友方=Hの垂れ流し ホーム

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「なに深刻に見つめ合ってんの?」との声に振り返ると半裸の功次が肩に掛けたバスタオルで頭を擦って飛沫を撒き散らしながら素足をフローリングに吸着させるようにペタペタ歩いてきてベッドに腰掛けるその勢いで桐箱がバウンドして転げ落ちるところを瀬戸際で恵美は掴んで胸元に抱き寄せ、「危ないじゃん」と注意するが「えっ何が?」と訊く功次に真面に返答できず、「下から文句言われるし」と曖昧に胡麻化して「シャワー浴びてくる」と逃げるように立ち上がり、面識がないわけではないが二人きりは気詰まりな感じがしたので桐箱を抱えたまま行き掛ける恵美に続いて腰を上げ、「帰るね」と言う紀子を「あとで電話する」と言って送りだしてシャワーを浴びて戻れば二回目を功次は期待しているらしく、半ば勃起したペニスを誇示するようにベッドに大の字になって待ち構えている。その脇にベッドに凭れるように横座りした恵美は功次の手を取って艶めかしく指を絡ませ、それに刺戟を受けた功次に先導されるまま股間に導かれたその手で剥きだしのペニスの亀頭部を撫でてから根元辺りを握り締め、さらに先導されるまま口に含み、また誘導されて功次の体に覆い被さるという一連の流れを滞りなく行い、総てを恵美は飲み尽し、飲み過ぎて酔いが廻ったのか何もかもが曖昧になってどこやらへ拡散していくのを恵美は愛撫し愛撫されながら手許に手繰り寄せようと足掻き、埋め合わせのセックスというと何か打算的な気がするしその関係の総てが計算尽くみたいに思えてくるが、借りを返すと言ってもさしたる違いはなく、どう取り繕っても弁解がましく聞こえると、つい二〇分ほど前に食べたタリオリーニが油っこく胸にむかつきだしたのをぐっと怺えつつ唾とともに嚥下する恵美のその咽喉元の動きをじっと見つめていた徳雄先生は、右手で恵美の左乳房を軽く揉み拉きながら「十代の張りだ」と褒めちぎり、その右手を名残惜しげに左乳房から離すと腹のほうに移動させ腰のラインを辿って下方に下ろしていき、無防備に曝された恵美の形のいい乳房をしばらく眺めてから「十代の張りだ」を徳雄先生はくり返し、顔をうずめてその舌を這い廻らせる。緩急を心得た徳雄先生の功次にはない卓越した技巧に恵美は自分でも驚くほどの喘ぎを上げ、消耗しきって部屋に帰るとすぐにベッドに倒れ込んでそのまま寝込んでしまってふと気がついて時計を見れば午前三時一三分で、慌ててシャワーを浴びて寝間着に着替えて再度ベッドに潜り込み、翌朝目覚ましに無理矢理起こされてベッドから這い出てどんよりと重たい体にフラつきながらも洗面所の鏡に向かった恵美は、蒼白で眼の下に隈ができ頬もこけて全体ひどく窶れている自身の姿に遭遇し、「どこが十代だよ」とぼやきつつ洗顔するが、恐らく神経疲れに違いないが連日続いたセックスによる疲労を差し引いても度を超しているように思えて急に不安になり、医者に行こうか迷うがとくに不調を感じることもないためしばらく様子を見ることにして定刻に出勤する。それでも昼までは何ともなかったし仕事も順調にこなしていたのだが昼食を境に急に全身の筋肉が機能しなくなったように力が入らないしペンを掴むことさえ儘ならず、いや、腕の重み頭の重みにさえ耐えられなくて机上に突っ伏してしまい、呼吸すら困難で徐々に息苦しさが増していき、体力つけねばと普段敬遠している焼き肉定食など食べたのが災いしたのか、つけ合わせの毒々しい色味のお新香に原因があったのかとあれこれ推測するが、抑も食あたりとか胸焼けとかの類いとは違うようだし、意識がハッキリしているだけにもどかしく、声を出そうとするがその力もなく、ただの居眠りと見ていた同僚らもそのうち騒ぎだして只事ではないと「触るな動かすな」と一一九番に掛けようとするのを僅かな身振りでどうにか恵美は押しとどめ、同僚の鈴木美咲に抱えられて医者に行くと過労と診断され点滴を打たれ、一日安静にしていれば大事はないとのことなので事務所にその旨連絡して諒解を得て自宅マンション三〇二号室まで辿り着いたのが確か午後三時過ぎで、声だけは出るようになっていたので「だいじょぶだから」とまだ仕事の残っている鈴木美咲を事務所に帰す。

