友方=Hの垂れ流し ホーム

目次 1へ 2 チエミのチは知るのシ 3へ

戻る  

01 02 03 04 05 06

03

予告もなしにいきなり来たため隠す暇もなく、というより二人とも眠り扱けていたから完全に不意を突かれてただ状況を把握するだけで手一杯でそれ以上頭が廻らず、茫としているうちに上がり込んでいたのだが、いや、疚しいところなど何ひとつないのだから隠さなくともいいのだが現段階で会わせることは得策ではなく、会わせるなら会わせるで時期を考慮し然るべきセッティングのうえ会わせるべきだと恵美は今まで秘していたのだが、スタスタと入ってきた功次はタオルにくるまれ横たわった知恵美と勝手に邂逅してしまい、一瞬知恵美を眼にするが何事もなかったように眼を逸らしたのは仔ネズミか何かとしか思わなかったからで、慌てた様子の恵美と紀子の妙にぎこちない動きに違和を感じなければ再度眼を向けようとはしなかったはずで、観念したのか隠そうともせずに並んで座って事態を窺っている恵美と紀子の差し向かいの位置に功次は座るとテーブル上に横たわっている知恵美を間近に覗き込み、すぐに視線を上げて恵美と紀子に向き直った功次はイレイザーヘッドに出てきたやつみたいと口にし掛かるが喉元で押しとどめ、代わりに発した「何の仔?」との問いは尤もで、私の子としかし直接答えるのも難しく、恵美はどう説明したらいいのかと紀子は困惑し、事実経過を逐一説明したとしても納得させられる自信はないが嘘はつきたくなく、ありのまま話すより他ないと順を追って説明すると「ふうん」と分かったのか分からないのか要領を得ない曖昧な返事を功次はして「それで」とさらに訊ね、「それだけ」と恵美が返すと「つまりおれの子ってこと?」と核心を突いてきたため一瞬怯むが、ここまできて隠すのは不誠実だと思い極めて「正直分かんない」と恵美は正直に答え、怒りだすかと思えばそうではなく、困惑したように項垂れてしまったのは、実は人間ではなくてどこか他の惑星から地球人の種を宿しにきた宇宙人なのかもしれないと不意に功次は思ったからで、その発想の稚拙さを自覚しつつも頭から離れず、徐々に肥大して遂にはそうとしか思えなくなり、まるで動揺していないことからみて隣にいる紀子も同類に違いなく、幼馴染みという触れ込みがそれを端的に表明していて宇宙人に誑かされたと悲嘆に暮れ、それとも蛇女とか蜥蜴女とかそういった類いの妖怪か何かの眷属でそっちのほうが可能性があるようにも思えるが、いずれにしてもすんなりと受け入れることのできないものでやはり功次は悲嘆に暮れて項垂れる。とはいえ恵美への愛慕は本物で浮ついた気持ちで交際しているのでは決してなく、何とか整理しようとするのだが眼前に寝転がっているイレイザーヘッドが妙な具合にテラテラと光っているせいで思考は攪乱されるし動揺は増すばかりだし、「つまりあなたはもう用済みなの」とか「生かしてはおけないの」とか言うのではという妄想まで飛びだして恵美の顔を真面に見ることもできず、まさか取って食うこともないだろうがひとり冷静になって考えたほうがいいと俯いたまま「帰る」と掠れ声で呟いて二人の反応を窺いつつゆっくりと功次は立ち上がり、ゆっくりと玄関に歩いていくが「帰さない」とか「生きれ帰れると思ってんの?」とか言われたらと内心ビクビクしているためか踏み締める床の感触が希薄で、その項垂れて消沈した功次の背中に向けて「気にしないで。あたしの子だからあたし一人で育てるから」と恵美は啖呵を切るが、功次に対してというよりそれは恵美自身に向けた言葉で、絶対の自信に裏打ちされた揺るぎのないものではだからなく、そうやって自分を追い込むことで外側から固めてしまうのが恵美の癖で、「自分を追い込みすぎだよ」と紀子はあまり感心しない。

知恵美のほうを見つめながらしかし知恵美にではなく紀子に向けて「なんか、嫌われちゃったみたい」と恵美は呟き、それには答えず「ミルクあげよ」と言って紀子がキッチンに立ったのは決してはぐらかす意味ではなく知恵美がミルクを欲していると思ったからで、湯煎で適温に温めた六倍濃縮のミルクとスポイトを持って戻り恵美の左に就いてミルクを飲ませると五ccほどを知恵美は飲むが、それが適正量かどうかはテーブルに肘を突き頬杖ついて眺めていた恵美にも分からず、「私が片す」と紀子からミルクとスポイトを受けとった恵美がキッチンに立とうとすると背後から不意に「ミルクはあんまりダメだな」という妙に甲高な声が聞こえ、「何でダメなの?」と訊くと「ダメなものはダメなんだ」と答え、振り返りざま「何で? どうして?」と重ねて訊くと「私じゃない」と紀子は言うが、しかし間違いなく声はしたとさらに訊くと違う違うと首を振って眼顔で知恵美を指し示し、恵美が知恵美のほうに視線を落とすと「こういうのはどうも口に合わないんだ」とまた声がするがそこには知恵美が横たわっている他誰もいず、「誰?」と恐る恐る恵美が訊けば「ボクだよ」と答えたのは知恵美なのだった。よくあるテレビのドッキリか何かのようにも思うがそうではなく、しかしいきなり喋りだしたのに紀子は驚き恵美もその場にへたり込み、互いに顔を見合わせ何か言おうとするが言葉は何ひとつ出てこず、その穴を埋めるように知恵美は妙にハキハキした口調でさらにも甲高な声で「別なものにしてくれないかな、悪いけど」としかしとくに悪びれた様子もなく言い、「なんかこう、もっと歯応えのあるもの、ね、分かるでしょ? そういうのがいいな」と註文をつける。優れた状況判断からか単にその場から逃れるためか単なる条件反射か「ハイハイ歯応えのあるものね」と言い置いて素早く立ち上がった紀子はキッチンへと小走りに行き、続いて恵美も居たたまれず部屋を飛びだして冷蔵庫の扉を開けて並んでしゃがみ込んだ恵美と紀子は無言で固いものを選びだし、お盆に乗せて知恵美の元に戻るとひとつひとつお盆から取り上げて示しては知恵美に選定してもらい、知恵美はひとつひとつ囓ってゆっくりと咀嚼しながら食感を確かめ味を見て「うん、これは美味しい」だの「これダメ」だのと判定を下していき、二人はそれを茫然と見ていた。

