友方=Hの垂れ流し ホーム

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どこへ行くのかとの駒井の問いに長引きそうだからちょっとトイレと紀子は言って会議室を出ると、短い廊下の突き当たり左にある便所へと向かいつつ横に並ぶ半透明の恵美の霊を視野に捉えて連れションだとふと思い、中学ではそうでもなかったが高校に入ってからは授業終わりに毎度トイレに屯していたのを思い出して口元が微かに弛み、これをしもメシア=天皇の灼かな霊験と言い得るのかそこへ近づくに連れ母校の便所の臭いと寸分違わぬ臭いを幻嗅さえし、時空を越えてトリップするまでには至らぬが訝しげに差し覗く半透明の恵美の霊に気づいて紀子はいくらか顔を赤らめ、知らぬ顔でしかし個室に入ると便座に腰掛け、脱力後僅かの時間差ののち迸り出る尿を水を流して消音しつつその流れを遡行するように虚ろながらも聞いていた会議室での話を思い返せば、常と変わらぬ他愛ない遣りとりのなかにも僅かに棘があるように思え、その棘の悉くが自分に向けられているような気さえしたのは一部信者らの紀子への弾劾のあることを直前に聞かされていたからで、そのことも含めて今日は荒れると八木の言っていたことも思い出されて臆したのではないが戸惑っているのは確かで、知らずに溜め息を洩らしているのを半透明の恵美の霊に指摘されてスケープゴートにされるかもしれないとなかば道化て言ったつもりが自ら罠に嵌って「怖いね宗教って」と紀子は嘆き、その宗教へのコミットにしても抑も最初に勧めたのは自分だからその責めも一身に負うべきなのに自分ひとりでは到底負い切れぬような現況に知恵美に縋り恵美に縋っていると紀子が詫びると、知恵美だって結構楽しんでるんだからとの言葉にいくらか紀子は慰められて「そだね」とドア向こうに立つ半透明の恵美の霊に言う。八木の調査に拠ると紀子弾劾の裏に知恵美派の煽動があるのは確からしいがその指示の伝達経路が掴めぬからこっちからは手が出せぬとのことで、今のところ表立った動きはないもののいずれ動きだすはずだからその前にメシア=天皇を「私らに託しては」貰えぬかと八木は言い、他にいい方法もないと言われれば返す言葉もないが、知恵美派も含めて信者らを抑えられぬ日下八木に対する不審のほうが紀子には強いから知恵美を託すことはできず、翻ってしかし自分はどうかと見れば信者らの弾劾とはまた別の意味で知恵美の保護者庇護者としてはやはり不適格と断罪し、徳雄先生の言うように身を退くべきかとも思うがそうも行かないのは恵美とのことがあるからで、現実に関与できぬ半透明の恵美の霊に代わって自分が知恵美の傍にいなければならぬし知恵美派の狙いが紀子と知恵美の引き離しにあるとすれば尚更手放すことはできないと紀子は思い、疾うに排尿は済んでいるし執拗にウォシュレットで洗浄もしたが後退的思考に嵌り込んだせいか尻が便座に馴染んでしまって妙に離れがたく、立とうとして立てぬ紀子にあからさまに「ウンコ?」と訊く半透明の恵美の霊に「違うって」と個室から出るが手洗いの前に立って身仕舞いを済ましても紀子は動こうとせず、鏡に背を向けると洗面台に腰掛けて禁煙の貼り紙を無視して煙草を吸いだし、その貼り紙を指差し示して難じる半透明の恵美の霊に分かってると紀子は頷きながらコレ吸い終わったら戻ろうと一服しているうちいっそセミナーの終わるまでここで退避していようかとふと思い、槍玉に挙げられるかもしれぬと思えばそのほうがいいようにも一瞬思うが自分のいないうちにしかし知恵美派が何かしでかすかもしれぬし無理な要求を承諾させられるかもしれないとの危惧を懐き、何より知恵美をひとり置き去りにしていることに罪悪を感じた紀子は一本吸い切らぬうち火を揉み消して便所を出ると会議室に取って返す。ドア前まで来てもそのドア一枚が開けられず、顔だけ突っ込んで中の様子を探る半透明の恵美の霊の大丈夫との言葉に押されるように紀子は中に入ってゆっくりと自席に戻るが、その間膠着したように静まり返って一言もないのを訝り、室内を見廻して窺えば危惧した通り緊迫した様子で沖と日下が対峙していて、二人とも穏やかな表情だが張り詰めた空気が事態の穏やかならぬことを示しているのが分かり、駒井の目配せにもそれはハッキリと見てとれたからどうしたのかと直接駒井に訊けば知恵美=メシア=天皇のことで揉めているとのことで、何かの拍子に「メシア=天皇は飽くまで非公認ですから」と言った日下の言葉に即座に反応して「真のメシア=天皇が非公認てなどういうことです?」