほんとに」と口にするが、その言葉が知恵美の不在を確固たるものにしたとでもいうように総毛立ち、次いで血の気の引いていくのが分かり、震えこそしないものの悪寒に包まれて道化るどころではなく、何をどうすればいいのかまるで見当もつかなくなった紀子の思考はそこで停止して全く機能しなくなり、これが錯乱というのかと僅かに思ったのが思惟の最後の動きで、再度始動するまで半日ほどを要したらしく、ゆっくりと振り向けた顔面に残照が当たるのでそれと気づいた紀子は次いですぐ横に坐している半透明の恵美の霊に気づき、この出来事の存否を確かめるように見つめると紛れもない現実だというように首を振り、背けるように紀子は首を巡らすが自身で荒した部屋の惨状を見るに及んで受け入れざるを得ぬ現実を直視し、改めて顔面に当たる残照に経過した時間へと思惟が及べばその間何もせずただ呆けていた自身の愚行に紀子は腹立ち、こうしているうちにも知恵美は自分から確実に遠離っていると時間がその距離を引き離すものとしてしか認識できず、以後永遠に再会の機会はあり得ぬとまで思えてくるが、そうではないと否定し斥けて何をすべきかを紀子は思考し、いきなり「知恵美が」との割れたような声音に戸惑うもののその声の切迫に異常を感じて「すぐ行く」と詳しい事情も分からぬまま徳雄先生はタクシーで駆けつけ、取っ散らかった部屋の様子に驚きながらも「下に待たせてあるから」とそのタクシーで本部事務所に直行し、その間紀子から訊きだした情報を総合するに歩行も覚束ない知恵美がひとりで勝手にどこかへ行くことなどあり得ぬから恐らく吉岡が持ち去ったのだろうと徳雄先生は推測し、「でも」と認めたがらぬ紀子に変な妄想で自分を責めるより現実的に考えるべきだと諭し、その徳雄先生の見解に同意を示して「困りましたね」と悲痛に八木は顔を歪めながらも冷静を保とうと懸命なのが見てとれ、ソファに浅く掛けて煙草など燻らせて「慌てたところでどうにも」ならぬと言う日下の声はいくらか震えているし、駒井も日常業務を滞りなく進めてはいるもののどこか上の空な感じで、その緊迫した空気は紀子をひどく不安にさせるのだった。呆けたようにソファに踞りながらあるべきはずの桐箱を見据えるかに紀子は卓上の一点に視線を固定してその不在の意味を勘案すれば、ここにいる日下八木ら上層部は措くとしてその身を案じているのは自分だけではないと「信者の皆さんに第一なんて言えば」いいのか、教団の存立云々よりも信者一人ひとりに申し訳立たぬと紀子は思い、その打撃はだから教団へ向かうのではなくて信者一人ひとりに直接向かって信者一人ひとりを直接蝕むということで、最早他人事と切って棄てることの不可能を紀子は思い知り、とはいえ信者らの荷を紀子ひとりで負うことなど到底できぬから日下八木との連携は不可欠だし、その組織力は紀子にも有益に働くだろうといくらか打算的に紀子は思いを巡らせつつ知恵美の不在を信者らに知らせるべきか秘匿すべきか訊くと、「そこですね問題は」と何か議題をでも勘案するみたいな八木の口振りにいくらか抵抗を感じながらも口挟まずに先を聞けば、「メシア=天皇がお隠れになる正当な理由といえば何でしょう」と続け、罪を一身に負うかあるいは人類を見限るかの「ふたつしかないだろうな」と日下が答えると「見限られては困りますから」イエスの例に倣うより他「ないんじゃないかな」と皆に同意を求めるふうに視線を巡らせながら八木は言う。皆それに同意したかに黙している中軽い咳払いで注意を惹きつけてから我々としてはその線もしかしどうかと思うと教祖日下が異を唱え、信者らも「それじゃ納得しないでしょうし」別派が知恵美を立てたらそれまでだと八木の知恵美昇天案を斥ければ「そうかと言って攫われたでは済まないです」と八木は返し、そこでまた停滞するが煙草を執拗に灰皿に押しつけて揉み消しながらこういうのはどうですと日下の言うにはメシア信仰の我々としては顕現した途端に昇天というのでは如何にも味気ないから「巧いこと折衷してですね」これを人類に課せられたひとつの試練と捉えることが可能じゃないかと「つまりいずれ再び現れるというふうにね」説明できるのではないかとのことで、その存在を知らしめるために「ちょっと現れたってことになるわけですか、なるほどね」と感心したように八木は頷いてその辺が妥当じゃないかというように紀子を窺い見るが、折衷案どころかそれこそご都合主義だと「それって何時ですか?」と紀子が難じれば「いつか」としか日下は答えられず、それでは信者らを納得させることはできぬと言えば「そうですか」と困惑げに項垂れてしまい、その保身を分からぬでもないが期待を持たせるように逃げを打つやり方がどうにも気に食わず、信者らには秘匿せずにやはりきちんと説明すべきと紀子は思うのだった。八木に一言「甘いですよ」と斥けられてもその思いに変わりはなく、もし二度と再び知恵美が「現れなかったら」とその最たる危惧を不意に紀子が洩らすと皆紀子のほうに眼差しを向けるが黙したままで、身も蓋もないことを言うと自ら嘲りながらあとには退けぬと紀子は語を継ぎ、それでも隠し果せるのかとさらに突っ込んで訊けばそれ以上不穏なことは言わさぬとでもいうように「そう悲観しちゃはじまらない」とメシアなんだから一旦隠れたとしてもその在るべき場所に必ず戻ると八木は言い、そんな保証はどこにもないとの紀子の譴責に「メシアだというのがその保証です」と決然と八木は答える。それに同意するかに日下も頷くのを紀子は確認するが信仰に真っ直ぐな宗教者の自信というよりはただのハッタリのように思え、強ちハッタリでもしかしないと分かったのは「何もメシアはひとりと決まったわけじゃ」と言い掛けた八木の言葉に端的に示されていたからで、失言に気づいて「すいません、別にそういう意味じゃ」と取り繕うように詫びるが、そのメシア複数説に則せば知恵美の切り棄ても視野のうちにあるということで、確かにただ記号としてのみメシアを位置づけているらしい日下らにすれば代わりのメシアはまだまだ顕現する可能性があるということになるが、紀子には他のメシアなど必要なく、知恵美=メシア=天皇の、いやただ知恵美の帰還をのみ願っているのだから根本的なところで彼らと見解を異にするのも当然といえ、徳雄先生とともに脇に控えて話の展開を見守る半透明の恵美の霊の不安げな眼差しにぶつかるたびにそれは紀子を基底部から揺さ振り、自分は恵美の代弁者なのだとの思いが徐々に強まっていき、その結果日下らが知恵美に見切りをつけるのをいくらかなりと遅延させるのが当面の紀子の課題となる。

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