平日のこの時間の自宅マンション周辺はひどく静かで閑静というよりは薄気味悪く、ひとり自室のベッドに横になっていると尚更不気味さが身に沁みるようだし背中のほうからヒタヒタと忍び寄ってヒタヒタと吸いつく粘着糊のようなその不気味さは恵美を容赦なく縛りつけ、ふとゴキブリホイホイに捕らえられたゴキブリにでもなったような気になるが、そう思うと自室全体がゴキブリホイホイと化したような気がするし自分のすぐ横に同じように餌に釣られて入り込んで出られなくなったゴキブリがいるようにも想像し、しかも身長一六三センチの恵美にも匹敵する大きさの巨大ゴキブリが藻掻き苦しむさまをリアルに想像してしまい、恵美のほうにその触覚を蠢(うごめ)かせて助けを求めるのをさえ想像してさらに一層不気味さが増してきたため慌ててその気色悪い想像を追い払い、自宅マンション三〇二号室の静寂をひとり恵美は噛み締めて耐える。私には卵があるとふと恵美は思い、今こそ卵が役に立つはずだし今ほど切実に卵を必要としたこともなく、その真価が明らかになれば自分と卵とがその根拠となって卵崇拝の教団の手引きなど要らなくなるし自分と卵との関係がさらに密になれば心強くもなるに違いないと恵美は卵の入っているバッグを眼で探すが化粧台脇の所定の位置にはなく、ベッドの足のほうキッチンとの境の右手壁際に置かれた衣類の入った収納ボックス脇に放り置かれているのを見つけ、恐らく鈴木美咲が置いたのだろうと推測するが身動きできない今どのようにしてそこまで辿り着きバッグを開けて桐箱を取りだし蓋を開けガーゼを剥いで卵に祈願しその霊験に与るのかと思うと、その不可能を思い知らされて頼みは紀子だと携帯を探すがこれもやはりバッグの中で、部屋の電話にしても収納ボックス脇にあるためバッグとほぼ等距離なのだった。いずれにしてもそこまで辿り着かなければどうにもならないが高々二、三メートルの距離がひどく遠方に思えて一度は断念し掛けたものの、耐えに耐え待ちに待って午後六時頃になってようやく少しだが感覚が戻り初めて這ってなら行けそうだとまずベッドの中で体を反転させ、ベッドを抜け出るというよりベッドからずり落ちるようにして床に移動し、匍匐前進の要領で両腕と両足を蠢かしてブラウスがスカートが皺寄り汚れるのをいくらか気に掛けつつベッドとテーブルの間をズリズリと恵美は這いずっていき、テーブル脇を鉤の手に曲がってバッグの前まで辿り着いたのが午後六時一〇分頃で室内はすでに薄暗く、闇がすぐそこにまで迫っていて尚更その不気味さに戦き焦った恵美は渾身の力を込めて上体を起きあがらせて横座りの体勢になり、まだふらつく手でバッグの中を弄って桐箱を取りだすが倍ほどにも重く感じてすぐ床に置く。雑貨屋の店主の折り紙つきだけあって桐箱は確かに精巧に作られていて、それがしかし徒となって箱と蓋が一体になってでもいるように隙間もないほどピッチリと填り込んでいるため大気圧で開けるのにひどく手間取り、全神経を指先に集中してようやく蓋を開けて卵の入っている袱紗を取りだしたのが午後六時三〇分頃で、感覚の鈍っているこの状態でしかし下手に扱って卵を傷つけはしまいか割りはしないかと一瞬恵美は躊躇するが頼みはこれのみと腹を括って慎重にガーゼを剥いでいく。

