途中吉岡と友梨とも合流するがどうしても都合がつかないと先に帰った徳雄先生を抜きに、功次と吉岡と友梨と紀子と知恵美の四人と一メシア=天皇で大いに食べ且つ飲むが、紀子のテンションがひとり下降気味なのは物欲しげな半透明の恵美の霊に気兼ねしてというのではなく、恐らく妻との離婚の協議に違いない徳雄先生のことと最前の駒井の告白とがふたつながら念頭にあるからで、ピッチを上げることでしかしその場は乗りきって二軒目で辛くも駒井を徳雄先生を振り切り、三件目でようやく先頭切って盛り上げて常のテンションを取り戻すが、そろそろ散会というころになって「無理なお願い」なのは承知のうえなので駄目なら駄目で「そう言って下さい」と断ってから是非にも知恵美を拝ませてくれと吉岡に懇願され、そのための誘いだったのかと不意に興醒めてしまうがその脇から控えめに「できれば私も」と友梨にも拝まれて紀子は断りきれず、皆を自宅マンションに招き入れて早速と知恵美を桐箱から出して示せば酔眼を輝かせて「すげえ」と吉岡は言い、惜しみなく淡い光を振り撒きながら「咽喉渇いたな」と言う知恵美に「はい只今」と威勢好く立ち上がるが酔いに眩んで一歩でへたり込んだ吉岡に代わって紀子が四人分のグラスと知恵美用の猪口とともにワインを運んでくると、「酒すか?」と吉岡は驚き、「これじゃないとダメなんだ」とワインを注いで改めて乾杯するが、てっきり子供とばかり思っていたと恐縮して頻りに詫びる吉岡に自分にとっては「子供みたいなもんだけど」と紀子は言う。メシア顕現のためのあらゆるセックスを奨励するその教義をすぐにも実践できるほど座は乱れて下着も露わに功次に撓垂れ掛かっている友梨を目の当たりにして紀子もいくらか流されていくが、何の抑止力か境界は踏み越えられず、すでにあるメシアへのそれは配慮なのか新たなメシアを求めるより現にあるメシアに祈念することを皆希求しているらしく、その淡い光を眩しげに眺めながら全身に浴びて陶然となり、各自知恵美と一対一で向き合うかに没我の領域に嵌り込んでピークを過ぎた座の盛り上がりが徐々に鎮静に向かいつつあるなか「メシア様聞いて下さい」と吉岡は失職状態にある窮状を訴え、涙ながらに「聞いて下さい天子様」と友梨はセクハラの公然と行われる職場環境の劣悪を訴え、そのそれぞれに常のごとく「請け合った」と知恵美が答えるとそれだけですでに何もかもが解決したかのように友梨は驚喜して頻りに「あいがとうごだいあす」と廻らぬ舌で言い続ける吉岡に苦笑しながら紀子も功次も二人を祝福して「乾杯」と継ぎ足した酒を一気に呷り、淡い光を放つ知恵美に魅せられてかその灼かな霊験を目の当たりにしてかただの酔いか分からないが「好かった好かった」と歓び抱き合っているうち知らぬ間に吉岡の手が紀子のブラウスの内側に入り込んで蠢(うごめ)いているのに気づき、なかば予想された展開をしかし避けるでもなく紀子は自然に受け入れ、次第に股間へと近づくその右腕を意識しながら功次は友梨の乳房を弄り、服の上からではしかしその感触がよく分からないと裾から腕を差し入れ、暗さと酔いに半透明の恵美の霊の存在を完全に忘れて教団の教義を実践するように吉岡の細くしなやかなペニスをその身に納め、吉岡ひとりでは物足りないというのでは決してないが幾分戸惑い気味の功次を友梨とともに紀子は招き寄せると、四人団子状になってセックスに興じつつ歴たる神聖チエミ教信者となってしまったような感覚に捕らわれるが快楽の追求以外のことが過るのを罪悪のように感じもした紀子は愛撫に集中せんと眼前にある吉岡のものとも功次のものとも友梨のものともつかない三人が一体と化した肉体を一心に貪り、汗の一滴も洩らさぬように総てを飲み尽すその姿に恵美を一瞬功次はダブらせるが不純な思念の紛れ込みと慌てて拭い去り、友梨の無駄のないしなやかな動きはしかし一層恵美に似て功次を混乱させ、さらに今ひとり恵美が現れるに及んで二人の恵美に愛撫を受けて最早収拾する手だてはないと功次は諦めて愛撫に浸りきる。
