どこか悲愴な面持ちで本部事務所に現れた恵美と紀子を「やあどうも待ってました」と殊更明るく出迎えた八木の腰の低さが妙に鼻について白々しく、促されるまま応接ソファに腰を下ろす間もその裏の計略は何かと紀子は探るように八木を観察し、「メシア様、拝見できます?」と一見低姿勢に訊くその裏にもブツは持ってきたんだろうなというようなヤクザな物言いが潜んでいるように思え、袖口を覗き込みながら「じゃそろそろ」と促されて駒井の運転する八木の国産の軽自動車の後部座席に恵美と並んで座り、セミナー会場へと向かう間もほんの僅かの異変も見逃すまいと気を張り続けたから肩は凝るしこめかみはひどく締めつけられるしで「ここです」と着いたときにはもうヘトヘトなのだった。極度の緊張から刑場に赴く囚人のような重苦しい足取りでそれとは対照的に軽快な歩調の八木のあとをついて行くが、恵美も紀子も講堂とか体育館とかを想像していたのだがただの会議室なのにまず驚き、A四コピー用紙に毛筆体で『「卵の会」セミナー会場』と印刷された張り紙がドアに貼られているのを「宗教だとなかなか貸してもらえないんでね」と言い訳する八木のあとに続いて入室すると談笑する人らの笑い声が聞こえ、警戒しつつもその笑い声にいくらか安堵して室内をゆっくりと俯瞰すればそこに集まっているのが二〇人かそこらなのに「これだけ」とさらにも驚くが内心その少なさに安堵したのも事実で、五人もいればしかし女二人取り押さえることは容易だとひとつしかないドアからなるべく離れないよう且つ間に人を入れないよう警戒は怠らないが、勤めを持っている人も多く出席するため教会のミサのように毎週日曜日に開かれるというセミナーはフリーセックスを第一義に掲げる教団の集まりとも思えぬどこか町内会の集まりとか何かのサークルのような和やかさで、気詰まりな感じはないものの今ひとつ紀子には馴染めず、八木あるいは日下の世間話めいた説教らしからぬ説教とそれに続く打ち解けた雑話にしてもすんなりとは入り込めない薄い膜のような隔たりを恵美は感じ、メシアの到来など誰ひとり信じていないかのような冷めきった雰囲気がどことなく漂っていることにそれは起因しているのかもしれず、符牒にしか過ぎないとの八木の言葉が思い出されるが知恵美への食いつきを考えるとその底意がどこにあるのかと思わざるを得ず、安堵とも不安ともつかない溜め息を紀子は短くついて桐箱の中にちんまりと納まっている知恵美を恵美は覗き込むのだった。
事前に説明を受けた通り何事もなくセミナーは進められ、終盤になって臨時報告という形で八木の説明が入ると恵美も紀子も途端に緊張し、「日下さん、お願いします」と八木に促されて立ち上がった日下は不在の神をいくら希求したところで無駄だと断言し、「誰も希求しちゃいないか」と戯けると同調するかの笑いが立ち、一呼吸おいて静まるのを待ってから単にメシアに縋るというのではなく自らメシアに到達し乗り越えることが「肝要なんじゃないかな」と述べ、積極的にメシアを招来せんとするのもそのためだと言うと、「それができりゃ苦労ないよ日下さん」と皆否定的だが「できます」と日下は強気で、「またいつもの大法螺だよ」と教祖への発言とも思えぬ野次が飛ぶのを日下は憤慨するでもなく片頬で笑ってやり過ごすが、野次るほうも野次るほうだが野次られるほうも野次られるほうで、その一種馴れ合い染みた近すぎる距離感が日下を小商人以上には見せないのだと紀子は思いつつ話の展開に興味を覚えて座の静まるのを待つふうの日下を横目で窺って日下が何を言うのか聞き耳を立てていると「私だっていつまでも法螺吹きじゃありませんよ」と前置きしてから「実はですね」とその待望のメシアが顕れたのだと言い、「何だやっぱり法螺じゃねえか」と野次が入るのを「最後まで聞いて下さいよ」と横から八木が窘める。