蓋を開けただけでその慈愛が溢れだして煙のように流れ漂うのが見える気がしたし袱紗を掌に乗せているだけでその慈愛に包まれ慰撫されていく気がしたが、薄闇の中に卵の淡い光が拡がりその淡い光に包まれて恵美は温かい湯にでも浸かっているような筋肉の弛緩を感じ、掌に伝わるその温(ぬく)みにさらにも癒されて胸の上に抱えると嘘のように不安が消し飛び、卵に外見上異常がなかったことの安堵のようにも思うがそれだけではなく、背中を嘗め続けていたヒタヒタもスウと退いて楽になっているのに恵美は気づき、人心地ついて卵を袱紗に入れ桐箱に納めた恵美は携帯に手を伸ばし、周りから攻めていくと目標を見失いそうな気がしたため「あのこないだのさ何とか教のことなんだけど」とすぐに切りだして体調不良を理由にキッパリと断るが、恵美のその心境も分からないではないがなかば強引に捩じ込んで取ったアポを今さら断るわけにもいかないと「だいじょぶだってばだいじょぶだって」と紀子はそれでも脳天気な声音で言い、事前調査も抜かりはないとその多角的且つ精緻な調査報告を聞かされて「心配ないって、危険思想の欠片もないんだから」と念を押されるとやはり断りきれず、「うん分かった」と腹を括るが不安なことには変わりなく、それでも卵の加護があるためか幾分心強くもあるし何とか乗り切れそうにも思え、これが持続することを願いつつ護符のように卵を胸に抱えたまま恵美は食事もせずに眠りに就く。

不規則な生活リズムに過労に偏食に睡眠不足が続いているため朝といえば頭が重く頸椎から肩に掛けての辺りに微痛があるのが常だが、眼が醒めると体は軽く体中の不純物という不純物が総て洗い流されでもしたように清々しいのを恵美は感じ、難なく半身を擡げて起きあがり次いですっくと立ち上がるがどこにも異常はなく、異常がないということに異常性を感じるほど快調で、どうやら全快しているらしく医者の見立てに誤りはなかったのだと恵美は思い、ひどく不安になってあのまま臥せって死んでしまうのではないかとまで悲観していた自分を少し笑い、自然に快癒したようにも思うが卵の霊験のようにも思え、どっちが真実かは恵美にも断定しかねるが、卵の霊験に与りたいという思いから気持ちが卵のほうに傾斜しつつあるのを強く意識するとともに、ふと胸に抱え込んだまま寝ていたことを思い出して肝心の卵はと振り返ると枕元にきちんと桐箱が据え置かれていて、霊験灼かなのだからよもや割れるなどあり得ないと恵美は思い、それでも両手で優しく拾い上げると蓋を開けて袱紗の上から撫で摩り、固い卵殻の感触が指先に伝わるのを感じて「よかった割れてない」と呟き、元通り蓋を閉めてテーブルに移し置き、本復を感謝する意味で神棚に据え御神酒を供えて柏手打って祝詞のひとつも唱えたいところだが神棚などあるはずもないのでテーブルに置いたまま神棚があるものと想定してその架空の神棚に向かって恵美はパンパンと勢いよく響かせて柏手打って伏し拝む。身熟しも軽く立ち上がった恵美が洗面所の鏡前に立って自身の姿を眺めると、幾分浮腫みはしているもののその穏やかな顔にはどこか聖女めいた清廉ささえ滲出しているようにも思え、妙に嬉しくなってクククと忍び笑いを洩らし、あの卵には人智を遙かに越えた途轍もない霊力が備わっているに違いないと確信した恵美はその想念に憑かれるように一番小さいのでいい神棚をひとつ買おうと決意し、忘れないようメモしておく。

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