何回射精したかも定かではないが軽い疼痛が性器周りに亀頭部を中心にしてあり、単に使い過ぎとの楽観もなくはないがフリーセックス→性病の蔓延との図式が浮かんで功次は不安に陥り、自分の粗忽を呪うとともにまたもや恵美の呪詛という妄想が打ち消しがたくチラつきだすのを皆に気取られぬよう無理にも抑えつけてトイレに立ち、見た目にさしたる異常のないことでいくらか不安は減退しつつも楽観できないのは軽い疼痛が依然あるからだし腐れ爛れていくペニスという想念が不意に浮かび上がってもきたからで、放出している尿がこの瞬間にも血に染まるかもしれぬと思った瞬間それを幻視してしまい、前より打撃を受けたように項垂れてトイレから出たところで不意に現れた恵美にさらなる打撃を受けて功次はその場に頽れ、怖れていたことが遂に起きたと功次は思い、呪殺されると確信するが悲しげに見つめるのみで手を出しもしないのを訝り、恐怖させ苦しませて嬲り殺しにするつもりなのか呪詛とは抑もそういうものと思えば頷けるが殺るならひと思いに殺ってくれと功次は思い、恵美の視線を感じつつ防御も攻撃も弁護も釈明もできぬまま恐怖していた。恵美の後ろに透けて見える紀子の「だいじょぶだから」を聞き、それに頷く恵美の霊に一先ず殺意のないことを諒解した功次は立とうとするがうまく立てずによろめき掛かり、紀子に腋を支えられて立ち上がると食卓の椅子についてタンブラーになみなみと水を注いでもらい、カルキ臭い水道水のそのカルキが邪を祓うとでもいうように功次はゆっくりと少しずつ飲み下すと、半分も飲まぬうちに恵美の霊はどこかへ消えてしまったのでその即効性に驚き、まだそこにいると紀子はしかし引かれた椅子を指差すが功次にはもう見えず、見えなければいないも同然と思えば筋肉の強張りは急速に解れて「さっきは見えたのに」と言う紀子に見たくもないと思いながら口にはせずに曖昧な微笑を返し、昨夜の肉慾の緊密さからの遠い隔たりをそのひどく曖昧な微笑に紀子は感じて複数の相手との立て続けのセックスに誰彼構わぬというのではないにしろ節操がないとふと思い、罪悪を感じることはないものの信仰に熱心なのか単にふしだらなだけなのか自分でも分からなくなって「どっちなんだろ?」と訊くと「て言うかどっちだっていんだよ」と答えるが、その功次に向けられた視線に訝しげな瞬きの介在したことでその問いが恵美の霊に向けられたものと知り、その恵美の霊と同類とまでは思わぬながら何かそれに類似の触知し得ぬ不確かなものへと眼前の紀子が変容していくように思え、ひとつテーブルに坐しながら自分だけまるで違う世界にいるような気さえし、昨夜その全身で感得した肉体を手掛かりにその現存性を功次は取り戻そうとするがそれさえ朧に微かな記憶としてしか想起できず、一切の手掛かりを喪失して麻痺したようなその虚ろな視線に紀子は「だいじょぶ?」と顔の前で掌をヒラヒラと振るが何の反応も帰ってこない。知恵美ノートに書かれた恵美の文章を各所に配したテキストが配布されているためその三位一体や三つ巴の受精という恵美の必要とした概念は信者間にも浸透しているが、概ね知恵美という現象のそれは認識の基準点のひとつを示しているに過ぎないというのが日下らの見解で、一部高齢の信者らの間でのみそのメシア=天皇の誕生秘話として神話的に語られているとのことだが、もとより現実の功次や徳雄先生が取り沙汰されることはほとんどないにしろそれなりに敬されてはいて、その三位一体の三つ巴の受精の一翼を担う功次かと疑うほどそれは腑抜けた姿で、マリアと謳われる恵美の霊を否定し祓うべき怨霊の領域へと押し込めようとするような功次の放心は表面では拭われるもののその基底で脈づいていて吉岡と友梨が起きだすまで不穏にキッチンを覆い尽すのだったが、功次にすれば総ては恵美の呪詛のせいで、知恵美が唯一その呪詛を相殺する何某かの力を備えているように思えなくもなく、いやむしろそう思いたいのだが、功次に未だその確信はないし吉岡や友梨のように無媒介に信じることもできないためにその本質において自分は敬虔な信者ではあり得ないと功次は思う。