と沖が言ったのがはじまりと駒井は告げ、紀子の中座してすぐのことだというから紀子の中座がそれを齎したかに思えなくもなく、いやそうに違いないと短絡した紀子は総ての不祥事が自分から発するようにさえ思え、虚ろに焦点の定まらぬ視線を卓上に置かれた桐箱の中の知恵美に持っていって固定すると縋るように見つめるが、眠っているのかただ淡い光が規則的に明滅するのみで反応はなく、艶やかな淡桃色の肌のテカリとも相俟ってそれは如何にも心地好げだが事態の緊迫など知らぬげのその心地好げな眠りにいくらか腹立ちもし、寝てる場合かと揺さ振り起こしたくなるのを紀子は怺えてその規則的な淡い光の明滅をそれのみが頼みというように眺めていると、いくらか動揺が鎮まったから冷静な眼で沖と日下の遣りとりを眺めることもできるが、二人の対決は加熱する一方で終息に向かう気配はまるでなく、態とらしくも思える渋面で憤慨気味に「自分らの信奉する対象を卑下するようじゃ日下さんお終いよ」とゆっくりと立ち上がった沖は「この際ハッキリさせようじゃないですか」と核心に迫る勢いで、気圧されて静まり返る信者らを意識してか「ハッキリって何を?」と軽い口調で透かすように八木が訊けば分かり切ったことを訊くというように沖は薄笑いを浮かべるが、すぐに真顔に戻ってリズムでも取るようにコツコツと卓を叩きながら「象徴天皇なぞ要らないと言ってるんです」と言い、「真のメシア=天皇がいるんですから象徴には引っ込んでもらうよりないでしょうが」とさらにも沖は言い募って「ねえ皆さん」と信者らに呼び掛ける。真のメシア=天皇を拝する傍ら象徴天皇の存在を認めるのは理屈に合わないというその論旨は尤もだが、実力で排除するという挙に出るのは無謀だし馬鹿げてると紀子は思い、本気かどうか疑わしいが本気とすれば論外で相手にするだけ損とはいえ実害の及ぶ可能性を考慮すれば放ってもおけず、厄介な相手だと溜め息交じりに「困りましたね」と日下は呟いて沖を見縊りすぎていた自己の甘さを噛み締めつつ「そんなできもしないこと」言ってもはじまらないと芝居染みた動作で大仰に嘆いてみせるが、沖に鼻で笑われただけで誰の注意も惹くことはできず、左翼崩れとの噂の沖とサラリーマン上がりの日下との格の差をそれは意味するのか紀子にも分からぬながら、その卑小さを露呈するかに俯き加減の日下とその尊大さを誇示するかに仁王立つ沖とにそれは見易い図式で配置されていて、日下陣営に与している紀子としてはその図式に内心負けたと思いつつ勝ち負けじゃないと眼前の図式を棚上げして客観するにどっちも胡散臭くて信憑するには至らず、知恵美ならどっちにつくと常なら訊いているところだが心地好げに眠っているから訊けず、こんなときに寝ていられる知恵美こそしかし最も信頼に足るように紀子には思え、淡い光を浴びて一層その思いは堅固になってそこを基点とすることで沖と日下の遣りとりも子供染みた罵り合いと嗤うことができるのだった。他の信者らも概ねそのようにしてこの場をやりすごそうとしているのが見てとれ、皆事態の終息を願って止まないが当事者二人のみ気づくことなくやり合っていて、というより沖が一方的に攻勢に出るような形で喋っているだけで、その掠れ気味の濁声だけが会議室に響き渡るのを紀子は耳障りに思い、再度トイレに逃れたい衝動に駆られるが二度は無理だし自分だけ逃げるのも狡いと諦めてなかば聞き流しつつも聞き続け、誰も真剣に聞いてないのを全く意にも介さず「できるできないの問題じゃなくてね、やるかやらないかでしょ」と声高に沖は言い、「偽天皇の存在をあなたは黙認するんですか?」と一転穏やかな口調になって「それじゃ訊きますけど知恵美=メシア=天皇てのは日下さん、何なんですか?」