判定の結果類別すると知恵美の常食はビーフジャーキーなどの燻製類やするめイカなどの干物類と日本酒か白ワインで、それまで微動もせずに横たえていた体をムクリと起きあがらせて猛烈な勢いで食べ且つ飲むのだが、卵だけは無性に気味悪がって麺類も「こういうふやけたものはダメ」と見向きもせず、野菜や穀類は食べるが茹でて柔らかくしたものはやはりダメで、いみじくも紀子が「ネズミみたい」と評したように生をカリカリ音させて「この音がたまらない」とか言いながら食べるのだが、それでも体長十センチとネズミ並の小ささなので大した量ではなく、一食あたりせいぜいが小匙に一杯弱ほどでしかないので残り物や切れっ端で充分間に合うし手間も掛からず、そのほうが断然美味しく「ボクに言わせれば固いものを柔らかくして食べる気が知れない」と言うのだから楽は楽で、炙って三、四ミリ角の賽の目に刻んだするめイカをさほど強力とも思えない顎とすでに生え揃っている細かい歯でカリカリと食べる知恵美に「ねえひとつ訊いてもいい?」と恵美が言うと「なんでも」と言うので「あなた、男の子? それとも女の子?」と訊くと、「さあボクにも分かんない、男でも女でもないよ多分」と答え、「いや、男でも女でもあるのかな」と言って答えを曖昧にし、「それってさ、雌雄同体ってこと?」とさらに恵美が訊くと「そういうのとも違うと思うけど」とこれも否定する。たまりかねて幾分切れ気味に「じゃ何なのよ」と声を荒げると「そんなこと言ったって産んだ当人が分かんないことボクに分かるわけないよ」と甲高に言い、その口振りはしかし恵美のように昂奮しているわけでもなく淡々として事務的なのだが甲高なトーンと相俟って妙に癇に障り、「だってメシアなんでしょ? 分かるでしょそれくらい」と恵美だけの妄想をぶちまけると「メシア? ボクが? 何で?」と当然の疑問が返されて返答に窮した恵美は「何でって」と言ったきり押し黙ってしまうが、その沈黙が却って反省を強いて「ゴメン」とつい昂奮したことを知恵美に詫びると、「気にしてないよ」とあっさりと言い、「喋ったらお腹空いちゃった」と催促するのでするめイカの追加を出してワインを数滴継ぎ足し、相伴に恵美はフランボワーズのミルフィーユを用意し、そのフランボワーズの酸味が口中に残るように恵美の言うメシア思想を「メシアは言いすぎだよ」と謙遜する知恵美の「人類の救い主なんて荷が重いし」という言葉が引っ掛かり、「じゃあ何?」と訊けば「何って言われても」と言葉を濁し、「王様とか皇帝とか天皇とか」とさらに訊くと「テンノウって?」と訊くので「この国の象徴、顔みたいなものかな。でもなんか影薄いんだよね、権力者でもないしさ。元は神様って言い張ってたみたいだけど戦争で負けて人間ってことになったらしいんだけど」と言えば「そうだな、テンノウとかならボクの性に合ってるかな」と知恵美は答え、メシアの自覚はないが「後光があるし」と幾分誇らかに言い、いつかテレビで見た穏やかな微笑をたたえた下膨れのオッサンを恵美は思い浮かべつつ「そうだね。天皇には後光ないもんね」と言い、ただの気の良さそうなオッサンとしか思えない天皇より知恵美のほうが天皇に相応しいとさえ思う。図に乗るというより何か事実確認のように「桁が違うよ。ただの人間とは訳が違うんだから」と知恵美は言うと「むしろボクがテンノウなんだよ、メシアっていう柄じゃないし神棚に住まうメシアってのも変だしね。一国の象徴くらいが性に合ってるな」と自ら真の天皇と称して現天皇を「ニセモノ」と結論づけ、退けねばと途方もないことを言いだすので「やめてよそんなこと」と恵美は窘めるが、「いずれハッキリさせるよ」と甲高に言い、恐る恐る「どうするつもり?」と訊けば「死んでもらう」とサラリと答え、あまりの飛躍に絶句した恵美はそれ以上語を継げないが、「ハハ冗談だよ」と知恵美が言ってくれたお陰でいくらか平静を取り戻すものの一抹不安の澱が残る。

01 02 03 04 05 06

<戻る 上へ  

目次 1へ 2 チエミのチは知るのシ 3へ


コピーライト