その項垂れて視線も定かでない功次の背中に軽く指を触れて「朝っぱらから辛気臭い顔して」と吉岡が言い、続けざま「なんか別れ話でもしてるみたい」と戯れ言を言う友梨が昨夜の延長のように撓垂れ掛かっても尚復調しそうにない功次に皆気を揉み、これより他に手はないと祀られている神棚から知恵美を取り下ろしてグルリを囲んでその慈愛溢れる淡い光を浴びせるが、その虚ろな表情にさしたる変化も見られないのを友梨は訝ってもっとよく見ろと示せば、眼前に差し出された知恵美にゆっくりと視線を向けつつ知恵美の存在それ自体よりもその不可解な発光現象を功次は奇異に思い、これがこの光こそが恵美の呪詛の根源なのかと不意に思い、そうとすればそれを身に浴びることは呪詛を真面に受けることに他ならず、急に恐ろしくなって手を翳して淡い光を避けるように立ち上がると光の届かぬ隣室に逃げていくが誰もそれを引き留めることはできず、元の通り知恵美を桐箱に収める他ないのだった。
功次友梨吉岡を送りだしたのが一〇時頃で洗い物を済ませて部屋を掃除すればもう昼過ぎだが、朝のトーストがまだ胃内にあるようで腹はいくらも減っておらず、もたれて調子悪いというのではしかしないから食べねばと塩鮭をグリルに入れて点火し、焼くうちその香りが僅かに空腹を呼び覚ましたため紀子はいくらか安堵しつつ引っくり返して裏面を焼き、その間に即席味噌汁とコンビニの総菜の残り物をちょっとずつ分け盛りなどして食卓を整え、カリカリと生ジャガ芋を頬張り続ける知恵美の咀嚼音のみ響くなか知恵美と差し向かいで食事していると、その淡い光の届く範囲の内側だけが世界として存在していてその外側は無なのではとのあらぬ妄想が浮かび、妄想と斥けようとすればするほどそれは現実味を帯びて感じられ、そのように感じる自分はおかしいと紀子は思い、不乱に食べ続ける知恵美に「陛下」と呼び掛け「おかしいよね?」と訊けば「さあ」と知恵美は確答を避けて食べるのに忙しいとでもいうように猛烈に食べだし、戯れに訊いただけなのでそれ以上突っ込んでは訊かないが知恵美のいい加減さが露呈したような気がして白けてしまい、これが世界を託すに足るメシア=天皇なのかと紀子は呆れて思わずそう口にし掛けたのを喉元で押しとどめ、即席味噌汁とともに胃の奥のほうへと流し込む。メシアにしろ天皇にしろいずれその程度のものなのかとも思い、そうと割り切ってしまえばどうということはないし畏まって遙拝するほどのものでもないが、一方で灼かな霊験に額ずく信者らを眼にしてもいるためその偉大さを思わなくもなく、とはいえ恵美のように『母』という権益を掲げられず、せいぜい代理母か養母という程度にしか過ぎない自分には知恵美との利害抜きの結びつきなど不可能なのではと紀子は思い、そのような条件つきでしかない自分の分を弁えぬ灼かな霊験の要求に易々と応える知恵美はやはり偉大なのだと紀子は思い、やはりメシア様で天子様なのかと改めて知恵美を差し覗けば、変わることなく旺盛な食べっぷりを示す知恵美の発するあるかなきかの淡い光は直視できぬほどの強烈な光ではないために確かな手応えこそ感じないが、やんわりと優しく全身を包み込まれていると強く意識される瞬間が確かにあり、そこに慈愛溢れる真のメシア=天皇を紀子は見る思いがし、自分のほうこそ知恵美に寄生しその体液を啜っている嫌らしい寄生虫だと思い、猪口に口をつけてワインを啜る知恵美をさらによく見ると皮膚そのものではなく皮膚の内側から皮膚を透過して発する淡い光は正しく恩寵の光でその聖性を具現するものだし成長ということを一切せぬその身体は時間を超越した永遠性の具現でと、教団での統一見解をなぞるように紀子は「それってさ、恩寵の光? 永遠の身体性?」とつい口を滑らせるが、訊いてから愚にもつかぬことと苦笑して答えを期待はせずに塩鮭を皮ごと頬張れば如何にもめんど臭そうに「分かんない」と知恵美は答える。