とさらに続けるが日下が巧く答えられぬというより答える暇を与えずに「あなたのやってることはただのごっこだよ」とその弱腰を詰り、すかさずあんたのもごっこだと紀子は内心呟きつつ日下の答えを待つが、困惑げに黙したまま日下は何とも答えず、激昂した沖が何とか言えよなどと罵りながら日下に飛び掛って殴りつけ、懐から出したナイフを構えるに及んで騒然となり、とめに入った八木をも巻き込んで乱闘になるということにはならないもののどうにも収拾つかなくなって八木駒井の取りなしで辛くも納められ、信者らに迷惑を掛けたと謝罪する駒井を残して皆険悪な面持ちで蟠りを抱えたまま控室に戻ると、自席に深々と掛けながら「組織ってのはいずれ似たり寄ったりで」と困惑げに日下は呟くが怯えたリスといった面持ちでソワソワと落ち着きなく、煙草を取りだして火を点けようとライターを構えるその仕草までが卑小に見え、その最初の一吐きで皆が日下と同じ動作をしていたことに気づくが苦笑するのみで気は晴れず、溜め息吐くように煙を吐き出して蟠りを祓おうとするのだった。

重苦しい空気に耐えられぬのか「しかし沖にも困ったね」と誰より早く二本目に火を点けながら日下が言い、そのように怺え性がなくてよく教祖などやってられると紀子は思いつつ語を継ぐ日下のほうに眼を向ければ何か対策はないかと一瞥し、御下問というよりしかしお窺いするとでもいうようなそれは感じで、ご用聞きめいた妙な卑屈さが滲み出ているのが笑いを誘うが笑うとこじゃないと紀子は顔を背けてやり過ごして八木の反応を窺えば、何とも答えがないからかあったらこうも困りゃしないかと日下は自分で落とし、泣き顔のような顔で笑うが長くは続かず、元の困惑顔に戻ると煙草に縋りついて紛らせつつ「まあね」とワンクッション置いてから「沖の言うのも分からんではないよ」と好意的な態度を示し、それにはあからさまに難渋を示して「私にゃ分かりませんよ」と言う八木に分かってると煙草持つ手を振って牽制しつつメシア=天皇という形で知恵美を機軸とする以上天皇は無視できぬ存在だしそれを如何に捉えるかが向後の布教活動も含めて「我々の課題じゃないのか」と日下は言い、最前とはまるで異なるその至極真面な返答に今度は紀子のほうが解せず、なぜそれを沖に言わなかったのかと訊けば「言ったって無駄よあの状況じゃね」と日下は苦笑いつつその笑いを隠すように左手で頬から顎の辺を撫で廻し、それを達観と見るか日和ったと見るかは微妙だが、八木は日下に同意を示し紀子は日下に異を唱える。その異に答えようとしてかしばらく日下は沈思するが疲れたようにさらにも低く身を沈めて背凭れに後頭部を乗せ、見た目にもそれは踏ん反り返った恰好なのだが尊大にも横柄にも見えないのを紀子は内心笑いつつ神妙に答えを待てば、薄っぺらな笑みを日下は浮かべるがすぐに引っ込めて「そうね」と切りだし、いずれにしろあのような戦闘的な路線では多くの信者を獲得することはできないしいずれ自滅するのが落ちだと我が事のように日下は嘆くが、「心中するつもりもないからね、要は懐柔するか切り捨てるかの二拓で」懐柔するに越したことはないがそれが無理なら切り捨てるより他ないし、組織の巨大化の結果分裂が避けられぬとすれば明確に異端を設定し排除することで内部強化に努めるより他なく、「ま、組織ってのはいずれ似たり寄ったりだから」とさっきと同じことを言うがさっきまでのリス的卑小さは影もなく、替わってイタチ的狡猾さが面前に表れたというようで、明らかにそれは紀子のまだ見ぬ日下の一面で、一挙にその底が果てなく拡がったような気がして何か罠にでも嵌ったような恐怖すら覚えるが、油断はならぬと気を引き締めつつ「それってなんか違うんじゃないですか?」と自己の位置を明示するように異議を唱えれば、違うも何も必然の流れだからどうすることもできぬと八木は言い、頷く日下になかば屈しながらもそれではただの敗北で、そこで踏みとどまって嘘でも何でも違うと言い張るのが宗教者ではないのかと紀子は思い、八木や日下にそれを言ってもしかしはじまらないと煙草を消すと送ると言う八木を断って席を立ち、信者らの送り出しを終えて戻ってきた駒井と入れ替わりに紀子はひとり控室を出ていく。

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