大手スーパーの営業顧問として永らく勤務していたという実績の現れか淀みなく出てくる言葉はしかしどこか空疎に感じるし重みもなく、いやむしろその空疎さ重みのなさが受けているのか、そしてそれを逆手にとっての空疎さ重みのなさなのかと思いを巡らしつつ恵美は日下を窺い見れば、その身振りにしろ口振りにしろ故意に卑小に見せているようにも思えて急に策士めいて見え、ただの小商人と侮れない仮にも一教団を率いる教祖なのだとその認識を改めれば知恵美を庇護し保護するというのも畢竟策あってのことに違いなく、ノコノコついてきたことを後悔してレイプとまでは悲観しないものの紀子の言葉に真摯に耳傾けるべきだったと恵美は思い、判断を誤ったのでは罠に嵌ってしまったのではとの不安がまた前面に浮上し拡がっていくのを恵美は茫と眺めやりつつ視線を泳がせると、真面に恵美を見つめている日下の視線とそれはぶつかり、その不安から何から総てを見透かされたような気がして恵美は眼を逸らし俯いてしまうが恵美の意など介さぬように日下は恵美に呼び掛け、その日下の「知恵美さんを」という言葉が虚ろに響くのを気障りに思いつつ指示通り恵美は桐箱ごと知恵美をすいと日下のほうに滑らせ、眼前に差しだされたその桐箱を日下は手に取ると胸元に掲げて信者らに示し、何か新商品のプレゼンテーションでもするような口振りで「我々が待ち望んでいた方が遂に顕れました」と嬉しそうに言うと一瞬静まり返った室内が徐々にざわめいて「まだ確定したわけではありませんが、九分九厘そうだと言って間違いないと思います」とそのあとに続く言葉がほとんど掻き消され、高々と掲げられた桐箱の内から発する知恵美の淡い光を浴びて皆驚き、前列に陣取った年寄りらの中のひとりが「メシア様」と呟くように言うと忽ち伝染して口々に連呼しだして「メシア様」の大唱和になり、八木の取り成しで唱和は止むが最早誰ひとり疑う者もなく知恵美は『神聖卵教会』のメシアと満場一致で認定される。
メシア発見とその認定による昂奮がこの広いとは言えない会議室内に余香のように漂う中、恵美と紀子の二人だけはその昂奮に浴することができずに戸惑い、淡い光を発する知恵美の存在がしかし僅かに救いとなってその灼かな霊験を紀子も実感するに至るが、メシアの慈愛の光を浴びようと群がり集まってくる信者らに囲まれてその姿は見えず、その間に割り込み防御壁となって「押さないで押さないで逃げやしませんから」と取りなす八木も揉みくちゃにされて為す術なく、それが如何にも滑稽で「バーゲンみたい」と左隣の紀子に笑い掛けるが笑ってもしかしいられないのは次第にまた狂騒を帯びてきたからで、とはいえ日下や八木に一喝取り鎮めるだけの威厳もカリスマもないことは事実で自然と鎮まるのを待つより他なく、それでも一〇〇人二〇〇人の大集団ならともかく二〇人やそこらのそれも比較的高齢の信者らなので体力も持続せずものの五分ほどで皆席に戻っていくが、中にひとりだけ席に戻らず日下の前に立ちはだかって動かないのは日下を法螺吹き呼ばわりしていた男で、腐し批判するのかと思えばそうではなく、「いや大したもんだ、日下さん、あんた見直したよ」と言うと日下の手を取って強く握り締めるが、「止して下さいよ沖さん、褒めるなら寧ろこのお二方です」と日下が恵美と紀子を示して「私なんかの出る幕じゃないです」と謙遜すると、日下のもとに皆集まってくるのだから日下の存在は不可欠だしメシアの到来も日下なしにはあり得なかったとまで沖は言い、「ねえ吉田さんそうでしょ」と振り返ると、沖の背後から知恵美を覗き込んでいた老婆が「ホントに日下さんには何とお礼を言ったらいいのか」と頭を下げて「これで安心して死ねます」と笑顔で言い、「何言ってんの吉田さん、まだ七十二でしょう」と日下が吉田の背に手を当て「それにお孫さんのことだって、和樹ちゃんでしたっけ?」と言うと「そうでした」と吉田は言い、そのあとはモゴモゴと口籠ってしまったのと「それじゃ皆さんセミナー終わります」との八木の声が被さったのとで何を言っているのか間近に坐っていた恵美にも聞きとれず、虚ろな視線を日下にではなく眼前の恵美に向ける吉田に恵美は辛うじて笑みを返す。